あの後、僕は驪駒 早鬼と名乗った赤いカウボーイハットがお似合いの女性に右肩を貸してあげる。どうやら腰が抜けてしまったらしく立てなくなっていたらしく、その時のとっさの判断で人影のない路地裏へとその人を背負っていた。それから二つの意味で落ち着くのを待ってからふらふらの脚でおぼつかないところを僕が肩を貸してあげたところで今に至る。
今は幻想郷の西側へと向かっている、正確に言うと北西なのだがその方向には三途の川があり、そこから地獄へと繋がっている。それは自分が見てきたのでよく知っている。早鬼さんはどうやらもう帰りたいらしくそこまで送ってあげる事にした。ただ、脚の調子が戻り次第、自分一人で向かうそうだ。
あれから何分か、僕の右肩に肘かけのように扱っていた早鬼さんが手を離してすんなりとその自慢の脚力で飛び上がり、視界に捉えられないようなところまで行ってしまった。
そこで一路、北へと歩く方角を変えた僕は道の整った参拝の道は通ろうとは思わず、行き慣れた道で行く事にした。お父さんの伝言では妖怪の山となっているのだが、あまりにも範囲が広すぎるので何とも言えなかった。一体どこに向かえばいいのだろうか。
取り敢えず、木々の指し示すその先へと向かった。大体ではあるが覚えていないわけでもないので一人でもいけない事はないのだが、頼りとなるのは近くを流れている清らかな流れをしている川ぐらいしかない。太陽の光に照らされてチカチカとしているのが一匹のあの動物かのように見えるほど静かで逆らってはいけない、と本能的に思える。その川はどうやらその曲線を描いたまま人里の方へと向かい、博麗神社のある東側へと流れていく。
僕はそれが見えるところを歩いているうちに遠くなり、川岸にある大小様々な石の転がっている足場の悪いところを歩いていた。足裏から来る痛みがあるが無理を承知で更に上を目指す事にした。何か話し声も聞こえるのでもしかするとそこにいるのかも知れない。ただ、女性が二人だけのように感じるのがどうしても気になるところだろうか。かなり元気そうに話している人と表ではあまりそうとは思えないちぐはぐな二人。話を聞くには丁度いいだろうと勝手な憶測で向かってみる事にしたのだが、いささか面倒な事になってしまったかも知れない。
僕は一瞬の戸惑いを持って、避ける訳にもいかないと何かの先入観が結局のところ、後押しされたような気がする。それが何であったのか、神の道しるべだとこの上にいる紫髮の神様を思い浮かべながら僕はその人の横を通りす業としていた。それが本当にそうであるのかは今はどうでもいいとして、ある人に話しかけられた。
その人はそこを流れている川のように青い髪を赤い玉が二つ付いているもので小さく両端に一つずつまとめている。何かの作業の途中なのか分厚めの衣服とは異なり、肩を出した服装で所々が汚れていて使い古しているのだけはよくわかる。下は色気も何もない長ズボンで黒い模様が描かれているようにも見えるがきっと汚れだろう。何か金属を扱う事をしているように見えるが遠くに見える丸いドーム状の半球に煙突が付いている建物が作業場だったりするのだろうか。
それともう一人。緑色の草木のような色合いをしている髪に白いフリルのついた赤いリボンを付けている。赤い色を基調としている緑色のグルグルと描かれている模様があるのだが、どのような意味があるのかはさっぱり分からない。その他、誰か居るような気はしないのでこの二人が先程から話している人なのだろう。前者が元気そうな声、後者が落ち着いた声の主なのだろう。
「此処に人間が来るなんていつだろうね」
青い髪の人はそのように僕に言葉を投げかけた。妖怪の山は本来ならばこのように平然と入っていいような場所ではないはずだが、いつの日か出来た守矢神社によってよって参拝路が出来て以来、人の往来は激しくなった。その事は誰から聞いたのだろうか、忘れてしまった。
「そうなんですね」
適当な返事ではある。此処に入ったのはこれが初めてでもないので今更しらを切っても図々しいだけなもので何か利益がありそうには思えなかった。
「早く逃げた方が良いよ。度重なる不祥事から参拝客も人数を減らしているくらいだから。それとも何か目的でもあるのかな?」
「人を探しています。黒髪の灰色の着物を着ている人ですが」
「あぁ、少し前に通り過ぎていたね。でも、どうしてそんな人を探しているの?」
「妖怪の山に来い、なんて言われまして。困ったものです」
「ねぇ、雛。もしかして息子って言っていた人かな?」
「それはどうなんでしょうか?」
その声は何処かで聞いたことのあるような声だった。確か初めてかその辺りの時に出会っていたような気はする。月に行ったあの件までには会っているはずだ。
「何か証拠になりそうなものはありますか?」
「じゃあ、その人の使っているものは?」
「刀ですね。いつも腰に携えてますよ」
「その人の持っている刀の刀身の色は?」
「今は銀です。その前は黄色、黒だったらしいです」
「その人なら確かにこの山にいるよ。見間違える事は全くないよ」
「有難うございます」
「頑張ってきてね」
そういうその人は何処か悲しそうだった。さて、何があったのか僕には到底理解できない事だろう。一々口に出して突っ込んでいくのも今回だけは悪いように感じる。
「はい」
我ながら軽い返事だ。それ故に何か違うように感じる。それにしても雛と呼ばれていた人はほとんど話そうとはしなかったが何か気になる。
◯
「何かあったの、雛?」
「いいえ、何も。ただものすごく気になるの」
「何が?」
「あの少年の凛々しい表情よ。言わせないで、にとり」
「ごめんごめん。じゃああの時、忠告した人だったんだね」
少年が去った後、川岸に座っていた二人はそんな会話をしていた。その時だ、大きな遠吠えが聞こえてきたのは。