艦隊これくしょんー置いていく者、置いて行かれる者ー 作:きいこ
「どういうこと!?何を言っているのよ瑞鶴!!あなたを置いて帰投しろというの!?」
加賀は愕然とした表情で瑞鶴に詰め寄る、瑞鶴を置いて自分達だけで帰投する…?そんな事、出来るわけがない。
「もうそうする以外にこれ以上被害を抑える方法はありません、なので加賀先輩…あとは頼みます」
「だから何を言ってるのよ!!あなたを置いていくだなんて、そんな事出来るわけ無いじゃない!」
「黙れ!これは旗艦命令だ!異論は認めない!」
「「っ!?」」
瑞鶴が声を張り上げて加賀の言葉を切り捨てた、これまで瑞鶴がこんなに語気を強めて命令を下した事は無かったため、鈴谷たちはおろか加賀でさえもたじろぐ程の迫力と威圧感を醸し出していた。
「瑞鶴さん…本気なの…?」
「あんたを置いて行けって…」
「何?自分が置いていかれそうな状況になったら泣き喚いて命乞いでもすると思ってた?お生憎様、私は提督から旗艦に任命された時からこの状況は想定していたわ、旗艦である自分は置いていかれないなんて甘っちょろい事は思ってないもの」
鈴谷と天龍がなおも言葉を返そうとしていたので、瑞鶴はそれをピシャリと返す、最早取り付く島もないといった感じだ。
「それに、赤城先輩を置いていった私を置いていくことくらい、あんたたちには簡単なことでしょう?扶桑と朝潮だって“置いて行かれるんじゃないか”っていう不安の種が無くなって清々するんじゃないかしら?」
「「っ!!」」
瑞鶴の半ば核心を突く言い方に鈴谷たちは今度こそ何も言えなくなってしまう。鈴谷も天龍も動けなくなった瑞鶴を揺さぶって命乞いをさせてみたいと思っていたのは事実だし、先程から何も言わずに事の経過を見守っていた扶桑と朝潮も瑞鶴に置いて行かれるのではとビクビクしていたのも事実である。
「改めて言います、現時刻を以て旗艦の全権限を加賀先輩に譲渡、私を置いて撤退しなさい、それが私の最後の旗艦命令です」
再度瑞鶴は加賀たち随伴艦を真っ直ぐ見つめてそう宣言した、最早何を言っても彼女は考えを変える気はない、瑞鶴の旗艦としての使命感、責任感を誰よりも理解している加賀はそれを察してしまった。
「…分かりました、旗艦の命をお受けします」
だからこそ加賀は瑞鶴の意志を継ぐ他に選択肢は無かった、何とも残酷で理不尽な話だと加賀は心の中で悪態をつく。
「全員直ちに戦域から離脱、撤退しなさい、これは旗艦命令よ」
瑞鶴から旗艦権限を受け継いだ加賀は、早速それを行使して随伴艦に撤退を命じる、全員が何かを言いたそうにしていたが、もう何を言っても状況は変わらないという事を理解したのか、大人しくそれに従い撤退を始める。
「瑞鶴、ごめんなさい…私にもっと力があれば…」
戦域から離脱する天龍たちを見守りつつ、加賀は泣きそうな
「先輩が謝る必要は何一つありませんよ、この判断を下したのは私です、だから先輩は旗艦命令に従っただけのこと、誰からも責められたり恨まれたりする筋合いはありません」
「瑞鶴…」
「それに、やっぱり私は臆病みたいなので、先輩からそんな風に言ってもらえる資格なんて無いですよ」
「なにを言ってるのよ、あなたは臆病なんかじゃ…」
「“誰かを置いていく事が出来るのは、誰かから置いていかれる覚悟のある者だけだ”」
「っ!?」
「あの日赤城先輩から言われた言葉です、でも、やっぱり私は誰かから置いていかれるのが怖い臆病者なので、自分で自分を置いていくことにします」
「瑞鶴…!」
気付けば加賀は涙を流しながら瑞鶴を抱きしめていた、これほどまでの覚悟を背負って彼女は今日まで旗艦としての任を全うしてきた、なのに今の自分は瑞鶴に対して何も出来ない、それがたまらなく悔しくて、情けなかった。
それでも加賀には瑞鶴を置いていくことしか出来ない、何故なら自分はもう…この艦隊の旗艦なのだ。
「さぁ、行ってください」
「…えぇ」
自分の身体にしがみつくように絡まる未練を無理やり断ち切り、加賀は瑞鶴に背を向けて撤退を始めた。
「…さて、それじゃあこっちも仕事を始めますか、悪いけど、ここは死んでも通さないわよ!」
僅かに残っている恐怖心を振り払うように自分を奮い立たせると、瑞鶴は矢を構えて眼前の敵艦隊を見据えた。
◇
遠くの方で聞こえる戦闘音を後ろ髪引かれる思いで聞きながら、加賀たちは鎮守府へ帰るべく歩みを進めていた。
時折後ろを向いては遅れている随伴艦がいないかを確認しているが、皆一様に暗い
(……………)
帰投中も敵艦隊の襲撃が無いとも限らないので、加賀は電探と偵察機の両方で敵の気配を確認しながら慎重に進んでいく。幸い電探のディスプレイに敵の反応は無し、偵察機の視覚モニターにも敵影は無かった。
(…今のところは順調ね)
加賀は都度敵影を警戒しながら進んでいくが、無駄のないスムーズに見える確認作業のほとんどは上の空で行っていた。
(何か…何か瑞鶴を助けるために出来ることは無いのかしら…)
未練はあの時断ち切ったと思っていたが、加賀はそれでもやはり瑞鶴の事を諦められなかった。何とか助けられないかと策を頭の中で巡らせるが、どう思考を巡らせても最後に決まって“あるモノ”がそれを邪魔してくる。
それは…『自分は旗艦である』ということだ。
他の随伴艦を先に行かせて自分だけで瑞鶴を助けに行くか、それとも大損害を覚悟の上で全員で瑞鶴を助けに行くか、加賀の中ではそのふたつの選択肢が頭の中に浮かんでいた。
しかしそのどちらを選んでも付きまとうのは『随伴艦が危険にさらされる危険性がある』ということだ、前者は随伴艦を引率する役目を放り出して独断行動に走るなど以ての外だし、後者も手負いの状態で敵と交戦するのは危険すぎる賭けだ。
…つまるところ、どんな案を捻り出そうと、瑞鶴を助けるために自分が出来ることは何も無い、自分はもうこの艦隊の旗艦だ、ならば随伴艦を生き残らせるために考えて動かなければならない、そのためには足手まといを切り捨てる冷酷さも必要なのだ。
誰かが言っていた、艦隊の旗艦はどんな命令も下せる独裁者なのだと。それを聞いた当時の加賀も旗艦に与えられた権限の強さから同じようなことを思っていたが、これほどあの時の自分を殴ってやりたいと思ったことはない。
(何が独裁者よ、旗艦なんて…旗艦なんて…)
結局は自分だけじゃ何も出来ない、役立たずじゃない…。
仕方ないと分かりつつも、どうしても拭えない無力感に涙が出そうになる。
「加賀さん」
すると、こちらの心中を察したかのようなタイミングで天龍が声をかける、顔だけ後ろを振り向くと皆が一様に何やら覚悟を決めたような表情をして加賀の方を見ていた。
「俺たちの気持ちも、加賀さんと同じです、だから命令してください、旗艦としてすべき事をするために」
天龍の言葉を聞き、加賀はハッとする。
そうだ、確かに自分は旗艦だ、ひとりじゃ何も出来ない役立たずだ。
でも、自分はひとりではなかった、いるではないか、頼れる仲間が、ここに…。
「…皆さん、旗艦命令です、心して聞きなさい」
◇
「そろそろみんな戦闘海域から離脱できた頃ね」
瑞鶴は片膝をつきながら力無くそう呟いた、加賀の撤退後も奮戦して敵の足止めをしていたが、飛行甲板のダメージが深刻だったために艦載機の性能が大きく落ちており、敵艦隊へのダメージがほとんど通らなかった。
それでもどうにかこうにか戦艦棲艦を1体残すのみ、という状況にまで持ってこれたが、ここで艦載機のストックがついに尽きてしまった。
「まぁ、ここまで時間を稼げれば十分よね、後は加賀先輩が新たな旗艦としてみんなを引っ張っていってくれる、だから何も心配はいらない、ひょっとしたら私なんかよりもずっと優秀な旗艦になるかもね」
瑞鶴はそう自嘲ぎみに笑う、既にダメージは限界を越えており、足が少しずつ沈み始めている、轟沈まで秒読みといったところだろう。
そんな状態の瑞鶴を見た戦艦棲艦はそれを“トドメをさすチャンス”と判断したようで、背中から伸びるアーム状の主砲を瑞鶴へと向け、撃った。
轟音とともに戦艦棲艦の主砲が火を噴き、砲弾が瑞鶴目掛けて飛んでいく。
「…ここまで、か…」
役目は終わったとばかりに瑞鶴は弓を放り捨て、その場で仰向けに倒れ込む、もう自分に出来ることは何もない、あとは残していった者たちに未来を預け、このまま終わりの時を待つだけだ。
加賀先輩…後は頼みます。
しかし、その砲弾が瑞鶴に命中することは無かった。
「!?」
突如として現れた艦載機が砲弾に体当たりをかまし、機体諸共誘爆させて瑞鶴を守ったのだ。
一体誰が、と瑞鶴は身体を起こして艦載機が飛んできた方を見やる。
「総員、敵戦艦棲艦の行動を阻害しつつ瑞鶴を救出!そして牽引しながら
「瑞鶴を連れて全員で鎮守府に帰る!これは旗艦命令です!」
そこには、声を張り上げて僚艦に指示を出す加賀の姿があった。
次回「叱咤」
自分のしたことが分かっているのか。