記憶だけをたよりに記録されたクトゥルフ神話TRPG   作:ばばたける

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甘き花の蜜は苦く・後日談

 その後の始末について。

 ドンパチやらかしたのと、ボヤ騒ぎで、しばらくしてふつうに警察が駆けつけた。

「俺、行ってくるわ」

 それだけ言い残して、俺は『自首』した。ほかの奴らがどうしたのかは知らない。上手く逃げおおせてくれれば、それで結構だ。

 俺は警察に、この事件について知り得る限り、洗いざらい、99%の事実を話した。残りの1%は、極端に俺たちにとって都合の悪いことだ。たとえば『005号』のその後については「知らねえ」と失踪させておいた。実際、栄輔先輩があの子をどうしたか知らないしな。

「正気ですか?」

 丸二日間の事情聴取で、見知らぬ若い刑事は、何度かそう問いかけた。

「どうだろうな。美味いコーヒーでも飲ませてくれれば、マシになるだろうぜ」

 おどけて返答すると、彼は不愉快そうに眉間にしわを寄せた。

 どうせ信じられねえだろうよ。果たしてこの手記は、俺の正気と狂気、どちらを証明してくれるんだろうな。

 

 今回の概要。

 あの植物園は『日本生類総研』の研究施設の一つであり、行方不明事件にしても、その団体による誘拐であった。被害者の捜索は続いているが、良い報告は届いていない。

 どうにも実験に限界が見えてきたらしく、園長を始めとする主だった職員は撤退していたらしい。ろくに後始末もせずに。ふざけんじゃねえって話だ。

 さて、事件から、一ヶ月。

 どうやらみんなは、それなりに無事らしい。

 

 銀田一一二三からは、あの事件を元にした小説のデータが送られてきた。タイトルは、『甘き花の蜜は苦く』。俺はどうやら、文字で表現するホラーが得意ではないらしい。半分くらい読んで、恐すぎるのでやめた。あのもやしっ子、なかなかどうして豊かな表現力じゃねえか。

 

 飯田橋なつ子は、事件を記事にすることはできなかったらしい。当然だ。代わりに、その後スケジュールを改めて行われた桜祭りの記事を、地域紙に載せていた。

 

 竹内篠雅とは、二週間ほど前から連絡を取っていない。否、『取れなくなった』と言うべきか。奴が『日本生類総研』に強い興味を持っていたことが、いまとなって気にかかる。

 

 そして赤城栄輔とも、連絡は取れていない。あの人の選択は、どういう結末を迎えたのだろうか。

 

 書類の整理を終えて、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干す。22時。カフェインの摂り過ぎで変なテンションになってしまったのかな。俺は元妻に電話をかけた。

『もしもし、なに?』

「起きてる?」

『起きてるから電話に出てんじゃない。で、なに?』

 俺と彼女の子どもは、障害を持って生まれた。そして当時の俺は、刑事として非常に忙しい時期にあった。家庭を省みない俺に、それでも彼女はほとんど文句を言わなかった。

 しかし俺が刑事を――安定した公務員を辞めたことには、猛反対だったわけで。

 ――お前は俺のこと、金を稼いでくる機械とでも思ってるんだろ。

 ――そういうあんたは、私を都合のいい家政婦にしか思ってないんでしょ。

 不満、爆発である。

 互いに与える傷が深くならないうちに、俺たちは離婚という選択肢をとった。探偵なんて大して儲からないが、子どもの病院代も安くはない。養育費の送金は怠らない。

「今週末、花見にでも行かないか」

『そっちの地元?』

「いや、こっちは――この前、祭りが終わったばかりだし、ぼちぼち葉桜だ。東京のほうはまだいい感じじゃないか? 土曜にでも……」

『土曜は病院。知ってるはずよね?』

「……そうか。第二土曜は、病院だったな」

『なんで忘れるかな。いつもそうよね』

「すまん」

『……午後からだったら、たぶんいいよ』

「ほんとか」

『あの子も会いたがってるしね。診察、二時か三時には終わると思う。お花見の場所、取っといてくれる?』

「ああ、任せとけ」

 

 おかしくなりそうな異常を体験してしまったせいだろうか。手放したはずの日常が、たまらなく恋しくなる。

 それはたぶん、あの異常にふたたび触れるという、不吉な予期があるからかもしれない。

 

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