空白の夜、暗い地下世界を超え、その中で負った傷はそれなりのものであった。父親に挑んだ愚かな者はその地で一旦の休息をとることにした。
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何処からか聞こえてくるその声は聴き慣れているものではなかった。いつもの楽しげな子供のような声が明らかに落胆したような低い声になっていた。それだけ迷惑をかけたのだと言えばそれまでなのだが、この地でここまで悲しんでくれるのも僕の中では嬉しかったりする。
右肩を床につけて腕にくるまっていた僕は上にかけられていた布を足で蹴飛ばして肘を立てる。左手を床につけて助力を受けるとその勢いで一気に立ち上がり、膝でも自身の体重を支えた。体の節々が妙に痛く、特に背中の真ん中辺りは痛みがひどい。霞んだ記憶を頼りになんとなくの目星をつけるとその場で立ち上がり、襖を開けた。少々乱暴だったかもしれないがそれも疲労が溜まっているので仕方がないのだろう。
「思ったより元気そうね。でも、今はゆっくりと寝てなさい。休息も戦いのうちよ」
銀髪の髪を三つ編みにしている八意 永琳は木の板に紙を挟んだものを持っていた。其処には恐らく診断の結果が載っているのだろう。そして、その横にはいつもの二人が居た。僕の事を何故かご主人様と呼ぶ二人は烏帽子を被り、サイドが妙に長い髪型をしている。
「里乃さん、舞さん。心配かけましたね」
「心配したんだからね……。でも、今は寝てください」
「そうですね。仕方ないかもしれません」
「そうね。急所は外れているからそれほど大事には至らなかったわ。それでも、無理はしているからもう動かないでね」
優しい声が余計に恐怖を感じるのだが、それほど気にしてもらえているのも嬉しいような気はする。
「それと、二人とも今日は泊まっていきなさい。夜も遅いわ」
そう言われると確かに空は暗くて丸くて白く光る月が浮かんでいた。多少吹いている風が少々肌寒く感じる。
「「ありがとう」」
「近くにいるからと言って変な気は起こさない事。明日、朝になったら起こすわ」
永琳さんはそのように僕に伝えていた。まぁ、大体分かっているのだろうがもう少し扱いを決めていてほしい。
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朝は待てばやってくる。偶に自分から動いていかないと夜が明けないこともあるが今日はそんな用事はない。帰りはどうしても考えてしまうことがあるのだが、今は気にしなくても良い。動物霊とは一体何だったのかは全くわからなかったがその中でも何か通ずるものはあったのかもしれない。
二人の重荷を超えて僕は立ち上がると軽く襖を開けた。体が楽になっているわけではないが別に寝起きというわけでもなかった。少しだけ体が重たいというところだろうか。しかし、だ。何故ここまで運んでもらっているのかといえばそれは誰かが此処までやってくれたのには間違いない。
眠気と気怠さに襲われていた僕は訪れた朝に感謝をしながら、強く刺さる光を浴びていた。何というか久しぶりの感覚ではあった。それだけに謎の浮遊感を得た僕は一旦縁側に座り込むことにした。其処には遠くの方に池があり、少々の木々が植えられている。外には竹林が広がり囲われたような感覚に陥るのかもしれない。その中で僕は何度目かの来訪をしているが未だに慣れないところもある。
「おはようございます」
「鈴仙さん。おはようございます」
此処には永琳の弟子として何処か使い走りのような扱いになっている気もしなくもない人がいる。その人は白い伸びた耳が特徴でピンク色の上着と灰色のスカートを身につけて長い丈の靴下をつけている。言わば、女子高生というものらしいが僕はよく知らない。
「体の調子はそこそこ良くなっているようですね」
「急所は外れているようだと永琳さんから聞きました」
「さすが師匠ですね。それで何があったんですか?」
「ただの親子喧嘩です。超えたい背中が其処にありました」
「其処に巻き込まれた人には謝らないといけませんね」
「誰に謝りましょうか?」
「まずは師匠と私に謝ってください」
僕はその言葉を聞いて少しだけ戸惑った。そこで鈴仙さんは言葉を続けた。
「本来医者という仕事は何もしなくても良いものです。それだけみなさんが健康であるという事ですから。ですから、その手を患わせた事は大変お怒りだと思いますよ」
「そうかもしれないです。すいませんでした、鈴仙さん」
「師匠には言いに行かないんですか?」
「あの人優しいですから」
そう言った矢先の事だった。後ろの襖が開いたと思えば渦中の人物が現れた。
「よく眠れたかしら?」
「いいえ、一睡も出来ていません」
「あら、そんなにお盛んだったのかしら?」
「思う所ありまして。少し」
「勝負に負けた事ね。気にしなくても良いんじゃない。どうしてもならこれをあげるわ」
永琳さんが渡してきたそれは太い針が付いている見ているからに厳つい注射器だった。中には透明な液体が入っていて黄色の沈殿物のようなものがある。
「これは?」
「筋肉増強剤よ。これで勝てるようになるわ」
「いえ、要りません。自分の力で勝ち取りたいです。ゆくゆくはですが」
「それなら試供品としてあげるわ」
要らないと断ろうとは思ったが何かそうではないものを感じたので辞めておいた。何となくだが、逃げられないような気はする。ここは潔く貰うことにしよう。
「面倒そうなので貰います。使うどうかは保証しませんよ」
「それはあなたの判断に任せるわ。それでは、食卓で待っているわ」
「申し訳ないです」
「師匠は楽しそうな目をしていましたね」
鈴仙さんのいう通り、永琳さんは楽しそうな目をしていた。実験というよりかはこれから何をするのか楽しみにしている目だ。
「行きましょうか、食堂」
僕は鈴仙さんを誘い、永遠亭の奥へにある食堂へと向かうことにした。