記憶だけをたよりに記録されたクトゥルフ神話TRPG 作:ばばたける
個性が強い仲間のプレイヤー、そして度重なるファンブルに耐え抜いたキーパーへ。
Day:2019/04/27
Place:新宿
Scenario:『甘き花の蜜は苦く』
KP: Mujina
PL[Anna]:
飯田橋なつ子(27)
ジャーナリスト
ファンブル数: 0~1回
PL[Mickey]:
竹内篠雅(36)
樹医
ファンブル数: 5~6回
PL[DecocoNata]:
銀田一一二三(21)
学生/オカルト作家
ファンブル数: 1回
PL[Babatakeru]:
茂古道騒(42)
探偵
ファンブル数: 5~6回
甘き花の蜜は苦く・一日目
俺の名前は茂古道騒。しがないハードボイルドな探偵だ。
その日の昼過ぎ、しとしとと雨の降るなかで、俺はチョコレートブラウンのニッサン・キューブを走らせていた。
探偵に軽自動車なんて、ちっともハードボイルドじゃねえ――警視庁時代に新車で買ったブラックのエクストレイルは、嫁と別れるときに取られてしまった。「あんたはこれで十分でしょ」と、哀れみに残された中古のキューブが、俺の主なアシである。
ハードボイルドじゃない車を走らせていると、珍しく通行人の後ろ姿が目に入った。周囲には田園風景。住宅街や商店も遠く、どこを目指すにも人の足では苦労する位置だ。傘の下には花柄のロングスカートが見える。すくなくとも彼女が、畑仕事のためにここいらをうろついているようには見えなかったわけで――
「なあ、彼女」
俺は短くクラクションを鳴らし、彼女の横に着ける。
「どこまでお出かけ? よかったら送ろうか」
「あら!」
数奇な再会であった。彼女は――否、『彼』は知った顔の人間だ。
竹内篠雅。なんどか通った新宿二丁目のバーの人気ホステス。俺の人生の、数多くある過ちのひとつだ。
「なんでこんなところに」と問い詰める前に、竹内は助手席のドアを開け、傘を畳みつつ車内に侵入してきた。
「赤城神社まで」
「……そういや言ってたな。あんたも地元、こっちだって」
深くため息をついて、キューブを発進させる。
曰く、竹内の祖父はこの地で樹医をやっていたそうだ。で、爺さんがトシで仕事が立ち行かなくなったんで、竹内は急遽、ホステスを辞めて帰り、当代を受け継いだとのことだ。
ご立派なオネエである。――で、今回の『患者』は、赤城神社にある桜の木というわけらしい。ちょうど俺の行き先も赤城神社だ。
「騒ちゃんは、神社になにしに? 結婚祈願?」
「降ろすぞ。――宮司さんに仕事を頼まれてんだ」
この街ではいま、行方不明事件が相次いでいる。赤城神社の神主、赤城栄輔から仕事の相談を受けたのは一ヶ月前だ。警察の仕事の手が遅いことはよく知っている。このまま被害が進むのは一住民として放っておけない。今日は赤城栄輔に、中間経過を報告しにいくのだ。
というわけで、赤城神社。参道の広場には、すでに赤城栄輔が参拝客の対応をしていた。カメラを持った女性と、傘を重そうに震えさせている若い男がいた。赤城栄輔がこちらに気づき、ふたりに一礼してから駆け寄ってくる。
「茂古道、それに……竹内さん。知り合いだったんですか?」
竹内はこれ見よがしに、俺の腕に組み付いている。俺は彼を振りほどいて、「知ってるだけの知り合いだよ」と答えた。
「忙しいなら出直すか? 暇だから待ってもいいけど」
「ああ、じゃあすまん、待っててくれ」
赤城栄輔は、大学時代の先輩だ。勉強を教わったり、飯を奢ってもらったり、彼にはずいぶんと世話になったものだ。
彼から依頼を受けたのは、行方不明事件のことと――「真白ちゃん」のことだ。
十二年前、彼の娘、真白ちゃんが亡くなった。
十二年経っても、彼の傷は癒えていない。
竹内の診察は、小一時間で終わった。赤城神社の名物である、樹齢五百年の大桜。――が、そろそろシーズンだというのに、桜は蕾さえつけていない。
この街、前咲市は、日本でもっともはやく桜が開花するという触れ込みであるはずなのに。こんどの『桜祭り』では、開花の祈願をするそうだ。九年前もおなじように、開花が遅れた年があったらしい。今年だって、大したことないと思うんだけどね。
「どうだ、調査のほうは」
栄輔先輩への報告に、俺は言葉を選ぶ。
「良い話がひとつ、悪い話がふたつある。悪い話ひとつ目、『良い話』があるのは嘘だ。悪い話ふたつ目、調査の成果はない」
「お前、そういう話し方好きだよな」
赤城栄輔は呆れたように肩をすくめる。
「でも、行方不明事件のことはともかく、真白のことなんだが」
「ああ、悪いけどそっちのほうもまったく……」
「もう、いいんだ」
最近、真白ちゃんらしき姿が目撃されている、らしい。
要するに幽霊事件だ。
詳細はわからない。実際に目撃した人物によれば、どうもその姿というのは、十二年前に死んだ赤城栄輔の娘、赤城真白のようなのだ。
「いいってことはないだろ」
幽霊事件なんて、オカルトを信じているわけじゃない。
ただ、『火のない所に煙は立たぬ』という言葉もあるわけで――幽霊じゃなくても、なんらかの原因があって、真白ちゃんらしきの目撃が発生しているわけだ。俺には探偵として、その依頼を果たす義務がある。
「いや、ほんとうにいいんだ。面倒をかけて悪かったな」
ただ、依頼主の様子は――なんだか憑き物が落ちたような。真白ちゃんの死を引きずっていた、あの痛ましい赤城栄輔とは違ったものだった。
「……先輩がそういうなら」
俺は納得することにした。所詮、探偵って依頼ありきで動くもんだからさ。
「――ああ、すまん。いまからすこし、氏子さんたちと打ち合わせがあってな。境内の休憩室とか使っていいから、詳しい話はまた後で」
と、赤城栄輔は足早に姿を消してしまった。急に暇を与えられてもな、とため息をついたところで、「あの」と声をかけられた。
首からカメラを提げた、目つきの悪い女だった。しかし彼女は愛想のいい笑みを浮かべて、俺に名刺を差し出す。目つきの悪さは生来のものらしい。
「わたし、こういうものです。よかったらお話、聞かせてもらえませんか?」
「……飯田橋なつ子」
「はい」
「ジャーナリスト」
「はい」
「記者か」
「はい」
「読み上げただけですね」と飯田橋は苦笑した。記者のいいところは情報を持っているところで、記者の悪いところは事件を嗅ぎまわって鬱陶しいところだ。
「俺は茂古道。探偵だ。先にそっちの話から聞かせてもらおうか」
俺の持っている情報は皆無だったので、マウントをとる振りをして情報だけを奪ってやることにした。
「こんなところでも何だし、なかで話そう。竹内、お前も。――そこの、傘をまともに持ててないもやしっ子。お前もどうだ。インスタントのコーヒーくらい淹れてやるよ」
飯田橋なつ子。俺とおなじく行方不明事件と幽霊事件を調べているようだが、その原動力は記者特有の野次馬根性だけじゃない。彼女は真白ちゃんと幼馴染だったらしい。
重そうに傘を扱うもやしっ子は、銀田一一二三という学生だ。オカルト関係の小説を書いているらしく、今回の事件は、親友である飯田橋の弟から聞きつけたそうだ。
弟さん、めちゃめちゃ口軽いな。
とりあえず俺たちは、真白ちゃんの仏壇に参ることにした。遺影には可憐で儚い雰囲気の少女が映っている。
「あら、かわいい子なのね。――あら?」
竹内はなぜか、真白ちゃんの遺影に違和感を覚えたようだ。
「なんかこの子、あたしとおなじ匂いが――ああっ! 手が滑っ! うおおぉっ!?」
次の瞬間、バランスを崩した竹内は、仏壇を破壊した。
「だあああ! なにやってんだこのオカマ!」
「真白が!」
「力が凄い」
「ごめんなさーい!」
竹内篠雅。相変わらず、どこか抜けているところがある。なぜだ。なぜ俺は、こいつのこういう、人間的な部分に、共感――否、興味を持ってしまうのだろう。
……かわいい?
馬鹿な。こいつは女らしい格好をしているとはいえ、三十過ぎのオッサンだ。この胸の高鳴りは、竹内篠雅に対してのものではない。ただの動悸だ。こんど病院行こう。
簡単な情報交換を終えたあと、飯田橋と銀田一は周辺の資料から、神社の歴史なんかを調べ始めた。
竹内は再度、桜を調べに外へ出ている。俺は奴が破壊した仏壇を片付けている。
「ああ、ここがこういうふうに折れてやがる。直るのか、これ? ボンドとか……」
「なんか、埃っぽくないですか、この仏壇。あんまり掃除してないんですかね」
銀田一の指摘に、俺は崩れた仏壇に、埃が積もっていることに気づく。
「思ったより壊れている!?」
戻ってきた赤城栄輔は、変わり果てた仏壇を見て愕然とする。彼の背後では、竹内が申し訳なさそうに肩を縮めていた。
「先輩、これはほら、きっと経年劣化で被害が拡大したのさ。十二年になるんだもんな。ていうかさ、仏壇あんまり掃除してないだろ。埃が溜まっていたぞ」
「あ、ああ、最近忙しくてな。ついおろそかになってしまっていた」
「ったく、真白ちゃんの仏壇なんだ。しっかり手入れしとけよ」
「……そうだな。ほんとうに」
違和感。
今日の栄輔先輩は、やけに――元気だ。この人は真白ちゃんの死から十二年間、ずっとしょぼくれていた。なのにいまの様子は、まるで『十二年前』を思わせる。
赤城真白が、『戻ってきた』と言わんばかりじゃないか。
「真白ちゃんのこと、ほんとうにいいのか? 途中で調査打ち切りなんて、気持ち悪いぜ。俺にもプライドってもんがあるんだ。最後までやらせて――」
「いいんだ」
赤城栄輔の様子が、また変わった。
食い気味に俺の言葉を遮る口調は、まるで「もう調査するな」と、制止しているようだ。
「――ああ、わかった、わかったよ! この件からは手を引くよ。まったくしょうがない先輩だぜ」
俺は大仰にリアクションをとって、同意してみせた。絶対、手は引かないけどな。
「すまんな。お詫びと言っちゃなんだが、これ――みなさんも」
先輩が差し出したのは、植物園のチケットだった。
「明日は桜祭りですから。これで入場は無料になります。どうぞ、楽しんできてください」
九年前、この神社に隣接される形で建てられた、広大な植物園。この街トップの観光スポットで、温室にはコーヒーも栽培されている。このコーヒー豆はカフェテリアで販売されていて、お土産コーナーには豆に加え、コーヒーカレーやコーヒーキャンディなんかも並んでいるのだ。
他の三人にそれを話すと「はあ」とか「へえ」とか返された。ぜんぜんノッてくれないじゃん。
先輩はまだ忙しそうだし、とりあえず用事も終わったので、俺たちは四人とも退散することにした。
「ねえ、これどう思う?」
竹内が大桜を示す。
「てんぐ巣病にも似てるけど、ちょっと違うみたいで。それにほら、すっごく幹が堅い。すっごく太くてすっごく堅い」
「なんで変な言い方すんだよ。――俺ら植物に関しちゃ素人なんだがなあ」
幹に触れると、たしかに堅かった。分厚い、鎧みたいだ。
「えい」
なぜか、銀田一が幹をナイフで切り付けていた。なに、ふつうにナイフとか持ってんだこの大学生。案の定、竹内が喰ってかかる。
「ちょっと! いきなりなんてことすんの!」
「あ、ごめんなさい。傷つくか、試したくなって……」
好奇心の塊かよ。――が、その好奇心が奇妙な事象を起こした。傷つけた口からつうっと、血が滴ったのだ。
無論、植物から血液が吹き出すわけがない。よく見れば樹液であることは明らかであったが、その樹液は、あまりにも赤く、あまりにも濃かった。
「甘い」
「おいしい」
俺と飯田橋は試しにぺろぺろ舐めてみた。血の味ではなかった。
「へえ、おもしろいですねこの桜。写真撮っちゃお」
奇妙な事件は終わらない。桜を撮影した写真には――桜の枝に、少女の姿が写っていた。
「し、心霊写真撮っちゃった……」
「ほんとだ。すっげえ」
おかしい。
心霊現象がこんなに淡泊に発生していいのか、甚だ疑問だったが、少なくとも俺はオカルトなんて信じていない。じつは、飯田橋の悪戯だったんじゃないかと思う。
「……気味が悪い。もう帰ろうぜ、送ってってやるからさ」
この雨のなか、三人を徒歩で帰すのは無情だし、それにまともに傘を持てていない銀田一が可哀想だ。――というわけで、いい加減に境内から去ろうとした時だった。
雨のなか。遠くに、女の子が見えた。
傘もささずに。白いワンピース――というより、手術着を思わせる白衣をまとった少女が、植物園へ向かう通路の前でたたずんでいた。
「あたし、ちょっと行ってくるわね」
フットワークの軽い竹内は、小走りで少女のもとへ。不審なオネエだけど、奴に任せておけばまあ大丈夫だろう。――竹内は少女としばらくやり取りしたあと、自分のジャケットを少女に羽織らせ、傘を渡して、そしてこちらに戻ってきた。
「服と傘、あげちゃったのか」
「う、うん……」
しかし竹内の表情は優れない。ていうか、顔色が悪い。それに、少女はあの場所から一歩も動いていないではないか。
さすがに奇妙に思ったので、俺たちは全員で少女のもとへ。
「真白……?」
ある程度近づいたところで、飯田橋が声を震わせた。
俺にだってわかる。少女は――さっき遺影でみた、赤城真白と、瓜二つの顔立ちをしていたからだ。
「お嬢ちゃん」
浮上した疑問を無視し、とにかく声をかけると、少女はこちらに視線を向ける。ぼーっと呆けたような表情。寝起き? 障害児童? 俺は目線を下げ、わかりやすい言葉を使って語り掛ける。
「おなまえ、いえる?」
「……ぜろぜろごごう」
変な名前だ。まあ、最近の子だしな。
「おうちはどこですか? お父さんか、お母さんは?」
「あっち」と、その細い指が差したのは植物園だった。
きっと植物園の職員の子どもとかだろう。とにかくこんな雨のなかに放置してちゃ、風邪をひいてしまう。俺たちは少女を送り届けることにした。
「よし、『ごごう』ちゃん、おじちゃんがおんぶしてやる。おいで」
「だ、だめ!」
少女に対するオッサンなりの気遣いを、なぜか竹内が制止した。
「ほら、女の子だし……ここはあたしがおんぶするわ」
お前だってオッサンだろ。――まあ、ある意味女心は竹内のほうが理解しているし、筋力もある。ここは任せておこう。竹内に『ぜろぜろごごう』を背負わせ、俺たちは植物園を目指した。
植物園は明日の祭の準備のため閉園中だが、事情が事情だ。警備員に声をかけると、すぐに職員の男性が駆けつけ我々をエントランスに通した。
事情を説明すると、男は姿勢正しくお辞儀をする。
「どうもすいません、ご迷惑をおかけしてしまったようで――ダメじゃないか、『ましろ』。勝手に外に出ては」
『ましろ』。たしかにそう呼んだ。さっき彼女が名乗ったものとは違う。
「あんたの娘さん?」
「いえ、園長の八谷のご息女です。ここで、我々が面倒を見ていまして」
「ふうん。――この子の名前、『ぜろぜろごごう』じゃあないんですか? さっきこの子に名を訊いたら、そう答えたけど」
敢えて尋ねてみた。職員は一瞬、『ぜろぜろごごう』――否、『ましろ』に視線を向ける。その目は「余計なことを」と咎めるようであった。が、すぐにこちらに顔を向け、「ふざけてそういうふうに名乗ったのでしょう」と、もう一度平謝りをした。
「ごごうちゃん――じゃなくて、ましろちゃん? 兄弟はいるかい? お兄ちゃんかお姉ちゃん、弟か妹か」
「いたよ」
過去形、ね。職員はこの質問が、あまり好ましくないようだ。そういう表情をしている。これ以上の追及は取りやめて、俺は誤魔化すように桜に目線を向けた。
エントランスからは、ひときわ巨大な桜が見えた。原生地不明の謎の大桜『紫』、夜に紫色に発光することがその異名の由来らしいが、残念ながらこの植物園は夜には閉園するので、俺もお目にかかったことはない。
「あたしたちまた明日、お祭に来るから、そのときにまた遊ぼうね、ましろちゃん」
竹内は語り掛けるが、少女は聞いているのか聞いていないのか、「うん」とまた呆けたように返した。
注意深く俺たちを見つめる職員の視線は、人形のように無機質だった。不気味な雰囲気に耐えかね、長居は無用と判断した俺たちは植物園を後にする。ようやくキューブに乗り込んで、赤城神社を去った。
この状況に強い違和感を持っているのは、ありがたいことに俺だけではなく、竹内も、飯田橋も、銀田一も同じであった。自分が正常と判断できることは、安堵を呼ぶ。俺たちはそれぞれの疑問に対し、見解を話し合った。
「そういえば竹内。お前、最初にあのお嬢ちゃんと話したとき、なんか様子がおかしくなかったか?」
えっと、と竹内は言い淀む。隠し事、というほどではないが、このオネエは明らかにひとつ、『情報共有していない事項』と持っている。
「そうね、あんまりはっきりとは言えないけど――」
よほどのことなのか、くだらないことなのか。言葉を選びながら、竹内篠雅はぽつぽつと語り始める。
「ましろちゃんの腕――左腕がね。すごく、細かったのよ。まるで人間のものじゃないみたいに。ひょっとしたら、見間違いかもしれないけどね」
結局、竹内のジャケットはあの『ましろちゃん』に着せたままだった。けっこう高そうだったのに、気前がいい奴だ。――少女にジャケットを上げてしまったのは、どうやら俺たちに、その腕を見せたくなかったかららしい。
「奇異な目で見られちゃ、かわいそうだと思ってね」
お前みたいな奇異な生物がそう言うならば、よほどの説得力だな、と思った。助手席から殴られちゃたまらないので、思うだけにしておいた。
途中、竹内の希望でとある公園に立ち寄った。この街の、ほかの桜も診察しておきたいそうだ。樹医らしく、ああでもないこうでもないと公園の木を見回る。
そのうち近所の数人、集まって声をかけてきた。まあ、変なオネエが桜の木をベタベタ触るんじゃ、不審に感じても仕方ないと思ったが。
「どうかしましたか?」
俺たちはすぐに、その場を後にした。
その住民たちの様子には既視感があった。あの植物園の職員だ。
あまりにも無機質。RPGの村人みたいな、一定のリズムに従って動く作り物感。
この街そのものに、『奇妙』が広がっていると確信させるには、あまりにも十分だった。
「お前ら明日、植物園、行くか?」
俺の問いに、三人は
「行きます」
「行きます」
「行くわよー」
即答しやがった。俺はともかく、お前ら一般市民なんだからこんなのに関わるなよ――とはいえ人間の好奇心を止めることはできない。最後まで関わりたいという、使命感も理解できる。俺だってそうだしな。
ただ、明日も車で送迎させられるのには、ちょっと納得できないけどな。
飯田橋と、銀田一を送り届けて(銀田一は飯田橋の家に泊まるらしい。弟さんと親友とか言ってたからな)、一時、キューブの車内は俺と竹内のふたりだけになった。
「ふたりっきりね」
「黙れ」
「ねえ、今夜泊ってっていい?」
「ダメに決まってんだろ。うちは汚くて狭い探偵事務所だ」
「じゃあ、うちに泊まってく?」
「…………」
「冗談よ。そんなに恐い顔しないで」
なんで俺は。
ちょっとときめいているんだ。
竹内を送り届け、ようやく俺は帰宅する。カップラーメンで腹を満たし、コーヒーを淹れたところで、情報収集を頼んでいた探偵からの連絡が来る。
『もしもし、モコさん? お元気? 俺でーす』
また、オネエだ。
『さっきパソコンのほうに資料送ったわ。見た?』
「あ、ほんとだ。いつもすまんな、多比岡」
多比岡倫助。俺とおなじ元刑事の探偵。俺と違うところは、オネエであるところと、彼女持ちであるところと、退職した理由が汚職がバレそうになったから、という点である。
このオネエ、じつは相当なワルだ。
『もうご飯食べた? どうせまたカップラーメンでしょ。駄目よ、たまには栄養のあるもの食べなきゃ』
「お前はお母さんかよ」
『ちなみに俺ん家の夕飯はね……』
「いいよ、その話は。どうせ彼女ののろけ話になるんだろ」
貰った資料には、赤城真白に関する『事件』についてのものだった。
赤城栄輔が、娘の死を受け入れられない最大の理由は、彼女の遺体が消失したことである。
こんなひどい話があるかよ。
死んだあと、行方不明なんて。
『調べる資料は、これで十分?』
「ああ、十分過ぎる。まったく、ここまでの情報、どうやって仕入れてくるんだ?」
『それは企業秘密。モコさんに嫌われたくないもの』
「……『日本生類総研』? なんだこれ」
『サービス。たぶんそこが関係してると思ってさ。一応、目ぇ通しといてよ』
インターネットで調べると、ふつうに研究団体のようだ。まあ、ふつうかどうかはまだわかんないけどな。特に、多比岡の手から渡されたんじゃ。
『報酬にそっちのコーヒー豆、送ってよ。前に植物園の、くれたでしょ』
「さっきサービスって言ったろ。それに報酬の振込みなら終わってる」
『いいじゃない。あの豆に合いそうなブレンド思いついたの。聞くでしょ?』
たいへん興味深い話だが、腹が立つことに、多比岡は俺よりもコーヒーを淹れるのが上手い。しかも彼は話が長く、本題と逸れがちだ。「ああそれからね……」とさらに話が続きそうだったので、「じゃあな」と電話を切ってしまった。調査に集中しなければ。
しかしふたたび、スマートフォンが着信に震える。しつこい奴だなと多比岡に苛ついたが、着信相手は赤城栄輔であった。
「俺だ。どうした、先輩」
『夜分にすまない。その――無事に帰ったか?』
「ああ、何事もなく狭い事務所に帰宅したよ。なにか忘れ物でもしちまったかな」
『そういうわけじゃないんだ。ただ、神社の帰り、だれとも会わなかったか?』
俺は。
「いや、べつにだれとも会わなかったよ」
嘘をつくことにした。
『……そうか。ならいいんだ』
電話は終わった。赤城栄輔。あの男は、この件をどこまで知っているのだろう。あの依頼人に、どこまで話すべきなのだろう。
なんにしても、明日は現地でなにが起こるかわかったもんじゃない。グロック17の整備をしてから、俺は机に突っ伏して眠り込んだ。