黙ったままではいられない
ㅤ魔法科高校も、流石にずっと休校という訳にはいかない。スケジュールも詰まっているので、再開しないと一年で規定のカリキュラムを終えられないからだ。高等学校で学ぶ一般科目の上に、魔法系カリキュラムを上乗せしているので、どうしようもなくタイトな時間割なのだ。
ㅤ一般科目はライブ授業ではなく映像授業なので、動画を個人の端末へオンライン配信すれば何とかなる。けれど、魔法系はそうもいかない。魔法実技は学校の設備が必要だし、理論の授業動画は学内端末からしかアクセスできないのだ。だから、何とかして授業を開始させねばならなかった。
ㅤという訳で、三高も対面授業が再開した。家にいても暇だし、始まったことは大いに喜ぶべきことだ。
ㅤ登校準備をしていた朝のこと、葉山さんから映像通話が来た。リビングの画面に映像を映し出し、話しながら朝食を食べる。内容は「USNAに動きがある」ということだった。どうやら、四葉の縁者の存在についての真偽を判断する為らしい。要は、おれのことだ。
「USNA? それはまた変なところから」
ㅤジャムをたっぷり塗った食パンを齧りつつ、おれはそんな返事をした。
「七草か一条が使っているメールを覗き見されたのやもしれませんな。それを真に受ける、かの国もかの国ですが」
ㅤつまり、四葉の係累が第三高校に通っていることがバレたと。だが、葉山さんは割と落ち着き払った態度だったので、このことは許容範囲なのだと理解できた。
「留学生を送り込むそうですよ。しかも、交換留学でない大盤振る舞い。ここ最近の情勢では、あり得なかったことです」
ㅤ魔法師の海外への移動は原則禁止されている。過去には、「魔法因子の掛け合わせ」という目的で海外交流が盛んな時期もあった。けれども、亡命などのトラブルが多かった為に廃止されてしまったのだ。強い魔法師がいなくなるだけでなく、魔法技術も流出してしまう。それは、どの国も避けたいことであった。
「第三高校に?」
「魔法大学と第一高校、第二高校も対象だそうです。この辺りは、カモフラージュでしょう」
ㅤそう言ったあと、葉山さんは改めて居住まいを正す。
「――理澄様に対処をお願いしてはいます。とはいえ、スパイだからといって殺す訳にも参りません。そんな行動は余計に相手の神経を逆撫でするだけ……ですから、夜久様も『慎重な行動』を心掛けて下さいね」
「おれはいつだって慎重ですよ」
「それは良うございました」
ㅤ彼はニコニコした笑顔を崩さない。だけど、その完璧な表情管理の下では「信じられない」と思っているに違いなかった。今までのおれの行動を考えれば、無理もないことである。
「ところで、お母様は……」
「真夜様は、今日の師族会議の為にご準備されています。夜久様に直接お伝えすることが叶わない故、私がご連絡した次第です」
ㅤ本当はお母様が連絡しようとしてた、は明らかな嘘。でも、葉山さんが気を遣ってくれているのが分かるから、おれもわざわざ何か文句を言おうとは思わない。適当に礼を言って、通話を終えた。そろそろ、学校へ行かなくては。学校の近所に住んでいるから、1限目が始まるギリギリでも本当は大丈夫だ。けれど、専科――三高での一科生を意味する――では朝礼があり、遅れると反省文を書かされてしまう。それが嫌なので、ちゃんと真面目に通っている。
ㅤ教室に入ると、殆どの生徒が揃っていた。クラスメイトに「おはよう」と挨拶し、おれは教壇の前に立つ。皆が不思議そうな顔でこちらを見る。行動の意図が分からないからだろう。
「――USNAからウチにスパイが来るらしいぜ! 何かは知らないが、ここへ調査しにくるとかそういう話だ!」
ㅤ先程聞いたことを、おれはクラスで思い切り喧伝した。こんな面白い話、言わないでいられるだろうか? 理澄とはクラスが違うから、止められることもない。言いたい放題である。
ㅤおれの話を信じているかは知らないが、そういう話題を好戦的な三高生はとても好む。「一条を狙おうってのか?」だの、「よし、USNAと全面抗戦だ!」だの、教室はとんでもない大盛り上がり。途中で担任が入ってきたが、皆の話を聞いてそれに関連する話題へと変わった。朝礼そのものに遅刻したら怒るが、それ以外では非常にノリが良い担任なのだ。
「……ところで、津久葉。その話をどこから聞いてきたんじゃ?」
ㅤ四十九院が根本的な疑問を尋ねてくる。その質問を待っていた。とはいえ、「四葉からです」は普通にマズい。葉山さんに怒られる。
「理澄から聞いた。アイツ、情報通だからな」
ㅤクラス中の視線が集まる中、おれは良い笑顔でそう言い切った。
ㅤ今日の理澄は、三高中で質問攻めにされるに違いない。きっと、彼は頭を抱えることだろう。そして、お母様にもめちゃくちゃ怒られろ。
ㅤこれくらいしないと、今朝の嫌な気分は吹き飛びそうになかった。
◆
ㅤ横浜の一件についての対応、という名目で開かれた臨時師族会議はオンラインにて開かれた。本来ならば、魔法協会関東支部で行われる。けれども、まだ全システムを稼働できる状況ではない為にそれは取りやめとなった。
ㅤそして、今回の議題は「横浜事変における四葉家の隠蔽疑惑」について。九島家がいくつかの情報に基づいて出したものだ。だが、四葉家当主――四葉真夜は何とも余裕綽々であり、「結果的に対処できただけ」と堂々とした態度で開き直る。
「――では、四葉家に隠蔽の意図は無かったと?」
ㅤ九島真言の問いに、真夜は薄く笑みを浮かべたまま頷いた。
「えぇ。共有した資料を見て頂くとお分かりになられるかと思いますが、今回の話は春の一件に遡ります」
ㅤ他の当主達へ画面共有で見せたものは、反魔法団体「ブランシュ」の資料。
「魔法科第一高校内で暗躍していた『エガリテ』という組織の元締めが『ブランシュ』です。今まで特に大きな動きが無かった為、公安は静観していましたが……。今春、一高内が反魔法思想に塗り替えられる騒ぎがあり、検挙に動かざるをえなくなりました。そして、こちらに『依頼』を」
ㅤ実際のところ、その依頼を受けたのは「黒羽」だ。それを理澄がやりたがったので、黒羽貢は彼に実行役を任せたのだ。次期当主としての「実績」作りにもちょうど良かった。
「少し待ってくれ、四葉殿。関東地方、特に都内は七草家と十文字家の領分だろう。なぜ、貴家が?」
ㅤ七草弘一は軽く手を挙げて発言をする。それに対し、真夜は少し鼻を鳴らして反論した。
「そもそもの原因は、反魔法思想を持つ生徒と七草家との間で起きたトラブルではありませんか。七草家にこの件を任せると、遺恨が残る可能性があるというのが公安の判断でした。十文字殿も御子息が第一高校に通われていたので、同じ理由で避けたそうです」
ㅤトラブルと聞いて、苦虫を噛み潰したような顔をする弘一。彼にしてみれば、迷惑を被っただけなのにという思いが少しあった。
「まぁ、それは尤もだ……。けれども、そもそも十師族の戦闘行為は師族会議にて全ての家が共有すべきもの。なぜ、今まで明かさなかったのですか?」
ㅤ真夜の言葉に納得はしたが、十文字和樹はその中にある違和感を見逃しはしなかった。
「それは勿論、四葉家はその仕事を請けなかったからです。流石に十師族の縄張りに他の十師族が入るのはよろしくないでしょう? なので、結局どこが担当したのかまでは知りません」
ㅤ分家が請けた仕事は、本家の預かり知らぬこと。実態はともかく、書類上は全く血縁関係がないのだから。
「だけど、途中まで乗った話ですもの。気にはなるでしょう? なので、情報だけは集めました。すると、ブランシュの支援者に元『崑崙法院』関係者がいることが発覚しましたの」
ㅤ場の空気が一気に凍る。彼女の口から出た「崑崙法院」という単語。それは、「あの事件」を想起せずにはいられない。
「崑崙法院は我々四葉家と因縁が深い……事情を聞く為に捕縛できないか考えていました」
ㅤ作り物のような笑顔のまま、真夜は言葉を重ねる。
「――そして、いくつかのセクションにご協力頂けないか、とは声を掛けました。それだけのことですわ」
「……事情は分かります。それに四葉殿のお気持ちを考えれば、少しばかり無茶をしてしまうのも仕方ありません。だが、海軍はいささか大袈裟すぎやしませんか?」
ㅤ十師族内でも比較的四葉寄りの立ち位置を取っている六塚温子が、真夜に寄り添いながらも言うべき苦言はきちんと呈した。
「海保が信用出来なかったからです。横浜事変においても、明らかな不審船を見逃しています。彼らの仕事ぶりには問題があることは明らか。――それに、海保の方にも以前に一度お声掛けしていますのよ。その時は、ターゲットに国外逃亡されましたが」
ㅤこれでも信用できるか?という問いに、誰も答えられない。
「内部で何か問題が起こっている可能性がある、か……」
「やはり華僑との繋がりが出来てしまっているのでしょう」
「海保だけでないのではないか? 他にもあるはずだ」
ㅤもはや、四葉家よりも別のことへ問題は移ってしまった。とはいえ、そっちの方が大事なのだ。
ㅤ最終的には、疑わしい組織内の浄化の為に情報を精査して、対処に当たってもらうということで、師族会議は決着がついた。
◇
「――というのが、師族会議であったことだ」
ㅤ一条家当主の一条剛毅は、息子の将輝に事の次第を伝えていた。
ㅤつまり、四葉家は自分達の用事の為に独自で動いていたこと。そして、それが偶然にも横浜事変の役に立ったこと。また、発覚した深刻な内部腐敗の問題のこと。これらによって、四葉は「十師族に相応しい行動をしていたか?」という糾弾を全て躱し切った。
「いつも思うが……言い訳が上手いな、四葉って」
「そういうことを考える担当が居るのかもしれない。昔は七草殿の方が口が上手かったんだが……」
「一高の件を出されると、やっぱり分が悪いか」
ㅤ七草の面子が潰れた、という理由で1人の生徒が退学処分になったのだ。もちろん本人だって悪いし、一高側の非常に杜撰な対応など、様々な事情が噛み合った結果ではある。とはいえ、七草家はこれらが関係する話題で強気に出れない。
「ところで、どうだ? 彼らの様子は。特に、四葉殿の息子じゃない方だ」
「夜久は分かるが、武倉も? アイツはエクストラの家系なだけだろ?」
「いや……あの後に、改めて調べたのだがな。武倉という家は、魔法技能開発研究所由来では無かった。遡れば百家のどこかに辿り着くらしい、程度の家だ」
ㅤ武倉に限らず、四葉の分家は「百家支流」レベルの家柄に偽装している。数十年前まで遡って、家系図などを弄ってあるのだ。そこまでしないと、出自を隠すということにならない。
「ただ、息子の理澄は養子らしい。だから、十七夜家の令嬢と同じなのかもしれないな」
ㅤ四葉家次期当主になる可能性のある分家の子供達は、皆「養子」という形で戸籍に登録していた。もしも当主に選出された際に、四葉の血を引く家として世間にバレると大問題だからである。
「なるほど」
「ただ、武倉というのは『業界』では有名な家ではある。要は、何でも屋ってやつだ。武器ブローカーの三矢に海外の顧客を紹介したりとかな。他にも政治献金をかき集めたり、広告代理店の真似事をしたり。何かと多方面に顔が広い」
「……確かに、夜久の戸籍を作ったと言っていたしな」
「四葉も厄介だが、ああいう手合いも別の意味で厄介だ。あまり気にしすぎることは無いが、心の何処かに留めておけ」
ㅤ剛毅はそう言って、息子との話を締めくくる。けれど、将輝の方はまだ父親に言いたいことがあった。
「悪いが、親父……もう少し、話しても良いか?」
「何だ?」
「その武倉が、『USNA政府が各魔法系教育機関に留学生を送り込むらしい』という情報を掴んでいる。親父は何か知らないか?」
ㅤ剛毅は難しい顔をして、黙り込んだ。たっぷり数分は時間を使い、再び口を開く。
「正直な話……それは初耳だ」
「俺も単なる噂話だと思っていたんだが、今の話を聞いて……ちょっと、な」
「確かにな。一応、少し調べておく。……言ってくれてありがとう、将輝」
ㅤその情報が本当ならば、かなり大変なことだ。臨時師族会議の開催を魔法協会へ要求することも視野にいれねば――そう考えつつ、剛毅は将輝に頷きかえした。