新しく俺のマスターとなったあいつは色々な意味で前のクソッタレなマスターとまったく違う奴だ。
前のマスターの紫もやしは俺を…いや、俺達を無理矢理従わせるために魔力供給の手段を世界の各国から攫ってきた子供を生命力と魔力を吸収するカプセルに詰め込んで無理矢理奪い取り、同じくカプセルの中に閉じ込められていた俺に無理矢理供給されていた。
それだけじゃねえ。俺が詰め込まれていたカプセルの中はこの世の全ての悪が作り出した泥が満載だった。よく自我が残っていたと俺自身が感心してしまうくらいだぜ。
まあ、一言でいえばある意味魔術師らしい魔術師だった。
で、今の俺のマスターであるマユは一言で言うと極限の馬鹿だ。
人間ではサーヴァントに勝てないという道理を自身の無理で抉じ開け、操られていたとはいえ俺に勝った。それだけなら良かったんだがあろうことか敵だった俺と契約して俺をこの地に留めさせた。俺にとり憑いていたこの世の全ての悪が生み出した呪いの一切合財を引き受けてな。
しかも俺を助け出した理由は俺が父上に助けを求めていたからだという何ともお人好しな奴だ。
まあ、そのおかげで俺はあのクソッタレなマスターとあの呪いから解放されたのだから口に出して文句を言うことはしない。
「確かモードは夏休みが終わってからIS学園に編入されるんだっけ?」
「ああ、前に受けたなんとか適性試験ってやつで父上を超えるランクが出ちまったからな…」
「あはは…。知識とかは大丈夫?」
「ああ。渡された本に書いてある奴は全部覚えたぜ」
それに、マユは前のマスターと違って優しい性格だし、色々と気が利くし、マユが作る飯はウマイし(あの麻婆豆腐は簡便だが)、あいつが話は面白いし、あいつといると色々と飽きないからこの生活も悪くないと思っている。
ただ、何の罪もない子供にあんな仕打ちをしたあいつ等にはたっぷりと仕返しをしてやらないとな。もちろん、玉砕する気はこれっぽっちもねぇ。生きて多くの人を救うことが今の俺が殺した奴等にできる贖罪だからな。
第24話「誰が為に福音は鳴る?」
◆ Side 箒
臨海学校 旅館付近の雑木林
「「はあ…」」
私達が臨海学校に来て二日目に入ったが私と一夏の表情はとても暗い。
なぜなら私と一夏がしているところを別の誰かに…あろうことか私達の身内に見られてしまったからだ。幸い見られたのが真優ではなくて真優のサーヴァントであるモードレッドであり、あまり深く追求してこなかった。
もし見られたのが真優だったらその場で気絶していたかもしれん…。
が、私達の表情が暗い原因はもうひとつある。
「…なあ、箒。これって」
「………十中八九あの人だな」
それは目の前に生えている兎の耳だ。
金属の板を無理矢理兎の耳の形に成形したような代物だ。こんな珍妙なものを持っているのはこの世界においてただ一人。どう考えても私の姉のカチューシャだ。そう思うと嫌な予感しかしない…。
「…一応引っこ抜くか?」
「そうした方がいいだろうな…」
正直言うと無視したくて仕方がない。だがここで無視すればここで抜くよりも厄介な事態が引き起こりそうだ。
本当に不本意だが眼の前にある兎の耳の形をした地雷を踏み抜くしかない。
…ええい!覚悟を決めたぞ!!
「「てぇい!!」」
スポンッ!
私と一夏が同時に力をこめて地面に生えている兎の耳を引く。
すると地面から生えていた兎の耳はあっさりと引っこ抜けた。
ゴゴゴゴゴゴゴ…!!
「「………」」
「やあやあ二人とも!元気にしていたかな?」
抜いてからしばらく経つと上の方から轟音が聞こえてくる。
そして、ニンジンのようなロケットから私達が予想していた人物…篠ノ之束が出てきた。
ああ、やはりか…。
わかっていたとはいえこれはなかなかにくるものがある。
「というわけで早速二人をラボの中へご招待~」
「「えっ!?」」
「さあさあさあ!!」
って、マズイ!このままだと姉さんに連れ去られてしまう。
昨日千冬さんに絞られたばかりなのに今いなくなったら何が待っているか想像もしたくない!
なんとかして逃げなければ…
ズガァンッ!!
「「「!?」」」
そう思った直後、私達の足元に何かが突き刺さった。
これは…矢?だがそれにしては威力がありすぎる。
まさか…
「やれやれ、嫌な予感がすると思って来てみれば人攫いがいるとはね」
「「シン(さん)!」」
矢が飛んできた方向へ向くとそこには機械仕掛けの弓を構えたシンの姿があった。
かなり距離が離れているがシンならば一瞬で詰め寄れる距離…そう、今のシンはシンが最も得意としているレンジにいる。
「誰だい、君は?」
「なに、彼女達が通っている学園のしがない用務員さ」
「そのしがない用務員が邪魔をするのかい?」
「ああ、その通りだ。目の前で人攫いをしようとしている賊を放っておく道理はないだろう?」
「…気に入らないね」
「そうか。それは光栄だ」
露骨に機嫌の悪そうな表情でシンを見ている姉さんだったがシンはまったく表情を変えていない。
寧ろ姉さんを煽って姉さんの意識を自身に向けさせている。
おそらく私達が姉さんから離れる隙を作ろうとしているのだろう。
チャンスは今しかない。姉さんがシンに集中している隙に一気に姉さんから距離をとる。
…今だ!!
「箒!しっかり掴まっていろ!(ガシッ」
「わかった!(ギュッ」
ダッ!
「あっ!」
一夏が瞬時に白式を展開し、私を抱えて姉さんから一気に距離をとる。流石の姉さんもここまで距離を離せば私達に追いつけないだろう。
後ろから姉さんの声がするが今は無視だ。もしここで止まってしまえばシンの邪魔になってしまう。
今は少しでも早く千冬さん達と合流することに専念しよう。
しかし、あの時IS学園で姉さんと再会した時はだいぶ大人びていたがさっきのあの姉さんはなんだったのだ?
…姉さんの筈なのだが姉さんとは違う気がする。何かしっくりこない。なんなのだろうな、この感覚は…。
それにシンも無事だと良いのだが…。
◆ Side シン
臨海学校 旅館付近の雑木林
どうやら箒と一夏は無事に逃げることができたようだな。
それなりにつきあいがあるおかげで此方の意図をすぐに理解し、速やかに離脱してくれた。織斑教諭には既に連絡を入れているから二人が責められることはないだろう。
さて、後の問題は…
「やってくれたね…」
「テロリスト以下の盗人風情が何を言うのかね?」
強烈な殺気を出している奴だ。
ここでこいつを捕らえ、警察にDNA鑑定を依頼すれば間違いなく篠ノ之束と判断されるだろう。
そう、目の前にいる女はシノノノタバネだ。だが、この女はこの世界に居る篠ノ之博士ではない。
下手をすれば無実である篠ノ博士が逮捕されてしまう可能性がある。
「………」
「やれやれ、図星かね?」
「っ!」
「ならばさっさと去れ。それともその首を貰い受けようか?」
今朝、彼から篠ノ之博士が改修した真優のインパルスと箒のISを運ぶために冬木から出発したと連絡が入った。このままこの女に居座られると篠ノ之博士が機体を届けることができない。早々にここから去ってもらうとしよう。
「………今回は君に勝ちを譲ってあげるよ。精々自惚れているんだね」
どうやら去ってくれたようだ。
やれやれ、流石に大勢の生徒が寝泊まりしているこの旅館の近くで殺人をするわけにはいかないからな…。
さて、今やるべきことはやったことだし旅館に戻るとしようか。
ん、通信?どうやら篠ノ之博士からのようだが…。
『あ、シンさん。ちょうど良い時に!』
「なにかあったのかね?」
声色から察するに篠ノ之博士はかなり慌てている。
まだ輸送中のためかトラックのエンジンの音も聞こえている。
余程の緊急事態のようだな。
まあ、何が起こったのかは大体想像できるが…。
『アメリカの最新型軍用IS、銀の福音【シルバーゴスペリオル】が突然暴走してそっちに向かっているの!』
「………」
予想通り。
アメリカがアラスカ条約を破ってまで軍事用のISを生産していたのは知っていた。
無論、そんな兵器を奴等が見逃すわけがない。おそらく完成したと同時にあらかじめ仕込んでおいたウィルスを使って暴走させ此方に向かわせているのだろう。
『夜の8時くらいにそっちに着くからシンさんは駐車場で待ってて!』
「了解した」
彼女からある程度聞いていたが連中は本気で俺達を潰しにかかってきているらしい。
ならば俺も俺の成すべきことを果たそう。真優達が全力で動けるようにな。
さて、これから忙しくなるぞ…。
◆ Side 真優
臨海学校 砂浜
「皆、集まったようだな」
臨海学校二日目…。
珍しく遅刻したラウラがPICの説明をしていたことから推測するとおそらく今日の授業は主に海上でのISの運用の注意点に関する授業だ。
IS学園で臨海学校が存在する最大の理由だと言ってもいい授業だろう。
ISだって万能じゃない。ダメージを受ければ壊れるし整備を怠っているとあっという間に機能不全に陥ることだってある。
陸上ならまだ歩いて避難をしたりすることができるけど水上…特に海上で想定外の損傷で機能不全に陥った時、ISは万能のパワードスーツから鋼鉄の棺桶になってしまう。
実際、ISの黎明期…最初のモンドグロッソが行われた時に見栄えが良いからと海上をバトル・フィールドにして試合が行われ、事故が起こった。
試合に負けた選手のISが突如機能不全を起こし、海の中へ沈んだ。その後、必死の捜索でその選手とISを引き上げることができたけれどその選手は命を落とした。
しかもその時の試合の勝者が織斑先生で、今でもその時のことを夢で見ていると一夏が言っていた。
臨海学校が行われるようになったのも織斑先生が教師になったときかららしいからおそらく織斑先生が海上でのISの運用訓練をするべきだと強く主張したからいまの臨海学校があるのだと私は推測している。
まあ、真実を知るのは本人だけだけどね…。
「先生、織斑君と篠ノ之さんがいません!」
「ああ、二人は遅くなると飛鳥先生から連絡が入った。あの二人のことは気にするな」
…そういえば一夏と箒の姿が見えない。
織斑先生の話から察するに何か良からぬトラブルに巻き込まれたのだろう。
「マユさん、大丈夫ですか?」
「…なんだか嫌な予感がする」
シンが向かったのなら大丈夫だと思うけど何か嫌な予感がする。
何か、非常に良くないことがこれから起ころうとしている…。
根拠は無いけれどただ、私の中の何かが警鐘が止まらない。
「織斑先生、大変です!」
「落ち着いてください。山田先生、生徒が見ています」
「あ、すみません!」
私の中の警鐘が鳴り響く中、山田先生が大慌てで走ってきて、織斑先生に落ち着けと言われて多少落ち着いたのか見慣れない手話のようなもので織斑先生に何かを伝え始めた。
そして、伝えられている織斑先生の顔は少しずつ顔をしかめていく。
おそらく非常に良くない情報が入ったのだろう。
「本日の授業は中止。真優以外の専用機持ちは会議室に集合しろ」
「織斑先生。織斑君と篠ノ之さんはどうするんですか?」
「あの二人も会議室に来るように伝えろ。以上だ」
なんで箒だけが呼ばれる?
確かに箒の実力は代表候補生と勝るとも劣らない実力を持っている。だけど専用機を持っていない。
そんな箒が何で一夏達と一緒に呼び出されるのだろうか?何かが引っかかる。
みんな、どうか無事でいて…。
◆ Side セシリア
臨海学校 旅館 臨時会議室
「状況を説明する」
二日目の臨海学校の授業が中止となり、なぜか疲れた顔をしている一夏さんと箒さんと合流した私達が招集された臨時の会議室には多数のモニターによって埋め尽くされていました。
そして、そのモニターの真ん中を陣取るように仁王立ちしている織斑先生の顔は非常に厳しいものです。
おそらく状況は非常によろしくないのでしょう…。
「近年、アメリカがアラスカ条約を無視して生産した軍事用IS、銀の福音【シルバーゴスペリオル】が暴走し、この臨海学校へ接近しつつある」
「「「「「軍事用IS!?」」」」」
近年、アメリカが条約違反の機体を製造しているという噂は聞いていましたがまさか完成していたなんて…。
考えられる理由としては自身の技術力を世界にアピールして各国に対する牽制のつもりだったのでしょう。
おそらく私達が招集された理由はIS委員会が秘密裏にこのトラブルを抑えるためなのでしょう。
召集される直前にマユさんが嫌な予感がすると言っていました。
もしかしてマユさんは本能的にこのことが起こるのを察知していたのでしょうか…?
まったく、意地の汚い大人たちの尻拭いをさせられるとは思いませんでしたわ…。
ですが、今はベストを尽くしましょう。
「織斑先生、銀の福音【シルバーゴスペリオル】の詳細なスペックの開示をお願いします」
「開示はするがそのかわりお前達には最低1年間の守秘義務をかせられる。それを破れば監視がつくことになるがそれでもいいな?」
「はい、かまいません」
まずはターゲットの詳細な情報を持っておかなければなりませんね。
…これは、想像以上の性能ですわね。もしこの機体が暴走しなければパワーバランスが一転していたでしょう。
それほどまでにこの機体は高性能です。…自分で言うのもなんですが専用機持ちとはいえ子供が相手をするような機体ではありませんね。
それに、機体のこととは別にもうひとつ気掛かりなことがあります。
「織斑先生、なぜ専用機持ちでも代表候補生でもない箒さんが呼ばれたのでしょうか?」
「…それは私も気になります。自分は一般の生徒のはずです」
それは私達と共に呼ばれた箒さんのことです。
本来、専用機持ちであるマユさんが呼ばれず、彼女が呼ばれるというのは何か違和感があります。
箒さん自身も違和感を持っているようです。
あまり箒さんのことを悪く言いたくはありませんが箒さんよりもグラディスさんの方が圧倒的に実力がありますし、母国のトラブルでもあるから呼ばれてもおかしくはありません。
そして、何よりも箒さんはまだ専用機を持っていません。そんな箒さんが…ん?専用機…まさか!?
「…それは」
「ちーちゃーん!!!」
「来たか」
織斑先生が事情を説明するよりも先に箒さんが呼び出された原因が入ってきました。
…篠ノ之束。ISを開発し、いまや知らない人はいないと言われるほどに有名な天才科学者です。
その博士が大型のコンテナと一緒に現れたということは…。
「はーい、持ってきたよ!箒ちゃんの専用機!第四世代IS【紅椿】を!!」
ああ、やはりそうですか。
一夏さんと箒さんは露骨に顔を顰めています。相当苦手な方なのでしょう。
ですが、箒さんが呼ばれた理由がわかりました。
箒さんは博士が持ってきた専用機でこの作戦に加わる。
「一次以降はすんだのか?」
「もうこっちですませておいたよ!」
「そうか、ならば作戦を説明する」
その後、作戦を説明されましたがその作戦は箒さんが一夏さんを輸送して一夏さんの白式の零落白夜で撃墜する。
きわめて単純ですが一番確実な方法ですわね。
なるほど。そういうシナリオですか。
…なんだか一気にキナ臭くなってきましたわ。
これは、私も独自で動く必要がありますわね。今からシンさんと合流しましょう。
◆ Side 一夏
臨海学校近海 海上
俺達は今、銀の福音【シルバーゴスペリオル】の暴走を止めるために銀の福音【シルバーゴスペリオル】と接触するポイントを目指していた。
銀の福音【シルバーゴスペリオル】の暴走を止めるのは俺も賛成だけど何か今の状況に違和感がある。いや、それだけじゃない。違和感意外にも既視感もある。
その違和感の原因はあの束さんであり、既視感の原因は10年前にもよく似たことがあったような気がするということだ。
「なあ、箒。あの束さんをどう思う?」
「…私は偽者だと思う。旅館で会ったあの人は私が知っている姉さんじゃない」
箒に自分の違和感を伝えると違和感が確信に変わった。
あの束さんは俺達が知っている束さんじゃない。
それとどうやら箒は既に本物の束さんと会っているらしい。
だとするとあの束さんは一体何者なんだ?
「気をつけろ。あの人はこの機体に何か手を加えていてもおかしくはない」
「…ああ。そうだな」
「…高エネルギー反応!?いち…」
「させるかぁ!!」
箒と違和感のことを話していたら唐突に寒気がした。
何かが箒を狙っている。そうわかった瞬間、俺は考えるよりも先に体が動き、箒をかばうように移動した瞬間、俺の意識は途絶えた。
意識が途絶える前に俺の目に映ったの夜空に佇む銀の福音と話には聞いていなかった多数のIS、そして、悠然と顔を真っ青にしているけど無傷の箒の姿だった。
どうも、明日香です。
今回は第1章の最後の戦いの直前までというわけで短いですが一夏の撃墜までの話となりました。
さて、次回は第1章の最終決戦、破格の性能を誇る銀の福音とその取り巻きに真優達は勝つことが出来るのか?
次回を楽しみにしていただければ幸いです。