東方七変化 作:セラチン1号
俺は怒りに任せて拳を振りかざし、そのまま目の前の憎きロリ鬼に鉄拳をかました。それも、恋焦がれ、慣れ親しんだ人間の手による渾身のストレートだった。
狐の体に、人間の手。不格好だとは思うがその時の俺の中ではこれ以上ないほどの、会心の一撃だったのだ。
骨と骨がぶつかる鈍い音がする。人間の時ですら喧嘩もろくにしたことがない俺は殴った時の自分の痛みに、この時少し驚いていた。この少し、というのは、その痛み以上に驚くことがあったからだ。
なんと、殴られた張本人…伊吹萃香は、満面の笑みを浮かべていたのだ。
殴られた痛みなどまるで感じないといわんばかりに、いや、今思えば実際感じていなかったのだろう。何せ血どころか、傷の一つもできていなかったのだから。逆にうれしくて仕方がない、とでもいうように俺のことを強く抱きしめてきた。
なんでも、教えるのは初めてのことで、それが上手くいったことで喜びが最高潮に達したらしい。ちなみに俺は生と死の狭間を行き行きしていた。
この時、俺が生と死の狭間を行き行きしていたことが、のちの俺の人生を大きく変えることになるなんて思いもしなかった。
それからの話をしよう。
ああ、それからというもの、萃香は事あるごとに俺に妖怪の技を教えようと色々なことをしてきた。
時には空を飛ばせるために崖から落としたり、時には完全に変化させるためにデコピンではなくグーパンチを見舞ってきたり。ある時には妖術を使わせるために、おはようからおやすみもなく四六時中リアル鬼ごっこを強要させられたこともあった。
俺は言った。それは教えるとは言わない。ただの虐待だと、ただの暴力だと。しかしロリ鬼は笑顔でみなまで言うな、わかってるから、と取り合ってくれない。
では勇儀だ。あの美女ならきっとこの状況に待ったをかけてくれる…と美女鬼に掛け合ってみれば、じゃあ実際何か私らに教えて見せろと宣った。よろしいならば授業だ、と俺は塾の先生よりも数段クオリティが下ではあったが、授業のようなものを行った。四則計算とか、そんな感じの知識だ。まあ過程を省き、結果だけ伝えると…
つまらん、今のほうが面白い。
とのこと。
ロリ鬼はわかってないし、美女鬼は面白さを求めていてもはや論外。しかし逃げ出そうにもこの鬼ども、無駄にハイスペックであり事あるごとに俺が逃げたのを良いことにリアル鬼ごっこを催してくるのだ。捕まったら崖からシュートされる、そんな正真正銘の鬼ごっこだ。
逃げたら殺されそうになる、逃げなくても死にかける。何もしなければ死ぬ……そんな極限状態の俺がとった選択肢は、とにかく足搔くこと。
死んでたまるかと、とにかく足搔き続けた。ありとあらゆる罵詈雑言を吐きながらもとにかく生き続けた。
骨がいくつ折れたかもわからないし、なんならストレスの所為か、俺の体毛はいつしかすべてが真っ白になっていた。まっくろくろすけならぬまっしろしろすけだ。
まあ、しかし、色々と大変だったが。
狐として再び生を受けてもう何年たったかもわからない今現在、俺は今日も元気です。
◆◇◆◇◆
「…ふう……」
俺が吹っ切れた日(弾けた日とも言う)のことを思い返していた。
あれからは本当に怒涛の勢いで日々が過ぎ去っていった。俺の以前の悩みなど吹き飛ばすように目の前に問題がハリケーンのごとくやってきたのだ、もう昔は人間だったこと等今となってはどうでもいい。どうでもいいというか、生きてるだけで素晴らしい。人間だったら即死だった、化け狐万歳。
手のひらを太陽にかざせば真っ赤に流れているのが分かる俺の体…。
「ああ、本当に……生きてるって素晴らしいな」
そういって、俺はググっと腕を真上に伸ばす。狐のときだったらできないこの挙動。しかし今の俺は出来ている…何故なら、今の俺は3つの形態変化を持っているからだ。
一つは元の姿…所謂狐形態。時が過ぎ去ったせいか、子狐というより狐というサイズ感になった俺の本性だ。二つ目が俗にいう獣人形態。みんな大好き狐耳と尻尾を兼ね備え、人型の姿をしている状態だ。まあみんな大好きといっても男だけどな。そして三つ目は普通の人間のような姿。耳も尻尾もないただの人間形態。個人的にはこの姿が一番慣れているのだが、どうもこの姿だと妖怪としての力も落ちてしまいようで、普段から常用しているのは二つ目の獣人の姿だ。まあ尻尾はモフモフしているし、身体能力も人間のそれとは比べ物にならないぐらい高いということもあり、まあまあ便利である。
まあしかし、この獣人状態と狐状態。俺にとってデメリットはある。そのデメリットとは―――――
「よっす粋狐~、なーに黄昏てるのさ?」
そう、この尻尾に埋もれてくるこのロリ鬼である。俺がある程度成長し、獣人形態のときは萃香の身長を頭3つ分ぐらい(角は省く)超えてしまった時から、ずっとこうして俺の尻尾に埋もれてくるのだ。
重くはないのだがむず痒い。さらに、俺にあんなことやそんなことをしてきた存在が背後に常にいるというのは精神衛生上大変よろしくない。
「お前の所為だよ、お前の。俺を何度も何度も殺しかけた奴が後ろにいたんじゃ黄昏たくもなるだろ…」
「お前じゃなくて萃香って呼んでよ。もしくはお母さんとか、お姉ちゃんでもいいよ?」
「よしわかった。で、何の用だこの鬼畜め」
「分かってないじゃん! もー、あんなに一生懸命色々教えてあげたのになぁ」
「お前が一生懸命するときにこっちは九死に一生を得る感覚なんだよ! 本気になれば成程こっちは死に近づいていくの!お分かり!?」
「いいじゃん、生きてるんだし」
「そういう問題じゃねぇんだよぉ!」
ほんっとうにこの鬼は。昔からこういう大雑把なところは変わらない。よく言えば細かいことは気にしないというこざっぱりした性格なのだが、悪く言えば雑なのだ。
「はぁ……で、何か用事か?」
「ん、あー、えっとね―――――」
「粋狐、あんたもそろそろ成長したからちょっと見聞を広げようじゃないか、って話さね」
そう横から言葉を挟み、今まさに俺の肩を組みながら盃の酒を飲むのは星熊勇儀。比較的常識がありながらもナチュラルに我を通してくる美人な鬼だ。
因みに萃香は常識もなく我を通してくる幼女な鬼だ。どっちのほうがマシかというとどっちも性質が悪いというのが悲しいところである。
「ちょ、勇儀ー。私が言おうとしたんだからさぁ」
「誰が言おうとそこまで大差ないだろう? で、どうだい粋狐」
「急に言われてもこっちからしてみれば意味不明なんだが……まずどうしろってんだよ?」
「あーえっとね。まあ単に日帰りで都でも見てきたら?って思ってさ。私や勇儀じゃそうおいそれとできないんだけど……」
「『アンタならできる』。そうだろう、粋狐?」
確かにできないことはない。まあできないことはないからと言ってそうおいそれとやろうとは思わないのだが…と、今までの俺なら反骨精神から生じる悪あがきでこれこれあれあれと理由を述べてごねたりお断り申し上げていたところだが…
「…都、ね。話には聞いていたことはあったが、確かわんさか人間が住んでいるところだろう?……確かに悪くないかもな」
「お、意外に乗り気かい? あんたのことだから、私や萃香の言うことはひとまず頭ごなしに断ってくると思ったんだけどねぇ」
「日頃のお前らの所業がそうさせたんだよ。散歩と称して崖から突き落とすなんてことされたらなぁ…!」
「お陰で空飛べるようになっただろう?」
「生存本能に訴えかけるのやめない?」
この鬼畜どもは。自覚があるのとないのが揃いも揃って合いの手入れて無理難題押し付けてくるから度し難い。
「まあその話は置いといて。都に行くのはいいんだがなんで日帰りなんだよ?」
「夕餉の時間までには帰ってくるんだよ?」
「お母さんか。どの面下げてお母さんみたいな振る舞いしてるんだよこの幼女」
「今まで育ててきた鬼に向かって酷い言い草だね!? 悪い人間に騙されてそのまま粋狐が人間の肌着にならないか心配で心配で…」
「なぁんでそこは心配するのに俺を崖から突き落としたり殺しかけることは普通にやってくるんですかね。第一元来化かす側の妖狐が化かされてたら世話ないだろに」
「え、成長のためだよ? 粋狐はまだ未熟で雑魚雑魚だから」
「ナチュラルに何言ってんだこいつみたいな真顔に戻るのやめない?サイコパスみが溢れ出てるから」
「???」
やっぱこのロリ鬼怖い。やったことない教育が偶々、偶然うまい具合に行っちゃったもんだからそれが正しいと思い込んですっかりその道を進んでやがる。お陰様で今では我が子を崖から突き落としてへらへら笑うようなキチガイになっちまってるよ。
「まあまあ、今はその話は良いじゃないか。で、粋狐。日帰りは不満なのかい?」
「ん……いや勇儀、それは違う。別に帰ることに不満はないんだけどな。日帰りっていうのが聊か窮屈でな」
「まあわからない話でもないか。不定期に帰ってくるぐらいが見聞を広めるっていうお題目にもお誂え向きだ。どうだい萃香」
「えー…」
「なに、そう心配することもないさ。粋狐もだいぶ強くはなってるんだ。私らとはちょいと方向性が違うが、それでも並みの奴らにゃやられたりしないだろう」
「…うーん……」
胡坐を組んで、腕を組んで、私悩んでます。と体で表現してくるうちのロリ鬼。その姿を面白いものを見るような目で美女鬼は眺めている。
まあ、俺も本気でこいつらが嫌いなわけではない。育ての親という見方も、無茶ぶりしてくる姉のような見方も、生命を脅かす危険な奴らという見方も、すべてひっくるめた上で俺はここにいるわけだ。
逃げ出そうとしたこともあるのだが、まあそれはそれ、これはこれ。何も嫌なことだけが思い出じゃない。ちゃんといい思い出も、それこそ親だと、姉だと思えることもあったのだ。
だから、
「…萃香」
「ん?」
「大丈夫だ。いや、俺が言っても何も根拠がないのはわかってるんだが…そうだな。俺は今までお前らに拷問に近い教育を受けてきた。そんな俺だからこそ、少しだけ信じてくれないか?」
「粋狐…」
「俺もさ、見てみたいんだよ。今、どんな時代で、どんな奴らがいるのか。又聞きだけじゃなくて、この目ではっきりと」
「はっはっは、あの狐が言うようになったじゃないか。どうだい萃香。こいつはまだまだガキだし、私らに比べて弱いのは勿論なんだが、こいつも男だ。男の決意は無駄にはしないのが良い女の条件じゃないかい?」
「勇儀まで……うん、わかった」
萃香はそう頷くと、優し気な目を俺に向けてきた。慈愛のこもった、優しい母の目だ。
「―――――やっぱりダメ!!」
「は?」
「うん?」
「不定期ってことはつまり定期的に粋狐に会えなくなるってことじゃん! やだやだ! そんなのやーだー!! 定期的に粋狐に触りたいしこの魅惑の毛並みを満喫したーい!!」
「定期的に帰って来てくれないとやーだー!」と駄々をこね始める伊吹萃香。
「良い女じゃなくていいもーん!! 私は粋狐の母親ですぅー!」
「…ゆ、勇儀?」
「あっはっは、いやぁ…あっはっは…」
困惑する俺と苦笑する勇儀。いやなんというか…ここまで開き直られるとこっちとしても怒りや笑よりも先に困惑が出てくるなっていう。
いやはやどうしたものか…これは親馬鹿ってやつか? 親というにはごね方が子供っぽいのだが。
「うーん……あー、分かった。粋狐」
「うん?」
「―――――行ってきな。あんたは狐だが確かに私たちの育てた立派な妖怪だ。胸を張って、世の中を見てきな」
「……あ、ああっ、分かった! 行ってくる!」
「ちょいちょいちょい! 何良い話風に纏めようとしてるの!? お母さん並びにお姉ちゃん許しませんからね!」
「今までありがとうな勇儀! 世話になった恩は忘れないし、偶には帰ってくるよ!」
「ああ、土産話でも期待してるさ」
「私は!? 認めてないけど私に挨拶はないの!? 勇儀よりも私のほうが親身になってたよね? ねぇ!?」
「俺の冒険はここからだ!」
勇儀が強引に綺麗に話を纏め、俺がそれに乗っかる。一通り挨拶を終えると、俺は脱兎の勢いで駆け出し、下山を試みた。
後ろからきゃいきゃいと喧しい幼女の声が聞こえるが、勇儀の「行け」という言葉を信じ、俺はひたすらに走り続ける。言葉通り、俺の冒険はここから始まるのだ。
…だが、やっぱり
「……長い間、お世話になりました!!」
最後に一言、こう言うのも悪くはないだろう。……まあ、偶には帰ってくるがね?
◆◇◆◇◆
「離してよ勇儀! あの子止められない!」
「今回ばかりはあんたが聞き分けな萃香。なに、帰って来ないってわけじゃないんだ。良いだろう? 息子の短期間の世回りも」
「でもさぁ!」
「でもも何もないさ。…全く、ただ子ぎつね一匹、気まぐれに育てようって思ってたあの時期とは偉い違いだ…。……どうしても止めたいっていうんなら、久しぶりに喧嘩でもするかい?」
「……へぇ、やる気? 言っとくけど負ける気はしないよ? ほかならぬ息子のためだからね」
「はっはっは。……それは私も同じだよ」
こうして。子狐から狐へと変じた息子の教育方針の違いから、二匹の鬼が後に“大江山”と呼ばれることとなる山で激突した。この時、そのうわさを聞きつけ数多の妖怪がその山に集い、一匹の親馬鹿鬼が妖怪の大将となり世間をにぎわせることになるのだが、それはまた別のお話…。
時間軸一気に飛ばしました。いつまでもキュッキュ言ってるわけにもいかないので。
まあ過去に何があったかは過去偏を…気まぐれに描くかもしれませんし、皆さんの脳内補完にお任せするかもしれません。
今回の登場人物
粋狐
子狐から成人狐となりました。
教育という名の虐待を酷くした何か(本人たちに悪気はない)によってそれなりに妖怪としての振る舞いを覚えた元人間。あまりに臨死体験が多すぎて人間だったとかどうのこうのという悩みはすっ飛んだ模様。
山を下りてから鳴り響く轟音の地響きに戦慄したらしい。
伊吹萃香 親馬鹿兼お姉さん兼ロリ鬼兼鬼畜
教育と言う名の虐待を酷くした何かを息子に施した主犯その1.
悪気はなく、誰かに何かを教えたことがなく、たまたまやった無茶ぶりが上手くいってしまったがためにこれが正しいと思い込んでしまったサイコパス予備軍(息子談)
なお、育てていくうちに異常に愛着がわいてしまったらしく、今では目にいれても痛くないというほど息子を可愛がっている様子。
久しぶりの親友との喧嘩は山の一角を吹き飛ばすほど盛り上がったらしい。
星熊勇儀 親兼姉御兼美女鬼兼鬼畜
主犯に乗っかって息子に教育を施した愉快犯その1.
主犯よりも常識はあり、なんとなく「これは違うだろうなぁ」と思いつつ、面白そうだからというだけで息子を苦しめた。のだが、ちゃっかりその後のアフターケアも怠ることなく、実は主犯と違い死にそうなギリギリのところで止めようとはしていた良識枠でもある。なおやったことには変わりはないため罪は雪がれない模様。
親馬鹿同じく、育てていくうちに子ぎつねに愛着が湧いたものの、どちらかというと、得た力で自由に生きてほしいという意識のほうが強く、今回親馬鹿と教育方針の違いで衝突した。
その喧嘩は山の一角をくりぬいてどでかいため池が出来上がる程に盛り上がったらしい。
※色々酷いこと言ってますが、当作者は東方キャラみんな大好きです、悪しからず。因みに一番好きなのは妹紅さんこともこたんです。はぁはぁカッコイイ可愛いよもこたん。