艦隊これくしょんー置いていく者、置いて行かれる者ー 作:きいこ
「…瑞鶴、ちょっといいかしら」
呼び止められた瑞鶴が振り返ると、そこにはかなり不機嫌そうな加賀がいた、理由は十中八九“あの事”だろう。
「提督から要請があったわ、あなたがしばらくお休みするから私に旗艦を任せたいって、あんな事があって間もないのに本当に休むなんて、いいご身分ね」
案の定と言うべきか、加賀は瑞鶴にネチネチと文句を言ってきた。とはいえ旗艦という少々面倒な仕事を押し付けられたら事に対する文句などではなく、単に赤城の件を引きずった八つ当たりに近い内容であった。
「…すみません、少し身体の調子が良くないんです、艦隊行動に重大な支障が出る前に万全にしておきたくて…」
「全く…体調管理もろくに出来ない上に私に旗艦を押し付けて自分はのんびり休む、本当にいいご身分なことで」
依然と続く加賀の文句に瑞鶴は無意識のうちにイライラを募らせていた、もちろんこんな感情を抱くことは筋違いも甚だしい事くらい瑞鶴にも分かっていた。
「…すみません、数日中には何とかしますから…」
瑞鶴はそう手短に言うと、その場から逃げるように足早に去っていった、あのままここにいたら間違いなく加賀に当たってしまう、それを自分が一番よく分かっていた瑞鶴は一刻も早くここから離れたかった。
「何なのよ、もう…」
その様子が少しおかしいと感じ始めた加賀だったが、今の加賀にそれ以上思考を進めることは出来なかった。
◇
「…ふぅ、旗艦も楽じゃないわね」
出撃任務からの帰投後、補給と修復を済ませた加賀はコキコキと肩を鳴らしながら食堂へ向かっている。夕食には少し早い時間なので待つことも考えたのだが、執拗に空腹を訴えてくる腹の虫の声に根負けし、足を運ぶことにした。
(それにしても、まさかあんなにみんながビビってるとは思わなかったわ)
加賀は歩きながら今日の出撃中の出来事を思い出す、相模からある程度のあらましは聞いていたが、随伴艦娘は赤城の件をまだ引きずっていた、流石に瑞鶴の時ほどではなかったが、やはり内心は不安に感じているようだ。
「一応、“あなたたちのことは絶対に見捨てない”って言って安心させておいたけど、どこまで効果があるか…」
加賀は溜め息を吐きながら食堂へ入る。
「…ん?あれは…」
時間が時間な為か、食堂には艦娘が少なく、食事より談話目的で居る艦娘の方が多いようだ。その中で瑞鶴がテーブルに突っ伏して寝ているのが目に入る。
「全く…寝るなら自分の部屋で寝ればいいのに、出撃でへとへとになって帰ってきた私への当て付けかしら」
そんな愚痴をこぼしつつ、加賀は瑞鶴の隣へと座る、こんな所で寝ていてはいずれ食事目的でやってくる艦娘たちの邪魔になりかねないし、なにより具合が優れないならこんな所よりも自室で寝た方が回復も早いだろう、そう思い加賀は瑞鶴を起こそうと揺すり動かしながら話しかける。
「瑞鶴、起きなさい、こんな所で寝てないで、部屋に行きなさい」
加賀は何回か軽く声をかけて揺するが、起きる気配は無かった。
「もう…どうしたものかしら…」
いっそ起きるまで放っておこうか、とまでかんがえたとき、加賀があることに気づいた。
「…ん?もしかして、うなされてる…?」
よく見ると額には脂汗が浮かんでおり、何かに苦しむようにうなり声をあげている、悪い夢でも見ているのだろうか。
「瑞鶴、瑞鶴、大丈夫?起きなさい」
どんな夢を見ているかは知らないが、このまま放置しておくのはよろしくないと判断した加賀は無理矢理にでも起こそうと強く瑞鶴の身体を揺する。
「…はっ!?」
それからさらに何回か声をかけては揺するのを繰り返した時、瑞鶴が突如目を覚ましてガバッと顔を上げ、キョロキョロと辺りを見回した。ダラダラと汗を流し、顔色もかなり悪い、よほど恐ろしい夢だったのだろうか。
「やっと起きたわね、随分うなされてたようだけど…」
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
瑞鶴が加賀を視界にとらえた途端、まるで幽霊でも見たような顔になって叫び声をあげた、その際に後退ろうとしてイスから転げ落ちたが、それでもなお加賀から距離を取ろうとしている。
「ちょ、ちょっと瑞鶴…?いきなりどうしたの…?」
突然の出来事に加賀は困惑しながら瑞鶴を見る、汗塗れの真っ青な顔は何かにひどく怯えるような表情をしており、パニックになったせいか息を弾ませている。
「ぅえ…?加賀…先輩…?」
すると瑞鶴は幾ばくか落ち着きを取り戻したのか、目の前にいる存在が加賀なのだと改めて認識したような言動をする。
「そうよ加賀よ、本当にどうしたの…?」
明らかに尋常ではない状態の瑞鶴に加賀はそろそろ本気で心配し始める、周りの艦娘たちも突然大声をあげた瑞鶴を驚いた様子で見つめていた。
取りあえず身体を起こすのを助けた方が良さそうだ、と加賀は手を差し伸べようとするが…
「っ!!ぅおぶ…!おぇぇぇ…」
瑞鶴が口元を抑えてうずくまった直後、手の隙間から吐瀉物がボタボタと溢れ出した。
「っ!?瑞鶴!?どうしたの!?」
突然嘔吐した瑞鶴に加賀は慌てて駆け寄って背中をさする、周りの艦娘たちはひえっ…と驚きと困惑の声をあげながら固まってしまい、誰一人としてその場から動けずにいた。
「…すみません、大丈夫です…大丈夫ですから…それより、床拭かないと…」
ゲホゲホっ!とせき込みながら瑞鶴はまるで自分に言い聞かせるように大丈夫だと言い張り、掃除道具を取りに行こうとする。
「馬鹿な事言うんじゃないわよ!今のあなたの『大丈夫』を聞いて誰が『はいそうですか』って納得すると思ってるの!とにかく一緒に医務室に来なさい!片づけはやらせるから!」
そんな瑞鶴を加賀は怒鳴りつけ、肩を貸して立ち上がらせる、今の瑞鶴の状態が異常だということは誰が見ても明らかだった。
「あなたたち!悪いけど後始末をお願い!三日月たちは提督にこの事を報告!金剛たちは床掃除!」
「わ、分かりました!」
「了解、一応ノロウィルス対策で消毒諸々やっておいた方がいいわね」
加賀の有無を言わせぬ指示で三日月、ジャービスは食堂を飛び出し、金剛、
「…すみません、こんな事で先輩に迷惑を…」
「いいから、今は何も考えずに身を預けていなさい」
未だに謝罪の言葉を呟く瑞鶴をピシャリと黙らせつつ、加賀は瑞鶴を半ば引きずる形で医務室へ連れて行く。
(…よく見ると本当にひどいわね)
その途中で瑞鶴の顔をちらりと見たが、その表情は憔悴しきっており、心身共に弱っていることは容易に見て取れた。
(…いったいあなたに何が起きてるっていうの…?)
瑞鶴を運んでいる最中、そんな事をずっと考えていた加賀だったが、自分も僅かながら瑞鶴を追い詰めた原因になっているということに、この時の加賀は気付いていなかった。
次回「真実」
ことのあらましを知った彼女が思うこととは。
閑野と磯等はお家芸になりつつある架空の艦娘です、名前の由来は神楽歌から。