襖の外からは明るい光が入ってきていた。昨日感じていた身体の不自由感は何もなかったように落ち着き、軽い気持ちで布団から出ていた。それでも、歩きにくいのはどうしても気にせざるを得なかった。少し休んでいた間に筋肉量が落ちたらしい。まずは、元の身体に戻るような鍛え直す必要がありそうだ。
そう思いながらも、襖を開けて外の景色を眺めていることにした。館の外には竹林が広がっていて、中には赤く塗られた橋と池がある。池の水面に反射した光はキラキラと輝いていた。ここで走り込むなんてことは考えなかったが身体の訛りのことも考えて少しくらいは体を動かしても良さそうな気はした。
「おはようございます」
僕は後ろから声をかけられた。その声は控えめで内心ではドキドキしているような震えがあった。僕は気にすることなく、その言葉を返した。
「お身体の方はどうですか?見た感じ、なんともなさそうですけど」
確かにそう言う点ではそのような言葉が出てきてもおかしくはなかった。しかしながら、何処か違和感は残っている。あの時、確かに腕には痛みがあった。その事実は歪むことはないと思いたい。
「腕の痛みはどうして取れたんですか?」
僕は聞いた。
「それは師匠に聞かないと分からないです」
すみません、と軽く謝られたが僕には誤っている理由は理解出来なかった。補佐である鈴仙さんが詳しく知っているとは思っていないからだ。多分、新薬の開発に貢献したのだろう。
「それなら、永琳さんのところへ向かいますので後で身体を動かすのを手伝ってください」
僕はそれだけを言い残してその場を去ることにした。別な無理にそうする必要はないが、気になることは聞いておきたい。
○
とある襖のある部屋の前にたどり着くと襖に触れてから軽く開けておいた。そして、永琳さんを呼んでみた。返答は意外にもすぐ返ってきた。ととと、と軽い足取りで向かってくる。
「どうかした?」
「少し聞きたいことが」
「何かしら?」
「僕にはどのような薬を使いましたか?」
僕の質問はそれだった。ただの素人目から見ただけの異常なことに疑問を投げかけても答えてくれそうな人に聞いているだけだった。
「自分自身の自然治癒能力を向上させる薬よ」
回答はそれだけだった。確かにそう言えばそれで済むのだろうがもう少し掘り下げてみようと思う。
「何か副作用はありますか?」
「別に、それは聞かなくても大丈夫よ。現に元気そうじゃない」
永琳さんは確かにそのように言ったが僕は何か隠しているような気はした。
「それは有り難いですが、何か気をつける事がないか、それぐらいですかね」
「しばらく運動は控えた方がいいわよ。身体が追いついていないから」
「それはどれくらい?」
「昨日、目が覚めては眠るのを繰り返していたのではないかしら?それほどに疲労は溜まっているわ。明日、退院の予定だけどとある白狼天狗が必死に頼んでいたから特別よ本当ならばもう二、三日は横になってもらいたいわ」
「何となくですが、理解しました」
「それと教えてあげる。世の中には聞かなくても良いことはたくさんあるものよ」
「だとしても、興味を持つのは変わりないのでは?」
「変わらないわね。無理のない範囲で好きにしていると良いわ。その代わり、剣は明日まで預かってます」
「そうですか」
僕もこれ以上聞くようなことはない。ちょっと疑念ではあったが血筋は争えないらしく、お父さんもさほど変わらない問題児ではあったようだ。休息も大事だが、時間に追われていることには変わりないのだろう。永琳さんももうそろそろ堪忍袋の尾が切れそうな気はする。
「朝食の時間には呼ぶから、目に見える位置にいなさい」
生憎、僕達の扱い方には慣れているのかこれから何をするのかも聞かれなかった。相当な疲労が溜まっている、と言う言葉には引っかかるが僕は鈴仙さんにもう一度声をかけてみようと思う。
○
しかし、そう戯れている時間もなかった。鈴仙さんはこれから人里で薬の配達を行うらしい。僕も付いて行こうとしたが、それは違うのだろうと自分で判断して永遠亭に留まることにした。なので、想像をしている事にした。竹林の中を通り抜ける風と言葉を交わすようにポソポソと呟いてみた。
聞こえはしないが何かを言われているような気分になった。それでも、僕はそれを聞き取ることはできない。謎の言語のようにも聞こえるし、ただ単純に声が小さくて耳では拾えないだけなのかもしれない。もしかするともう少し違うやり方で行うのかもしれない。
それでも分かることはある。どこへ向かおうとしているのか、誰がどの辺りにいるか。一瞬だけ、残像が現れたようになっては消えていく。妖に驚かされているのだろう、と言っても仕方ないだろう。それほど曖昧で奇妙なものだった。
それは風の調べと言うべきか、味方になってくれているのか。何も考えていない事で頭の中が空になっているだけなのか。疲れからくる幻覚なのかーー、想像はそれを超えていくのか。僕には判断出来なくても感じているものはある。三ノ技だと言えるものなのだろうか。僕には答えなんて導き出せないものなのに自然と物事は浮かんでいた。それでも沈んでいく。それは雲のように空の上を漂っているようで二度と同じ形のものはなく、次々に現れては何処かへ流れていくようだった。
今日のところはそれだけで終わらせた。別に時間が来たからではなく、立ち疲れた。それだけだった。やはりそれなりに色々なものが崩落しているようで出来たはずのことも出来なくなっていた。これはかなり頑張らないといけない、と自分を鼓舞する事にした。