記憶だけをたよりに記録されたクトゥルフ神話TRPG   作:ばばたける

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甘き花の蜜は苦く・二日目

二日目

 

 グロック17を携えたショルダーホルスターを、ジャケットで隠し、小さな探偵事務所を後にする。飯田橋と銀田一、竹内を拾い、赤城神社へと向かう。車内ではそれぞれ、昨夜のうちに調べたことの情報交換をした。

「日生研?」

 なんとなく話題に上がった『日本生類総研』の名前に、竹内が強く喰いついた。そういうふうに略するんだ。

「あたしそこ、興味あるのよね。なんかこう、新しい植物の研究とかしているみたいで」

 好意的な口ぶりの竹内。事実、植物園の公式ホームページに「日本生類総研」の名前は載っていたし、ふつうに品種改良とかの研究に援助をしているだけで、特に怪しむべき情報ではないのかもしれない。多比岡の――というか、俺の考え過ぎか?

 喋っている間に、赤城神社に到着。植物園への道すがら、境内に立ち寄って赤城栄輔に声をかけておいた。彼の様子は、まるで昨夜は眠っていないような、疲労困憊の様子だった。祭に誘ってみたが、忙しくて行けないそうだ。

 なにがどう、忙しいんだか。「無理するなよ」と一応の釘を刺して、俺たちは四人だけでにぎわう植物園へ入場した。

 

 当然ながら、準備中で閑散としていた昨日とは真逆の人入りである。家族連れ、カップルが多いグループのなかで、ほとんど他人同士の俺たちはちょっと浮いていた。

 うーん、帰りたいな。

 冴えないメガネ女と、もやしっ子と、オネエと。なんでこうなったんだっけ。

「ほら、茂古道さん。『紫』ですよ」

 ぼーっとしていると、前を歩く飯田橋が振り返る。

「いい匂いしません? 『紫』の匂いでしょうか」

「ああ、ほんとだ。ちょっと近づいてみるか」

 俺と飯田橋は、人波に沿い、巨大な桜に近づく。桜の香りにしては、甘く、柔らかく、妖艶な匂い――立ち入りを禁止する柵に当たっても、俺たちはその誘惑に抗えなかった。

 こんないい匂いなんだ。

 中身には――どんなものが詰まっているんだろう。

「ぇへげえぇっ!?」

 俺を現実に引き戻したのは、喉が絞められる感覚。初めて出す声を上げて、俺は足を滑らせて転倒した。

「あ、ごめん。やり過ぎちゃった」

 見上げれば、竹内篠雅。片手には飯田橋の腕、もう片方は俺のシャツの襟を掴んでいるようだ。

「ふたりとも一体、なにしてるの? そこの柵、超えようとしてたでしょ」

「……止めてくれてありがとう。次からは優しくしてくれ」

「激しいのはお嫌い? しょうがないでしょ。最初はモコちゃんの腕、掴んだけど、あなた振りほどいたのよ」

「あの桜の蜜が吸いたくなった――って言えば、信じるか?」

「喉が渇いたんならコーヒーでもどうぞ。ところでいい加減、立てば?」

 ギャラリーの視線が痛い。オッサンがはしゃいですっ転んだんだ。格好悪いことこの上ないよな。立ち上がって、汚れを払う。

 

 気を取り直して、観光――否、調査再開だ。

 植物園は三つのエリアに分かれている。

 薔薇の庭園が広がるヨーロッパエリア。人工池中央にある女の彫像が、リアルで気持ちが悪い。

 桜並木と日本庭園が設けられた日本エリア。時期になれば、藤の花でトンネルが出来上がるだろう。

 湿気の高い温室がある熱帯エリア。俺はコーヒーの木を見ている間にちょっとはぐれてしまった。みんな、コーヒーとか興味ないのかよ。迷子放送される前に、銀田一が見つけに来てくれた。

 さて。

 まあふつうの植物園の、ふつうのお祭だ。おかしな点があるとすれば、本日予定されていた催し物のいくつかが中止されていることだ。気になったら事項は即刻解明せねば。俺たちはさっそく職員を捕まえ、イベントの予定について尋ねた。

「じつは、職員たちの何人かが行方不明となっていまして」

 とんでもないことを、ふつうに教えてくれた。

「近頃、この街では行方不明事件が相次いでいますからね。恐らく、そういったことに巻き込まれてしまったんでしょう。イベントが終わったら、いよいよ捜索願を出さなければ」

「……八谷園長はいらっしゃらないんですか?」

「じつは、園長も姿が見えなくなってしまって……」

 だから、ふつうな顔してぶっちゃけてんじゃねえよ。なんでも教えてくれるな、こいつ。

「じゃあこのイベント――園長へのエサやり体験もできないんですね?」

「そんなイベントはありません」

「この、園長の乳しぼり体験も?」

「そんなイベントはありません」

「お、この写真は、園長の産卵を記録したものですね」

「そんな写真はありません」

 ツッコミはふつうにできるんだな。

 なんだかまた、色々と怪しい方向性になってきた。職員を解放し、我々はカフェテラスのすみで会議を始める。

「でも、悪い人たちじゃないと思うけどね」

 展示物を見渡しながら、竹内が呟く。

「なにを聞いてたらそう思うんだよ。ここの職員ども、バリバリ怪しいじゃねえか」

「えー? でもさっき話してたらこの人たち、『日生研』の所属の人たちみたいじゃない。あたし、そこの研究が気になるのよね。どうにかして一口乗せてもらえないかしら」

「……まあ、それは止めといたほうがいいと思うな」

 さらに職員たちの動向に気を配ってみると、彼らの会話から、今夜『紫』が光るらしいということがわかった。

「あの桜、光るとどうなるんだっけ?」

「たしか、永遠の命が……」

「胡散臭っ!」

 とはいえ。

 さっき、俺と飯田橋は無意識にあの桜に引き寄せられた。オカルトかどうなのかは別にしても、どこか魔性のようなものを秘めていることはたしかだ。

 

「だったら夜まで待ってみます?」

 日が傾くにつれ、客数も徐々に減っていく。

「でも夜は閉園よ? 追い出されちゃうわ」

「どっかに隠れちゃえばいいだろ。トイレとか――ああ、そういやヨーロッパエリアに使われてなさそうな倉庫あっただろ」

 当然、倉庫は施錠されていた。南京錠はものによっては開けられるが、俺と飯田橋が奮闘するも、どうにも知らないタイプの南京錠であった。

「二人ずつ、トイレの掃除用具入れにでも隠れましょう」

「俺、竹内とは嫌だな――ん?」

 なにやらカフェテリア――入口付近で、騒動が起きていた。

「離せ! 離してくれ! ここに真白がいるんだ! 真白に会わせてくれ!」

 赤城栄輔が、数人の職員ともみ合っていた。

「……俺、助けてくるわ」

 さすがに見捨てておけない。

「でも、もう閉園時間迫ってるわよ?」

「連絡したら、どうにかして裏口の扉でも開けてくれ。飯田橋、あんたも来い。あんたがいたほうが、先輩も冷静になるだろう」

「……え、じゃあこっち、僕と竹内さんのふたりですか?」

 不安そうな声を上げる銀田一。

「大丈夫よ、あたし年下には興味ないから」

 寒気がした。

 

 とにかく我々は二手に別れて行動を開始。赤城栄輔に声をかけ、なかば無理矢理、境内まで引っ張ってくる。

「全部話せ」

 赤城栄輔の弁解を待たず、俺は圧力をかける。

「あの植物園のことは調べた。『ましろ』と呼ばれる少女にも出会った。先輩、あんたが依頼人で、俺たちの敵じゃないというのなら……」

「……分かった。全部を話そう」

 曰く、十二年前に赤城真白が死亡して、失意に暮れる赤城栄輔に、とある研究機関が声をかけた。

『娘を生き返らせてやる』という内容らしい。その怪し過ぎる悪魔の囁きを疑う能力は、当時の栄輔先輩には無かった。真白の遺体と、神社の宝物を代償に支払い、赤城栄輔は成果を待った。

「少なくとも、私の望む『成果』はもらえなかったよ」

 赤城栄輔のもとに届けられたのは、赤城真白の姿をした少女だった。彼は大いに喜んだ。歓喜した。しかしその少女には、赤城真白であるという記憶が――否、自覚がなかった。それでも先輩は、いつか娘が記憶を思い出してくれると信じて尽くした。

 しかしほどなくして、その『赤城真白』は研究機関に回収された。

「あれは真白なんだ」

 下を向いたまま、赤城栄輔は続ける。

「また会えたんだ、真白に。私の真白だ。きっと思い出してくれる。だから――取り戻さなきゃいけない。それが父親の役目だろう」

「先輩、あの子はさ。『005号』と呼ばれていたよ」

「…………」

「最初に貰った子は、『何号』なんだろうな」

「違う。あれは真白だ!」

「ツラがおなじてめえの娘かよ。都合のいいお父さんもいたもんだな! いい加減、しっかりしろよ。あんたの娘は、十二年前に死んだんだ」

「茂古道さん、茂古道さん、いいこと言ってるところ悪いんですけど」

 飯田橋は俺の肩に手を置き、『説教』に水を差す。

「真白は男です」

「……え?」

 曰く、赤城の一族は代々より、男子は幼少期を女子の格好をして育てられるそうだ。魔除けの意味も込めて。特に真白は女装を気に入ったのか、ずいぶん着こなしていたらしい。

「馬鹿一族か!」

「そこまで言わなくたって……」

「あんたは騙されるし、子どもは女装に目覚めるしな!」

「なんでお前がキレる必要があるんだ」

 そりゃ、あんたも小さいころは女装をしていたって察しちゃったからだよ。

「……ともあれお前の言うとおり、私は馬鹿だったよ。ああ、目が覚めた」

「そっか。――俺たちこれからまた、あの植物園に乗り込むけど」

「私も連れて行ってくれ。真白に――いや、真白じゃないかもしれないが、会いたいんだ。真実を見極めたい、そして結末を見届けたい!」

 飯田橋を一瞥するが、彼女は「構いませんよ」と頷いた。俺は銀田一に「今から行く」と連絡を取った。

 

 三人で、植物園の入口付近へ。警備員は一人。だが扉の奥には人間の気配があるな。強引に乗り込めば、最低でも三人ともみ合いになるだろう。示し合わせた通り、人入りの少ない職員用の裏口へ。

 ロックが解除された音がしたので、さっそく侵入すると、銀田一が息を切らして飛び出してきた。

「どうした、お尻は大丈夫か?」

「た、大変です! 竹内さんが――」

「襲いかかってきたのか?」

「襲われてるんです! 僕を逃がしてくれて……」

 ボケにツッコむ余裕はない、か。とにかく状況を察した俺は、廊下へと駆け出した。

「待たせたな」

 そこには三人の職員と、臨戦態勢の竹内篠雅が向かい合っていた。

「――助かったわ、お巡りさん」

「元、な。とりあえずもう大丈夫だ。俺に任せとけ」

 喧嘩はもう、始まっている。機械的な職員たちは、いまにも竹内に危害を加えようとしている。俺は手近なひとりに、回し蹴りを放った。

「で、出たー! 通称『モコキック』! まともに喰らえば一ヶ月は病院のベッドから動けなくなる強烈な脚撃ー!」

 いつの間にか駆けつけた赤城栄輔が実況する。うるせえ。

 足を振り上げ、叩きつける――瞬間、軸足が滑って、俺はそのまま転倒した。

 気まずい沈黙が空間を支配する。

「どうなされました?」

 ただ機械的で不気味な職員が、俺を見下ろす。

「……見ないで」

「永遠に眠らせて差し上げます」

 代わりに、職員のキックが俺の腹部を襲う。当然、受け身なんか取れない。

「こ、この野郎……!」

 銀田一が止めに入ってくれたので、その隙に立ち上がり、再度キックの態勢に入る。

「待たせたな!」

「登場からやり直すの!?」

 助走をつけ、飛び蹴り――

「で、出たー! 通称『モコキック』! あの技で奴は警部補に昇進し、陰で『仮面ライダー』と囁かれることになった伝説の脚撃ー!」

 うるせえって。

 が、飛び蹴りを空を切り、しかもまた足を滑らせ、着地に失敗。さらに受け身も取り損ね、がっつり後頭部を床に叩つけてしまった。

 気まずい沈黙が空間を支配する。

「もう……大丈夫だ。俺に、まか……」

 打ちどころが悪かったらしい。そのまま、意識を失ってしまった。

 夢を見た。

 おととし癌で死んだ親父が、川の向こうで、こう、手招きしているんだ。

「茂古道! おい、しっかりしろ!」

 俺を覚醒させたのは、赤城栄輔だった。

「……やっべ、気ぃ失ってた」

 見渡すと、喧嘩は、なんとだいたい終わっていた。筋肉担当の竹内が活躍し、意外にも飯田橋や銀田一も上手く立ち回っている。

 ボンクラは俺だけかよ。――俺はゆらりと立ち上がり、唯一生き残った職員に、前蹴りを喰らわせた。職員は壁に叩きつけられ、そのまま起き上がってこなかった。

「……これがモコキック」

「ようやくモコキック」

「ふーんモコキック」

「あー、うるせえうるせえ。足手まといで悪かったよ。オッサン、運動不足なんで」

 さて、倒れた三人の職員を調べる。脈がない。そんなにひどく攻撃したのか? 首があらぬ方向に曲がっているが、骨折とはまた違う。関節。皮膚。筋肉。なにもかもが柔らかすぎる。

「こいつら人間じゃ――」

「そう、人間じゃありません」

 廊下の奥には、白いワンピース――というより、手術着を思わせる白衣をまとった少女がいた。

 見間違えはしない。『005号』と名乗ったあの、真白ちゃん――じゃなかった、真白くんの姿をした少女――じゃなかった、少年だ。

 昨日は竹内が上げたジャケットで見えなかった、その左腕はどこからどう見ても、桜の枝だった。

「……竹内」

「はい?」

「桜じゃねえか」

「そのまま言っても信じてもらえないと思って……」

 左腕の形状はともかく、当然ながら赤城栄輔は、『真白』にすがりつかんばかりに駆け寄った。

「真白……!」

 しかし、赤城真白の顔をしたそれは、首を横に振った。

「私は、この子の身体を借りているだけに過ぎません」

「お姫様?」

 飯田橋と銀田一のみが、真白――の身体を借りているという者の正体に、心当たりがあるようだった。

「え、なに、お前ら知り合い?」

「いやそうじゃないですけど……えっと、ほら昨日、桜の写真にいた」

「ああ、あの心霊写真」

 聞くとこの真白の身体を借りている存在は、はるか昔にこの地を治めていた侍の姫君であり、神社の大桜の化身であるそうだ。

 ええと、だから、女の子でいいのか? いや、身体は男の子なんだよな?

「昨日は『私』を傷つけてくれましたね」

「ごめんなさい」

 桜の幹を斬りつけた銀田一が深々と頭を下げる。

「そちらのお二人は、私の血を舐めてくれましたね」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

 俺と飯田橋も頭を下げる。

 桜の化身、ね。また異常なワードが飛び出してきたが、こいつもヤバいもののひとつだ。警戒を緩めず『それ』に尋ねる。

「あのー、敵じゃないと思っていいのか? だったら一体、この状況をどう始末したらいいのか、教えちゃくれないもんかね。こちとら、ボロボロでね」

「ボロボロなのは茂古道さんだけですけどね」

 うるせえ。――少女は不意に俺に近づくと、そっと、頬に触れた。

 え、なに急に。手を離したかと思うと、気がつけば俺の身体の痛みは――主に後頭部の痛みは消えていた。

「あれっ、楽になった。身体が軽い」

「『紫』。あの桜がすべての元凶です。ですがふつうの武器ではまともに攻撃することはできません。特殊な祝福を受けた――ある刀が必要です」

 少女は赤城栄輔を一瞥する。先輩は思い当たる物があるのか、

「す、すこし時間をくれ!」

 来た道をダッシュで戻っていった。

「……武器、刀、ね。そんなことしなくたって、木なんだから燃やしちゃえばいいだろ」

「おとなしく燃やされてくれれば、それでいいのでしょうね。自身に危害が加わるものならば、抵抗するのは生物として当然です」

 ああ、そうでしたね。ふつうの木じゃないんでしたね。

「弱らせ、動きを封じる必要があります。そして、この炎ならばあの桜を灰に帰すさせることができるでしょう」

 少女の右の掌から、炎が立った。こういう手品は見たことがあるが、トリックがあるようには思えない。銀田一が松明を作って受け取る。

「――持ってきたよ、刀。必要なのは、これだろう?」

 赤城栄輔は、神社まで戻ったらしい。その手にあったのは、昨日見せてもらった、神社で奉られていた刀だった。

「飯田橋、使うか?」

「え、でも私、刀とか――」

「銀田一は筋肉ないし、竹内はなんか棒、持ってるし」

「なんか棒、持ってるわよ」

「俺は俺で、ぶっちゃけ銃を持ってる。こういう武器もないよりはマシだろ」

「では、その武器にも祝福を与えましょう」

 少女は、竹内の持つロッドに触れる。なんとなく神聖な雰囲気が宿った、ように見えた。俺もふところからグロック17を取り出し、ちょっと恐いが、少女に差し出した。

「……どうでもいいけど、こういうことができるんなら、刀とか必要だったかな」

「そういうこと言わないでくれ。ほんとに急いだんだから」

「先輩もまだまだ若いよな」

 

 タイムリミットは夜明けだ。

「なんでこうなったんだろうな」

 グロック17に銃弾を込める。

「俺はただ、仕事をしに来ただけなのにな」

「あら、あたしだってそうよ?」

 竹内篠雅が苦笑する。

「私としては、真白の件がある程度知れたので、それなりに満足です。仕事としてはこういうの、記事にできるのかな……」

「その点、僕は大いに面白い取材ができましたよ。いい作品が書けそうです」

「わかったわかった、後ろ向きなのは俺だけだな」

 どのみち、いまさら投げ出すわけにはいかないんだ。

 朝が来れば、あの桜はその神性を覚醒させ、この街の人間すべての命を奪うそうだ。

 

 俺たちはふたたびエントランスを訪れる。例の巨大な桜は、花を紫色に発光させていた。その花弁はぬめっていて、飢えるように開いたり閉じたりしている。

 すっかり、バケモンだ。

 異形の桜は俺たちの姿を認識すると、枝のような、緑色の触手を伸ばしてきた。俺たちは触手の攻撃をかわしつつ、各々の武器を振るう。

 銃を撃ち、鉄棒を討ち、斬りつけ、炎を押しつける。

「じゅーっ」

 なんか銀田一だけあれだな、アクションが格好つかないな。

「あ、やべっ、ジャムった!」

 三発目の銃弾を撃ったとき、グロック17から飛び出た薬莢がスライドに挟まってしまった。この状態から持ち直すのは難しい。

「ちっ、だから銃って苦手なんだよ……! おい、ちょっと時間を稼いでくれ!」

「熱っ!」

 銀田一は松明を取りこぼして火傷とかしていた。

「もう! 男性陣は頼りないわね!」

「おい竹内、なにお前、女性サイドに立ってんだよ」

「あ、赤城さんが捕まりました!」

「私には構わず、攻撃を続けるんだ!」

 幸運なことに、銃の回復はすぐに終わった。先輩が脱出したタイミングで、再度発砲する。

 素人ばっかりの立ち回りで、よく生き延びてるもんだ。俺だって、荒事に手慣れていたのは若いころだけだ。刑事を辞めて探偵になってからも、思い切り身体を動かすなんて皆無だったわけで。

 緑の触手が次に襲ったのは、俺だった。オッサンばっかり狙いやがって、この桜は。

「ちっ、かえってちょうどいいや。この距離なら外さねえだろ……!」

 真っ直ぐ狙いをつけ、トリガーを引く。

 が、嫌な手応え。

「あああああ! またジャムった! ちゃんと直ってないじゃん!」

 しかし仲間たちは頼もしいことに、俺の失態に狼狽することなく、桜の幹に攻撃を続けた。ちょっと切ないな。

 やがて触手の締めつけが緩んだので、身を捩って拘束から脱出した。

「――茂古道さん、離れて!」

 桜の化け物、『紫』は、もう動き出すことはなかった。松明の火が燃え広がり、『紫』を包む。俺は転がって桜から離れる。

「……お前ら、よくやったな」

「騒ちゃんは、悪い意味で期待を裏切ってくれたわね。――ほら、逃げるわよ。火がこっちまで来てる」

 轟々と燃える桜は、まるでキャンプファイヤー。炎を呆然と見つめてしばらく、怪物桜は不気味な紫色が幻であったかのように、真っ黒に炭化した。

「おしまい?」

「そうかもな。撤収しよう」

「真白は――」

 赤城栄輔のかたわらには、左腕が桜の枝になっているあの子がいた。例の『お姫様』はどこかに行ってしまったらしい。『005号』と名乗ったときの、気が抜けたような様子である。

「――この子は、どうしよう」

「知らねえよ」

 廊下の消火器で、残り火を処理する。

「真実を見極める、結末を見届ける、とか言ってたっけ。あんたにとって、結末は『いま』じゃないだろ。――その子は、あんたに任せるよ。俺は子どもの世話は苦手なんでね」

「じゃああたしもお任せでー」

「……おじさんなら、信用できますから」

 竹内も飯田橋も、俺とおなじ考えのようだ。

「みんな優しいっすね」

 無粋に関心する銀田一。わざわざ言うなよ。

 赤城栄輔は手を差し伸べる。『真白』は、彼の手を不思議そうに見つめたあと、やがてその指を握った。

「疲れたな。コーヒーでも淹れようか」

 

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