記憶だけをたよりに記録されたクトゥルフ神話TRPG 作:ばばたける
プレイしてくれてありがとうございます。
別テーブルでやってたベイブレード、うるさかったですね。
Day:2019/05/25
Place:秋葉原
Scenario:『The Cage』
※『クトゥルフ・タブレット』収録
KP: Babatakeru
PL[Anna]:
四ツ谷あゆ美(25)
ジャーナリスト
PL[Mickey]:
櫻井なずな(24)
探偵
クリティカル回数:2回
PL[Mujina]:
橋田鈴(30)
刑事
ファンブル回数:2回
The Cage =嶋田一真の供述=
執着。執念。執拗
固執。妄執。確執。
それらを錯覚し、崇拝に至る。
韮崎孝江は僕の人生にとって、巨大なファクターであった。
三十年ばかり生きてきたけど、楽しいことなんてあっただろうか。ペットの蜘蛛と過ごす時だけが癒やしの瞬間だった。それ以外は全部、屑みたいなもんだ。
やりたくもない勉強。やりたくもない仕事。ニコニコ、ペコペコ、貼り付けたようなコミュニケーション。うるさい親。醜い自分。食事の時間はすこしだけストレスを忘れられる。
時にして蜘蛛は死ぬ。
どんなに大事に育ててたって、しょうがないんだってさ。生き物なんだから。
この愛しい蜘蛛が、生命の限りを知らない神であれば、どれほど幸福だったろう。神に仕える僕は、さながら神の使いだ。そんな妄想に浸りながら、僕は遺骸を抱き締めて泣いた。
健康診断の結果は芳しくない。再検査。再検査。問診は続く。眼鏡をかけた医師の話は長い。廊下ですれ違う看護師が、僕を気持ち悪がっている気がする。
診断結果は、過食症。
いまの自分の状態に「病名」が存在していたことに、僕は絶望感ともに何故か、ほんのちょっとの安堵を覚えた。
節制。自重。カウンセリング。辛い治療の毎日を過ごしていたある日、僕は神様に会ったんだ。
神は意外なことに、蜘蛛ではなく、韮崎孝江という人間の女性の姿をしていたんだ。
「それが、僕と韮崎先生の出会い。まず最初のカウンセリングは――」
「あ、もうそのへんでいいです」
机を挟んで正面に座る女性、橋田鈴という刑事は、あくびを噛み殺しつつ僕の話を遮った。
「どうして。ここからがいいところなのに」
「カウンセリングの内容については、あんまり事件に関係ないっていうか――それは日を改めて聞かせてもらうので」
彼女は数枚のファイルを机に並べる。
「あなたが起こした事件の話を」
僕が呼び出した蜘蛛神は、僕自身を殺そうとした。本来捧げるべきだった八人の「供物」には目もくれず、神を讃える言葉を捧げた、僕自身にだ。
「一体、なにが間違っていたんだろう……あんなに『ウガア・クトゥン・ユフ』って言ったのに」
「それは私も知らないですけどね。案外、『ウガア・クトゥン・ユフ』ったのがマズかったりして」
「なんですか『ウガア・クトゥン・ユフった』って」
「『ユフった』でいいんじゃないですか」
「……いいわけないでしょう」
神の言葉を省略するなんてとんでもない。――が、その言葉に対する執着も、僕のなかで薄れつつあるのも事実だ。
きっと一回、死にかけたから。
蜘蛛神に襲われた僕は、供物として誘い込んだ彼女たち――橋田鈴という刑事、四ツ谷あゆ美というジャーナリスト、櫻井なずなという探偵によって助け出された。
よりにもよって、被害者によって加害者が助けられたわけだ。
その後、僕はふつうに逮捕された。蜘蛛神に手ひどくやられたので、緊急入院を経たうえで緊急逮捕だ。
事件から丸々一ヶ月後。
四度目の取り調べの相手は、被害者のひとりである橋田鈴だった。
「あのとき、どうして僕を助けたんですか?」
特に彼女は、僕が直接麻酔用エーテルを以てして誘拐した、被害者中の被害者だ。暴行罪、傷害罪なんかにカウントされてもしょうがない。
なのに、蜘蛛神に襲われるという危険を冒してまで、僕を現場から引きずり出した。
「……いや、ふつう助けるでしょ」
橋田刑事は、むしろ僕がおかしなことを言っているかのように、怪訝な表情を浮かべた。
「一応、あなたは犯人ですし。ちゃんと法で裁いてもらわないと」
「……ひどいことをしたのに」
彼女は一瞬、考え込んで。
「薬を吸わせたことですか? そんなこともありましたね」
そう苦笑した。
「僕を逮捕しないと、あなたの手柄にならないからですか?」
「ああ、それはですね。プラマイゼロのむしろマイってところです。警察ってめんどくさい組織で、担当すべき事件や部署があって、ほとんどが書類仕事でさ。あの日の私は独断であなたを追っていたし、勤務的にも突然に休暇を入れたわけ。それで『犯罪者を捕まえたので褒めてください』なんて、怒られて当然でしょ。そのうち、然るべき処罰をもらっちゃうかも」
僕はすごく、嫌な気分になった。嫌で、惨めな気分だ。
「だったら善意で? 正義の味方ってわけですか」
「当然です、警察なんですもん。正義の味方。秩序の味方。市民の味方。そしてできれば、あなたのような弱者の味方でもありたい」
「弱者?」
さすがに不快感を覚え、橋田刑事を睨む。しかし彼女は薄く笑みをたたえたまま、書類の一枚を示す。
「これ、あなたの日記のコピーです。間違いありませんね?」
「……ええ」
日記、といっても大して習慣づいたものではない。心境の整理をつけるために、思い立ったときにノートに書き記すだけの、覚書程度のものだ。
「きょうは、あなたに蜘蛛神のことを教えたこの『男』について話してください」
「憶えていない。彼があの廃工場に来てくれたのは、そう何度もなかったし」
「名前。人相。できるだけ思い出してください」
「……暗くてはっきりわからなかったけど、顔は整っていた。僕とは真逆のイケメンだったよ。肌はたぶん、色黒だった。名前は名乗りませんでした」
「言葉遣いは?」
「丁寧で上品な敬語でした。ああ、イントネーションは関西弁――というか、京都弁に聞こえた」
ふんふん、と頷きながら、彼女はメモを取る。
「でも、彼は関係ないですよ。ただ蜘蛛神のことを知っていて、僕に話してくれた、それだけの――」
「いいえ、きっとこいつは今回の件に大きく関与しています」
橋田鈴は強く言い切った。
「この事件のもっともおかしなところは、あなたの犯行がほとんど成功しているという点です」
「成功?」
「はい。もちろん、最終的にはあの蜘蛛神から手痛い応酬を喰らうことにはなりましたけど、すくなくともあなたは『蜘蛛神を呼び出す』、『生贄を揃える』という点は達成しているでしょう?」
そもそも僕の目的は、あの蜘蛛神に会うということだった。その後どうするかなんて考えていない。蜘蛛神に祈りを捧げ、供物を喜んでもらう。見返りのない崇高な崇拝だと信じていた。
「嶋田さん。あなたの犯行はお世辞にも巧妙と呼べるものではなかった。『セイレーンの歌声』でしたっけ。にわかには信じがたいあの魔術にしても、経験した身から言わせてもらえば、効力は薄い」
「都合のいい場所まで誘い込んで、薬で眠らせ、車で攫った、それだけです」
「それを五件。私のも合わせて、六件ですか。都合のいい場所とは言いますけどね、すでにその地域は捜査しましたが、この手法でだれの目撃もなく、誘拐を果たすのは、ちょっと難しいですよ。奇跡的なラッキーの持ち主というだけでは、説明がつけられません」
橋田鈴は、僕を睨みつける。
「それに私を誘拐したとき――私たち三人をどのように観測していたのか、というのも気になりますね。部屋に監視カメラでもつけてましたか? それで御宅から撤収後、尾行をしてたり?」
「それは……」
「ドジの私ならともかく、探偵・櫻井なずなは抜け目のない人物です。素人の尾行に気づかないとは思えない。それにほかに誘拐された五人の健康状態は、あなたが面倒を見たとは思えないほど良好でした。もちろん、精神的な疲弊はそれなりのものでしたが」
きっと僕は、彼女が持っている疑問とおなじものを感じている。だがそれを認めてしまえば、僕の努力はまるで虚構だ。
「あんなにスムーズに犯行を成し遂げた、その証拠が見つからないんです。いっそのこと、これも魔術だと言っていただければ楽なんですけどね。――でもあなたのパソコンにあったHTMLから、『誘い出す術』と『蜘蛛神を呼ぶ術』、これのほかに非現実的なスキルは存在しません」
つまり、と彼女は間を置いて。
「共犯者がいたはずだ」
もちろん、僕は首を横に振る。
「いない。僕だけだ」
「犯行が行われた当時のこと、どれだけ記憶していますか? 最初の犯行――小森メイが行方をくらました五月十八日から、蜘蛛神を呼んだ五月二十五日までのおよそ一週間、自分の行動をどこまで説明できますか?」
「それは――」
言えない。
言えるわけがない。だって――
「憶えていません」
まるで夢を見ていたかのように非現実的で。
まるで他人事であるかのように断片的なのだ。
「だれかがあなたにやらせたんだ」
「そんな」
「思い出して。だれがあなたを操った?」
「ちょ、ちょっと待っ……」
「記憶が混濁していますね。あなたは被害者なんですよ」
「待ってくださいよ!」
たまらず声を荒げた。取調室を沈黙が包む。
「じゃあ、なんですか? 僕は『犯人』ですらなかったって言うんですか? だれかに操られていただけ、騙されていただけの、間抜けな道化ってわけですか?」
思い出せない。
「冗談じゃない! この罪ですら、僕のものにはならないんですか!」
思い出せない。だれの罪だ?
「犯罪をするって……そう覚悟を決めて! あんなに、頑張って準備したのに!」
思い出せない。だれが準備した?
「『僕が悪い』じゃダメですか!? 僕はいつまで――かわいそうなキモデブ野郎でいなきゃいけないんですか!」
思い出せない。だれが悪いんだ?
橋田鈴は押し黙ったまま、声を荒げる僕を見つめていた。そんな『大人』を見せつけられちゃ、僕だって静かにならざるを得ない。ズルい手法だ。
深く、ため息をついた。
「人間が、苦手なんです」
「…………」
「学生のとき、僕……いじめられてて」
「…………」
「きっかけは些細でしたよ。でも些細で十分だったんです。それだけであいつら――僕のこと、気持ち悪いって。変態で、オタクで、気持ち悪いって!」
「…………」
「それからはもう、ずっとダメなんです。他人はみんな僕のことを馬鹿にしているような気がして。卑屈な思い込みが頭のなかを支配する。仕事しているときだってさ、みんな影では僕のこと、臭い、キモいって、言ってるんだろうなって」
「…………」
「韮崎先生は優しかった……! 笑顔で、僕の話を聞いてくれた! 僕を認めてくれた! だれかのなかに神を見ることは――信仰とは、そんなにおかしい話でしょうか!?」
「え、なんですか?」
橋田鈴は、スマートフォンをいじっていた。
「ぶっ、ぶひっ!? 聞いてない!?」
「あ、いや、聞いてましたよ。ええっと――いじめはいけませんよね。それに関しちゃ加害者が百パーセント悪い。いじめられる側に、原因なんてありません」
腕を組んで深く頷く橋田刑事だが、その話は序盤だった。
「えっと、私はあなたを励ませばいいんですか?」
その言葉ですでにダメージが凄いのだが。
「そんな挫折の話とか聞かされてもなあ。だれにでもある話じゃないですか。あなたよりも深く傷ついていて、それでも犯罪に手を染めない人はたくさんいます」
「容赦ないですね」
「犯罪者には容赦しませんよ」
冗談めかして、橋田鈴は笑った。僕には笑えなかった。
「警察なんて一枚岩じゃない組織でして。私もよく理不尽な命令を下されますよ。この事件の直前だって、担当案件から撤収させられてるし。そのうちどこかに飛ばされるんじゃないかって、けっこう傷つくんですよねー」
「でも、強くあるべきだと?」
「ええ。きっとそれが理想です」
あくまでも、理想と言い切った。
「心構えなんて飾りです。適当に思い込んで、感情に整理をつければそれでいい。くよくよしても、うじうじしても、泣きながらでも、やるべきことをやる。それだけです」
「そう都合よく、折り合いをつけれますかね。」
「あなたもおなじことをやれ、とは言いませんよ。でも覚えててください。あなたはあの蜘蛛神に殺され損ねて、いま生きてるってことを」
助けたのはあなたたちだろうに。
「明日も、明後日も、生きている限り、生きていく。ふふ、あのウェブサイトにあった歌の魔術よりも、厄介な呪いですよね。さしずめ私たちは、人生という『ケージ』に囚われているんだ」
詞的な表現に、「なんてね」と恥ずかしそうに橋田鈴は笑った。
「また来ます。『真犯人』について、できるだけ思い出しててください。あと、食事を残してるらしいけど、ちゃんと食べてくださいね」
「……はい」
「あと、きょうもお母さんいらっしゃってましたよ。そろそろ会ってあげてください」
「……はい」
彼女は書類を片付けて、席を立つ。
好き勝手に言われてしまった。
きれいごとだ。
無茶ぶりだ。
そんなこと、それこそ、だれにだってわかってる。すこしだって心に響かない――
「あの」
扉に手をかけた橋田刑事は、僕の声に振り返った。
「女の子がいました」
「……姿が見えたんですか? それとも声が?」
「声です。そう、会話をしていたんだ。相手は――男か、女か、わからないです」
「ありがとうございます。きょうは十分です。ゆっくり休んでください」
微笑む彼女は、どこか韮崎孝江に似ていた。
「……あの、ちょっと気になったんですけど」
部屋を出かけたところで、橋田鈴はもう一度振り返る。
「いじめられたきっかけって、なんですか? これは私の興味本位です」
「中学校のころ、図書室で蜘蛛の図鑑でシコってたんです。それから僕のあだなは『クモニー』」
「いやあ、それは気持ち悪いです」
もう一度「気持ち悪いな」と言って、彼女は取調室から出て行った。
「……いじめられる側に原因なんて――って、はは」
やっぱり人間は信用できない。
それでも僕は、明日も、明後日も、生きていくんだろうな。
なんだかお腹が減ってきた。昼食、もっと食べればよかった。
今回はキーパーにつき、単なるエピローグにしました。
2回目にして「記憶だけをたよりに~」のコンセプトが崩壊しています。