艦隊これくしょんー置いていく者、置いて行かれる者ー   作:きいこ

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お久しぶりです。「ペルソナ5スクランブル」と「うたわれるものー二人の白皇ー」のプレイにいそしんでいました。


第6話「瑞鶴の場合6」

 

 

 

 

「それじゃあ薬を持ってくるから、戻るまでしばらく横になっていなさい」

 

 

「…はい」

 

 

加賀に介抱されながらなんとか自室に戻ってきた瑞鶴はベッドに横たわり身体を預ける。ふう…と息を吐くとすぐさま疲れがどっと身体に押し寄せ、重りを乗せられているような気分になる。

 

 

「…バレちゃった…よね」

 

 

瑞鶴はそう言って手の甲で目元を覆う。さっきの食堂での一件で自分が明らかな異常事態に見舞われているというのは加賀も気付いたことだろう、多分戻ってきたときには事情を聞かれるに違いない。

 

 

知られたくなかった。それが瑞鶴の率直な感想だった。今の状態は赤城の一件での選択が招いたことだ、当然それに伴って起きたことは自分の責任であるし、自分でけじめを付けなければならない。他の艦娘…ましてや加賀に今の状況を吐露して弱音を吐くなどもってのほかだ。そう思っていた。

 

 

「…加賀先輩、今の私の状態を見て何て思うのかな」

 

 

そんな一抹の不安にかられながら、瑞鶴は疲労感と体の重みに身を任せてベッドに横たわっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ゆっくりと飲んで、それと何かお腹に入れた方がいいから、これも」

 

 

「…ありがとうございます」

 

 

それから5分後、加賀が持ってきた薬を白湯(さゆ)で流し込むと、食堂で間宮に作ってもらってきた雑炊を口に含む。

 

 

「食器は後で取りに来るから少しずつ食べなさい、食べた後はもう少し寝ていた方がいいわ」

 

 

「…はい、ありがとうございます」

 

 

そう瑞鶴に言う加賀の表情や口調はここ数日間の憎悪の込められたモノではなく、瑞鶴が知っている加賀本来の優しさに溢れてたモノだった。いくら状況が状況とはいえ、急な変わりように少し戸惑いながらも瑞鶴は雑炊を食べ進める。

 

 

「…………………」

 

 

それを加賀はどこかそわそわと落ち着かない様子で見ていた。まるで何かを言い出そうとしてるが口に出すのをはばかられる、そんな感じだ。

 

 

「…気に…なってるんですよね、さっきのこと」

 

 

それを嫌でも感じ取った瑞鶴は自分からそう話を切り出す、どの道聞かれるだろうと覚悟していたことだ、変に誤魔化すとかえって拗れるだけだろう。

 

 

「っ!!…えぇ、まぁ…」

 

 

それを聞いた加賀は珍しく歯切れの悪い、ばつの悪そうな表情を浮かべる、加賀自身もあまり触れない方がいいと思っていたらしい。

 

 

「この際だから聞かせてもらうわ。瑞鶴、一体あなたに何が起きてるの?急に具合が悪くなったと言って休みをもらったと思えばさっきの一件…どう考えても異常よ」

 

 

すでに見透かされているなら、と加賀はストレートに疑問を瑞鶴にぶつける、はっきり言って加賀も辛辣な態度で瑞鶴を追い詰めていたため、この状況を作り出した発端の一部と言えなくもないのだが、さすがにそれを言うのは野暮だろう。

 

 

「…実は…」

 

 

年貢の納め時か…。そう思いながら、瑞鶴はあの日から今日までの事を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「…以上が、今の私に起きていることです」

 

 

全てを話し終えた瑞鶴はふぅ…と小さく息を吐く。赤城を置いていったあの日の心境や毎晩のように見る悪夢、そしてそこに現れる赤城の幻。さらにそれが原因の寝不足や体調不良。時間にしてそう長くは経っていないはずだったが、話し出しにくい内容だったのもあり、随分と長く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

自分は今まで、瑞鶴の何を見ていたのだろうか。

 

 

そんな事を思いながら、加賀は自分自身への怒りを沸かせながら両手の拳を握る。

 

 

赤城は加賀と共に瑞鶴の指導を担当した先輩であり師匠だ。艦載機の扱いを何も知らなかった状態からずっと瑞鶴の面倒を見ていた赤城は彼女にとってとても尊敬できる先輩であり、姉貴分である。

 

 

そんな赤城を放棄して撤退するなどという決断を、瑞鶴が何の気も無しに出来るわけがない。きっと胸は張り裂けそうになり、心は大きく抉られるような思いだっただろう。

 

 

考えればすぐにわかることだった、赤城と共に瑞鶴の指導をして面倒を見てきた、赤城と同等の尊敬と信頼を向けられていた加賀ならなおのことだ。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

だが、自分は分かってやれなかった。赤城を喪った喪失感や悲しみ、そして本来抱くべきではない瑞鶴への怒り。それぞれの感情がないまぜになって加賀の心の目と耳に蓋をし、本当なら一番辛いはずの瑞鶴の悲痛な心の叫びを、助けて欲しいと差し伸べてきた心の手を、加賀は自分で払いのけてしまったのだ。

 

 

「ごめんなさい瑞鶴…あなたのこと、何も分かっていなかった。いいえ…本当は分かっていたはずなのに、赤城を喪った悲しみを盾にして、あろう事かあなたに当たって追い詰めてしまった…。本当にごめんなさい…」

 

 

加賀はポロポロと涙を流しながらごめんなさい、と懇願するように呟いた。本当なら自分が一番瑞鶴の側にいて支えにならなければいけないはずなのに、逆に瑞鶴の心を追い詰めて壊してしまう所だった。そんな自分が許せなくなる。

 

 

「…謝らないでください、私が赤城先輩を置いていったのは事実ですし、それに伴って起きたことは、ちゃんと自分でけじめを付けないとって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…もう、いいから」

 

 

瑞鶴が言い終わる前に、加賀は瑞鶴を抱きしめてそう言った。

 

 

「もう無理をしなくていいから、辛かったら私に頼って良いから、いくらでも私に弱音を吐いてもいいから、だから…もうひとりで抱え込もうなんて思わないで…」

 

 

「加賀…先輩…」

 

 

「これからは私があなたを支えるわ、あなたはもうひとりじゃない、私が付いてる」

 

 

加賀は瑞鶴をまっすぐに見つめてそう言った、その目には今までのネガティブな感情は無く、しっかりとした意志が宿っている。

 

 

「…うぅ…先…輩…」

 

 

 

気付けば瑞鶴は嗚咽を漏らしながら泣いていた、それは瑞鶴が心のどこかでずっとかけて欲しいと思っていた言葉だった。だが自分にその言葉をかけてもらえる資格は無い、そんな思い込みがいつの間にか瑞鶴の心を凍り付かせていた。今の加賀の言葉は、瑞鶴の凍った心を溶かすのに十分すぎるくらいに暖かかった。

 

 

 

「ーーーーーーーーーっ!!」

 

 

そこからはもう止まらなかった、今まで心の内側で抱え込んでいたネガティブなドロドロの感情を全て加賀に向けてぶちまけるように泣きじゃくった、そんな瑞鶴を加賀は何も言わずに抱きしめ、受け入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…いらっしゃいませ、先輩。来るならどうぞ早く』

 

 

瑞鶴は感情の一切合切を放棄したような声で目の前の赤城(スライム)に対して言う。ここはいつもの夢、自分が何をしても夢の結末は変えられない、いつものようにこの赤城(スライム)が身体を侵し、彼女の怨念に似た感情やら声やらが脳を支配する。

 

 

いや…本当はとっくに分かっていた、この赤城(スライム)は自分の認知によって生まれたモノ、赤城は自分に対してこう思っているかもしれない…いや違う、“こうでなくてはいけない”という自分がどこかでそう思い込もうとしていたモノだ。

 

 

だが、そんなことはもうどうでもいい、どの道この悪夢から逃れられないのなら、あとはそれを受け入れて、一秒でも早くこの悪夢が終わるように身を委ねる。そんな事を考えてしまうほどに夢の中の瑞鶴は疲れ切っていた。

 

 

赤城(スライム)は依然として瑞鶴に恨み辛みの言葉を呪詛のように呟きながら瑞鶴の中へ侵入しようとしてくる、あとはこれに耐えればいずれは終わる。

 

 

そう思っていた…

 

 

 

『っ!?』

 

 

その時、どこからともなく光に包まれた人影のようなモノが瑞鶴の前に現れる。シルエットのようになっているので誰なのかは分からないが、瑞鶴はとても見覚えがあるような懐かしさを感じた。

 

 

『失せなさい』

 

 

その光は瑞鶴を守るように赤城(スライム)の前に立ちはだかると、赤城(スライム)は人影の光を嫌がるように後ずさりし、遂には消えていった。

 

 

『もう大丈夫よ』

 

 

そう言って光の人影は手を伸ばして瑞鶴の頬をそっと撫でる、その手は春の日差しのようにとても暖かかった。

 

 

あぁ…そうか。この声は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『加賀…先輩」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んうぅ…?」

 

 

夢の世界から戻ってきた瑞鶴はゆっくりと目を開けて首を左右に動かす、時計を見るとすでに日付が変わっていた。

 

 

(そっか…あの後泣き疲れて…)

 

 

瑞鶴が記憶の糸を辿っていると、不意に隣から人の気配がした。

 

 

「ん…?」

 

 

身を少しだけ起こして右を向くと加賀が隣で眠っていた、どうやら自分を心配して一緒に眠ってくれていたらしい。

 

 

「…そっか、だからあの時…」

 

 

気付けば加賀は瑞鶴の手を握りながら眠っていた。あのときの光はきっと加賀なのだろう、加賀の瑞鶴への思いが悪夢から守った…などというのは都合のいい思い込みなのかもしれない。所詮夢は夢と言われればそれまでだが、夢なのであれば都合のいい解釈をしても誰も文句は言うまい。

 

 

「…ありがとうございます、先輩」

 

 

瑞鶴はそう呟いて加賀にお礼を言うと、もう一度布団に入り直し、再び眠りに落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に瑞鶴が目を覚ましたのは日が昇ってからであったが、あの悪夢を再び見ることは遂に無かった。




次回「最期の命令」

ごめんなさい先輩…。

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