魔法科高校の退学処分者   作:どぐう

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こどもたちのジレンマ

ㅤその日は朝から憂鬱だった。というのも、七草家現当主――つまりは、七草弘一との面会があるからである。行きたくないに決まってるし、ギリギリまで抵抗したのだが、やっぱり行かないままはマズいのも分かっていた。

ㅤ家の近くに迎えにきたコミューターで、七草家の本邸へと向かう。四葉の村とは違って、明るい雰囲気の洋館であった。玄関近くまで歩いてくると、非常に見覚えのある人物が現れた。一高を退学することになった原因でもある――まぁ、あちらもとばっちりだったのだろうが――七草真由美であった。

 

「ようこそ、我が家にいらっしゃいました。お久しぶりね、津久葉くん。九校戦の時は、とても驚かされたわ」

「一高が弱すぎたんですよ」

 

ㅤそう言うと、真由美は一瞬だけピクリと顔を動かした。客人をもてなすホストとして、苛ついた感情を表に出す訳には行かないと思ったのだろう。

 

「……応接間へどうぞ。まもなく、父も参りますので」

 

ㅤ変に無駄話をしないで、案内役という役目だけを果たすことに決めたらしい。そのまま、応接間へと通された。

ㅤしばらく待っていると、七草弘一が部屋へと入ってきた。写真などで見る通り、彼はサングラスをしている。「どこでも掛けてるんだな、コイツ」という感想を抱きかけたところで、着けていないといけない理由を思い出した。

ㅤ彼もまた、おれと同じように「四葉真夜」の残滓を追っているのかもしれない。

 

「――似ているな……特に目の辺りが真夜にそっくりだ」

 

ㅤおれの前のソファに腰掛け、弘一は開口一番にそんなことを言った。

ㅤお母様に似ている、それは初めて言われたことだった。四葉にいる人間は、誰も言ってくれなかったから。

 

「……」

 

ㅤけれども、ここで何か反応するのは問題があることも分かっていた。

 

「いや、最初に話すべきことは別にあったな」

 

ㅤわざわざ席を立ち、潔く彼は深く頭を下げる。こういう時、どうすればいいのか分からない。なので、何もできなかった。

 

「――津久葉夜久君、君を結果的に一高から追い出してしまったことは、本当に申し訳なく思っている。もしも君が望むのなら、百山先生に便宜を図ってもらえるように口添えするが……」

 

ㅤ彼のその態度からは、本気の謝意が伝わってきた。

 

「結構。三高では割と楽しくやってるんで」

「そうか。なら、他に困っていることがあるなら言いなさい。手助けできるようなことなら、最大限応えよう」

「……そもそも。前はああいう態度だったのに、おれが『四葉真夜の息子かもしれない』というだけで急に掌を返すのはおかしくないか?」

 

ㅤあからさま過ぎではないかという、おれの指摘に、椅子に座り直した弘一は「その通りだよ」と悪びれずに答えた。

 

「君が単なる魔法師であるなら、さほど興味はないね。真夜の息子であることに価値がある」

 

ㅤ四葉家は一切認めていないことなのに、おれが息子である前提で話を進め続けている。実際、本当のことではあるのだが。

 

「――だからこそ、夜久君の抱えてる問題を解決してやりたいのさ。……君が母親から認知してもらえるようにね」

「恩を売って、貸しを作ろうとでも? お断りだ」

「別に見返りは求めないさ。単に他家の隠蔽疑惑を十師族として糾弾したいだけなのだから」

 

ㅤ弘一はそう言い、「まぁ、考えておいてくれ」と続けた。

 

「余計なお世話だ。人のプライベートに口出すな」

 

ㅤおれはそう言い残し、席を立った。帰り道がよく分からなかったので、「精霊の眼(エレメンタル・サイト)」を発動して出口を探し出した。

ㅤという訳で、七草弘一との面会はめちゃくちゃな終わり方をした訳である。そして、もう二度と会うものかと決意した――しかし、七草家当主が「狸」だの「策士」だの言われる所以はあるものである。

 

ㅤ確かに彼は四葉家との約束通り、おれの秘密を師族会議には公表しなかった。

ㅤけれども、三高が設置されている北陸方面を管理・監視している一条家当主――一条剛毅にはそのことをもう既に伝えていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――津久葉、事情を話して貰おうか。それに、武倉も」

 

ㅤ固い表情で、おれ達を見回しているのは一条将輝。彼の横には吉祥寺もいる。

ㅤなぜ、こんなことになったのだろうか。一条達に連行される途中、理澄が「七草にしてやられたね」と書いたメモをこっそり見せてきた。どうやら、彼にとっても想定外の事態らしい。

 

「……何の話? いきなり呼び出しておいて」

 

ㅤ理澄が不満そうに唇を尖らせる。とぼけられるうちはとぼけ続けよう、という作戦なのだろう。おれもそれには同意だった。

 

「コイツに四葉の縁者の可能性があるという話だ。元からコイツと知り合いだったのなら、お前もその辺りのことは知ってたんじゃないのか?」

 

ㅤコイツ、と一条はおれを指差した。そして、彼は手元の端末へと目を落とす。恐らく、おれについての何かデータが映し出されているのだろう。

 

「改めて見てみれば、津久葉……お前のPDはあまりにも不自然すぎる。親族についての項目は何も情報がない。ただ『津久葉夜久』という戸籍が単体で存在するだけだ」

 

ㅤおれは四葉を名乗れず、仮の名字として「津久葉」を与えられただけだ。なので、書類上は分家としての津久葉家と一切関係していない。

 

「親に認知されてないからな」

 

ㅤそんなことを馬鹿正直に説明する訳もなく。言える部分だけを明かし、PDの不足を認める。

 

「だから、今はその親の話をしたいんだろ! 要は――」

 

ㅤはぐらかされていると感じたのか、一条が目に見えてイライラし始める。そんな時、今まで沈黙を貫いていた吉祥寺が軽く手を挙げた。

 

「――将輝、ちょっといいかな」

「どうした、ジョージ?」

「僕たち……というか、実際は将輝だね。一条家が、どういう理由で素性を問い質せねばならないか。その情報を一体どうするのか。それを2人に説明するのが、まずは筋じゃないかな。このままじゃ、警戒されるばかりで欲しい答えは手に入らないと思うよ」

「確かに……」

 

ㅤ親友の言葉に、一条も落ち着きを取り戻す。うん、と一度頷き、おれ達に向き直った。

 

「津久葉の話を持ってきたのは七草家だ。前提として……七草が提供してきた情報は、真偽こそはともかく公的な信頼性には欠けていて、ゴシップと大差ない。だから、これをソースに四葉へ問い合わせするのは厳しい。モラル的にも問題だ」

「だが、師族会議の極秘議題としては出せるんだろ?」

 

ㅤそれこそ、四葉が一番警戒していたことだったのだから。

 

「あぁ、けど……」

「そうはしないんだろ?」

 

ㅤその時、理澄が口を挟んだ。以前あれほど怖れていたこと――その為におれを七草家にまで行かせた――なのに、何とも余裕綽々の顔である。

 

「まぁ、そうなるな……議題に出すのは簡単だ。けれども、それをしてしまうと四葉との関係が悪化する。このまま知らない振りをする方がマシだろう」

 

ㅤ七草は元から確執があるので、別に失うものが無かっただけだ。普通の考えなら、「アンタッチャブル」に正面から喧嘩を売る愚行はしまい。なるほど、そういうことだったのか。

 

「特に大義名分も無い上に、あの大漢の一件があるから何処も突っ込みにくい。そうするしかないよね」

「……満足してるところ悪いけど、まだ話は終わってないよ」

 

ㅤ吉祥寺が理澄に釘を刺す。よく考えてみれば、何も事態は解決していなかった。

 

「あー……あのね、ヤクの戸籍を作ったのは僕の身内なんだよ。だから、ちょっとばかり事情を知ってた訳」

 

ㅤ身内は四葉であるから、あながち間違ってはない。

 

「めちゃくちゃ非合法なことしてるじゃないか、お前の家」

「生きていくためには必要なんだよ」

「なんか、ごめん……失言だったな」

 

ㅤ一条が申し訳なさそうな顔をする。

ㅤそういえば、理澄は「エクストラ」を詐称していた。魔法師社会からあぶれた彼らの現実を知っていれば、数字を失わなかった者は罪悪感を持つことを知っているからだろう。悪辣な奴だ。

 

「……纏めると、一条家は四葉の問題に関しては不干渉を貫く。ただ、うちの管理地域で行動される以上、事実関係を本人に直接確認したいというのも本音だ。津久葉の口から真実を聞いたとしても、どうせ裏付けは取れないだろうが」

 

ㅤここまで来たら、言ってしまうしかない。あちらがここまでの譲歩をする以上、こちらも応えるのが義理だ。四葉側は「息子を名乗る狂人がいるだけだ」と言い張るだろうし、有耶無耶になるのは目に見えていた。

 

「……お察しの通り、おれは四葉真夜の息子だ」

 

ㅤ一条と吉祥寺が揃って息を呑んだ。頭では分かっていても、実際に告げられると衝撃だったのかもしれない。

 

「でも、四葉とのメッセンジャー的な役割は担えないぞ。絶縁状態だから、連絡もほぼ取れない」

「それは問題ない。余程のことがない限り、魔法協会を通した方が拗れないからな」

「そうか。それじゃあ……改めてよろしく」

 

ㅤおれは一条に右手を差し出す。すると、彼はその手をしっかりと握り返してくれた。

 

「よろしくな。夜久」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ夜久が素性を明かした日の夜。四葉本家の執務室では、真夜が葉山から報告を聞いていた。

 

「――以上が、今回の件についての理澄様からの報告でございます。危なげなくはありましたが、何とか乗り切られたようですな」

「そう。……夜久――あの子も何を考えているのかしら。あれだけ認知して欲しがっていたのに、その餌をぶら下げた途端に嫌がる。全く分からないわ」

 

ㅤ真夜は眉を潜め、端正な顔を少しばかり歪ませた。彼女には、夜久の心情を何も理解できないのだ。

 

「まともな当主教育でもさせれば、落ち着くと思ったのだけれど。上手くいかないものね」

「命令なさればよろしかったのでは? 率直に申し上げまして……奥様が夜久様に選択の余地を与えたのは意外でございました」

「自分で選ばせないと文句を言うでしょう」

 

ㅤ夜久が「四葉夜久」の道を受け入れたなら、仕事のやり方を山ほど詰め込ませるつもりだった。もちろん、真夜が教えるのではない。専用の講師にさせるのだ。だから、嫌がって逃げ出さないよう、彼の言質を取る必要があったのである。

 

「そうですか……では、夜久様は次期当主の内定からは外れるということで?」

「えぇ、どうしようもないもの。けれど、『四葉』的には、姉さんの魔法を手放すことはできない。このまま、飼い殺しにするしかないわね」

 

ㅤ精神構造干渉魔法。真夜にとって、その魔法は彼女の姉のものだ。夜久のものではなく、単に姉の魔法を引き継いだだけ――そう思い続けている。

 

「――理澄さんに伝言しておいて頂戴。ちゃんと手綱を握っておきなさい、とね」

「かしこまりました」

 

ㅤ葉山は一礼し、真夜の居る執務室を去る。動画通話用の部屋へ移動しようとしたが、その必要は無くなってしまった。

 

「おや、理澄様。こちらにいらしていたのですか?」

「はい。研究所の方に用事があったので……」

 

ㅤ研究所というのは、もちろん四葉の村の地下にある研究施設のことだ。金沢魔法理学研究所に在籍している今でも、彼はたまに自分の実験の為に四葉の機器を利用している。

 

「どうです? 夜久様のご様子は」

「正直言って、謎ですね……御当主様への反抗という理由だけではないのでは? 今回の一件は」

「つまり、彼の心情に何かしらの変化が現れたと」

 

ㅤこの葉山の推測はそれなりに的を射てはいた。

 

「とはいえ、彼が人間的に成長したのならば……喜ばしいことではありますな。親がいなくとも、子供は立派になっていくのやも知れません」

「本当にそう思ってます? 葉山さんも、アイツが子供のままでいることを望んでいたのではないかと考えていましたが」

 

ㅤ主人である真夜の不興を買うことを分かっていても、葉山は比較的夜久に優しかったのである。その理由というのは――。

 

「――理澄様はお耳がよろしいようで」

「相手よりも情報を得て、イニシアチブを握れ……そういう育て方をされましたからね。僕には今まで育ててくれた親がいます」

 

ㅤ理澄と葉山の視線が交差した。先に勝負を降りたのが葉山であったのは、やはり年の功だろうか。

 

「私は真夜様の側近であり、四葉家の人間です。夜久様を案じる気持ちは、嘘偽りのない本心なのですよ」

「えぇ、分かっています。言ってみただけですから」

 

ㅤそんな無邪気な言葉を聞き、葉山は好々爺らしい優しげな笑みを浮かべた。今の彼は、四葉家を自分の居場所だと感じている。そして、四葉の子供達を心の底から慈しんでいるのであった。

 

ㅤ夜久や達也、深雪、そして他にも――アンタッチャブルな一族に生を受けた、「四」の哀れなるこどもたち。

ㅤ歪んだ境遇で懸命に生きる姿は、かくも美しい。

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