冷めた空気の中、僕は剣の柄を握っていた。一人だけはなんとなく真剣な眼差しを向けているような気もしなくもないが僕が負けたところで三人で潰せばいいと感じるとそれはまた違う意味を生み出していく。この戦いに何か意味はあるのだろうか?それと椛さんは一体どういう関係なのだろうか?神奈子さんと諏訪子さんは確かに二神として此処に祀られている存在ではある。それは紛れもない事実ではあるがそれと椛さんが仲が良いのは別物ではないだろうか。
そんなことを考えながら早数秒、一向に状況は良くなりそうもない。
「ヒカルさーん、適当にやってください」
と椛さん。
「良かろう。やらせてやる」
と神奈子さん。
「何でもいいや」
と諏訪子さん。
「これはどういうことですか?」
と僕と同じく置いていかれている早苗さん。他の三人と比べて経験というものが少ないらしくどうしても戸惑うことが多かった。
「随分と期待されているじゃないか。面白い。少しだけ暴れてやろうか」
と黒いドレスを着た如何にも人を誘えそうな服装をしている人は言う。この状況でそんな事を言う辺り、それなりの実力者であるのは確かなのだろうが逃げるのが先決だろうと思う。それほどに三人の実力は計り知れないものがある。
「やっちゃってくださーい」
本当に軽いノリで楽しそうにしている椛さんの実力はよく分かっている。どれだけでを抜かれているのかも分かっている。僕がどれだけ弱いのかも分かっている。それでもその気楽な返事はどうなのだろうと思う。此処のところ、僕は何も話せなかった。状況についていけないことと、あまりにも戦いをする空気感ではなかった。
それでも相手は特にその事を気にしているようなことはなく、どちらかと言えば楽しそうにしているのだけはよく分かった。獣が捕らえられそうな獲物を見つけたときのそんな顔をしている。
「さて、始めようか。とその前に私の名前はカディング・スカーレット。太陽を克服した吸血鬼だ」
恐らく彼女の能力は食した血の成分を自分の力に変えられるのだろう。不特定多数の人里の人々と一部の天狗、紅魔館の面々の血を平らげたのでもう太陽なんていう弱点はなくなってしまったのだろう。吸血鬼に対してさほど知識もない僕が言うのもあれだが。
「しがない剣士ですので名乗る名はありません」
僕は礼儀も弁えずに話を進めた。戦闘であれば、多少礼儀は気をつけるつもりだがこれはもう殺し合いである。礼なんてものに縛られていては動けるものも動けない。そうは言うが相手はニヤリ、と笑っていた。
「その目、とても良いよ」
そう言った刹那、僕の脚は即座に動いていた。左脚から放たれた風圧で一歩程度移動していた。そして僕は右側を見て一言、
「勝ちます」
「簡単じゃないよ?フッフッフ」
その人は両手を地面の方に向けていた。僕の予想は恐らく間違っていないと思われる。指先には確かに伸びた赤い爪。先は尖っていて鋭利であることには変わりなかった。
僕はその体勢のままかかとを浮かしていた。そして少しだけ自力で移動する。ほんの少しだけ間合いをあけながらゆっくりと歩いていた。左へ左へ。
また左へ。それに相手は普通に付いてくる。見ているだけだし、首なり体でも動かしていればそれでついてこれる。その間も確かに油断していた。それがどうと言うつもりはないがどうやら僕の方はさほど気にしていないらしい。攻撃する素振りがないからだろう。
これはお父さんから行く前に教わったことだ。幻想郷は俺たちがまともに戦って勝てる場所ではないこと、それと相手の動きを見ていること。それから自分の流れは貫き通す。この三点だった。それ以外は楽しめとしか言われなかった。お父さんにしては真面目な表情で言われたのでそれ以上何も言うところはないがそれだけ此処は弱肉強食だと言うことだ。まともに勝てるなんて思っていない。僕はこれからもずるい戦い方をするのだろう。
「早く血を寄越せ。そうすれば私としては用はない」
つまりだ。血が取られなければ僕の方を見続けると言うことだった。それはつまるところ何か別のものがあると見て良いと思う。相手の能力は恐らく血を糧にその人の力を取れるのだろう。僕からとっても何もないとは思うが何かあるのだろうか。
「そうですか」
僕は剣のある場所に風を集める、それは見えずとも指ではよく分かるものだった。それだけで僕は確信へと変えることができる。それをいつ使うかは相手の出方次第だろう。
「寄越せ!寄越せ!寄越せ!」
相手は右肩からしなりを加えた一薙を放つ。僕にはそのように見えた、ので一歩だけ退いてさっ、と避けた。足裏には確かに地面の感覚と風が流れた感覚が残る。
「寄越せ!」
今度は両手だった。赤くてかなり伸びている爪は確かに僕の顔の辺りを掠った。だからと言って避けようと気にはならなかった。当たらないのだ、ただ危なかっただけで他は何もない。相手が苛立ちを一瞬だけ見せてから僕は後ろに避けた。
相手は左腕だけを乱暴に振るっただけで他には何もしようとはしなかった。そしてそれなりの表情を浮かべていて何か考えているように感じた。それだけだ。
僕にはどうしても届かない恋路のようなそんなものを見ていた。追えば追うほど遠ざかっていく。相手であるカディング・スカーレットさんはこのような相手の対処は知らないのだろう。それに相手の戦法的に対処しようとすると自分の味をなくしてしまう。それを考えていると悪い事を考えてしまいそうだった。それはいかがなものかと思っているがそれも仕方ないと思う。
「勢いがなくなりましたね」
僕は一言。何もしようか考えていそうなカディング・スカーレットさんに放った。単なる言葉であるが的を得た発言であると僕は自負する。
「思ったよりもやるのがよく分かった。ちょっとだけ本気出す」
相手もまた何かをしようとしていた。僕もまた更に風を集めようと剣先に相手の行動が見える程度で意識を向けていた。側から見ていれば何も起きない戦場、されど本人からすれば駆け引きが生まれている修羅場。僕には止めようとしてももう止められそうにもない。辞めたいか、と言わればそれはない。
「何を見せてくれるのでしょうか」
僕はくるり、と右手に持ってきた剣を回した。それも一回だけ。相手は変な笑みを浮かべていた。これで決めるつもりなのだろう。そんな見え見えな思惑がいとも簡単に見えていた。
五本の指を交差させてその爪から出る赤い筋を飛ばす、『スカーレット・ネイル』。左右から斜めに入っている五本の線が僕の方へと向かってきた。逃げ場のないそれは後ろへと下がって受けるかそこから左右に逃げるしかなかった。勿論、僕は避ける方を選んだ。足裏から出された風によって後ろへと右へそして前へと移動していく。相手は目で追いかけて僕へと左腕で迎撃を仕掛けようとした。しかしだ。それは剣の刀身の上を滑るように弾かれた。僕は単純に右肩に剣を乗せていただけ。
相手からの攻撃に対して風の力で切っ先の方向へと流す『八ノ技 疾流し』は確かに相手の攻撃をあらぬ方向へと受け流した。そしてその回転を利用して横薙ぎの弱めな一撃を与える。そして右膝を折り曲げて左足裏に力を込めて止まる。
確かに当たったような感覚はあったがそれは現実となるような事はなかった。相当斬られた擦り傷を一瞬で治せる程度には回復力が高いと思われる。相手は唖然としていた。それだけの回復力を持ち合わせておきながら自分の放った一撃が綺麗に受け流されたことがどうしても受け入れ難いと言うような表情をしている。そして、僕から浴びせた一撃が確かに当たっていたと言う事。
全体的に面白くないと言いたいような表情だった。だからと言ってこちらも何か手加減をしようとかそう言うことは考えなかった。それをしている暇はないのとそれをしていて相手に失礼であることが挙げられる。
「は、はぁ。はは。は。は?」
故に相手は何が起きたのかそれを理解しているようではなかった。此処なら決められそうだと僕は剣に風を集めていた。まだ連発できるほどではないのでしっかりと準備をしている。どちらかと言えば最大威力の増大を狙っていた。その為にいつも最大まで溜めてから何もかもを放っていた。綺麗に扱えた時とそうではない時の落差はかなりあるがそれでも全く使えないと言うわけでもない。何となく、失敗している時の感覚は手の中に収められている。どこが良くて、何処が悪いか、その原因は指が知っている。どれほど頑張ってきたのかは僕自身が知っている。それでも油断ならない相手ではありそうだ。周りの人とは種族が違う、格が違う。だからこそ、だ。だからこそ僕は油断ない視線を相手に向け続けていた。
僕の方は用意は済んでいる。後は相手の出方を調べて今やれる事を見つけるだけだ。それ以外にやれる事はない。冷静に待ってよく待ってそれからゆっくりと息を吐き出した。僕の脚は勝手に動き出した。前方へ一歩。
それからもう一歩。
左腕を伸ばしてその先から小さな弾を打ち出しながら前進をする。剣の先から真っ直ぐな軌道を描いて相手に当てる突き『二ノ技 風凸』。
それから右腕を放った左腕の下に構えて両腕を大きく広げる。左腕と右腕を最大まで広げた時に起こる風を利用した『一ノ技 風刃』。
二段構えで当てる気満々のそれは相手には意外と効いたようだ。一撃目は右肩を射抜いていて血を流す程度の少々の傷を負わせることが出来た。それから二撃目は爪で止められて微妙に行動を止めた後で思い切り上に弾かれた。それは予想していたがここまで綺麗に弾かれると変に微妙な気分になる。どうしたものか分からなくなる。
僕は近づいたついでに何かしようと思ったがあまりにも使いすぎたので一旦逃げることにした。その頃には右肩の傷を自己再生していたのであまり効果はないと思われる。相当きついのは言うまでもない。僕はそれを後ろへ、左へと脚を動かしてその様子を見ていた。間合いはお互いに何か大きく動かないと仕掛けられない程度である。その間に、僕はあまり意味がないと思っている、と考えておくことで何か不測の事態が起きても対処できるだろうと念じることにした。
「『スカーレット・イービル』」
確かに小さな声でそう言っていた。僕の耳が腐っていたりしない限りはそう言っているように聞こえた。それが何を意味するものか、それは言うまでもないのだが確信できることと言えばさらなる高みへと上り詰めようとしていることだろうか。ちょっとした土埃に僕は不意に目を閉じてしまった。その間にも唸り声にも似ているその声を、強者としての存在感を出していた。僕には薄らと開いていた目からしか確認できなかったがどす黒いオーラを出していた。この先に何が待ち構えているのかはもう言うこともないのだが強大な力は目の前にあった。
勝てるかどうかは判断がつかなくなった。