魔法科高校の退学処分者   作:どぐう

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実質の追憶編かな……沖縄関係ないけど


今が思い出になるまで

ㅤあの戦争――横浜事変のあと、国内に九つあるすべての魔法科高校は休校となった。

ㅤ妥当な判断だろう。その時はしっかり気を持っていた生徒達が、帰還後にPTSDになってしまう事例も多発している。このまま魔法実習を強行すれば、ドロップアウトが増えてしまう。つまりは、魔法力の喪失だ。

 

ㅤとはいえ、おれはそういう状況とは無縁だ。生まれが生まれだからだろう。「死」の第四研と戦場、どちらの空気もさほど変わらない。

ㅤ休みなのをいいことに、一日中ベッドでダラダラと過ごす。HARの設定を弄って、食事を枕元まで持って来させれば完璧。優雅な休日とはこのことだろう。

 

「……そういえば。叔母様の容態はどうなのかな」

 

ㅤすることが無いと、考え事ばかりしてしまうものだ。記憶がぐるぐると巡って――叔母様に呼び出された日のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤあの頃のおれは中学一年生だったが、ずっと四葉の村に住んでいた。

ㅤというのも、津久葉家がおれの世話に匙を投げて以降、第四研で寝泊まりすることが常となっていた。研究所にいた理由は簡単で、本家の邸宅には足を踏み入れることを許されなかったから。また、分家との繋がりが薄い為に泊めてくれる親戚もいない。単なる消去法である。

 

「――夜久様。御当主様がお見えになられています」

「えっ?」

 

ㅤけれど、本当に珍しく――何なら、最初で最後だった――お母様がおれの住む部屋へやってきたことがあった。

 

「深雪さんと達也さんの演算領域に『誓約(オース)』を掛けてあげなさい」

 

ㅤ部屋に入るなり、お母様はそう言った。

ㅤ端的な言葉だったが、すぐに理解できた。少し前から、「誓約」の魔法を練習するように言われていたから。第四研にある実験体で何度か試し、その全てを成功させていた。その結果を見て、おれを認めてくれたのだろう。

 

「やってくれる?」

 

ㅤ一も二もなく頷いた。お母様のお願いならば、おれは何だってやる。たとえ、それがどんなに非道なことであっても。

 

「ありがとう。私は良い息子を持ったわ」

 

ㅤ微笑んだお母様は、とても優しい声で言う。

ㅤだけど、すぐに能面みたいな表情になった。一瞬の幻のようなそれ。本心なのか、嘘なのか。誰も答えを教えてはくれない。

 

(どうして、こんな魔法で生まれちゃったんだろう)

 

ㅤ何度も考えたことだ。「流星群(ミーティア・ライン)」を持っていたなら……それでなくても、物質構造に干渉できたならば。どうだったのだろう。仮にそうであれば、お母様はもっと態度が違ったのか。分からない。

 

「……じゃあ、お願いするわ――この子達よ」

 

ㅤ部屋のドアが開いて、2人の人間が入ってくる。これが、従兄妹達との初めての邂逅だった。

 

「お前が夜久か」

 

ㅤ兄の方が最初に口を開いた。見れば分かることを一々確認するのか、と思いながらも返答する。

 

「あぁ、そうだよ」

「そうか」

 

ㅤ会話はそれだけだった。妹の方は何も言わない。ただ、おれを静かにじっと見つめるのみだ。

ㅤ2人を部屋の端に並んで座らせる。おれはCADを手に取り、彼らの魔法演算領域に向けて「精霊の眼(エレメンタル・サイト)」を向けた。解像度が上がった精神構造の情報が、脳へとダイレクトに流れ込む。

ㅤおれにとっては、見慣れた景色でもある。たいして苦労もせずに、演算領域を閉じてしまえた。

 

ㅤやったことは簡単だ。まず、達也の魔法演算領域の形を一部変えて、深雪の魔法演算領域と繋ぐ。それによって、2人の無意識領域で決定される変数が同期できる。すると、深雪は達也の演算領域内も自分の変数で定義が可能だ。そして、魔法を制限する術式で、達也の「分解」に制限を掛ける。

ㅤたったそれだけのことであり、この一連の工程を一つの魔法式で集約している。おれが魔法を維持する限り、彼らの演算領域は封印されるのだ。

 

「終わったぞ。さっさと帰ってくれ」

 

ㅤおれはそう言って、彼らに背を向けた。兄妹が部屋から去っていく音が聞こえる。もう出て行っただろうと思い、そっと振り向く。

 

「……お母様?」

 

ㅤ一緒に戻ったと思っていたのに、お母様はまだ部屋にいた。何も言わずに、こちらへと近づいてくる。

 

「いい子ね。……その魔法、絶対に終わらせてはダメよ?」

 

ㅤ白くて冷たい手が、おれの頬を柔らかく撫でる。今、すごく親子みたいだと思った。

 

「うん」

 

ㅤやっぱり、嘘でもいいや――だけど、思うのだ。

ㅤ仮初の愛でこんなに嬉しいのなら、本当の愛はどれほど素晴らしいものなのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤけれども、おれに「誓約」の魔法式を学ばせていたこと。そして、その魔法を行使させたこと。それらは、本来の術者――叔母様の死期が近いことを意味していたのだ。それから1ヶ月もしないうちに、叔母様の病状はひどく悪化したらしい。何度か、使用人達が噂しているのを耳にした。

ㅤある日のこと。急に「深夜様が会いたいと仰られている」とメイドに言われた。

 

(それにしても、叔母様が何の用なんだろう)

 

ㅤ伊豆にある四葉の別荘へ向かう車に乗りながら、おれはそんなことを考える。今まで特に叔母様と関わりがあった訳でもない。お母様とよく似てはいるが、全くの別人。特に思い入れは無かった。

ㅤ別荘は山奥にあるから、車でもとても時間が掛かる。最初は起きていたけれど、眠くなって寝てしまった。だから、何時間移動したのかは分からない。気づけば、もう目的地であった。

 

「……こんにちは。叔母様」

 

ㅤ通された部屋に入ると、叔母様はベッドの上で起き上がっていた。本を読んでいたらしい。サイドテーブルには、栞の挟まった文庫本が置かれていた。

ㅤガーディアン――元々担当していた桜井穂波が死んだ後、後任の者が送り込まれた――は部屋に居なかった。おれは身内であるし、問題無いと判断したのかもしれない。それとも、叔母様が「入らなくて良い」と言い含めたのか。

 

「来てくれたのね」

 

ㅤ叔母様は椅子を指差した。座れ、ということらしい。

 

「……真夜は元気かしら?」

「さぁ、あんまり会わないから……」

 

ㅤ沈黙がこの場を支配する。こういうことは言っちゃいけないのだろうか。

 

「そうだったわね――貴方は私の魔法を引き継いでいるんだから」

 

ㅤそして、私の犯した罪も。叔母様はそう続けた。

 

「犯した、罪?」ㅤ

「私はね……自分の魔法で、真夜の記憶を全部意味のないものにしちゃったの。良かれと思ってよ? でも、それは間違いだった」

 

ㅤ事情は何となく知っていた。けれども、叔母様本人の口から直接聞いたのは初めてだ。

 

「……真夜は、決して私を許しはしないわ。だけどね、いつかあの子が貴方を愛すことが出来るようになれば。少なくとも……私の魔法を許してくれたことになるの」

 

ㅤおれを通して、叔母様はお母様を見ていた。

 

「だからね、貴方が生まれてよかった。私の命が尽きても、精神構造干渉魔法は無くならない。これからも、真夜と向き合えるから……」

「……ふざけるなっ!」

 

ㅤ叔母様に限らず、みんな一緒だ。誰もが、精神構造干渉を「四葉深夜の魔法」と言う。

ㅤでも、精神構造干渉は誰かから貰った訳では無い。確かに、この魔法によって多くの哀しみを抱えていてる。もっと他の魔法だったら、と思わない日はない。それでも、「夜久」という人間を確立するアイデンティティだから――

 

「――おれの魔法だ!」

 

ㅤある考えが、頭をもたげた。

ㅤ叔母様から魔法が消えてしまえば……皆、おれを否定するようなことを言わないんじゃないんだろうか? 無意識にCADをポケットから取り出す。

 

「CAD!? 貴方、まさかっ!」

 

ㅤ起動式が演算領域を回り、魔法式として投射される。

ㅤ精神構造干渉魔法「マギ・インテルフェクトル」。発動したそれは、叔母様の「魔法師としての人生」を消し去った。

 

「どうして……」

 

ㅤおれは呟いた。どうして、こんなことしてしまったんだろう。あまりにも突発的で、意図したことではなかった。叔母様は想子に酔ったのか、頭を抑えている。

 

「――奥様! どうされましたか!?」

 

ㅤ勢いよくドアが開き、泡を食った様子の女性が転がり込んできた。間違いなく、深夜のガーディアンだ。

ㅤやってきたということは、魔法を発動したのはバレている。もはや、言い逃れはできない。

 

「心配しないで、莉子。私が頼んだことだから」

 

ㅤ最初に口を開いたのは、叔母様だった。

ㅤおれは目を丸くする。そんな事実は、全くもって存在しないのだ。

 

「ですが……」

「私が言ってるのよ。納得できない?」

「いえ……」

 

ㅤ莉子――彼女は「桜シリーズ」第一世代の桜宮莉子という――は、はっきり言い切られると反論出来なかったようだ。どうすることも出来ず、彼女は部屋から出て行った。

 

「――さて。やってくれたわね」

「ごめんなさい……」

 

ㅤ謝って済む問題でない気はしたが、素直に謝罪をした。

 

「でも、私には勇気がなかったんだわ……。死んでしまうことで、真夜の弾劾から逃げるつもりだった。自分の問題なのにね」

 

ㅤポツポツと叔母様は話し始める。懺悔の言葉だった。

 

「いずれは……全部向き合わないと。――あのね、夜久さん。これだけは聞いて? 真夜が子供を作れるかもしれない、って聞いた日……本当に嬉しかったのよ」

「あの子が良い母親になれなかったのは、きっと私のせいね。姉なのに、見本を見せてあげられなかった」

「深雪のこと、魔法以外で褒めてあげたことがあったかしら。どうして、今まで気づかなかったのかしらね?」

「どうだって良くは無かった。だけど、あれくらいキツく当たらないと、周囲は納得しなかったわ。ガーディアンという立ち位置があって、ギリギリ保たれる均衡なの」

 

ㅤ長い話だったし、感情のままに話題が転換していく。

ㅤおれは黙って、その全てを聞いた。合いの手を入れるのは無粋だと思ったから。

 

「――貴方が生まれてきて、本当に良かった」

 

ㅤ先程聞いた言葉と似通ってはいたが、重みが違った。

 

「これからも辛い思いをさせるでしょうけれど……真夜に思い出を作ってあげて。それができるのは、貴方しか居ないの」

「叔母様……」

「私が話したこと……誰にも内緒よ。そして、今日のことも内緒。私が生き延びる為に望んだことにするわ」

 

ㅤそうして、叔母様は優しく微笑んだ。涙を流しながら、おれも笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……思い出、出来てるのか?」

 

ㅤ高校生になって、色々なことがあった。

ㅤ一高の退学に、三高への転校。三高での九校戦優勝など。おれにとっては、印象的な出来事であるだろう。けれど、お母様にとっての思い出になるのか。

ㅤだが、叔母様の願いだ。奪ってしまった思い出を埋めることで救ってあげて欲しい――そう言われたら、やるしかない。

 

「――あっ、電話鳴ってる」

 

ㅤ端末に着信が入っていたことに気づく。布団の中で音が籠っており、聞こえにくくなっていたのだ。

 

「もしもし」

『夜久、起きてるか? どうせ、暇してるだろ? ウチの家でゲームしないか? ジョージと武倉も来てる』

 

ㅤスピーカー越しに一条の明るい声が聞こえた。

 

「まぁ……行ってやってもいいぞ」

『何なんだ。夕飯までに来いよ。待ってるからな』

 

ㅤそこで、通話は切れた。さて、今から行くべきなのか。夕飯までにということは、ご飯を食べていけということだ。

ㅤ一条家の食事をご相伴に預かることは何度かあった。当主夫人の一条美登里が腕を振るって作る料理は、味が良くてとても美味しい。理澄や吉祥寺は「研究所の食堂はマズいから」という理由で、かなりの頻度で食べに来ていた。

 

「HARで調理できる料理には限りがあるし……。たまには、違うものが食べたい気もするな」

 

ㅤ布団から出て、服を外出用のものに着替える。鞄に荷物を適当に詰め、玄関の扉を開けた。

 

「……ねぇ、叔母様。今、おれはあんまり辛くないよ」

 

ㅤ夕焼け空を見上げて、おれは呟く。

ㅤ決して幸せではないし、お母様は未だに向き合ってくれない。それでも、悲しみを偶に忘れられる時がある。

ㅤ三高の皆で食事をする時。一条達と一緒に遊ぶ時。理澄のくだらない悪巧みに渋々付き合う時――自分自身の悩みが不意に消え去るのだ。

 

(お母様にも、そんな時があるのかな)

 

ㅤあって欲しい、と願う。一瞬でも……過去の苦しみから解放されて、それがお母様の安らぎになれば良い。

 

「――あっ、いたいた! おーい!」

 

ㅤ急に大きな声が聞こえた。目を向けると、理澄と一条、吉祥寺の姿が。

 

「散歩がてら、ヤクを迎えに来たんだ。ゲームも疲れてきたし」

「何のゲームやってたんだ?」

「VRのシミュレーションゲームだ。ジョージが知り合いの教授から貰ってきたらしい」

「魔法で街を破壊するゲームだよ。監修していたのに横浜のアレで発売延期になったから、ってモニター代わりにくれた」

 

ㅤ確かに、そんなゲームを今発売したら世間から非難轟々だろう。

 

「面白そうだな。おれもやりたい」

「言うと思った」

 

ㅤ一条の家に向かって、皆で歩き始める。夕陽はもうすぐ沈みそうだ。暗くなる前に、と早足で歩いた。




深夜のガーディアンはオリジナルの「桜」シリーズ。裏設定では、前作で主人公のメイドだった「桜宮菜子」の血縁上の母親に当たります。
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