少女達と白い犬の物語   作:バロックス(駄犬

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書いている途中、とても暗い気分になった。
人はこれを、総じて『胸糞』というのだろう。


このお話は、ぐんちゃんがゲームとか趣味に没頭して気を紛らわせる手段をまだ知らなかった頃のお話。


郡千景と流れ星

――――千景、知ってる?流れ星に御願い事をすると、その御願い事は叶うかもしれないの。

 

 

 幼い頃、千景はそんな事を自身の母親から聞いたのを覚えている。

 それはいつだったか分からない、つい最近聞いた気もするし、遠い昔のような気もする。

 

 

 だが、今の千景にとってそんなメルヘンチックなお話など、信じる事など、何一つ出来なかった。

 

 

 郡千景は高知県の小さな村に生まれた。

 両親に愛され、故郷で日々を過ごした千景は、最良で幸せな家庭を送っていたのである……送っていたハズだった。

 

 

「やーいやーい!いんらんおんな!」

 

 太陽が上がったお昼下がり、少年のあどけない、それでいて心無い言葉が響く。

 3人の少年がその中心で頭を押さえてしゃがみ込んでいる千景を取り囲んでいた。

 

「あばずれ女ぁ、ガッコウくんなよな!」

「きもいんだよ!」

 

 心無い言葉と同時に、千景の頭を少年たちは容赦なく叩きつける。

 その拳で、

 時には足を使っては蹴り、

 罪悪感を知らないかのように嬉々として木の棒で殴ってさえいた。

 

「い、いたいよ……やめてよ……」

「うるせぇ!」

 

 小さく、絞るような声で訴える千景だが一人の少年に頭を脚で蹴られた。

 不思議な事に、この光景を一般人が目の当たりにしても、何食わぬ顔でその場を通り過ぎていく。

 

 我関せず、ではなく、もはやそれが当たり前なのだという風に。

 

 

「う、うぅ……」

 

 殴られ、蹴られ、叩かれた箇所がじんじんと痛む。蹲る様に千景は道路に横になった。

 だが、その痛々しい様を見ても少年たちは手を緩めない。千景の所有物である鞄を手にとっては、

 

「そら! 大洪水だ!」

 

 鞄の中にある数少ない教科書やノートを倒れている千景に浴びせるように落としてきたのだ。

 

「絵本なんて持ってきちゃいけないんだー」

 

 読書用に持ってきていた絵本を開いては適当なページを力ませに破り捨てる。

 宙に舞ったページの破片が千景の身体に降りかかると、少年たちは千景を見下ろしながら下卑た笑みを浮かべるのだ。

 

 

 

 村八分。

 幼くして千景が知っている難しい言葉だ。

 否、知ってしまったという言い方の方が正しいだろうか。

 

 

 この小さな村で、郡千景の名前を知らない者はいない。それも悪い意味でだ。

 親同士の不仲、不倫、そういう噂は小さな村では広まるのも早く、全員に知れ渡るのは容易い。

 

 

 あの家の親はロクデナシだ。

 あの家の親は不倫している。

 次はお前の旦那が寝取られるかもしれない。

 

 

 そんな蔑みと罵倒の嵐の渦中にいる郡千景がイジメのターゲットにされるのに早々時間は掛からなかった。

 

 

 だからこうして、千景はほぼ毎日のようにしてイジメを受けている。それは日に日に酷くなっていった。

 そして、今日はそれが一番ひどい日なのだろう。

 

「よーし、じゃあ次はこれであそぼうぜ」

 

 少年の一人がポケットからハサミを取り出してきたのだから。

 当然、まっとうな使い方で遊ぼうという考えは少年たちにはないのだと千景も理解できている。理解できている、が。

 

「あ、や…やだ…っ! や、やめて!こわい、こわい!!」

 

 チョキチョキ、とワザとらしくハサミの刃を開閉する音が自身を対象としているという恐怖は拭えきれない物があった。

 少年たちは薄気味悪い笑みを浮かべながら、

 

「こんな暑い日なのに長袖着てるのって変だよなー、暑そうだから涼しくしてやるよ」

「おい、二人ともちゃんとおさえてろよ」

 

「…っ! ……っ!!」

 

 逃げようとする千景を、二人の少年が後ろから羽交い絞めにして動きを封じた。

 男子二人の力に、女子の千景の力が叶う筈は無い。 あっけなく千景は捕まってしまう。

 

 

 千景にとって長袖の理由は単純だ。

 これまでに色んな人に蹴られ、殴られた箇所が痣となって残っているのをせめて見えないように、長袖を着ているのだ。

 

 

 ワザとなのか、知っているのか、少年たちの手に持つハサミが身動きの取れない千景へと迫る。

 鎖骨付近、襟首の辺りをハサミが捉えると、容赦なくハサミが衣服を両断する音が耳に届いた。

 

 

「いや、もう……いやだよ…たすけて…たすけて……っ!!」

 

 誰でもいいから。

 涙で頬を濡らし、自身の衣服を両断される音を聞きながら千景は祈った。

 

 その時である。衣服を両断していたハサミの動きが止まった。

 

 

 ハサミを持った少年の真横で、小さく煙を立ててコロコロと球が転がってきたのである。。

 

 

 

「ん?」

 

 

 オレンジ色に鮮やかな藍色の模様を描いたそれはテレビや漫画とかでよく見た花火の三尺玉に似ていた。

 

 

「はっ!? え、なんでだよ!!」

 

 少年たちの顔色が青ざめる。それもその筈だ。

 その球は少年たちと同じくらいの大きさがあり、尚且つその球の導火線には既に点火していたのだから。

 

 丸く、導火線から火が付き、火薬の匂いがするとなれば、少年たちが思い浮かべるのはただ一つ。

 

 

「ば、ばくだんだぁ―――――!!」

「うわああああああ!!!!」

「にげろ――――――!!!!」

 

 

 既に導火線の半分まで点火されている。それを消している暇など無いと悟った少年たちはハサミを投げ捨て、一目散に駆け出したのだった。 

 

 

「……」

 

 だが、千景だけがその場から動かなかった。

 疲れ切った表情で導火線が燃え続ける様子を見ては思うのである。

 

 

―――あれは爆弾なんだ。

 

 

 その物体の持つ名の意味を千景は知っている。

 ひとたび爆発すれば、いっぱい物が壊れて、中には死んでしまう人だっているという事も。

 

 

―――『死ぬ』…『死ぬ』ってなんなんだろう。 

 

 

 痛いのかな、苦しいのかな、辛いのかな。

 そんな言葉が浮かぶ。だが、今の自分の状況より痛くて、苦しくて、辛いのだろうか。

 

 

―――でもきっと死んじゃえば、こんな痛い思い、ずっとしなくてもいいんだよね?

 

 

 死の魅力に憑りつかれたように、千景はその場に横になった。

 

 

 大地の声を聞くようにコンクリートに耳を当て、寝むるように目を閉じる。

 視界を閉ざせば、耳には導火線の進む音だけが聞こえた。

 それは、どこか気持ちのいい音で、雑音にもならず、千景の心を落ち着かせていた。

 痛みなんて知るもんか。もう楽になりたい、その一心で千景は意識を手放そうとする。

 

 

 

 導火線を走る火花が、球の中へと入りこもうとした時だった。

 

 

『ワウッ!!』

 

 何かが吠える声を聞くと共に、千景の身体が浮いた。襟首辺りを持ち上げられた千景は一瞬だけの浮遊感のあと瞳を開けて、自分がかなりの距離を移動している事に気付く。

 

「え……犬?」

 

 千景が次に捉えたのは自分を持ち上げていたモノ。

 白い犬が千景を持ち上げていたのをみた。

 

 

 白い犬の大跳躍の後、その後方で派手な轟音と共に球が爆ぜた。

 バチバチと『華』のような火花を散らすとともに、衝撃がこちらまで届く。

 

 

 だが、伝わってくる衝撃と音の割には、威力は極小の物だった。

 その証拠に千景の鞄や破れた絵本など、全ては焼け焦げたりしせず、吹き飛ばす程度で済んでいる。それでも、生身の人間が喰らえば怪我くらいはするだろう。

 

 

 犬は千景をそっと地面へと置き、じーっと千景を見つめると、

 

 

『ガウッ!!』

「ひっ!!?」

 

 急に吠えだしたのだった。

 あまりにも突然の咆哮に千景は驚く。その吠え方はどちらかと、千景に対して怒っているような吠え方だった。

 

「もしかして……私が死のうとしたから?」

 

『……』

 

 吠えるのを止めた犬の反応は、千景の問いに対して答えていたようだった。

 さっきまで、千景は確かに死のうとしていた。爆弾の威力が大したものではなかったにしろ、外の千景は確かに自ら命を断とうとしたのだ。

 

「わ、わたし……なんで、こんなことを…」

 

 自殺。

 自身の行おうとした事に恐怖した千景は震えながら涙を流した。

 

 

 一方で、犬はあたふためくように、千景の周りをくるくると歩き回っている。

 

 

「うぐ…っ、えぐ……っ!!もう…っ、いやっ!なんで、なんで私ばっかりこんなひどい目に遭わなきゃいけないの…っ!!」

 

 膝をつき、嗚咽と共に、内にため込んでいた負の感情が吐き出された。

 

「いやだよ…っ 痛いよ…辛いよ…苦しい…よ」

 

 気丈になっていたわけではない。自分が耐えれば、なんとかなると思っていたわけではない。

 子どもと言うのは心が強い子も居れば、とても弱い子もいる。

 

 千景は誰よりも繊細だった。故に感情に蓋をして、耐えようとしたのである。

 だが、それは受けた負の感情を吐き出す手段を持っているからこそ為せるわけで、幼い千景には代わりに何かに没頭して、負の感情を発散できるようなものなかった。

 

 

 格闘技や、絵本など、テレビゲームでもあれば良かっただろう。

 なにかに縋れるような願いでもあれば良かっただろう。

 

 だが、どちらも千景にはなく、発散できず、逃げ場のない負の感情だけが心の内に溜めこまれていった。

 それが、今爆発したのだ。

 

『クゥン……』

 

 止め処なく流れる涙を、白い犬がその舌で舐めとった。

 

「あなた……」

 

 変わらず舌で頬を舐めると、犬はお座りの姿勢で、千景に向けてその頭を下げていた。

 

 その犬の姿はまるで、千景に『ごめん』と謝っているようだった。

 千景はその犬の顔を抱きしめると、

 

「私の方こそ、ごめんね……ごめんね…っ!!」

 

 自分を心配してくれた犬に対して謝っていたのだった。

 

 

 

 

 

 大地を駆ける一つの影がある。その影は、一匹と一人の少女が重なって出来た影がある。

 千景を背に乗せた白い犬が、平坦な芝を駆け抜けていた。。

 

 

「ちょっと、あなた…っ! 速いって!!」

『ワウッ!!』

 

 まるで、気にするな、と言わんばかりに犬は走るスピードを緩めるどころか、更に加速する。

 障害物となる多いわを足場に飛び上がり、

 時には塀の上を全速力で駆け抜け、

 近くにいた動物たちを退かせる勢いで走り抜けていく。

 

 

 あの後すぐ、いじめっ子たちに散らかされていた鞄や道具を整理していた千景は突如として犬に襟首を掴まれ、宙へと放り投げられた。

 そこからは流れるような勢いで犬の背に跨る様に千景が着地すると、犬はいきなり走り出したのである。

 

「ど、どこに向かってるのよ!!」

 

 縦横無尽に走りまくる犬に千景は怒りに似たような口調で犬に問うが、当然、犬が人語で返してくることなどあるはずがなく。

 

『ワンッ』

 

 ただそう吠えるだけであった。

 

 

 どれくらい走っただろうか。

 

 

 千景たちはどこか分からない、海の見える丘へと辿り着いていた。

 

 

 十分か、一時間か、それ以上か。経過した時間が分からなくなるくらいに犬の背の上で上体を揺らした千景の頭は完全に感覚を麻痺させていた。

 今でも気持ちが悪いし、吐き気もする。

 

「うぅ…き、気持ち悪い……あ、あれ?」

 

 胸の辺りを押さえていた千景がある事に気付く。

 

「服……直ってる…どうして」

 

 

 少年たちにハサミで切られたはずの衣服。 

 縦にばっさりと切られていたはずの跡が、いつの間にか直っている。

 

 しかし、そこには修繕の後は見られない。

 綺麗に縫合の後も無く、新品のように存在する服の生地を見ては、まるでそこに『もともとハサミで切られた跡などなかった』ようだった。

 

 

 直っていたのは服だけでなく、破られた絵本のページも全てが破られる以前の状態に戻っていた。

 

 

「まるで、魔法みたい……」

 

 

 感嘆の声を漏らした千景だが、すぐにその表情に影を落とした。

 壊された物がこうして戻ってくることは素直に嬉しい。だが、また同じように壊されることを思い浮かべたのである。

 明日学校に行けば、同じように少年たちが同じことをしてくるだろう、そう考えると気分は晴れなかった。

 

『ワンッ』

 

 そんな千景を気付かせるように、犬が小さく吠えた。

 どうしたの、と聞くよりも先に犬は空を見上げ、

 

 

 千景は耳にするのである。

 まるで空の彼方、宇宙の先まで届くような犬の遠吠えを。

 

 

 遠くの友に語りかけるように、

 海面が反響して波を打たせるように、

 狼のような遠吠えが響く―――それと同時に、

 

「なんで……どうして月が…?」

 

 明らかに昼間だった筈。 

 その認識を改めさせるように月が浮かび、空一面が暗くなり、一瞬にして夜空へと変わった。

 

 普通なら、あり得ない。

 自分は世界の終わりを体験してしまっているのか、と千景が思うより先に、

 

「キレイ……」

 

 常夜に浮かんでは光り輝く宵の月に、心を奪われていた。

 この月は、千景が見てきた中では一番きれいな三日月だった。

 

「あ!」

 

 不思議なこととは、立て続けに起こる物なのか千景は再度、驚きの声を上げた。

 暗黒の夜空を、一筋の光が駆け抜ける。

 

「流れ星よ!!」

 

 しかも、それは一つではない。

 千景の視界に映る夜空一面を染めるように、光の粒が駆け抜ける。

 

 流星群の日でもない、そんなニュースを千景は聞いても居なかった。

 流れ星は尽きることないように降り注ぎ、それはまるで光のシャワーのようである。

 

 

『ワウッ ワウゥ!』

 

 犬がその光景を見て、飛び上がっていた。

 その短い前足を空へと伸ばしているのを見て微笑んだ千景の脳裏に、ある言葉が浮かぶ。

 

 

 

 

――――千景、知ってる?流れ星に御願い事をすると、その御願い事は叶うかもしれないの。

 

 

「……っ!!」

 

 気づけば、千景は祈るような姿勢で膝をついて、両の手を合わせては、

 手に力を込めては念じるように、その願いを口にした。

 

 

「―――!!」

 

 

「―――!!」

 

 

「―――!!」

 

 

「―――!!」

 

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 

 

「はぁ…っ、はぁ……っ!」

 

 息が切れそうになるくらいのお願いをした。

 思いつく限りの願いを叫んだ。

 他愛のないことも頼んだ。

 

 

 全力投球を終えたような疲労が千景を襲う。眠気さえ襲ってくるその疲れに、思わず地面に倒れるように横になった。

 自分の願いは、どれか一つでも叶うだろうか。

 

「おね、がいです……」

 

 今の今までにため込んでいた疲労が押し寄せ、千景の意識を奪わんとする。それに千景が抗う事は出来ない。少しすれば、その意識を夢の中へと手放してしまうだろう。

 

『……』

 

 薄れゆく意識の中、千景と行動を共にした犬が千景の顔を覗きこんでいる。

 千景は『紅い隈取り』を走らせた犬の顔を確かにその目に映しては掠れるような声で、

 

「かみ…さ、ま…」

 

 そう言葉を残して、意識を手放したのだった。

 

「すぅ、すぅ……」

 

 まるで憑き物が落ちたような安らかな顔で寝入っている。

 犬は千景の顔を見て、ほっと安心したのか小さく息を吐いた。

 

 

 犬としても、このまま一人少女を置いてどこかへ行こうとするのは良くない、

 そう思って留まろうとしたのだが―――、

 

 

 

 

 

 

 

『―――キキッ』

 

 

 程なくして、近くの小さな茂みが揺れると共に、黒く、蠢くナニかが居る事に犬が気付く。

 

 

 それは一体ではない。

 猿のような鳴き声を浮かべるが、茂みから姿を現したのは猿とは程遠く、その頭部には『ツノ』がある。

 

 数にして3匹だろうか。

 その三匹に共通しているのは小さい二本のツノと、顔に張り付いている奇妙な梵字が描かれた『布のお面』だ。

 

 

『ニクッ オンナノ、ウマソウナ、ニクッ!』

 

 だが、その布のお面の下から浮かぶ白い牙が空の月の光を浴びて妖しく光る。

 お面の者達は極度の空腹状態だった。 今にでも食べられそうな物があれば、その者達は草だろうが犬だろうが、人間の少女だろうが、容赦なく襲い掛かるだろう。

 

 

 その三匹の視線は当然の如く千景へと向けられていた。

 

 

『ニク―――ッッ!!』

 

 一匹が飛び上がったと同時、他の二匹も同じように千景へと飛び掛かった。

 研ぎ澄まされた牙と爪が、千景へと迫らんとする。

 

 

 だが、千景へと迫る異形の腕は目標の千景へと届く事は無かった。

 

 

 一瞬の刹那、異形の伸ばされた腕、その肘から先が地面へと落ちていたのである。

 

 

『―――ギッ?』

 

 ごろん、と小さく転がる自身の腕を異形は呆けた顔で見つめる。

 

 断面から察するに、『何か鋭いモノでぶった斬られた』ような跡。

 斬り落とされた腕を眺める異形はその痛みに気付くことなく―――、

 

 

 次の瞬間、その全身を粉微塵に『両断』させられていた。

 

 

 

 異形は叫ぶことも無ければ、自身が斬られ、息絶えたことも知る事も無く、その命を肉片と共に散らしたのである。

 

 

 

 斬り刻まれた異形の肉片は溶けるように地面へと還り、やがてそこには小さな植物が生える。

 その光景はまるで、地へと還った異形の命が植物へと生まれ変わったようだった。

 

 

『ガウウウゥッッ!!!』

 

 

 千景を護るようにして、白い犬が立つ。

 白銀の毛並みが輝き、紅い隈取りを走らせ、背に鏡を浮かばせた白き犬は残った二匹に向けて咆哮を放った。

 

 まるで『神そのもの』が放つ押しつぶしてくる威圧感を前に、異形達は指一本すら動かすことが出来ない。

 

 

『……』

『……』

 

 二匹の異形は漸く動かせるようになった面を互いに向き合わせるとすぐさま犬に対して反転し、

 

『逃げるべ!』

『んだ!んだ!』

 

 うわああああ! と、叫んでは風のように走り去っていくのだった。

 

 

『…フンッ』

 

 異形達が逃げ去り、いなくなったのを見た白い犬は鼻を鳴らすと千景の側に戻り、その側で蹲っては、何事も無かったようにし眠りにつくのだった。

 そんな喧騒が外で起きていたなど、ぐっすりと眠っているた千景は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

―――――

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

「ぐんちゃん…! ぐんちゃん!」

「…ん、あれ……高嶋さん?」

 

 

 ふと覚醒し、鮮明になってくる視界に千景は顔を見上げては一人の少女、高嶋友奈の姿を捉えた。

 

 

「高嶋さん……どうかしたの?」

「もうお昼休み、終わっちゃうから起こそうと思って!」

 

 そう、と寝ぼけた眼を擦って千景は辺りを見渡す。

 千景が居たのは勇者専用の学校となった丸亀城の教室だった。 机にはゲームの画面が付いたまま無造作に置かれていて、プレイの途中だったのか不覚にも『ゲームオーバー』の文字が浮かんでいる。

 

 おのれ、バサルモス。

 内心で怒りを滾らせた千景だったが、それを見て友奈が不思議そうにこちらを見ていた。

 

「珍しいね、ぐんちゃんがゲームもしないでお昼寝なんて……疲れてる?」

 

 その瞳は本当に千景を案じているものの眼差しだった。

 それだけで千景としては嬉しく思うし、それが友奈であれば、日ごろの訓練の疲れなどたちまち吹っ飛ぶのである。

 

「大丈夫よ高嶋さん。 これくらい、なんてことないわ」

「すごい! 私なんてもうあちこち筋肉痛なのにストロングだね、ぐんちゃん。次の授業は昼一番で体育の授業だよ! いこっ!」

 

 太陽のような笑みを浮かべる友奈に千景は頷いて立ち上がる。

 すぐに体育服装へと着替え、グランドへと駆け出した。

 

 

 

 とても懐かしい夢を見ていた気がした、千景はそんな事を思う。

 あの不思議な夜が明けると、そこに白い犬の姿は無かった。

 

 

 あの後、程なくして千景の生活を激変させる出来事が起こった。

 

 

 

 人類を滅ぼさんと突如襲来したバーテックス。

 それに対抗する為に土地神の集合体、『神樹』に選ばれた勇者と呼ばれる者達が現れ、

 その勇者に千景が選ばれ、迫りくる人類の敵と戦い、

 今まで自分を蔑んでいた村の者達が『勇者である自分に価値を見出し、尊敬の眼差しを向けるようになり』、

 勇者になった千景を両親が『愛している』と言ってくれた。

 

 

 

 

 あの夜の流れ星に願ったいくつかの願いが叶ったのだろうか。

 正直、あの時の自分は酷く混乱していて、頭に浮かんでいた願い事を言うだけで精一杯だった。

 今の状況すらも、本当に自分が願ったのだろうかと疑っているほどである。

 だから、自分が願った内容を全て覚えているかと言ったらそうではない、時間と共にあの頃の記憶を千景は殆ど忘れてしまっている。

 

 

 

 だが、たった一つだけ千景が明確に覚えていて、現実となった願いがある。

 

 

 

「む。 来たな千景、今日もバトルロワイヤル形式の模擬戦だ! そして今度は私が勝つ。 悪いが杏は最初に倒すが、異論は無いな!!」

「えええ!?若葉さん、そんなぁ!!」

「安心しろあんず!あんずはタマが守る!」

 

 

 それでは模擬戦の意味がないのでは?と無い胸を張る球子を見る千景と同じ、神樹によって選ばれた『勇者達』。

 

 

「いこうっ! ぐんちゃん!」

「ええ、高嶋さん……私、高嶋さんと…皆と一緒に、強くなる」

「うん!!」

 

 

 

 

 『大切と思える仲間と出会う事。』

 その願いを叶えてくれたであろう神様に、千景は心の奥底から感謝したのだった。

 

 




アマ公は太陽と月とか流れ星を自在に出せるけど、願いを叶えてくれる願望機ではないのです。
よって、千景が友奈や若葉たちといった勇者達と出会えたのは偶然である。

次回、フィナーレを飾るのはたかしー。
最終回らしく、派手にいきたいね。

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