東方魔剣術少年   作:mZu

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第94話

しゅん、とその唸り声は消えた。その代わりより一層増した存在感という名の強者の威圧は僕にとってはそれなりのものだった。足が震えている、それにまともに体を動かせそうにない。そのはずだが、楽しいと思える自分がいる。どうしてなのかは分からない。

 

「雲行き悪くなりましたね。今まで通りやっていてください」

 椛さんは久しぶりに口を開いたと思えばものすごく仄々とした口調で僕のことを応援しているのかどうか分からないような声を出していた。戦闘時や僕に発破をかける時に見せるようなあの野太い声ではなく、いつも通りの優しい声だった。ふと右耳で聞いていたがとても気が楽になったのは確かだが、鼓舞してくれた方が良かったような気はする。

 

 いつも通り、いつも通り……いつも通り。僕はずっと念じていた。僕にとってのそれは落ち着いた意識で放つ起死回生の一撃。幻想郷で勝利をもぎ取るためにはどうしても必要なものだった。両腕を回して体をほぐすと僕はすぐに臨戦態勢を取った。ここで不用意に攻撃しても勝てるなんていうのは分かったものではない。

 

「綺麗なものだろう。これが私の本気だ」

 黒い髪は更に長くなって腰へと近づきそうなほどだった。そして艶のある綺麗な髪に何となく僕は美しいものだと思い始めていた。

 

「それは見ていればよく分かります」

 それから何となくだが、爪の長さが長く、厚くなっているような気がする。流石に厚さは見ていても分かるものではないが長さは一寸は伸びたのではないのだろうか。それを判断するには少しだけ遠かった。

 

「この姿を見せるのは数人しかいない。やり過ぎてしまうのでな。相手を選ばないといけない」

 

「周りはもっと強いです」

 椛さんに、神奈子さん、諏訪子さんは特に何か動揺しているようなそぶりは見せなかった。それほどに今の相手はそういうほど強くないのかもしれない。だからこそ、椛さんは僕に挑戦させるように裏で口合わせをしていたのだろうか。

 

「そうでもないだろう。あの吸血鬼は何も出来なかった」

 鼻で笑ったところで僕は目の方に不意に力を入れていた。レミリアさんは必ず何か別の事をしようとして油断をしていただけだと思いたい。それに彼処はそのような事、相手を見下したりなどしないところだと思っている。きっと何らかの手段を用いたと思う。

 

「それは知ってますよ。見てきましたから」

 

「ふーん。それはご苦労なものだな」

 ハッハッハ、と笑えばその人は口角だけを上げていた。僕の中では緊張というものが走っていた。それに何か違うと思うものが流れていた。

 

「同じ目に遭わせてやるよ。楽しみにしてな」

 まるで子供に言い聞かせるように優しかった。それがどれだけのものであるのかはよく分かっていた。だからこそ、僕は何もしようとはしなかった。静かに相手の動きを待つ。基本的なスタンスはこれだ。今の僕にそれ以外の選択肢はなかった。

 

 空気は振動していて雰囲気はビリビリとしていた。その中心にはカディング・スカーレットが居て僕のところまで届くその覇気には周りは特に反応なしない、ただ一人を除いて。

 

 それを感じて僕は、手の中に握っていた剣の柄の感触を感じていた。たらり、と垂れた切っ先、気怠げにも見える四肢、凝り固まらない程度の深く考えない思考、その全てを行なった。目は一点を見つめて腰を低くしていた。剣には確かに風が纏っていた。

 

 相手は僕の事をよく見ていた。あれまでの事をされた恨みを晴らそうとしているようで全力で来るらしい。それを見据えて僕は力を抜いていた。

 

 一瞬の沈黙、それから一つの音が鳴っていた。水溜りに水滴が一つ、落ちた音だった。

 

 その時にはもう相手は目の前にいた。右腕手の突き刺し。長く鋭くなった血のような赤い爪は僕の腹を狙っていた。僕は目を見開いていたかのようにそれがよく見えた。

 

 僕は後ろへ下がったものの、力加減を誤った。あまりにも素早い動きであったために焦った、もし慣れというものがなければまともに受けていたとさえ思える。僕は一つの焦点が遠くなっていくのを感じながら地面を転がり、右足でその勢いを止めた。本当に僕は弱いと痛感させられるようなものだった。少しだけ足に痺れを生じさせるほどの威力を出してくるとは思ってもみなかった。

 

 相手は僕の事を見て、ほくそ笑む。それから更に与えようとゆっくりとした動きから左右にその体が割れた。その二つの体は左右から僕の事を狙っていて何をしたいのか、大体の予想はついても最後までは理解出来ていなかった。

 

 守矢神社の境内、保護者と統治者によって見守られている中で僕は相手の綺麗な欺きに気付けなかった。相手は僕のことなんて眼中になかった。その後ろ、大きな木製の社の前で呆然とたたずんでいる三人のうちの誰か。僕を狙っているにしては大きな円形をとった両者によって僕は檻の中に閉じ込められたような錯覚さえ感じる。

 

 僕はそれに気づいた時には踵を返していた。そして、足裏に力を溜めて思い切り踏み出してから当てのない場所へと駆けつけた。相手は誰を狙っているのかそれはどうしても判断がつかなかった。

 

 この中では外見的には一番小さくて弱そうに見えてしまう諏訪子さんだろうか。それとも背中に注連縄をしている明らかに実力のありそうな神奈子さんか。それか、実力が未知数である早苗さんか。

 

 踵を返したその時の動いている視界から判断して真後ろへ駆け出した僕は少し卑怯かもしれないが後ろから自分の持っている剣を振り下ろした。肩から流れるように動かした腕はしなるような動きで地面の方に振り下ろしていた。相手の背後を狙ったその一撃は急に黒髪から緑髪へ、黒色の服装から白色の服装へと変わった。僕はその一瞬のうちに誰に攻撃をしようとしているのか理解出来た。守矢神社で風祝としている早苗さんだった。半ば、宙に浮いていた足裏と既に振り下ろしている右腕ではもう避けられそうになかった。顎に力を入れて腕の向きを変えようと試みる。早苗さんに刃が届くまでは恐らく剣の軌道を変えるためにはあまりにも短かった。少しだけ危ない橋を渡ってみるか?

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