夢はサブリミナル
ㅤ論文コンペの時期が近づいてきたからか、「発表者募集」とコピー用紙に黒字で打ち出された、無味乾燥なポスターが校舎の壁に何枚か貼られ出した。代表者のセレクションを行うため、それにふさわしい論文を募っているのだ。
ㅤだが、脳筋で溢れた三高だからだろう。あまりコンペに意気込んでいる生徒の姿は、さほど見かけない。九校戦の時の方がよほど盛り上がっていた。
ㅤけれども、数少ない頭脳派達も――吉祥寺や理澄のことだ――やる気は全くなさそうだ。放課後には2人とも、おれや一条と一緒にずっと駄弁っている。論文を書いているようには、全く見えない。ある日、おれは理由を尋ねてみた。
ㅤ
「あんまり出たくないんだよ……論文コンペに」
ㅤ吉祥寺の答えは、あまりにもあっさりしたものだった。出たくない、って何だ。
「まぁ、どうせ論文出さなくてもさ。出てくれって言われるんだろうな〜。まともな候補者居なさすぎて。ね、吉祥寺?」
「だろうね。そうなったら……――アレでいいかい? 酸素を加重系の重ね掛けで金属酸素にするので」
「いいんじゃない? 酸素ボンベ、山ほど余ってるから。誰だよ、あんなに発注したスタッフ」
ㅤ理澄と一緒になって、明らかな内輪ネタで盛り上がっている。どうしていいか分からず、おれと一条は互いに顔を見合わせた。
「ジョージが武倉と関わって、どんどん不真面目になっている……昔はそんなんじゃなかっただろ!」
「いや、元からでしょ。コイツ、しれっと図書館のプロテクト破ろうとして、教頭先生に大目玉喰らってたじゃん」
「お前、そんなことしてたのかよ……」
ㅤ下手したら退学寸前のことを起こしているではないか。おれは退学させられたのにと思うと、本当に解せない。これこそ、一条の威光か。
「でも、大丈夫なのか? ジョージだって、急に発表ってなったら困るだろう。論文くらいは……」
「一晩で書けるよ。先行論文とか引用しなくても怒られないし、質疑応答も全く無いからね。発表慣れしてるなら、ぶっつけ本番で大丈夫なんだ」
ㅤそういうものなのか。おれは論文コンペの実態を初めて知ったので、何とも言えなかった。
「大体あんな変な発表会するから、魔法大で下手な論文を書く学生が多発するんだよ。……そもそも、募集から選考までが短すぎる。あれじゃあ、落書きみたいな文しか書けない」
「実際、『論文コンペしに来たの?』は魔法学研究者が文章を貶す時に使う常套句だしね。あれ言われると心に来るよ。基本コードの論文は何度も書き直さなくちゃで、本当に辛かった……」
ㅤ彼らの話を聞いているうちに、ふとある考えが浮かんだ。
ㅤおれが論文を書いて、コンペに出場するのである。研究レポートは四葉の研究所で書いたことはあるものの、論文を書いた経験は一度もない。でも、論文コンペのレベルを聞く分には行ける気がした。何なら、理澄達に手伝って貰えば良い。
「――なぁ、聞きたいことがあるんだが」
ㅤ思いついたアイデアを言うと、三人は目を丸くした。
「……悪くはないんじゃないかな。津久葉がやりたいなら、アドバイスくらいはするよ」
ㅤ何度か頷き、吉祥寺はそのように言った。他に出てくれる人物がいるなら、それで構わないのだろう。
「けど、テーマはどうするんだ? ジョージ達と夜久じゃあ、得意魔法とかも全く違うだろう」
ㅤ一条が尤もな疑問を呈した。確かに、おれは加重系はあまり得意ではない。系統魔法なら放出系が得意だが、それもそこそこという感じだ。
「簡単だよ。おれの得意魔法……精神干渉系の論文を書けば良い」
「バカだろ。なんで、自分から『四葉』感を押し出そうとするのさ」
「隠してる感を出してる方が怪しい筈だぜ? 堂々としてたら良い」
ㅤ理澄の言葉にそう反論する。四葉であることを隠さなければならない筈の奴が逆に精神干渉魔法を見せつけたならば、逆に違うかもしれないと周囲は思うに違いない。
「それは本人の決めることだから、俺は別に構わないと思うが……ジョージはどうだ?」
「精神干渉系なら理論だろ? それなら、来年の京都会場の時の方がウケやすいよ。横浜の年は、派手に実験機を使うものが賞を取りやすい傾向にある。今年は様子見で、来年にしたら?」
「嫌だ。絶対、今年やるんだ」
ㅤ皆が揃って呆れた顔をする。
ㅤそして、おれの固い意思を感じたのか、理澄は「僕、もう知らない。やりたいならやれば」と投げやりに言った。
◆
ㅤ九校戦前に理澄や夜久の手によって、組織の瓦解まで追いやられた「無頭竜」。壊滅までの手際の良さから、裏事情に詳しいものは、それが四葉の仕業だと勘付いていた。
ㅤ周公瑾もまた、そういった「鼻が利く」人間の一人である。だからこそ、すぐさま彼は東南アジアへと逃げ出した。しかし、華僑コミュニティの柵ゆえ、数ヶ月もしないうちに中華街に戻らざるを得なかったのだ。故に、彼は日本へと舞い戻ってきた。
ㅤ輸送船から密猟グループの船に乗り換え、都市部地下の整備用ルートを介して侵入するという、非常に手の込んだ密入国だ。とはいえ、元いた自分の店を使うのは危険過ぎる。知人の持つテナントの一部を間借りして、彼は隠遁生活をしていた。外から認識できないよう、明かりを絞った室内はとても暗い。ゆらめく蝋燭の炎だけが、この部屋唯一の光だ。
ㅤそこで彼は一人、骨牌を弄びつつ、今後のことについて考えていた。
(……地下の監視が増えていますね。私が一度このルートで侵入した以上、二回目以降の使用は厳しいでしょう)
ㅤ元崑崙法院の人間であった周は古式系の術者だ。修得している技術の一つに、「鬼門遁甲」というものがある。これは時間と方向の組み合わせで意識に干渉する魔法であり、意識誘導によって自らの居場所を読めなくする効果を持つ。
(予定が狂って残念ですが……手引きする予定だった方々は、揚陸艦で入国して頂きましょう)
ㅤけれど、魔法は魔法だ。その時こそ認識することができなくても、優秀な魔法師であれば「魔法が使われていた」ということは分かる。二度目は確実に仕留めようとするだろう。特に四葉配下の魔法師であれば。そんなリスクを周は負う気にはなれなかった。
ㅤそして、この勘は正しかった。
ㅤ武倉家――つまり、理澄は持ちうる人脈を使って警察や千葉家をまず動かした。その上、諜報工作を得意とする黒羽や追跡魔法を得意とする真柴などの分家にも声を掛け、万全の態勢で周の捜索を行なっている。再び彼が地下で「鬼門遁甲」を使用していたならば、見つかってしまう可能性は高かっただろう。
(レリックの回収も後回しです。まずはスケジュール通りに横浜一帯を戦場に出来るかだ……)
ㅤ戦争の手引きと同時に進める予定だった仕事――国防陸軍が保持する「
ㅤけれども、華僑とのバランスで緩かった筈の港の警備が非常に厳しくなっている。強襲揚陸艦をすり抜けさせる為、正規の輸送船を大量に送って、警備局の処理能力をパンクさせる必要もあった。他にも無駄な用事が増えていて、正直レリックどころではないのだ。
「……かの国とこの国が戦争になれば、少しくらいは世界も面白いものになるでしょう」
ㅤ誰もが自らの利権を得る為に争い、疲弊し続ける世界。周や周の仲間達はそんな世界を見たいのだ。彼らの残り少ない人生を、ただ理想の実現に費やしている。
ㅤ争いが全ての時代になれば、今は息を潜めている「四葉」も表舞台へと飛び出すに違いない――その喉元に噛み付けたなら、どれほど甘美なことだろうか!
◆
ㅤおれが書いた「精神の所在と認識」という論文は、三高の選考を見事通過した。
ㅤ実験機を使わないので、用意すべきものはスライドのみ。そして、発表者はおれ一人だから、特に擦り合わせなども不要だ。スムーズに説明できるように練習をしておくだけで良い。
「……よくこれを書き上げたね、津久葉。結局、僕らの助けはいらなかったじゃないか」
ㅤ論文のPDFを眺めながら、吉祥寺がそのように言った。
ㅤ確かに彼の助けを借りたのは、文章の組み立てにミスが無いかの確認程度だ。内容自体にアドバイスは貰っていない。
「だが、大胆な仮説だな。『精神はヒトに認識された時だけ表出する、いわゆる幻に過ぎない』だなんて。まぁ、俺に精神干渉魔法の適性は無いから本当のところは分からんが」
ㅤ一条が文章を読み、そんな感想を述べた。
ㅤそもそも精神の所在というのは、とても曖昧なものだ。おれは精神の座標を認識できるが、それが精神そのものだという実感はない。対応するボタンという感覚が一番近いような気がする。
ㅤ要は、精神などというものは目に見えて存在しないのだ。けれども、人は感情などを表に出すことはある。心は確実にある筈――つまり、「心」の影響を受けとる受容器の改変こそが精神干渉系魔法の実態なのかもしれない。
ㅤ実際、魔法演算領域は起動式に反応して魔法式を半自動的に構築するのだ。今でこそCADの機能に頼るが、本来ならば自分で起動式を組まねばならない。
ㅤ無意識領域にある起動式と相補的に結びつく受容器官が魔法演算領域であり、それは精神受容器の一部であるという考え方もできるという訳だ。
ㅤこの辺りは理澄の書いていた論文を参考にした。彼の研究テーマは「魔法式構造のパターンと変則」。魔法適性の有無は起動式の想子型が演算領域の形と噛み合うかどうかだ、というアプローチ方法の非主流派魔法構造学である。
「――ところで、理澄はどこ行ったんだ?」
ㅤそういえば、今日は彼の姿を目にしていない。一条の家にも来ていないということは、他の場所で何かをしているということだ。
「なんか『研究が進まない』って言って、休暇を取ってた。学校も休んでるし、旅行でも行ってるのかな?」
「武倉は自由人だからな。まぁ、論文コンペまでには帰ってくるだろう」
ㅤそんな話を聞いているうちに、自分の中で合点がいった。恐らく、四葉関連の仕事をしているのだろう。これまでも用事がある度、適当なことを言って誤魔化していたに違いない。何だか可哀想だ。
「そうか。――コンペ中、風紀委員は会場警備をするんだったよな?」
「あぁ。横浜は中華街が近いだろ。だから、よく生徒とのトラブルが起きるんだ」
ㅤ魔法科高校生に絡む輩が多い為、しっかり対処しなければならないということらしい。それなら横浜で開催するのをやめたらいいのにと思うが、魔法協会が立地している関係上、変更をすることは難しいようだ。
「とはいえ、シフトはちゃんとあるからな。三高の発表の時は、俺たちも見に行く」
「そうだね。楽しみにしてるよ」
「おぉ……ま、見とけよ。きっちり優勝して帰ってくるぜ」
ㅤおれは親指を立て、自信満々にそう答えた。
ㅤもう既に各校の発表者は開示されている。だから、自分の従兄弟も代表になっていることを知っていた。ならば、彼よりも目立つだけだ――
ㅤ――そして、お母様にみつけてほしい。
ㅤその為なら、「夜久」はここにいるのだと声高に叫びつづける……いつだって
ㅤこの時のおれはそんな気持ちだけでいっぱいだった。
ㅤでも、それが叶うことはなかったのである……「希望」は打ち砕かれ、業火と破壊に包まれて「地獄」と化してしまう――そう、横浜は戦場へと変わり果ててしまうのだ。