ㅤ国防海軍の特殊部隊が強襲揚陸艦を制圧し、戦闘終了を宣言したのは夜の10時ごろであった。
ㅤ戦いが終わっても、全てが元どおりになる訳ではない。様々な後処理が待っている。捕虜の尋問、遺体の回収、その他諸々……。けれども、おれ達のような民間協力者は特に仕事もない。手伝いたければ手伝えるだろうが、今は何も手につかなかった。
ㅤだから、おれは魔法協会のロビーにある椅子にただ座っている。ここは避難民達が家族などの安否を確認する為の集合場所になっており、多くの人々がひっきりなしに足を運んでいた。
「……悪かったな」
ㅤ隣に座る一条がポツリと言った。多分、周公瑾の殺害を止めたことを気にしているのだろう。
ㅤ結局のところ、周は死んだのだ。奥歯か何かに毒を仕込んでいたらしい。あっけない幕引きであった。
「いや、気にするなよ」
ㅤ別に彼は何も悪くない。真っ当な思考の持ち主ならば、誰だっておれの行動を止めた筈だ。
「それでもだ。お前を深く傷付けたことには違いない」
ㅤしばらくの間、沈黙が続いた。このままだと堂々巡りなのが、どちらも分かっていたからだ。
「そういや、陸軍の……何だったか。実験特殊部隊が中華街に、あの後に突入したらしい。海軍に美味しいところを取られたからかな……」
ㅤ数分たっぷり経って、一条がようやく別の話題を提供してきた。
ㅤ陸軍の実験特殊部隊。もしかして、従兄弟が所属していた所だろうか。
「その部隊ってさ――」
ㅤ独立魔装大隊とか言ったりするのか、と尋ねようとした時。ある女性の声がそれを遮る。
「――こんな所で機密情報を話すのは感心しないわね」
ㅤ振り向くと、軍服姿の女性が居た。初めて見る顔だ。けれども、一条は彼女を知っていたらしい。
「藤林さん……でしたっけ?」
「えぇ。お久しぶりね、将輝くん。……えっと、そちらは?」
ㅤ彼女がおれの方に目を向けたので、自己紹介をする。
「津久葉夜久です」
「はじめまして、藤林響子です。よろしくね、夜久くん」
「藤林さんは、九島閣下のお孫さんに当たるんだ」
ㅤ一条がそんな補足を入れた。確かに名字だけ聞けば、「九」の血縁だと分からなかっただろう。
「あぁ。九島閣下って、あの変なジジイか」
「ばっ、馬鹿野郎! ――すみません、藤林さん。コイツ、根はいい奴なんですけど……」
「ふふふ、気にしないで。確かに孫の私から見ても、祖父は変な人だわ」
ㅤ響子はおかしそうに笑うのみだった。割と失礼なことを言ってみたつもりだったのだが、怒ったりなどはしないようだ。
「まだ時間ある? せっかくだし、お話ししましょ」
ㅤそう言って、魔法協会の奥へと進んでいく。おれ達は顔を見合わせ、彼女の後に続いた。協会内にある会議室で、適当に向かい合って座る。そもそも、何のために呼ばれたのか。
「貴方達の推理通り、ウチは海軍にお鉢を奪われちゃったのよ。中華街のお掃除は必要だったし、結果的には良かったけれどね」
「やっぱり、そうだったんですか……」
「でもね、本来海軍戦力は沖縄あるいは北海道に集中している筈。何処かが圧力を掛けて、海軍特殊部隊の訓練ルートを変えていたのよ」
ㅤ何処かと言っているが、そんなことができるのは十師族以外に無い。つまり、響子は「どこの家がやったのか知ってる?」と聞きたい訳だ。それが、一条かどうかも確かめたかったのだろう。
「少なくとも、一条家にそのような事実はございません。自分の言葉だけでは信用できないならば、父に直接問い合わせて頂いても構いませんよ」
ㅤ一条がきっぱりと言い切る。確かに日本海側ならともかく、横浜方面に回す意味は無い……そんなことを考えていると、不意にある事実に気づいた。
「そもそも、密かにルートを変えさせていたということは……侵攻を予期していながら、わざと情報を隠蔽していたということですよね?」
「えぇ。そうなるわね」
ㅤそのことについて尋ねると、彼女も頷いた。同じところまで辿り着いていたようだ。
「さっき、将輝くんには一応質問したけど。実際のところ、こんな芸当が出来る家は限られてくるわ。関東に地盤を持っていないと。つまり、七草、十文字。あるいは、四葉……」
ㅤ響子の「四葉が関わっているのではないか」という推測は当たっているだろう。論文コンペ前、理澄はずっと欠席していた。タイミングが完璧過ぎる。
「……何処の誰がやったのかは知りませんが。こんな戦争を起こされて、おれだって迷惑してるんです。おかげで、コンペで発表できなくなった」
ㅤおれに「精神干渉魔法」の発表をさせない為に、四葉は大陸情勢を放置しておいたんじゃないのか。何だか、そんな風にも思えてきた。いや、それは穿ち過ぎか。
「本当にそう。迷惑な話よね――2人とも、今日はありがとう。あと、新潟基地行きの軍用機があるから乗って行ったら?」
ㅤおれ達はその好意に甘えることにした。そろそろ、家に帰りたかったからだ。そして、ここまで親切にしてくれる響子の目的は、最初からこちらとの接触だったのだろう。だけど、見込み違いだ。
ㅤ前提として、戦闘やそれに類する裏仕事は畑違い。元々は「実験体の精神を弄る仕事」を担当していた。最近は、第四研に近づいてすらいないが。また、四葉との関係はよろしくない上、唯一のメッセンジャーである理澄も必要なこと以外は言ってこない。
ㅤそういう意味では、おれは普通の魔法師なのである。コネも使っていなければ、何の意味も為さないのだ。
◆
ㅤ夜久と将輝との話を終えたあと、藤林は暫定的に設置された中華街内の独立魔装大隊本部へと戻ってきた。
「お疲れ様です」
ㅤ藤林の帰還に気付き、すぐさま敬礼をしたのは達也だ。彼はムーバルスーツ姿だが、フルフェイスのヘルメットだけは外している。待機中で暇だからか、テーブルでCADを弄っていたらしい。調整用の機械が幾つか側に置かれていた。
「達也くんの従兄弟に会ってきたわよ。見た感じは、普通の男の子ね」
ㅤ彼女は達也の隣に座り、開口一番にそう告げた。
「あぁ、夜久ですか」
「スカウトも兼ねようかなと思っていたんだけどね。一条の御曹司がいたから諦めたの」
「良いんですか、それって」
ㅤ独立魔装大隊および、大隊の所属する第一〇一旅団は「十師族に依存しない戦力」を増強することが目的である。だから、達也の「本末転倒ではないか」という指摘も正しかった。
「まぁ……大丈夫じゃないかしら」
「適当ですね。とはいえ、乗らないと思いますけど。彼の魔法は戦闘向きじゃない」
「そうなの? 九校戦で十文字くんを倒していたのに」
「詳細は言えませんが……『魔法師として』ならば、四葉特有の色が一番出ていますよ」
ㅤ四葉家の本質は、精神とは何かを追い求める研究機関だ。その視点から見れば、夜久の「精神構造干渉」は紛れもなく王道。そして、深夜が持っていたものよりも精度が高い。
「そんなこと言ったら、私だって戦い向きの魔法とは言い難いわよ。戦闘だけが魔法じゃないわ」
「これは一本取られましたね」
ㅤ揃って笑い合う、達也と響子。部隊の中でも年が近いからか、2人は割と姉弟のような関係なのだった。
「――藤林、戻っていたのか」
ㅤ隊長である風間玄信少佐が姿を現した。彼は立ち上がって敬礼しようとする部下達を手で押しとどめる。
「やはり、市街地戦は厄介だな。魔法や爆弾で吹き飛ばす訳にもいかん」
ㅤ風間は椅子にどっかりと腰掛けると、疲れたように溜息を吐いた。
ㅤ日本へ侵攻してきた兵達は、中華街で匿ってもらうつもりで逃げ込んだのだろう。それを利用して「中華街に攻め込んだ敵兵から、民間人を保護する」というお題目を立て、大隊は中華街に突入したのである。そして、あちらが反撃してきたのを理由に戦闘を行ったのだ。
「民間人とゲリラの区別が付きませんからね。こちらは受け身に廻らざるを得ません」
「『再成』のおかげで損害は最低限まで抑えられたがな……恩に着るぞ、達也」
ㅤ達也は静かに頷く。彼の魔法によって、隊員らの傷を戻していたのだ。
「この後はどうしましょう?」
「一〇一の別部隊が引き継ぐ。それに、公安のほか各組織がガサ入れのチャンスだといきり立っている……鉢合わせする前に引き揚げるぞ」
「了解です」
ㅤ独立魔装大隊は、魔法装備を主装備とした実験的部隊であり、その性質上機密レベルが高い。おいそれと所属を明かせないので、別部隊に折衝を任せることにしたのである。
「それにしても。真田さんが残念がっていたわ。『サード・アイ』の実戦投入が出来なかった〜って」
「使い所がありませんでしたからね。仕方ないですよ」
ㅤ微笑みながら達也は返事するが、内心では忸怩たる思いを抱えていた。
ㅤどうあれ、大規模な『マテリアル・バースト』は使えない。夜久の行使した「
(……本当に哀れだよ、夜久)
ㅤだからこそ、達也は深雪を連れて四葉を出なければならない。自分の叔母――真夜を絶対に倒さねばならない。
ㅤ四葉が崩壊した時、夜久も母親から解放される。そうなれば、きっと全てが解決するのだ。
◆
ㅤ横浜に戦火が広がった日の夜。
ㅤ真夜は、四葉本家の邸宅内にある一室に足を運んでいた。その部屋に自由に入れるのは、ほんの一握りの人間のみ。部屋を管理している使用人ら数人と真夜、そして葉山だ。四葉の血縁でも、真夜の許可を取らないと入ることは許されない。
ㅤ部屋に入ると、清潔な白いベッドが一番に目に入る。その他には大した家具もなく、室内は殺風景な印象だ。ベッドでは1人の女性が眠っており、彼女の容貌は真夜にとてもよく似ていた。
「姉さん……」
ㅤ様々な感情を奥底に込め、小さな声でそう呟く。
ㅤ眠っている女性は、真夜の姉である深夜だ。彼女は、3年前――沖縄海戦の時からずっと眠り続けている。想子感受性が飛び抜けて高かった深夜は、アンティナイトのノイズによって、想子体に大ダメージを受けた。元々、過度の魔法行使で弱っていた身体だ。故に、彼女の命は風前の灯であった。
ㅤしかし、解決する方法が無いわけではなかったのだ。肉体と想子体のズレによって身体に不調を起こしているのであれば、魔法演算領域を閉じてしまえば良い。そうすれば、意識的に行わない限りは、周囲の想子を取り込んで体内を循環しなくなる。けれども、その選択は「魔法を喪う」ことと同義だ。そのような酷な宣告をしていいのか。誰もが迷っていたのだ。
ㅤある日のこと。病床に臥せっている深夜が、急に甥に当たる夜久を呼び出した。人払いがされていて、その時に2人がどのような話をしたのかは誰も知らない。だが、その後には深夜の魔法力はもう失われていた。理由を夜久に訊ねても「叔母様が誰にも言うなと言った」の一点張りで話にならない。
ㅤでは、深夜に訊けば良い話だったのだが、それも叶わなかった。そもそも、想子体へのダメージを和らげたとしても、弱ってしまった身体が急に治る訳でもない。ただ単に、これ以上悪くなるということは無いというだけなのだ。数日後には、彼女は意識を保つことも難しくなっていた。主治医曰く、「体力が戻らない限りは目覚めないだろう」ということだ。
(このチューブを抜いてしまったら、姉さんは呆気なく死ぬのよ)
ㅤ点滴や人工呼吸器の管を見つめ、真夜はそんなことを考える。姉は生命維持装置に頼って、無様に生きながらえているのだ……簡単に殺せてしまう。何回もそんな想像をした。でも、踏み出せない。今までの人生、たくさん人を殺しているのに。
ㅤ自分は心の何処かで、深夜が目覚めるのを待っているのか。本当は和解したいと思っているのだろうか。遥か昔のように、仲が良かった姉妹に戻りたいと――
(――違う!)
ㅤ真夜は勢いよく首を横に振った。綺麗にセットしていた髪が少し乱れる。
(そんな訳ないじゃない……私達は憎しみあっていたんだから)
ㅤ唇をきゅっと歪め、複雑な笑みを浮かべる。そして、深夜に語りかける。
「そうよね? 酷い姉妹だわ、私達……」
ㅤもちろん、返事は無い。だから、勝手に返事を考える。そうして、真夜は1人で納得して頷く。3年もの間、彼女はここへ来るたびに何度も何度もそれを繰り返していた。
「また、来るわ」
ㅤそう言い残し、真夜は姉の元を去る。今日も殺せなかった……と思いながら。