ㅤあの戦争――横浜事変のあと、国内に九つあるすべての魔法科高校は休校となった。
ㅤ妥当な判断だろう。その時はしっかり気を持っていた生徒達が、帰還後にPTSDになってしまう事例も多発している。このまま魔法実習を強行すれば、ドロップアウトが増えてしまう。つまりは、魔法力の喪失だ。
ㅤとはいえ、おれはそういう状況とは無縁だ。生まれが生まれだからだろう。「死」の第四研と戦場、どちらの空気もさほど変わらない。
ㅤ休みなのをいいことに、一日中ベッドでダラダラと過ごす。HARの設定を弄って、食事を枕元まで持って来させれば完璧。優雅な休日とはこのことだろう。
「……そういえば。叔母様の容態はどうなのかな」
ㅤすることが無いと、考え事ばかりしてしまうものだ。記憶がぐるぐると巡って――叔母様に呼び出された日のことを思い出していた。
◆
ㅤあの頃のおれは中学一年生だったが、ずっと四葉の村に住んでいた。
ㅤというのも、津久葉家がおれの世話に匙を投げて以降、第四研で寝泊まりすることが常となっていた。研究所にいた理由は簡単で、本家の邸宅には足を踏み入れることを許されなかったから。また、分家との繋がりが薄い為に泊めてくれる親戚もいない。単なる消去法である。
「――夜久様。御当主様がお見えになられています」
「えっ?」
ㅤけれど、本当に珍しく――何なら、最初で最後だった――お母様がおれの住む部屋へやってきたことがあった。
「深雪さんと達也さんの演算領域に『
ㅤ部屋に入るなり、お母様はそう言った。
ㅤ端的な言葉だったが、すぐに理解できた。少し前から、「誓約」の魔法を練習するように言われていたから。第四研にある実験体で何度か試し、その全てを成功させていた。その結果を見て、おれを認めてくれたのだろう。
「やってくれる?」
ㅤ一も二もなく頷いた。お母様のお願いならば、おれは何だってやる。たとえ、それがどんなに非道なことであっても。
「ありがとう。私は良い息子を持ったわ」
ㅤ微笑んだお母様は、とても優しい声で言う。
ㅤだけど、すぐに能面みたいな表情になった。一瞬の幻のようなそれ。本心なのか、嘘なのか。誰も答えを教えてはくれない。
(どうして、こんな魔法で生まれちゃったんだろう)
ㅤ何度も考えたことだ。「
「……じゃあ、お願いするわ――この子達よ」
ㅤ部屋のドアが開いて、2人の人間が入ってくる。これが、従兄妹達との初めての邂逅だった。
「お前が夜久か」
ㅤ兄の方が最初に口を開いた。見れば分かることを一々確認するのか、と思いながらも返答する。
「あぁ、そうだよ」
「そうか」
ㅤ会話はそれだけだった。妹の方は何も言わない。ただ、おれを静かにじっと見つめるのみだ。
ㅤ2人を部屋の端に並んで座らせる。おれはCADを手に取り、彼らの魔法演算領域に向けて「
ㅤおれにとっては、見慣れた景色でもある。たいして苦労もせずに、演算領域を閉じてしまえた。
ㅤやったことは簡単だ。まず、達也の魔法演算領域の形を一部変えて、深雪の魔法演算領域と繋ぐ。それによって、2人の無意識領域で決定される変数が同期できる。すると、深雪は達也の演算領域内も自分の変数で定義が可能だ。そして、魔法を制限する術式で、達也の「分解」に制限を掛ける。
ㅤたったそれだけのことであり、この一連の工程を一つの魔法式で集約している。おれが魔法を維持する限り、彼らの演算領域は封印されるのだ。
「終わったぞ。さっさと帰ってくれ」
ㅤおれはそう言って、彼らに背を向けた。兄妹が部屋から去っていく音が聞こえる。もう出て行っただろうと思い、そっと振り向く。
「……お母様?」
ㅤ一緒に戻ったと思っていたのに、お母様はまだ部屋にいた。何も言わずに、こちらへと近づいてくる。
「いい子ね。……その魔法、絶対に終わらせてはダメよ?」
ㅤ白くて冷たい手が、おれの頬を柔らかく撫でる。今、すごく親子みたいだと思った。
「うん」
ㅤやっぱり、嘘でもいいや――だけど、思うのだ。
ㅤ仮初の愛でこんなに嬉しいのなら、本当の愛はどれほど素晴らしいものなのだろう?
◇
ㅤけれども、おれに「誓約」の魔法式を学ばせていたこと。そして、その魔法を行使させたこと。それらは、本来の術者――叔母様の死期が近いことを意味していたのだ。それから1ヶ月もしないうちに、叔母様の病状はひどく悪化したらしい。何度か、使用人達が噂しているのを耳にした。
ㅤある日のこと。急に「深夜様が会いたいと仰られている」とメイドに言われた。
(それにしても、叔母様が何の用なんだろう)
ㅤ伊豆にある四葉の別荘へ向かう車に乗りながら、おれはそんなことを考える。今まで特に叔母様と関わりがあった訳でもない。お母様とよく似てはいるが、全くの別人。特に思い入れは無かった。
ㅤ別荘は山奥にあるから、車でもとても時間が掛かる。最初は起きていたけれど、眠くなって寝てしまった。だから、何時間移動したのかは分からない。気づけば、もう目的地であった。
「……こんにちは。叔母様」
ㅤ通された部屋に入ると、叔母様はベッドの上で起き上がっていた。本を読んでいたらしい。サイドテーブルには、栞の挟まった文庫本が置かれていた。
ㅤガーディアン――元々担当していた桜井穂波が死んだ後、後任の者が送り込まれた――は部屋に居なかった。おれは身内であるし、問題無いと判断したのかもしれない。それとも、叔母様が「入らなくて良い」と言い含めたのか。
「来てくれたのね」
ㅤ叔母様は椅子を指差した。座れ、ということらしい。
「……真夜は元気かしら?」
「さぁ、あんまり会わないから……」
ㅤ沈黙がこの場を支配する。こういうことは言っちゃいけないのだろうか。
「そうだったわね――貴方は私の魔法を引き継いでいるんだから」
ㅤそして、私の犯した罪も。叔母様はそう続けた。
「犯した、罪?」ㅤ
「私はね……自分の魔法で、真夜の記憶を全部意味のないものにしちゃったの。良かれと思ってよ? でも、それは間違いだった」
ㅤ事情は何となく知っていた。けれども、叔母様本人の口から直接聞いたのは初めてだ。
「……真夜は、決して私を許しはしないわ。だけどね、いつかあの子が貴方を愛すことが出来るようになれば。少なくとも……私の魔法を許してくれたことになるの」
ㅤおれを通して、叔母様はお母様を見ていた。
「だからね、貴方が生まれてよかった。私の命が尽きても、精神構造干渉魔法は無くならない。これからも、真夜と向き合えるから……」
「……ふざけるなっ!」
ㅤ叔母様に限らず、みんな一緒だ。誰もが、精神構造干渉を「四葉深夜の魔法」と言う。
ㅤでも、精神構造干渉は誰かから貰った訳では無い。確かに、この魔法によって多くの哀しみを抱えていてる。もっと他の魔法だったら、と思わない日はない。それでも、「夜久」という人間を確立するアイデンティティだから――
「――おれの魔法だ!」
ㅤある考えが、頭をもたげた。
ㅤ叔母様から魔法が消えてしまえば……皆、おれを否定するようなことを言わないんじゃないんだろうか? 無意識にCADをポケットから取り出す。
「CAD!? 貴方、まさかっ!」
ㅤ起動式が演算領域を回り、魔法式として投射される。
ㅤ精神構造干渉魔法「マギ・インテルフェクトル」。発動したそれは、叔母様の「魔法師としての人生」を消し去った。
「どうして……」
ㅤおれは呟いた。どうして、こんなことしてしまったんだろう。あまりにも突発的で、意図したことではなかった。叔母様は想子に酔ったのか、頭を抑えている。
「――奥様! どうされましたか!?」
ㅤ勢いよくドアが開き、泡を食った様子の女性が転がり込んできた。間違いなく、深夜のガーディアンだ。
ㅤやってきたということは、魔法を発動したのはバレている。もはや、言い逃れはできない。
「心配しないで、莉子。私が頼んだことだから」
ㅤ最初に口を開いたのは、叔母様だった。
ㅤおれは目を丸くする。そんな事実は、全くもって存在しないのだ。
「ですが……」
「私が言ってるのよ。納得できない?」
「いえ……」
ㅤ莉子――彼女は「桜シリーズ」第一世代の桜宮莉子という――は、はっきり言い切られると反論出来なかったようだ。どうすることも出来ず、彼女は部屋から出て行った。
「――さて。やってくれたわね」
「ごめんなさい……」
ㅤ謝って済む問題でない気はしたが、素直に謝罪をした。
「でも、私には勇気がなかったんだわ……。死んでしまうことで、真夜の弾劾から逃げるつもりだった。自分の問題なのにね」
ㅤポツポツと叔母様は話し始める。懺悔の言葉だった。
「いずれは……全部向き合わないと。――あのね、夜久さん。これだけは聞いて? 真夜が子供を作れるかもしれない、って聞いた日……本当に嬉しかったのよ」
「あの子が良い母親になれなかったのは、きっと私のせいね。姉なのに、見本を見せてあげられなかった」
「深雪のこと、魔法以外で褒めてあげたことがあったかしら。どうして、今まで気づかなかったのかしらね?」
「どうだって良くは無かった。だけど、あれくらいキツく当たらないと、周囲は納得しなかったわ。ガーディアンという立ち位置があって、ギリギリ保たれる均衡なの」
ㅤ長い話だったし、感情のままに話題が転換していく。
ㅤおれは黙って、その全てを聞いた。合いの手を入れるのは無粋だと思ったから。
「――貴方が生まれてきて、本当に良かった」
ㅤ先程聞いた言葉と似通ってはいたが、重みが違った。
「これからも辛い思いをさせるでしょうけれど……真夜に思い出を作ってあげて。それができるのは、貴方しか居ないの」
「叔母様……」
「私が話したこと……誰にも内緒よ。そして、今日のことも内緒。私が生き延びる為に望んだことにするわ」
ㅤそうして、叔母様は優しく微笑んだ。涙を流しながら、おれも笑った。
◆
「……思い出、出来てるのか?」
ㅤ高校生になって、色々なことがあった。
ㅤ一高の退学に、三高への転校。三高での九校戦優勝など。おれにとっては、印象的な出来事であるだろう。けれど、お母様にとっての思い出になるのか。
ㅤだが、叔母様の願いだ。奪ってしまった思い出を埋めることで救ってあげて欲しい――そう言われたら、やるしかない。
「――あっ、電話鳴ってる」
ㅤ端末に着信が入っていたことに気づく。布団の中で音が籠っており、聞こえにくくなっていたのだ。
「もしもし」
『夜久、起きてるか? どうせ、暇してるだろ? ウチの家でゲームしないか? ジョージと武倉も来てる』
ㅤスピーカー越しに一条の明るい声が聞こえた。
「まぁ……行ってやってもいいぞ」
『何なんだ。夕飯までに来いよ。待ってるからな』
ㅤそこで、通話は切れた。さて、今から行くべきなのか。夕飯までにということは、ご飯を食べていけということだ。
ㅤ一条家の食事をご相伴に預かることは何度かあった。当主夫人の一条美登里が腕を振るって作る料理は、味が良くてとても美味しい。理澄や吉祥寺は「研究所の食堂はマズいから」という理由で、かなりの頻度で食べに来ていた。
「HARで調理できる料理には限りがあるし……。たまには、違うものが食べたい気もするな」
ㅤ布団から出て、服を外出用のものに着替える。鞄に荷物を適当に詰め、玄関の扉を開けた。
「……ねぇ、叔母様。今、おれはあんまり辛くないよ」
ㅤ夕焼け空を見上げて、おれは呟く。
ㅤ決して幸せではないし、お母様は未だに向き合ってくれない。それでも、悲しみを偶に忘れられる時がある。
ㅤ三高の皆で食事をする時。一条達と一緒に遊ぶ時。理澄のくだらない悪巧みに渋々付き合う時――自分自身の悩みが不意に消え去るのだ。
(お母様にも、そんな時があるのかな)
ㅤあって欲しい、と願う。一瞬でも……過去の苦しみから解放されて、それがお母様の安らぎになれば良い。
「――あっ、いたいた! おーい!」
ㅤ急に大きな声が聞こえた。目を向けると、理澄と一条、吉祥寺の姿が。
「散歩がてら、ヤクを迎えに来たんだ。ゲームも疲れてきたし」
「何のゲームやってたんだ?」
「VRのシミュレーションゲームだ。ジョージが知り合いの教授から貰ってきたらしい」
「魔法で街を破壊するゲームだよ。監修していたのに横浜のアレで発売延期になったから、ってモニター代わりにくれた」
ㅤ確かに、そんなゲームを今発売したら世間から非難轟々だろう。
「面白そうだな。おれもやりたい」
「言うと思った」
ㅤ一条の家に向かって、皆で歩き始める。夕陽はもうすぐ沈みそうだ。暗くなる前に、と早足で歩いた。
深夜のガーディアンはオリジナルの「桜」シリーズ。裏設定では、前作で主人公のメイドだった「桜宮菜子」の血縁上の母親に当たります。