何もなかった、本当に何もなかった。僕は一つの回答を見つけてそのように思いながら目を覚ました。
今は大きな一部屋の中で暮らしている。土間と呼ばれる場所があってその先に進むと囲炉裏という場所を囲むように畳という草で編まれた床が広がっている。枚数は八枚ぐらいだと思う。その上で布団を敷き、眠る事になった。和風建築というものであるらしいが紅魔館に比べると狭く、自分のスペースというのも何もなかった。つまり、犬走 椛さんとは同じ部屋な訳で変な緊張からそんな事を思いつつ、目覚めの悪い朝を迎えた。
寝ぼけているためか妙に遠くからはくつくつ、と何かを煮ている音がしている。かまどと言っていた場所からだろうと思っていたが囲炉裏だった。天井から吊るされた金属の棒の先に引っ掛けるフックのような場所に一人用としては大きめな丸い鍋をかけていた。其処には木製の蓋が鍋から何かが溢れないためにしているように見えた。目の前には箸と呼ばれる木製の棒と上の方が一部欠けた白い茶碗、模様が薄れて何が描かれているのか想像し難いお椀が重ねて置かれていた。僕はそれを見て状況が理解出来ていないところをある人が声を掛けてきた。
その人は白い髪を首筋までで切り揃えた髪型に小さくて赤い山伏の帽子を被り、側面からは赤い紐が耳の辺りまである。服装は白色のもふもふとした肌触りのありそうな感じで黒い生地に赤い紅葉があるスカートを履いている。一応調理中であるらしく白い布を羽織ってはいるが袖はないので危ない事には変わりはない。
「おはようございます、ご飯出来てますよ」
優しいしっとりとした声だった。咲夜さんのような時折出てくるナイフのようなものは何もない。どちらかと言えば、花を愛でいる時の気持ちとそう変わらないのだと思う。
「すいません。何も出来なくて」
起きたばかりの僕は回らない頭をフルに利用して何とかその言葉を出す事にした。
「本当にあの青年の息子なのか、疑わしいところですね」
「何かおかしな点でもありましたか?」
「あの方はふらり、と来ては去っていくそんな人でした。そこに感謝の言葉はなかったです」
と文句のような言葉を並べている割にはその態度は含まれていなかった。どちらかと言えばそれだからこそ愛おしいなどそんな所。何があったのは気になる。
「それに比べて息子は良く出来ていますよ。私が本当の息子か疑うほどに」
「母さんにそれは教わりました。王国の子供という事でそれなりの作法は学ぶように言われましたがあまり効果はないと思います」
「それはどうでしょうか。誰かに拒まれたりした事はないのではないですか?」
椛さんは何処か物事を見透かしているような物言いをするのだが、それがどのようにして起こるのかは全く分からなかった。それにしても、特に何も言わなくても適切と思われる量をよそう。そして僕の前に置くと自分の分をよそい反対側に座った。その動作になにか疑問だと思うところはない、しかし変に違和感はあった。
「いただきます」
椛さんは手を合わせていた。膝を折り曲げて座り、サラサラと食べていく。今日の朝はご飯とすまし汁。紅魔館の時と比べると質素なものだった。ここまで生活が変わると違和感もあるが体験という事で僕は椛さんの真似をしながら食べていく事にした。
その間、話せる雰囲気ではなかったので話すことはしなかった。威圧感がある訳ではなく、何となく肌身に感じられる程度なので食べづらさはなかった。塩気のある深い味わいがある汁を啜りながら、時折ご飯を口の中に入れていく。それだけの食事だった。満腹感はないが充実感はあった。
「それでは、私は哨戒に向かいます」
椛さんも食べ終わり、もう一度手を合わせた。それから食器を片付けようと立ち上がりながらそのようにぼそっ、と言っていた。哨戒というのは白狼天狗に任された妖怪の山を守る業務の事で椛さんが筆頭となって行っているらしい。千里眼を持つ椛さんの能力が妖怪の山に侵入する悪者を拒み続けていたはずだが、それも最近破られた事で更なる増員が行われたらしい。
「貴方はそうですね、雛さんやにとりさんの居る河原へ向かってみてください。あの人は鍛治職人の側面もあるのでもしかしたら力を貸してくれるかもしれません」
水の中に食器を入れて手慣れた動作で洗っていた椛さんは背中から僕に語りかけていた。確かに今のところ、妖怪の山の中で何処かに出かける用事はない。それなら行ってみるのも悪くはないだろうと思う。
「そうしましょうか」
「道は分かりますか?もしかしたら天狗に声をかけられるかもしれせんが私の名前を使って切り抜けてください。ちゃんと知らされていればお咎めはありませんので」
「はい」
手早く片付けた椛さんはすぐに家から出ていった。その時に戸締りのために出るように言われてたので出る事にした。椛さんはいつもの場所へ向かうそうだ。僕もにとりさんのいる川原へと向かおうと思う。