もう駄目なのかもしれない。僕はどうしてもそう思えた。身体を強く地面に打ち付けられて腹部を蹴られて転がった僕はもう生きる気など失せるほどだった。立てるというよりも意識が持つのかさえ危うい。こう考えている時でも段々と視界は暗くなるばかりで一向に太陽は顔を出さなかった。
ここが地獄だからなのかはどうでも良かった。もう、何も出来る気がしない。もう、終わりなのだろうか?
「ご主人、何を伸びているのよ!」
僕の耳にはそのように聞こえた。どこからか聞こえてくるその声は何処か落胆したような声でありながら怒りをあらわにしている可愛らしい声だった。僕は自分で率直に思ったことに疑問を持ったが、辞めた。もう進められる気はしない。
「そうそう、勝つんでしょ!僕たちが応援してあげるよ。」
微かな光は僕の瞼を通り抜けていた。その声に僕はどうしようもない事を思いながら何となく立ち上がる事にした。特に負担というものもなく、そして重たさというものもない。ただ、やる気に溢れていた。そして懐かしい感覚が蘇る。
何となく暖かい。日差しの下、草むらの上で横になった時のあの感じ。上から木漏れ日があり、下から土の温かみが伝わってくるあの感じ。脱力というものをしたその先に感じる優越感。
「そうか。」
お父さんの声が聞こえる。何かに納得したようなその声に僕はを目を丸くした。それが何なのかは全く分かっていないがやれる事はただ一つ。もう何をしたらいいのかは全くと言って分かっていない。
「ご主人、こんなで良いの?」
「いや、このままなんて嫌だ。」
「なら、早く立って。」
二人から危険な事を顧みずに救われた僕はその場で立ち上がり、力の入らない足腰で立ち上がる。そして同じような手の中で剣を持つと前を向いていた。
「仲間はいいものだ。」
お父さんは一言だけ言って、刀を構えるとすぐに行動を始めた。
その速さは前回とは変わらない。視界の中ではかなり遅く感じるほど、前にもあった感覚だ。魔獣を倒した時に感じた好みの軽さは果たしてお父さんにどこまで通じるのだろうか。
僕は無意識ながらも右側で突きの構えをしていた。
その射線から逃げたお父さんが目に見てわかるほどに体勢を崩した。
そこを僕は左腕を素早く動かして攻撃を与える。
避けられた。
腰を折り曲げながら右脚を伸ばして蹴りを与えてくる。
それを僕は単純に右脚を上げて受け止めた。そしてそれと同時に右腕を伸ばしたまま、斬り伏せようとした。しかし、空振りに終わる。
お父さんは瞬時に判断したのか、左脚の膝の力を抜いて折り畳んで前転するように間合いを空けた。とんでもなく早い。僕はそう思った。
そしてお父さんは自分の太ももに持っている刀の刀身を乗せて僕の方を向いていた。その目は鷹のような目で獲物を捕らえて逃さないという意思表示を感じた。最早何をしたら良いのかさえわからないほど。僕にはどうしても分からなかった。
お父さんの行動の早さはここまでの比ではなかった。今までは本気というものを見せていなかったかのようで今の僕でさえ嘲笑っているかのように歩いてくる、歩いてくる。僕の目にはそのように見える。が、実際のところは違う。
僕は目を見開いた。最早何がしたいのかさえわかっていない。
上から、そして力強い双撃が打ち放たれた。それは何なのかは全くと言って分からない。しかし、お父さんが更に力を見せてきたのは言うまでもない。僕も負けじと耐えてはいるがとてもではない。何処からこんな力が出てくるのかも判明しなかった。
僕はここでどうなるのかはわかったものではない。ここで力を抜けばどうなるのだろうか。今は屈する事にしよう。
相手の力によって僕は後ろへと下がる事を余儀なくされた。しかし、辞めることはない。お父さんは地面に反射する前に僕の方へと刃を向けてきた。そして太ももから胸のあたりまで亀裂が走った。僕はそれでも反撃をしようとした。しかし、それも気軽に止められる。
手軽く止められた僕の剣。そして、呆気なく吹き飛ばされた僕はゆっくりとした時間を過ごしていた。それほどに感覚と意識が遅くなっていた。足元はもたついて倒れこみそうになってしまう。それでも何となく立ち上がってくるのがとても怖い。やっていられないとでも言うのだろうか。
それでもお父さんの攻撃の手をやめない。軽く走りこんできてからの飛び蹴り、そして体の感覚は消え去った。風前の灯のようになっのだがそれでも僕の意識は遠くはならない。どうしてなのだろうか。
お父さんはその勢いのまま二段蹴りを行う。左脚を外側から内側へと戻してくる。そして掠らせるように足裏を当てるとその足の勢いのまま右脚を地面を削りように蹴り上げてくる。それと擦れるようにしていた。傷口を開けてくると言う姑息な手段なのだがそれは慈悲なのか、そうでもないのかは分からない。そして下ろしてくる。そこまで来ると直に当ててくるつもりらしく、間合いは近くなっていた。
頭上から。
僕は剣をその近くに置いておく事にした。とりあえず防げれたら何でも良い。そんな所だ。
そこは相手の方が上手だった。
爪先だけをコツン、と当ててそのまま振り下ろさずに逃げた。
もうそこまで読まれていたらしい、と言うのかいつ見たのかは全く分からない。
それとも見ていなくてもわかっていたと言うのだろうか。その辺りは疑問なのだが、最早何でも良いとは思えるほどに僕の思考は止まっていたのだと思う。
もはや何でも良かった。脳天は撃ち抜かれたが意識は飛んでいない。そしてお父さんはここまでで最大の隙を見せている。僕は走って向かっていく事にした。最早やるしかない、と言わんばかりに僕は右腕を振り回した。その速度はどのようになっていたのかはよく分からないが避けられた。そして反撃とばかりにその上をひと蹴りしてくる。それは僕の左腕の中に吸い込まれるようになった。この時に僕は右腕を高く上げていた。最初からこうするつもりだった。
そして振り下ろす。
その時、僕の右腕の肘が悲鳴をあげた。そして左腕から解き放たれた脚が素早く逃げ出していた。その早さはとんでもないものであった。
地面に着地して蹴り出して間合いを広げられたが僕は追うことはしなかった。ほんの少しだけ右腕が痛い。そして蹴られた衝撃で心臓が一瞬だけ止まった。そして左腕も二次災害が起こり、微妙に痛いが気にするようなことは全くない。
「それなりに実力はあるようだが、それは本当に貴方の力なのだろうか。」
答えはノー、だ。これは舞さんと里乃さんに応援をされてそこから湧き上がってきたもの。決して自分のものではない。しかし、ここまでやっていて拮抗と言う字にもならないほどの戦いを展開するのは如何してなのだろうか。
「違う。これは人から借りた力です。」
「いや、それはお前の力だ。誇れ。」
返答は意外なものだった。何を根拠なのかは分からないが最早何を言いたいのか全く分からなかった。いつも通りなのかもしれないが今回はそれ以上だった。
「誇れ?人の力なんですよ。」
「貸してもらっているのだろう。お前に人徳がなければこのような事にはならないはず。だから誇れ。」
「つまり?」
「お前に惚れた人から借りた。紛れもなくお前の力だ。」
「そういう事にします。」
僕はそれを宣言して堂々と戦う事にした。が、何か気分が落ち着いていく。そして波長は一直線へと堕ちていく。
「激戦だな。」
ある男の連れ添いであり、傍観者として現れた彼はポツリと言葉を漏らした。
「ご主人が心配だよ。」
「大丈夫かな。」
「二人とも、自分の思いを託したんだ。応援してやったらどうだ?」
「おじさんは何もしないの。」
「これは親子の喧嘩だ。私が口出し義理はない。だが、二人共応援したいのだろう。」
「うん、そうだよ。」
「もっと力を込めて応援するんだ。何か変わることがあるかもしれない。」
「「うん。」」
二人は少年を応援する事にした。それを傍で見ていた白髪の男は腕を組みながら仁王立ちをしていた。傍観を決め込むらしい。