ポゴポコという音、そして囲炉裏で誰かが何かをしている音を耳で、それから布団の少しだけ柔らかいこの感覚を背中で感じていた。僕は次の日を迎えたらしい。それだけはよく分かった。
まだ眠たいが起きたら眠れそうもないので上半身だけを起こしていた。其処には椛さんが居て優しい笑顔で朝の挨拶をされた。僕はそれを返す。それから辺りを見回してゆっくりと起き上がった。土間に立ち入り、戸を開けて外に出て大きく息を吸ってからゆっくりと吐いた。気持ちも冴え、目もぱっちりとしていた。
「今日は鍛錬をしますのでその辺りは気をつけてくださいね」
そんな声が後ろの方から聞こえてくる。声の主は分かっているので何とも思わないがまるで近くで話をされているように声が通る。僕はそれにはい、と返していた。特に意味はない。
それから僕は剣を抜いて素振りを始めた。慣習というよりかは物心ついた頃から自然とやっていた。何かこれをしていないと心がすっきりとしないのだ。
上から素振りを満足いくまでやる。何となくだが、これは綺麗に入ったな、と思える瞬間が来るのでそれを何十回か繰り返す。それから左から、右からを続けていた。すぱっ、と何かを切る想像をしながら剣を動いていた。椛さんはそれを分かっているので先ほどのような言葉を投げかけた。この時の僕に時間という概念はない。朝早くから行い、終わり次第自室に戻る。紅魔館に居た時は誰かがタオルを置いておいてくれた。咲夜さんしか居ないのだろうが。
「ヒカルさん、食事の用意が済みましたよ」
それを聞いて僕は静かに鞘に剣を納めてから踵を返して家の中に戻った。
相変わらずご飯とすまし汁だけ、具も変わらないのはこれで何回目だろうか。それを思いながらある事に感謝して手を合わせて食べた。これには食べ物やそれを作った人に感謝を伝えるためのものらしい。それなら、と僕も真似して手を合わせている。椛さんはそれをさらさら、と食べる。僕も自分の速さで同じように食べた。欠けた茶碗一杯とお椀一杯のすまし汁、今日もそれだけで終わった。何もここまで少なくなくても良いだろうが何かと集中できるような気がするので文句は言わない事にした。それに余計な事を考えることもなくなった。
「それでは、行きましょうか」
椛さんのその声で僕も後に続いた。椛さんは左手に盾を持ち、腰に横にして大剣を持っていた。僕は腰に一本ずつ左右に携えている事にした。
どうやら少しだけ下山して行うらしい。
○
綺麗な水面とそれに照り返されてくる太陽の光。それから対岸には多くの木々が生えている。こういう場所で行うらしい事は前に見た基本的な技の練習だった。
「青年も習得している技について教えます」
椛さんはそう言っていた。青年というのは僕からするとお父さんに当たる人で色んなところでいろんな事をしていたらしい。椛さんからは既に持っている風を利用した技を使えるようになっているらしい。
「まず、一ノ技 風刃について。これは集中して風を刀身に集めてそれを放つものです。多分、一、二回やれば使えるでしょう」
幻想郷には様々な元素が漂っている。それは自然を用いた物が多く、空気中に目に見える前段階で漂っている。それをかき集めて何かを触媒として利用する事で初めて技として目に見える形で出せるらしい。
そして、その技というのは椛さんの話を聞く限り、地面と水平線を描くように放つらしい。大きな威力を出す為には肩よりも後ろで腕が交差するように構えてから思い切り空を切り裂く。その時に発生するものらしい。体の使い方によっては速く出せたり威力を強くしたりすることができる。
僕は言われた通りにしてみる事にした。肩よりも右腕を後ろにさせてから腰を捻っていた。そして目を閉じて風を感じていた。静かに木々の間を流れる風の動き、それを剣に纏わせていくようにする。それから僕はどのような動かし方をしようか考えていた。ゆっくりとやっても良いし、素早く出してもいい。ただ、ゆっくりとやっていた方が難しい。それは継続時間に由来する。
僕はゆっくりとやる事を決めた。更に腰を捻り、それから地面と水平になるように振り切る。その時、左腕を伸ばしておいた。ズバッ、と水が切れる音がした。そして小さな水柱と川の流れをある程度寸断する波を起こした。どうやら完成したらしい。
「流石です。それにしてもやはりその剣のおかげでしょうか?かなり威力があるように見えます」
確かにこれには魔法陣が刻み込まれている。これは初心者用の物で念じれば何でも出来る。ただし、それは魔法道具として補助器具でしかない為、無くなれば何も出来なくなる。これは貰った時にお父さんから聞いた事を解釈している事だ。本来は小さな火や気持ちいい風を出せる程度でしかないのだが、、念じる強さや淀みのなさで強弱が決まる。お父さんはその辺りがかなり綺麗だった。それは最弱と言われる人間が妖怪はおろか、神とさえ戦える。
「これで勝てるわけでもありません。次に行きましょう」
僕はちょっとした嫌悪感から強く当たる言葉を出した。その目は確かに椛さんに何かを訴えていたようで相手の目の色が変わった。
「次は二ノ技 風凸です。これは先ほどの風刃を突きとして利用する物です」
風刃よりは範囲は狭いが、届く速度と威力では勝る。それとこの二つの技は距離の減衰があるので近くで当てる事と強く言われた。剣持ちが中距離攻撃を持っている時点でそれは強いと思うのだが、其処は気にしない事にしよう。
僕は腰の横に腕を縮こめる形で構えた。それから再度同じ想像を行った。風の流れ、その強さ、それから向きを感じ取って何をしたいのかを思い描いた。そして体の重心を低くする。そして、放った。今度は軽い音がした。風刃のような範囲的な凄みはないが真っ直ぐと飛んでいるその綺麗さはあり、水面を切り裂いていた。ようやく戻ったところでまた乱されていた。息を吐いて目を開ける。両端に分かれた波が川の流れを阻害、促進の両方を行なっている。
「次は四ノ技 風舞を使えるようになりましょう」
「三ノ技は何ですか?それとそのふうまという名前の由来は?」
「三ノ技は索敵用です。今は必要ないので習得は明日以降にしましょう。これと時間が要ります。それは私が適当に名付けました、と言うよりかは青年が使ったものを利用させてもらっています」
つまるところ、お父さんが椛さんからこのような技を習得する中で独自の使い方を身につけたと言うことか。それを椛さんは真似ている、と。とんでもない父親を持ったものだと僕は思った。それと三ノ技はとやかく言うのは今はやめようと思った。多分、一人でも出来るだろうし、今はここまでの二つの技とこれから習う技を実戦で扱えるようにするらしい。
「分かりました。今は椛さんに追いつけるようになります」
僕はそれだけを伝えた。それに対して、椛さんからの反応はないに等しかった。
「相手の攻撃を避ける際に行う高速移動です。こればかりは脚に風を纏わせる必要があります。後は実戦で使ってみる事にしましょう」
そう言いながら地面に剣を突き刺して盾だけを構えた椛さんは僕に対して向かってきた。僕はまだ斬るに値しないらしい。それを思い切り示しているがその実力差はよく分かっている。ボロボロの状態のお父さんに勝てなかったのだからそれはもう仕方がないだろう。
「はい」
「では、来てください。見ての通り、攻撃手段は持ち合わせておりません」
椛さんは僕との距離を十分に開けて待っていた。その待ちの姿勢には隙というものはない。少しでも近づけば盾で押される可能性もある。それだけではないとは思うがとても近づける気はしなかった。
僕は一歩足を出した。そうすると壺のように空いた穴があった。この状態で隙があるとは思えないのでわざと開けているのだろう。
そう思うと僕は足を一歩更に近づけた。それから更に近づける。一刀足、その間合いまで詰めてきた。両腕に構えていた剣をゆっくりと動かしながら本当の隙を見せるまで待つ事にした。剣は出来るだけ対極にさせて偶に斬るような素振りを見せてから引く。これは遊びではなく、駆け引きなのだ。どちらがどのように動くか、また動かせるか。それによっては大きく異なる。
椛さんはそれでもあまり動く事はなかった。身体の向きは僕に合わせている、その程度の移動しかない。それ以上は動く気配がない。僕のやっている事を全部否定するように。
それならと思って左腕に持っている剣を下から持ち上げるように振り上げる。その方向は右斜めだ。
もちろんだが、弾かれる。上の方向へと弾かれてから持ち方を変えた。弾かれた方向へと身体を回して背中を向けてから下から押し上げるようにした。もちろん、其処に『ニノ技 風凸』も組み合わせて。
ガツッ、と言う鈍い音はしたが反応はされた。僕は怖くなってそのまま駆けてから身体を捻って後ろを向くついでに風を感じ取って弾いた。
『一ノ技 風刃』
向かってきているなら瞬時に止める必要があるし、距離があるなら牽制にはなる。走った二、三歩の間合いを開けていた椛さんはその場からは動いていないようで上に弾いていた。避けるということは出来たのだろうが手を抜いてわざわざ弾いていると思っている。
「一ノ技、二ノ技どちらも出来てますね」
感心するように椛さんは言葉を連ねた。だからと言って僕も気を抜くつもりはない。ここでようやく出来ただけだ。少しくらいは手を抜かれていると思うと僕はまだ撃たせてもらっているとしか思えなかった。
「次は四ノ技の練習です」
後ろに刺していた大剣を持ちながら椛さんは走り寄ってきた。右手に持っている大剣で足元をさらうように振り切る。僕はそれを跳んで避けた。だが、それは浮かされていた、直後に来た盾での押し込みが僕の無抵抗な身体を押し出していた。僕は後転をしながら立ち上がっていたがこれではそのうちやられる。
「先程は後ろに逃げるように使う場面です。脚技はまだ慣れませんか?」
上ではなくて後ろという事は地面の蹴り出し方、それとも何か明白な違いがあると思う。
「実践しますので来てみてください」
そう言って椛さんは盾を構えている。当ててみろと言いたいのだろう。それはそれで分かっていた。僕はよく分からないがここで立ち往生していても仕方がないのだろう、向かっていく事にした。
右側から水平線を描くように僕は腕を動かした。それは盾に当たると思っていたがそうではなかった。椛さんは後ろに下がっていたようで当たる事はなかった、それから僕から見て左へ行った後に右へと移動していた。その速さは残像が出来ているほど。技を使った回数は三回だと思う。そして移動の仕方は低空だった事と一歩で移動していた。その距離は飛んでいるとしか思えないようなほど。
「分かりましたか?どうやって発動するか」
「掴みかけてますのでもう一度お願いします」
「良いですよ。今日中に終わらせましょうか」
僕はその言葉を信じて椛さんにぶつかっていた。左側から方向を変えて何度も右側からも同じく何度も当てようと頑張ってみた。それでも届きそうになかった。それでも僕は諦めなかった。どのように行なっているのか、そしてどんな風の使い方をしているのかずっと椛さんの足元を見ていた。
離れているのかどうかの低空であの距離を移動していた。僕の視界の端から端、その距離を。そして風は下ではなく移動している方向は逆、一直線だけの高速移動だった。それだけ分かったのはかなりの収穫だと思っている。
僕は今度は真似てみる事にした。移動の節々に似た動きを合わせる。息に吹きかけられた綿毛のような気持ちで自分の体を動かしていた。何も分からない、それでも見えてきたその景色は正しく自分の成長を感じ取れるものだった。それでも椛さんの動きにはどうしても後になる。それと段々と集中力が切れてきた。
視界が暗くなっている、それと剣を持っているという感覚が失われつつあった。そして移動できる距離も短くなって三回やらないと届かなくなった。椛さんは僕がこうなっていても息一つ上がってきていなかった。これはかなり強い、そう思えた。
「もうそろそろ休憩にしますか?」
「いや、まだだ。あと少しで完全になる。それまでは待ってほしい」
「その気迫、似ていますよ。仕方ない人です、満足するまで相手します」
椛さんはそう言ってくれる。脚も段々と張ってきた、手の感覚は無くなりつつある、視界が黒ずんできた、それでも僕はやると言った。追いつきたいからだ、ここで止まっていられるほど優しい世界だと思っていない。それだけだった。
僕は出来るだけ低空で移動していた、まだ少しくらいは地面との距離を近づけられそうだがそんな事を言ってはいられなかった。距離が短くなり過ぎる。それとあれだけの低空を行える理由は地面の蹴り方だと思っている。少しだけ膝を曲げてから蹴り出す。そうする事によって低い高度を保つことができる。後は強力な風を想像して自分の足から出す事。それを心がけた。
椛さんの攻撃はあまり変わっていない。出来るだけ一回ずつ休憩を入れさせてくれる。それが気に入らないがそれだけ気にかけていることでもあった。僕は前から来る下からの足払いの攻撃を上に避けた。もう一度盾に弾かれる前に左へと避ける。それから左膝を折り曲げて地面を蹴り出した。多少の距離を開けてから着地する右脚を衝撃を吸収する際に行う屈伸運動で次の行動を起こした。右へと方向を切り替えてから両脚で地面を蹴り後ろへと逃げた。椛さんは僕の後をついてくるように身体を捻っていたが僕はその後ろへと回り込んでいた。曲線を描けるように細かく地面蹴って近づき、二刀を振り切る。
椛さんは分かっていたように腰を折り曲げて避けた。僕は地面の着地ともに後ろを向いていた椛さんに技を使った。
『二ノ技 風凸』
の派生、左脚の太ももに剣を当てて真っ直ぐに伸ばした脚から放った。それを椛さんはたまたまなのか避けていた。僕から見て左側へと移動していた。その移動は技を使っていたと思う。僕はその逆の方向へ逃げて対角線を描くような立ち位置になっていた。
僕の脚はかなり負担が掛かっている。それでもまだやりたいと思う。一発くらいはあの技を捉えたい。そう思った。勝てるとかそういう事ではなく、椛さんの動きを捉えて一撃を与えたい。今の段階では肉を断たせて骨を断つようにその反撃をモロに受けるだろうが手加減はしてくれると思う。
「だいぶ使い慣れてきたようですね。やりますか、休憩をとりますか?」
「やります」
僕の心は最初から決まっていた。それゆえの反応の速さと即答。
「自分の身体を労ってあげてくださいね」
椛さんはそう言って腰に大剣を納めていた。そして武装を解いていた。僕はちょっとした苛立ちがあったがふらっ、と脚が崩れた。左脚が折れたような感覚になり、其方へと倒れそうなところを椛さんは支えてくれた。此処なら当てられるだろうがそれは辞めた、それが出来そうな体力は残っていなさそうだった。