ほとんど同時刻、人里の北側にある寺子屋に人が入り込んできた。そこの寺子屋をしている上白沢 慧音はその人を白々しく見つめていた。その視線はまさしく静かな怒りに満ち満ちていた。だが、それは一転する、その人の表情を見ていると決してそうだとは言えないからだ。
「どうした?」
声のトーンは優しめで聞いていた。慧音もいくら邪魔されたからと言って相手の主張も汲み取れなくなるほど弱い心の持ち主ではなかった。
「大変なんだ!人が首を噛まれて死んでいると思う」
寺子屋に入り込んできたその人はとても曖昧な表現をした。それを聞いていた慧音はきょとんとした表情を浮かべるしかなかった。どうしても想像しにくいのだろう。暫くしてから言葉を交わした。
「今日の授業は終わりだ。寄り道しないで帰るように」
それを聞いた子供達は嬉しそうに授業の道具を仕舞ってすぐに立ち上がると元気に帰っていった。そこで早く帰れよ、と声かけはしたが子供達にはあまり効果はなさそうで暖簾に腕押しであった。一つ大きなため息をしてから慧音は真剣な表情を浮かべて聞いた。
「それでどうしてそんな曖昧な表現をしたんだ」
「それは顔色は青白くて反応もないが体温はあるんだ。俺も慧音さんを呼んでくるようにしか言われてないからわかんねぇけどそういう事なんだ」
その人は熱く言葉を出していた。それを慧音は冷静に考えながら何度か大きく頷いていた。
「それは不幸な出来事だった。それにしても人里でそのような騒ぎを起こせばどうなるのか分からない妖怪は幻想郷に居ないはずだが。折角だ、状況くらいは見てみよう」
慧音さんはそう言いながらスタスタ、と歩いてその人の前にある戸を閉じた。それから遠くへ行く足音が近くに来て靴を履く音が聞こえると玄関ら出て来た。六角形の青色の帽子で先には羽が付いている。白いレースのようなものの上に青色の服を重ねて着ているようだ。胸元には大きなリボンがあり、くるぶしまである丈に届くぐらいのスカートの丈で胸元は少しだけ空いている。
「俺が案内します。付いて来てください」
「すまない」
軽い一言だけ返して静かにその人の背中を追いかけていた。そのだけなのだが何か気になるようだった。
○
慧音を連れた人はその現場へと辿り着いた。其処には見事に青白くなった細身の体をした男性が倒れていた。だが、首元だけは赤くなっていて血が通っていることだけはよく分かる。それ以外は特に目立った外傷も特徴もない。慧音は少し考えてから聞いた。
「誰か何か見たことがあるなら話してみてほしい」
しかし、誰も答えようとはしなかった。
「どうした、みんな?何か言い出しにくい話でもあるのか?」
慧音の言葉にひとりの人里の若い者が話してくれた。
「白い肌をした人が居ました。その人は満足そうに帰っているの見ました」
「それは本当か?」
「見ない妖怪なので覚えておきました」
「見ない妖怪、か。うーん、それは困ったものだな」
慧音は静かにそう答えてから自分が立ち上がった。幻想郷の中に入ることを幻想入りという、それは物や文化といったものが入ることが多いのだが、偶に人間が入る。そしてごく稀に異世界の覇者みたいな強い何かが来ることもある。慧音は最後のことを考えていた。
「白い肌だといったな。男か女かそれは分かるか?」
「童らしき身長だったのでそのあたりのことは全く」
「童?私が考えていることは線画薄いかもしれん。取り敢えず誰か永遠亭にこの人を連れて行け。まだ間に合うかもしれん」
慧音はそう言って踵を返して寺子屋のある自宅へと戻った。人里の北側、妖怪の山が最も近い場所であまり人が住んでいない。今回はその辺りで起こった。慧音は寺子屋の塾生を帰したのは迂闊だったかもしれないと思いながら質問をしていた。
「見ない妖怪を見たのはいつだった?」
「今日の朝です」
「それは今の時間か日の出、どちらが近い?」
「日の出です」
「取り敢えず注意喚起を促そう。皆でやってくれるか?私は人里全体に呼びかけてくる」
慧音はそれだけ言って軽く走りながら東の方角へと進んだ。博麗神社のある方向だがまだ利用することはないだろう。彼処はあまりにも動くのが遅い。今のところは情報収集と注意喚起くらいで終わりそうだ。
○
ーー数日後、慧音はある名前にたどり着く。その名前は聞いたことのない名前ではなく、確か紅魔館にいるとされている人物だった。その男は憑依異変で組んでいた経歴があり、霊夢が苦戦した相手を倒したので実力はかなりあると思われる。それからどうやら前にいた青年の子供であるらしく七光りであることに変わりはない。
「ヒカル、か。少し当たってみる必要があるそうだ」
紫色の服装に短めの薄いピンク色のスカート。白い靴下と革靴を履いている紫髮の艶やかな女性、鈴仙さんと紅魔館までやって来た。雰囲気は来た時と変わらない。何も代わり映えもしないのを確認したところで僕達は紅魔館へと向かっていた。湖の孤島に建てたのは明らかな設計の不具合だと信じている。
「紅魔館なんて初めて入ります」
疲れと恐怖が入り混じった気の入っていないようなその声は今の状態をよく表していた。そういう僕も多少なり緊張しているが身震いするほどではない。
「大丈夫ですよ、僕は先導します」
「お願いします」
それを聞いてから門を通って、中庭を通って館の中へと入り込んだ。一階は調査したことを伝えて二階へと一緒に行動することにした。途中、横たわっていた美鈴さんは起き上がっていだが意識は朦朧としているようでかなり体調はきつそうにしていた。
「薄暗いですね」
「吸血鬼の巣窟ですからね」
二階も一階と変わらず、ろうそくに照らされた赤いカーペットの敷かれているだけの廊下の左側に各々の部屋がある。大体は妖精の使っている部屋だが、偶に倉庫のようになっている部屋はある。
「怖くないですか?」
「慣れたものですよ。それに地獄にも行ってますので余計に」
間違ってはいない、ただ鈴仙さんの反応はガタガタと顎を揺らしていそうな反応だったので何か申し訳ない気持ちになった。それから三階へと階段を歩いていった。二階のどこかの扉から上に伸びている階段がある。ここら辺は咲夜さんが定期的に変えているらしいが僕はよく知らない。
それから三階に登ってから一階、二階とは大きさの違う扉を開けていた。紅魔館の右側にある四つの部屋で三番目の扉を開けた時に探して来た人が見つかった。特に荒らされた様子はなく綺麗に色々なものが置かれている。その中でレミリアさんだけがいつも白い肌を更に白くさせて倒れていた。咲夜さん、美鈴さんと同様に首筋が異様に赤くなっている。