夕日が差し込む会議室。西住みほが落ち着きを取り戻した戦車道履修者全メンバーの前に立った。
何故か麻子から「脱帽だ」と渡された鹿撃ち帽をかぶって。
「この事件を考えるには、もっと根本から考え直さなくちゃいけないことがあったんです」
「根本というと、事件が発生した時点ですか?」
「違うの、華さん。私たちには普通すぎて見逃していたことがあるの」
「普通すぎる、と言いますと?」
みほは華から優花里に顔を向けた。
「学校は学園艦の上にあるってこと」
みほの指摘に皆の頭に?が浮かぶ。
「優花里さん、今日は何日だっけ?」
突然の質問に戸惑い、優花里は上ずった声で答えた。
「え?13日ですが・・・・・・」
「何月?」
「10月です」
「そう。10月13日。それなのに私たちは臨海学校に行って真夏の行事をしてきたでしょ」
スイカ割り、花火大会、遠泳大会。真新しい記憶がよみがえる。
「どうして秋にそんな事ができたのかな?」
「どうしてって、常夏の島だったからでしょ?」
「沙織さん、バカンスに来た男子にモテモテになる、なんておっしゃってましたね」
実際はそんな事はありませんでしたけれど、と言わずもがなの追い打ちをかける華。
「うん。理由は簡単。私たちが常夏の熱帯地域に行ったから」
「はい、そうです。延期されていた真夏の行事を行うため、無理やり熱帯地域で行う事になったんです」
臨海学校のスケジュールを組んだ優花里が頷く。
みほは「そう、つまり」と言って全員の顔を見渡した。
「私たちは日本との時差がある地域へ学園艦ごと移動していた」
「日本と時差があると何が違うの?」
沙織の質問にみほは笑みを浮かべて答えた。
「順番が逆になるの。カモさんチームの見回りが先で、レオポンさんチームの戦車修理が後だった」
「あっ!!!」
全員が驚きと理解の入り混じった声を上げた。
「さっきソド子さんの時計を確認したけれど、大洗高校のマークが入っていたでしょ。あれは大洗高校のもの。時刻も当然、大洗のある日本標準時を時間をさしていました」
みほは会議室の時計を振り返って見る。それはソド子がとり出した懐中時計と同じ時刻を刻んでいた。
「そしてナカジマさんが着けている腕時計はGPSつきのデジタル時計です。だから、学園艦が移動した先の現地時刻が表示されていたんです」
ナカジマが自慢の腕時計を見つめ「そっか~」と呟いた。
「2つの時計が同じなのは、学園艦がいま日本標準時の地域に入っているから。でも、一昨日は違いました」
みほはホワイトボードにあった3本の棒マグネットにそれぞれポストイットを張り『9日』『10日』『11日』と書き込んだ。
「時間の流れを分かりやすくするために、図にしてみますね」
みほはホワイトボード上に棒マグネットを『9日』『10日』『11日』の順に並べて、『10日』の下に簡単な日本地図を描いた。そして丸いマグネットをとり出し、
「これが学園艦とします」
『学園艦』とポストイットをつけたそれを『9日』の下に貼りつけ、皆の方を向いた。
「風紀委員の皆さんが見回りを行ったのは、この時点。現地時刻では、まだ9日でした」
説明しながら、みほはソド子の持っていた懐中時計と日本地図の上の『10日』を指さす。
「でも、その懐中時計の時間は日本標準時です。だから風紀委員の皆さんは10月10日の午後10時過ぎに見回りを行ったと認識したんです」
「私たち、時計に囚われ過ぎていたのね」愕然とするゴモ代。
「正確すぎるのも考えものね」自戒の声を呟くパゾ美。
みほは説明が皆に伝わったのを見てから、棒マグネットをスライドさせた。日本地図と『学園艦』が『10日』の下になる。
「そして時間が経過して、澤さんが職員室で鍵を借りたのが、この時点です」
「・・・・・でも、私、どうして時間のズレに気付かなかったんだろう?」
澤梓の自らへの疑問にみほが頷いて答える。
「それは、貸出簿には時刻を書く欄が無かったからだよ。だから現地時刻と日本時刻が同じ10日なら先生が貸出簿を書いていても気付けなかった」
「なるほど~!」澤梓が手をポンと叩いて納得を言葉にした。
「その後、戦車道の練習を行い、終わった後で自動車部の皆さんが戦車の修理を行ってくれました」
もう一度みほは棒マグネットをスライドさせる。今度は日本地図が『11日』の下に、『学園艦』が『10日』の下になった。
「そして修理が終わったのが、この時点だったんです」
辻褄のあったみほの推理に、ため息にも似た関心の声が皆の口から洩れる。
しかし、独りだけ納得できていないソド子が立って声を上げた。
「でもよ!どうして自動車部は戦車倉庫の壁掛け時計を見なかったのよ!そうすれば時間のずれに気付いて密室なんて騒ぎにならなかったじゃない!」
「いや~、見つかったら面倒だから、明かりを一つしか付けて無かったんだよね。壁掛け時計が見える明るさじゃなかったから、腕時計しか見てなかったんだ」
ナカジマが冷や汗をかきながら言い訳すると、ソド子は「面倒って何よ!」と更にボルテージを上げる。
「レオポンさんチームの皆さんに聞きたいんですけれど、戦車の修理が終わった後って、倉庫の鍵はどうしましたか?」
みほの問いかけにナカジマ、ホシノ、スズキ、ツチヤが揃って気まずい表情を浮かべた。
「まさか貴女たち、鍵をかけてないの!?」
「いや~、焦ってたから忘れちゃったかも」
「忘れちゃったじゃないでしょ!」
ついに堪忍袋の緒が切れたソド子のお小言がレオポンさんチームの四人に降り注ぐ中、独り頭を抱えた麻子が呟いた。
「密室トリックじゃなくてアリバイトリックだったのか・・・・・・そっちか・・・・・・」
気付かなかったことが相当悔しい様子で、何度も「不覚だ」と繰り返す。
「その後、戦車倉庫の鍵は閉められることなく、私たちは臨海学校に参加しました。ですから、誰にでもⅣ号は盗めたんです」
あっけない真相に誰もが声を出すことすらできずに、みほの推理を飲み込む事しかできなかった。
「犯人にとっても、〝密室”になるなんて事は予想外だったはずです。風紀委員の皆さんと自動車部の皆さんの時間の認識のずれを把握できる人なんて誰もいませんから」
「あれ?西住殿、もしかして、犯人も既に確定されているのですか?」
優花里の問いかけに「多分だけど」とみほが頷く。
「凄いです!本当に西住殿は名探偵です!」
優花里が目を輝かせて賛辞を浴びせるのを落ち着かせるのに、しばしの時間がかかった後。
「ちょっと待て西住。今日来た時は戦車倉庫の鍵はかかっていただろ」
河嶋桃の指摘にみほは少し考え、
「私たちが臨海学校に行っている間に先生が見回りをして、職員室にある鍵で閉めてくれたんじゃないでしょうか」
「成程、その時には倉庫の中までは確認していなかった。だからⅣ号が盗まれている事に気付かなかった、という訳か」
「いや~、それはどうかな。かーしま」
角谷杏が右手に持った干し芋を振って河嶋桃の発言に食いいる。
「いくらウチの学校が緩いとは言っても、見回りの時に中を確認しないって事は無いだろ~。もし人が残ってたら大変でしょ?」
「会長ぉぉぉ」と涙目になる河嶋桃をスルーして小山柚子が首をかしげる。
「あれ?それだとおかしいよね?中を確認したらⅣ号が盗まれていることが分かるはずなのに」
「もしかして~戦車にうとい先生で、気付かなかった、とか~?」
宇津木優季がポワポワした声で言ったが、澤梓がすかさずツッコミを入れる。
「いや、それはないから。学校を救った立役者だよ?それに、誰が見たって不自然に一ヶ所空いてたじゃない」
言う通り、整然と並べられた戦車の中で一ヶ所だけ空いていた光景を誰もが思い起こす。
「つまり、先生はⅣ号がそこに無いことを知っていたんです」
みほの結論に「ええっ!」と何度目かの驚きの声が上がる。
「でも、その事実を問題にしていない。ということは、Ⅳ号を持ち出した犯人は、先生が許可を与えるような人物。そしてⅣ号を動かせる人物。つまり――」
ドンッ!!ガンッ!!!ガッシャアアアアアアアン!!!
「な、何事だ!!」
突然の轟音にパニックの河嶋桃が半泣きで叫ぶ。
皆は音のした方向、駐車場のある方の窓から外を見た。
「また学園長の車が!」
駐車場に停めてあった高級車が見るも無残に破壊され、その上には、
「Ⅳ号!!!」
姿を消していたⅣ号が出現していた。
そして、キューポラが開き搭乗者が顔を出した。
「皆、元気してる?」
「蝶野教官!?」
全員の声が揃って口があんぐり開いた。
「蝶野さん、Ⅳ号を盗っていったのは貴女ですね」
みほの指摘に蝶野亜美はカラカラと笑ってから答えた。
「盗ったなんて人聞きの悪い。この前、大洗女子に来た時にⅣ号を見て、久しぶりに動かしたくなったからちょこっと借りただけよ」
「ちょこっと借りたって・・・・・・そんな軽く・・・・・・」
河嶋桃が魂が抜けたように膝から崩れ落ちた。
「いや~、相変わらず適当っすね」
角谷杏が少し苦い笑顔で呟く。
「ちゃんと先生方の許可はとったからオールOKよ」
蝶野亜美は腕組みをして高らかに言い放った。
「皆さん聞いた通りです。戦車倉庫は密室になっていなかった。盗まれてもいなかった。私たちが臨海学校で学園艦を離れている間に蝶野教官が鍵の開いていた戦車倉庫からⅣ号を借りていった。真相はただそれだけだったんです」
「密室?何のこと?」
全ての元凶である蝶野亜美の言葉に皆が気抜けして、会議室が乾いた笑いで包まれた。
こうして『Ⅳ号戦車消失事件』は幕を閉じた。
「まさか西住さんに名探偵の素質があったなんて、完敗だな」
少ししょげながら称える麻子にみほは「いや、たまたまだよ」と照れ笑いを浮かべる。
「でも、良かったよ。誰も盗んだ人がいなくて」
沙織は安堵の表情を浮かべる。
「そうですね。これで一安心です」
華も穏やかに窓の外のⅣ号を見つめる。
「それじゃあ、戦車も揃った事だし、練習を始めましょう!」
瞳を輝かせ両手を力強く握って優花里が勢い込んでいる。
「西住殿」「みほ」「みほさん」「西住さん」
全員の視線がみほに集まる。
「うん。皆、いっせーのっ」
「パンツァー・フォー!!!」
おわり