艦隊これくしょんー置いていく者、置いて行かれる者ー 作:きいこ
「おはよう瑞鶴、今朝はどうだった?」
少し遅めの朝食を取ろうと瑞鶴が食堂に向かうと、加賀がコーヒーを飲みながら声をかけてきた。どうやら自分が来るのを待っていてくれたようだ。
「おはようございます先輩。はい、特にうなされることもなく起きられました、すみません、あんな事をさせてしまって…」
夕べの添い寝の事を思い出しながら瑞鶴は恥ずかしそうに言う。
「気にしなくて良いわよ、むしろあれで悪い夢を見なくて済むのならしばらくあなたの部屋に転がり込もうかしら」
「えっ…!?さ、流石にそこまでさせてしまうのは…」
慌てたようにまごつく瑞鶴を加賀は悪戯っぽい笑みを浮かべて見ている、冗談めいた言い方だがルームメイト自体は割と本気で考えてくれているようであった。
「先輩、私早速今日から旗艦任務に戻ろうと思うんです」
「もう…?もう少し休んでいた方が良いんじゃないかしら?旗艦は私がしっかり代理をやっておくから…」
「いえ、いつまでも甘えてのんびり休んでいるわけにもいきません、それに旗艦は重い責任がつきまとう重要な任務です、それをいつまでも先輩に押し付けるなんて事は出来ません、それにせっかく夢を見ずにすっきり目覚められたんですから、お役目はしっかり果たさないと」
「押し付けだなんてそんな…本当に大丈夫だから…」
旗艦としての責任感か、それとも加賀に対する罪悪感なのか、早く旗艦任務に戻らなければと焦るような雰囲気を見え隠れさせる瑞鶴を思いとどまらせようと加賀は頭を回す。
瑞鶴はまだ戦線に戻るべきではない、訓練程度なら復帰しても平気だろうが、せめてあと2~3日は出撃任務は休むべきだ、瑞鶴の現状を知っている加賀ははっきりそう断言できた。
「いいんじゃないっすか?瑞鶴さんがそう言ってるんなら」
一体どうしたものかと考えていると、『あの日』の出撃でメンバーに加わっていた天龍と鈴谷が瑞鶴たちの所へやってきた。
「最近ずっと瑞鶴さんオヤスミしてたし、そろそろ旗艦に戻ってもらわないと、赤城さんを見捨てた張本人のクセに自分だけ現実から逃げるみたいにオヤスミなんか取っちゃって、ちょっと調子乗ってるなって思ってたのよね~」
「そうそう、旗艦だからっていい気になってもらっちゃ困るぜ?」
ネチっこく嫌みを言う2体に瑞鶴は軽く目を逸らすだけで何も答えない、下手に反論して話を拗れさせないようにしているのだろうか。
「あなたたち…!!」
その時、加賀が勢いよく立ち上がって天龍と鈴谷に食ってかかろうとしたが…
「問題ないわ、今日からちゃんと旗艦任務に戻るもの、むしろ私が旗艦だからってバックレるんじゃないわよ」
「ヘッ!それはあんたの態度次第だね、旗艦様」
天龍はそう言い捨てると、鈴谷と共に食堂から出て行く。
「…気にすること無いわ、提督には私から進言しておくから、あなたは…」
「いいえ、天龍たちにはああ言ってしまいましたから、もう引けません」
加賀は再び瑞鶴を説得しようと試みたが、瑞鶴は依然として答えを変えなかった。しかしそれは天龍たちにあんなことを言われて意固地になっているのではなく、旗艦を任されている者としての使命感と責任感によるものだということを加賀は理解していた、理解していたからこそこれ以上の説得は無駄だと察してしまった。
「…分かったわ、あなたがそこまで強い意志を持っているなら、私も止めるなんて野暮な真似はしない、でもやっぱり私はあなたのことが心配でたまらない、だからひとつだけ注文を付けさせてもらうわよ」
「注文…?」
「私も一緒に行くわ」
◇
「…先輩、本当に来るんですか?」
「当然よ、それにここまで来たら帰れと言われたって意地でも付いていくわ」
「先輩って頑固だって言われません?」
「まぁ、それはお互い様って事で」
そんな他愛ないやりとりをしながら瑞鶴たち出撃艦隊は今回の目的地へと向かうべく進軍していく。今回の出撃艦隊は奇しくも“あの日”と同じメンバーであったが赤城がいた枠には加賀が“旗艦補佐”という名目で組み込まれていた。
旗艦である瑞鶴に何かトラブルが起こり旗艦としての役目を続行できなくなった際に加賀がそれを引き継ぐ、という手筈になっている。言うまでもないがこれは加賀が相模に提案したことであり、相模もこれを了承した。
「しっかし、加賀さんも過保護だよね~、提督に無理言って旗艦補佐だなんて、瑞鶴さんにそこまでしなくても良いのに、もし加賀さんが動けないような事態になったら置いて行かれちゃうかもしれないよ~?」
(…っ!!)
何も知らないくせに。茶々を入れる鈴谷に対しその言葉が出掛かったが、すんでのところでそれを飲み込む。自分も少し前までは同じような言葉を瑞鶴にぶつけ、
(………)
(………)
一方、そんな天龍と鈴谷とは対称的に、残りのメンバーの扶桑と朝潮は何も言わずに付いてきていた。時折瑞鶴の顔色をうかがう素振りこそ見せるが、鈴谷たちのように茶々を入れるような真似はしていない。
(ある程度心の整理がついたのか、それとも未だに恐れているのか、どちらにせよ艦隊行動に支障が出そうね…)
そんな事を思いながら加賀はこの後の事を考えていた。復帰したとはいえ瑞鶴はまだ本調子ではない、ならば自分が側でサポートしよう、そうすれば何も心配はいらない。
…しかし、それは最悪な形で裏切られることになる。
◇
「きゃああぁぁっ!!」
「くうぅっ…!」
「扶桑!朝潮!」
敵艦隊の攻撃を受けて大破状態になった扶桑と朝潮を庇いながら瑞鶴は艦載機を発艦させる。艤装の発艦システムは生きているので航空戦はこなせるが、大破状態になっているためパフォーマンスが大幅に下がっており、発艦させられた数は通常時の半分にも満たなかった。
(このままじゃ…!!)
瑞鶴は何とかこの状況を打破しようと、現在の戦況を改めて分析する。
今回の撃破目標である深海棲艦の艦隊が停泊しているとされている目的地までもう少しというところまで来ていたのだが、あろうことか待ち伏せしていた敵の迎撃部隊が突如として現れて瑞鶴たちの行く手を塞ぎ、奇襲を仕掛けてきた。
どうやら敵艦隊の旗艦である戦艦棲艦がこちらの電探にジャミングをかけたようで、会敵するまでその存在に気付くことが出来なかった。ここ最近になって電探などの艦娘側の通信網に干渉してくる手段を持つ深海棲艦の存在が確認されはじめており、その対策なども含めて海軍全体の悩みの種となっている。
敵艦隊は旗艦である戦艦棲艦を中心に、戦艦棲艦が3体、重巡棲艦が4体、軽巡棲艦が3体というかなり強力な構成となっている。交戦により残りは戦艦棲艦2体と重巡棲艦2体を残すのみだが、敵の奇襲攻撃によりこちらの消耗が激しくこれ以上の戦闘続行は困難と判断、現在は敵の攻撃をしのぎながら撤退を開始しているのだが…。
(くっ…!!このままじゃ…!!)
艦隊全体が中破、ないし大破のダメージを負っているせいで機動力が落ちており、中々敵を振り切ることが出来ない、特に旗艦である瑞鶴のダメージが深刻なため、それをフォローするためにスピードを落としていることも撤退を遅らせる原因になっていた。
「があぁっ!?」
頭の中で策を巡らせていると、重巡棲艦の放った雷撃が瑞鶴の艤装脚部に命中、足を取られて転んでしまう。
「瑞鶴!!」
「だ…大丈夫で…す!!」
加賀が慌てて駆け寄ろうとするが、瑞鶴はそれを片手で制して自力で立ち上がろうとする、しかし…
「しまった…!!」
艤装脚部にある駆動機関の中枢部分が今の雷撃で完全にやられてしまった、こうなっては自力で動くことが不可能になってしまう。
「待ってて…!!すぐに…!!あなた達も手伝って!」
加賀が瑞鶴を動かそうと肩を貸し、僚艦にも協力するよう呼び掛けるが、海上で動けない艦娘を
(仕方ない、か…)
瑞鶴は一瞬の間に思考を巡らせると、今取れる
「おやおや瑞鶴さん~、もう自力で動けないみたいですね~」
「その様子じゃみんなの足を引っ張っちまうだろうし、こりゃあここに置いていくしかねぇかな~」
すると、今の瑞鶴の状態を見て鈴谷と天龍がニヤニヤしながら茶化すように言う、2体の目には“あの日”の赤城と同じ状態になっている瑞鶴が滑稽に映るのだろう。
「あなたたち!いい加減に…!!」
それを見た加賀がいよいよ我慢の限界に達し鈴谷たちを怒鳴りつけてやろうとしたが、それよりも早く瑞鶴が口を開いた。
「…えぇ、確かにそうね、
「えっ…?」
「瑞…鶴…?」
その言葉にあっけらかんとする僚艦たちをよそに瑞鶴は艤装から燃料を取り出すと、それを鈴谷に無造作に放る。
「私の燃料渡しておくわ、少ない艦娘に優先的に回して継ぎ足しておきなさい、あと加賀先輩、悪いですけど艦載機少し分けてもらいますね」
そう言うと瑞鶴は加賀の谷筒から何本か矢を抜き取ると自身の谷筒に補充し、相模へ連絡無線を飛ばす。一方で燃料を受け取った鈴谷は呆然としながらてきぱきと何かの準備をしている瑞鶴を見ており、時折声にならない声を出すばかりだった。
「提督、私の艤装駆動機関の中枢部分が沈黙、敵の奇襲攻撃により旗艦の私を含め大破者多数、そして現在進行形で敵の追撃を受けています、これらの状況から考えた結果、旗艦の全権限を加賀先輩に譲渡、
「なっ…!?」
瑞鶴の言葉に僚艦の全員が耳を疑うような表情をする。旗艦権限の譲渡?5体での撤退?それではまるで…。
『…そうか、本当にそれしか無いんだな?』
「はい、私はもう自力での航行が不可能になりました、僚艦も私を牽引するだけの力は残っていません、よってこれが
『…分かった』
「すみません、赤城先輩に続いて空母を立て続けに喪う事に…」
『気にするな、旗艦のお前がそう判断したのなら、俺が我が儘を言う事なんて出来ないさ』
そう言って相模は無線通信を切った、表面上は平静を装っているが、堪えきれない感情を必死に抑えているのがその口調から見え隠れしていた。
「瑞鶴!今のは一体どういうこと!?」
加賀を含む僚艦たちは今の瑞鶴の無線の内容について説明を求める、本当はうっすらと察してしまっていたが、どこかで違っていて欲しいと願っていた。
「最後の旗艦命令よ、私を置いて撤退しなさい」
次回「旗艦であるということ」