魔法科高校の退学処分者   作:どぐう

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さよなら殺意

ㅤ横浜は、全てが変わってしまっていた。

ㅤミサイルが撃ち込まれたからか、道路は瓦礫だらけ。もはや、元の街がどのようなものだったかも分からない。

 

「ひどいものだな……」

 

ㅤ百目鬼がそう呟いたあと、おれ達の方へと振り向く。

 

「一般市民の避難はほぼ完了している。だから、俺達がやるのは直立戦車のお片付けだ。さっき決めた分担を守って、魔法式が被らないようにしろよ。一個ミスると、全員お陀仏だ」

 

ㅤ直立戦車は「対歩兵用人型有人機動兵器」であり、地雷や対戦車ライフルを想定した複合装甲板で全体が覆われている。だが、あくまで「対人兵器」であって、車体は軽い上に火力も装甲もかなり貧弱。通常の戦車どころか偵察警戒車でも対応できる。

ㅤけれども、これが国によっては主力兵器として採用されているのには、理由がちゃんと存在する。それは「人型」という点だ。

 

ㅤ実は、直立戦車はゴーレム魔法の亜種によって強化する前提で使われている。中東欧の古式ゴーレム魔法をブラッシュアップした術式により、滑らかな機動性と戦車以上の戦闘力を付与するのだ。また、必然的に魔法師が搭乗するので、全体に領域干渉や情報強化が掛かる。

ㅤだから「対魔法師用掃討兵器」という認識が近い。そもそも、歩兵に魔法師が混ざってる場合への対処から生まれた兵器なのだ。

 

「――来たぞ!」

 

ㅤ話しているうちにも、十数台の直立戦車が列を成してこちらへ突撃してくるのが見えた。

ㅤ重機関銃がフルオートで連射される上、たまに榴弾も飛ばしてくる。瓦礫を利用してそれらを避けながら、CADでそれぞれが魔法を掛けていく。

 

ㅤ前方については、この中で一番高い干渉力を持つ一条が、「爆裂」を使って一気に潰す。気化したガソリンがこちらに飛ばないよう、気体運動を減速させる障壁魔法を全員に掛ける。流石に一人では厳しいので、百目鬼を含めた上級生数人で分けて行う。一色が収束・移動系複合魔法で気化ガソリンを含んだ空気塊を前方へと送る。

ㅤそして、メインディッシュはおれの担当だ。放出系魔法「スパーク」によって起こした火花で、火を付けて爆風へと変える! 巻き起こる炎の旋風が、直立戦車を吹き飛ばした。

 

「……よし、上手くいったな」

「油断するな! まだ敵は残ってる!」

 

ㅤ先程の爆風によって、殆どの直立戦車は「人型」では無くなっている。恐らく戦闘継続は可能だろうが、ゴーレム魔法での強化は不可能。ならば、一条でなくとも装甲を抜ける。

 

「移動系のみだぞ! 直接掛ける奴だと、相克が起きる!」

 

ㅤ地面の土砂――割れたアスファルトなどを硬化魔法で強化して、移動魔法で思い切りぶつける。数分もしないうちに、直立戦車は全てスクラップと化した。

 

「よし、次は大型装甲車両を片付けに行くぞ!」

「了解です!」

 

ㅤ魔法師の戦闘というのは、意外と地味なものもあるのだ。急な白兵戦などにおいては、自分や自分の周囲だけに魔法を掛けて戦う。けれども、普通は相克を起こさず大規模な効果が得られるよう、事前に発動する魔法を割り当てる。事実、三高の実戦演習も「突発的戦闘への対処」と「グループワークによる戦術立案」の二種類に分かれていた。

ㅤ故に、魔法の副次的効果を理解して、多彩に操る魔法師が一番求められる。国外・国内問わずライセンス基準が、一点特化のBS系に厳しいのはそれが理由なのだ。

 

ㅤ現代の戦場に、英雄は必要ないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ三高の脱出組が乗る装甲車に、ゲリラ兵が移動魔法を掛けようとする。理澄が慌てて領域干渉でそれを塗り潰す。

 

「やば……やっぱり来たね。こんな車で移動してるって、割と『訳あり』だからか。自分達で言うのも何だけど」

 

ㅤ魔法科高校生を含め一般市民は、船や普通の大型バスなどで避難している。コネがなければ、装甲車などには乗れる訳がないのだ。敵もそれを理解しているから、「大物」狙いで襲撃しようとするのだった。

ㅤだが、魔法は効かないと判断したのか。次は、装甲車の側面にRPGを撃ち込んでくる。障壁魔法で強化していなかったら、装甲板に穴を開けられてしまっただろう。

 

「……もう、やってらんない! ――十七夜、一回出るから後で乗せて!」

 

ㅤゲリラ兵を倒してしまおう、そう理澄は決めた。そして、運転中の十七夜――彼女は大型車両を動かした経験があると言って、運転役を買って出ていた(車高の高い乗り物は空間把握能力の訓練に役立つらしいが、明らか公道での走行は違法である)――に彼は声を掛ける。

 

「置いて帰ろうかしら」

「それ、マジでやめてよ!」

「待って、武倉! 僕も行く!」

 

ㅤ車より一回り大きい障壁魔法で弾丸が車内に入らないようにして、理澄は軽やかに車外へと飛び出す。吉祥寺もそれに続いた。

ㅤ移動装甲を維持したまま、自己加速術式と「跳躍」でゲリラ兵達の中に突撃する。魔法師がライフルを持った相手に突っ込んで行くとは思わなかったのだろう。あちらは泡を食っている。

 

ㅤ相克を防ぐため、攻撃に使う魔法は2人とも「インビジブル・ブリット」だ。基本コードを軸にした魔法は部分干渉であり、誤爆を防ぐことが出来る。

ㅤ着弾ポイントの面積を小さくして圧力を高めた「インビジブル・ブリット」を敵の四肢へ連続発動し、手足をめちゃくちゃに折ってしまう。複雑骨折どころか、神経にもダメージが入り、もう彼らは動けない。

 

「小さい魔法式とはいえ、何度も発動するのは面倒だね」

 

ㅤなんとか掃討を終え、CADを軽く叩き理澄はぼやく。

 

「一つの点からいくつかポイントを自動設定するよう改良した方がいいかも。帰ったらやろう」

「式に収束系を混ぜて、着弾点が偏るようにした方がいいのかな……でも、そうすると重くなるよね」

「基本コード系術式の売りである『発動の容易さ』が潰れるのもなぁ」

 

ㅤこんな状況で呑気に魔法式のアレンジの話ができる彼らは「マッドサイエンティスト」なのかもしれない。

 

「――早く追いかけて戻らないとね。十七夜のやつ、ほんとに置いていきそうだから」

「武倉の普段の行いが悪いんじゃないかな……」

 

ㅤ装甲車とはかなり距離が出来てしまっている。地面すれすれを移動する「跳躍」で、2人は出来るだけ最短距離で車へと戻ろうとしていた。

 

「……!?」

 

ㅤその時、理澄は装甲車――正確には燃料タンクに「振動加速系」の術式が掛けられる兆候を感じた。このままだと車は爆発するかもしれない。中にいる仲間達がそれに気付いているのかまでは、こちらからは窺い知れなかった。しかし、気付いていなかったとしたら……。

 

(この距離だと、領域干渉はマズい)

 

ㅤ彼の魔法特性ゆえに、干渉力こそ四葉随一を誇る。ただ、パワーで押し切る分、細かい照準は非常に苦手だ。特に遠過ぎる対象に対しては、大雑把な掛け方しかできない。周辺の魔法を全て塗りつぶしてしまったら、次の対処に間に合うか分からなかった。

 

(もう仕方ないか)

 

ㅤ刹那の間にそこまで考えた理澄は、あまり取りたくはなかった選択肢を選ぶ。CADに触れる時間も惜しく、手のひらを相手のいる方角へと向ける。

ㅤ精神干渉魔法「ワルキューレ」。精神に死を与える魔法。霊子を辿って術者の精神に照準を合わせ、彼はその魔法を放つ――手応えで精神の「停止」を確認し、軽く息を吐いた。

 

「ねぇ、今のってさ……」

 

ㅤ吉祥寺が奥歯に物が挟まったような言い方で、そのように問いかける。

ㅤエイドスの改変を感じ取れるのが魔法師。自分が使えない魔法だとしても、どこが変質したのかは感覚的に理解できるのだ。

 

「……僕の魔法なんだ」

 

ㅤ対して、理澄は簡潔に答えた。

ㅤ要領を得ない返答だが、吉祥寺は理解出来てしまう。「人を殺す」という用途だけにしか使えない魔法を使いこなしている意味。武倉理澄という少年は、魔法師社会の闇と共に生きているということだ。

 

「――ねぇ、武倉。いつか、すごい発見をしようね」

 

ㅤ吉祥寺は多くは語らず、明るい希望だけを告げた。

ㅤそして、彼が日のあたる場所で生きていけますように、と心の中で祈る。昔、自分は「一条将輝」に人生の全てを救われた。そんな風に、理澄にも「救い」が現れるといいなと思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ大型車両の片付けを終え、おれ達は分担して敵魔法師兵を追っていた。そんな時、おれの端末に着信が届く。こんな時になんだよと思いつつ、音声操作で電話に出る。

 

『もしもし、ヤク? 生きてる?』

「お前か……出なきゃ良かった。まぁ、電話してくるっていうことは脱出出来たんだな」

『うん。それでさ、「周公瑾」って男をそっちで見てない?』

 

ㅤ理澄は妙な質問をしてきた。そんな男、おれは知らない。

 

『ウチ……というか、黒羽の捜索網をすり抜けた忌々しい奴だよ。そして、「崑崙法院」の生き残りだ――この騒ぎに乗じて、横浜にやって来たという目撃証言があるんだけど……見つけたら、即殺してくれて構わないから! それだけ!』

 

ㅤプツリ、と通話が切れる。あちらも合間を縫って慌てて掛けてきたのだろう。

 

「崑崙法院、か……」

 

ㅤ思ったよりも静かに、その単語が口から出る。

ㅤお母様に悪夢を齎した巨悪。そして、おれを不幸な境遇に落とし込んだ元凶――それこそが、崑崙法院だ。

ㅤお母様を傷付けた人体実験に、彼が関わっていたのかは定かではない。けれど……許せない。これはもう理屈の次元を超えていた。

 

「……」

「――夜久! 中華街に残兵が多数逃げ込んでいるらしい! 引き渡しするよう勧告するから、一緒に来てくれ!」

 

ㅤ一条がこちらへ走ってきたので、喉元まで出た言葉は空に掻き消える。おれは、何を言いたかったのだろう。

 

「……あぁ」

「大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」

 

ㅤ彼は心配そうな顔をした。だけど、流石に理由は言えない。

 

「平気だ。早く行こう」

 

ㅤまずは、やるべきことをやるべきだ。そう自分に言い聞かせ、己を奮い立たせる。

 

「あまり大人数で行ってもアレだからな。他の人達は、魔法協会の警備に向かうらしい」

「確かに。それでいいんじゃないか」

 

ㅤ中華街は東西南北、四つの方角にある大きな門が主な入り口だ。そこを閉じてしまうと、ビルの隙間くらいしか通路はない。その上、その隙間もパイプなどが通っており、よほど体が柔らかいなどの技能が無いと通れないだろう。

ㅤつまり、中華街と外を隔てるのは結果的に門だけということだ。

 

「門を開けろ! さもなくば、侵略者と内通していたものと見做し、しかるべき対応を取らせてもらう!」

 

ㅤ振動系魔法「拡声」を使って中華街に向けて、一条が警告を発する。最悪の場合は、強行突破をする心積りなのだろう。だからこそ、おれにも同行を求めたに違いない。

ㅤまぁ、まともな対応なんて期待しても無駄だ。投石や、下手すれば魔法。その辺りが飛んでくるだろうと覚悟し、警戒したまま待つ。だが、ゆっくりと門が開き出したので、拍子抜けしてしまう。

 

「……周公瑾と申します。あぁ……いえ、本名ですよ?」

 

ㅤ20代くらいの中性的な容姿の青年が、拘束した侵攻軍兵を数人連れて、門から姿を現した。

ㅤけれども、おれは敵兵のことなど気にならない。だって、周公瑾といえば……さっき理澄が言っていた名前ではないか! そう理解した瞬間、頭の中で思考が廻りだす。無意識のうちに、魔法式が構築される。

 

ㅤおれの魔法、おれだけの魔法――精神構造干渉魔法「マギ・インテルフェクトル」。魔法師のアイデンティティを破壊し、魔法力を失わせる為の術式。

ㅤそれが、周公瑾の魔法演算領域を変性させた。彼はもう魔法を使えない。普通の人間と、何も変わらないのだ。

 

「なっ……」

 

ㅤ周は自分の身に何が起こったのかに気付いたようだった。青ざめた顔で、口をパクパクとさせている。

 

「お前、一体何を……!?」

 

ㅤ一条が叫ぶが、無視をする。おれは周に近づき、彼の胸ぐらをぐっと掴んだ。

 

「お前らはどうして、お母様を狙ったんだ? そうじゃないといけない理由は、どこにあったんだ?」

 

ㅤその言葉に、周は顔をキョトンとさせた。予想もしていないことだったのかもしれない。

 

「答えろ!」

 

ㅤおれはそう凄み、返答を待つ。すると、彼は肩を震わせて笑い始めた。

 

「ふふふ……そうですか。貴方、『息子』なんですね! これは驚いた……! 『四』に終わらせられたのなら、私のこの結末も許せるというものです!」

 

ㅤケタケタと壊れたおもちゃのように笑い続ける周。

 

「……けれど、まだまだ甘ちゃんだ! 私はあの事件以前に、あの組織から追い出されていましたが。それでも、奴らの動機くらい分かります」

 

ㅤ彼はそこで一度、言葉を切る。そして、怖いくらいの真顔でその続きを述べた。

 

「『誰だって良かったし、どうだって良かった』のです。興味のあるサンプルがあって、それがちょうど手の届く範囲にあった……試してみたくなるでしょう?」

「――お前ッ!!!!!!」

 

ㅤそんな理由で、そんなくだらない理由で。

ㅤお母様は苦しまなければならなかったのか。

ㅤ叔母様は傷付かねばならなかったのか。

 

ㅤ何とも、やるせなかった――思わず、周の首を手で掴む。思い切り握ると、筋がみちみちと鳴った。

 

「殺してやる……」

 

ㅤゴムパイプを潰すみたいに、首をきゅっと締め付ける。このまま死んでくれ――

 

「――やめろ、夜久!」

 

ㅤ一条がおれの肩を掴み、周から引き剥がした。

 

「……重要な被疑者だ。この後の為にも、殺しちゃいけない」

 

ㅤ止められると分かっていた。理澄なら止めなかっただろう。だけど、いま側にいるのは一条だ。

ㅤそれに、意味もないのだ……コイツ1人を殺したところで、溜飲など下がらない。だって、国ひとつ滅ぼしても、四葉は幸福になれなかった。

 

「うぅ……!」

 

ㅤ渦巻く感情をどう整理したらいいのか分からなくなり、おれは地面に踞って大声で泣いた。

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