「ここでちょっと原点に戻って考えてみたい」
おむずかりから戻った麻子が提言した。
「そもそも、戦車倉庫の鍵がこの二つだけという前提が正しいのか?」
「え?どういう事?」
きょとんと戸惑う沙織に麻子は持っている二つの鍵を見せる。
「どちらか一つ無くしてしまったら、スペアを作る事ができなくなるだろ?」
「あっ!そうか!複製に一週間近くかかるってさっき言ってたもんね。その間、もう一つの鍵は使えないから、扉の開け閉めが出来なくて、倉庫が使えなくなっちゃうんだ!」
麻子の考えを先回りしてみほが説明した。
「ねえ、梓。鍵が二本だと何がいけないの?」
そう質問してきた大野あやに澤梓が重ねて解説する。
「だから、鍵が一つ無くなっちゃったら、残り一本しかなくなるでしょ。その最後の一本を複製している間、戦車倉庫を使いたい時には、どうすればいいの?」
「それは・・・・・・そっか!扉が開けられないんだ!でも、それなら、複製しないでいいんじゃない?」
「それじゃあ最後の一本が無くなっちゃった時に困るでしょ!だから複製は絶対に必要なの!」
「でも複製している間は倉庫が使えない・・・・・・あれ?どうすればいいの?」
「三本以上あればいいのよ。そうすれば複製作っている間でも倉庫の開け閉め出来るでしょ」
「なるほど~~~」
「あやはバカだな~」
「何よー!優季ちゃんだって分かってなかったくせに!」
理解が全員に広まったのを見て麻子が右手の指を三本立てる。
「そう。鍵は最低でも三本は必要なんだ。それじゃあ、もう一本の鍵はどこにあるか?考えられるのは学校の責任者。つまり、学園長」
突然出た意外な人物の名前に全員が驚きの声を上げた。
「でもでも、犯人は私たち戦車道受講者の中にいるんでしょ?」
「学園長先生が自分の学校を廃校から救った戦車を盗んだりしないでしょうし」
沙織の発言に頬に手をあてた華も同調する。
「学園長から鍵を借りる事が出来る人物がこの中にいるだろう?なあ、カバさんチーム」
呼ばれたカバさんチームの四人が会議室の前に立ち麻子に対峙する。
「どういう事だ?我々が校長から鍵が借りる事が出来ただって?」
リーダーのカエサルが勢い込んで問いただす。
「ああ。正確に言うと、カバさんチームのおりょうさんだ」
「「「おりょう!?」」」
エルヴィン・カエサル・左衛門左の声がハモった。
「知らなかったのか?おりょうさんは学園長の親戚なんだぞ」
「まさか・・・・・・そんな関係性があったなんて・・・・・・」
驚きに帽子を落とすエルヴィン。
「ブルータス、お前もか」
尊敬する大帝の名言を呟くカエサル。
「獅子身中の虫とはこの事か」
左衛門左は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「いや、待つぜよ。確かに私は校長の親戚だが遠縁だし、鍵を借りるなんて出来ないぞ!」
おりょうは動揺しながらも的確に反論した。
「どういったご親戚なんですか?」
華の問いにおりょうは「えーっと……」と思い出すのに苦労して顔をしかめる。
「私の母方の祖父が校長の父方の姉と結婚したから・・・・・・」
「それでは冠婚葬祭で顔を合わせた事があるかどうか、といった関係ですね」
「実際、私が幼稚園生の頃に一度だけ顔を合わせただけで、大洗女子に入ってから親戚関係だと分かったぐらいぜよ」
「そんな薄い関係で鍵を借りる事ができるでしょうか?」
妙に親戚関係に強い華の疑問に麻子も戸惑いを隠せない様子で、
「私も親戚だと聞いただけで、実際の所は知らなかったな・・・・・・でも絶対に借りる事が出来ないとまでは言いきれないが・・・・・・」
「これはもう学園長本人に確認に行くしかないよ!」
沙織が意気込んで腰を浮かせたところに、
「ちょーーーっと待った」
角谷杏の声がその動きを止めた。
「学園長は戦車倉庫の鍵を持っていないよ」
「どうして前会長が断言できるのですか?」
華が聞くと角谷杏はこともなげに答えた。
「だって学園長から預かって生徒会室にあるから」
「「「えええーーーっ!」」」」
新生徒会を任された華と優花里と沙織が驚きの声を合わせた。
「あの、聞いていませんよ、そんな事。ねえ?五十鈴殿。武部殿」
優花里の確認に華と沙織が強く頷いた。
「ゴメン、使わないもんだから忘れてた」
謝罪のつもりか角谷杏は手を拝み合わせるが、その口調は軽い。
「そういえば、戦車道を復活させる時に学園長から倉庫の鍵を預かっていたよね」
小山柚子が口元に人差し指を当てて記憶をさらう。
「戦車道を復活させて学校を廃校から守ってみせると学園長に宣言した会長の雄姿、忘れはしません!」
河島桃は違う記憶を思い出して涙目だ。
「つまり、生徒会役員は戦車倉庫の鍵が使えたという事だな?」
麻子が問いただす。カバさんチームに代わって今度はカメさんチームが会議室の前に並んだ。
「たしかに私らなら生徒会室にある鍵が使えたかもしれないけど、持ち出していないよ。なんなら、生徒会室の貴重品をいれる金庫に入っているから、確認して貰ってもいい」
「それじゃあ確認に行ってきます!」
「いいや、行かなくていい。秋山さん」
敬礼した優花里を麻子の言葉が止めた。
「生徒会室にある鍵が使われていなくても、以前に複製が作られていた可能性があるから意味無いんだ」
「なんだと!我々を疑うのか!冷泉!」
怒鳴る河島桃を「桃ちゃん、どう、どう」と小山柚子が抑える。
「それを言われると反論しようが無いんだよね~」
角谷杏が困り顔で頭を掻く。しかしすぐにその目が不敵に光った。
「でも、生徒会室にある鍵が今使える現生徒会メンバーも同じように疑いがかかるんだよね」
「ええっ?私たちが!?」
沙織がガタリとパイプ椅子を倒して立ち上がった。
「どうして私たちがⅣ号を盗まなくちゃいけないのよ!」
「動機を言い出したら、ここにいる誰も盗む動機を持たないはずでしょう?」
小山柚子の反論に言葉を返せず沙織はむくれ顔でパイプ椅子を立て直して座った。
「あの~、貴重品を入れる金庫のことなのですが・・・・・・」
華が手を上げておずおずと言った。
「どういったものなのでしょうか?教えて頂けると現生徒会長としては助かるのですが・・・・・・」
「言葉で説明するより見てもらった方が早いか。かーしま」
「はっ!」答えるが早いか河嶋桃が会議室から駆けていった。
数分後。
「会っ、長っ、こちらっ、ですっ」
40cm程の直方体の見た目にも堅牢な金庫を抱え、息を切らしながら河嶋桃が戻って来た。
ドン!と重量感ある音と共に金庫は床に置かれた。
「これには貴重品とか外に出しちゃ駄目なアレとか絶対に秘密にしておかなくちゃいけないコレとかが仕舞ってあるのよ」
にこかやな顔で不穏なことを言ってのける小山柚子。
一方、角谷杏は何かに気付いた様子で顔をしかめた。
「差し押さえ~?」
言葉通り、金庫の前面を横切る形で『差し押さえ』と書かれた紙が貼られていた。
「こんなの貼られてたっけ?」
「いいえ。私の知る限り、こんな紙は・・・・・・」
『差し押さえ』の紙に顔を近づける小山柚子。と。
「あっ!!」
思わず漏れた声に両手で口をふさいだ。
「これ、文部科学省学園艦教育局って!」
言う通り、大きな『差し押さえ』の文字の隣に小さく『文部科学省学園艦教育局』と書かれていた。
「あの役人の仕業か~」
河嶋桃が恨みつらみを込めて片眼鏡を光らせる。
「ちょっと待ってください。それって、いつ張られたものですか?」
みほの問いかけに元生徒会の三人は揃って腕組みして考える。
「いつって、そりゃあ・・・・・・」
「廃校騒動の時しか無いよね」
「他に役人が生徒会室に入るタイミング無かったからな」
「そんな馬鹿な!」
麻子が慌てて鹿撃ち帽を床に落とした。
「どうしたの?麻子?」
帽子を拾い上げた沙織に麻子は説明する。
「見ての通り、金庫の前面を横切る紙は扉を封じていて、破らずに開ける事は不可能だ」
麻子の指さす先で『差し押さえ』の紙はしっかりと扉の開け口を横断している。
「つまり、この金庫は夏休みの後から開けられていない。新生徒会の役員選挙があったのはいつだ?」
「夏休みが終わって新学期になってからです!つまり我々新生徒会のメンバーには金庫の中の鍵を使う事は不可能なんです!」
優花里が満面の笑みを浮かべ言い放った。
しかし麻子の表情は冴えない。
「なにか問題でも?冷泉殿?」
「廃校騒動の時に貼られたものにしては古びてないか?」
「言われてみれば確かに・・・・・・」
よく見るまでもなく、全体的に埃がかぶっていて、紙の端がクリーム色がかっている。
「こんな風になるには半年ぐらいかかると思う。だが、そうすると変なんだ」
「何が?」
沙織の質問に麻子は苦しみの表情を浮かべた。
「今まで動機については無視して考えていたのに変節するようで気がとがめるんだが、前生徒会には動機が無いんだ」
「動機に関しては皆さん持っていないのではありませんか?」
華が聞くと麻子は生徒手帳を取り出し、カレンダーの書かれた箇所を開いて、
「正確に言えば半年前に前生徒会が戦車を盗むための計画を立てていたとは思えないんだよ」
「そっか!夏休みの時と半年前とでは状況が違うんだ」
麻子の考えを読んだようで、みほが納得した声を上げた。
「うん。西住さんが転校してきたから前生徒会は戦車道を復活させようと考えた訳だろ?」
「その通りだ!会長の慧眼により」「かーしま、ストップ」
河嶋桃の脱線を角谷杏が無理やり止めた。
「その時に戦車倉庫の鍵を前生徒会が預かった。半年前って事は、その直後にこの紙が貼られていないと計算が合わない」
麻子は金庫の扉に貼られた紙を撫でる。
「前生徒会は学校存続を戦車道に賭けていたんだ。そんな時、わざわざ戦車を盗み出すために鍵を複製するか?」
廃校を食い止めるため前生徒会がどれほど尽力したかをそれぞれに思い、会議室内が沈黙に落ちた。
「そしてもう一つ。角谷前会長が自分から鍵を預かっている事を言う必要もない」
「まあ、犯人なら自分が戦車倉庫の鍵を使えるなんて言わないね」
他人事のように角谷杏は言った。
「前生徒会が鍵を複製していた説もダメ、と。それで麻子、他の推理は?」
沙織はホワイトボードに『複製の鍵』と書いたのを二重線で消した。
「・・・・・・ない」
「へっ?」
「私の推理は以上だ」
「ええ~っ!それじゃあ誰が犯人か分からないままじゃない!」
非難の声を上げる沙織に麻子はふくれっ面で、
「この短時間で8パターンも考えたんだぞ!」
沙織と麻子の言いあいの中、ホワイトボードをじっと見つめていたみほの様子が変わった。
「もしかして・・・・・・」
その目がキリリと鋭い光を放つ。まるで戦車の指揮をしている時のように。
「ソド子さん、時計を見せて貰っていいですか?」
「何?私の時計は正確よ?」
ホラ、とソド子が大洗学園の校章入りの懐中時計を再び取り出す。その針は会議室の時計と同じ時刻をさしていた。
「ナカジマさん、いつもどうやって時間を確認していますか?」
「これだね。電波式デジタル時計。防水も耐衝撃もバッチリだし、GPS機能もついてるからラリーレースでも使える代物だよ」
ナカジマは腕時計をみせびらかす。表示されている数字は会議室の時計と同じ時刻だ。
「・・・・・・やっぱり。間違いない」
「でしょう?」それ見た事かと言わんばかりに胸を張るソド子。
「だろ~」自慢の腕時計を皆に見せられたホクホク顔のナカジマ。
「みぽりん、時計がどうしたの?」
沙織の問いかけにみほは「ちょっと考えさせて」と顎に手を当てる。
そして「見回りがあって」や「鍵を借りて」や「修理をして」など呟いた暫しの後。
顔を上げると力強い声で宣言した。
「私、分かったかもしれません。Ⅳ号がどうやって盗まれたのか」
つづく