魔法科高校の退学処分者   作:どぐう

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ロスト・センチメンタル

ㅤ三高にUSNAのスパイがやってくる――そんな話は、二学期の終わりに留学生を受け入れるという告知があったことで現実味を帯びた。とはいえ、冬休みを挟むので噂も沈静化するだろう。元はと言えば、おれが撒いた種ではあるのだが。

 

ㅤ冬休みも普段の休みと同じように、皆で集まって遊んだ。また、夏と違って宿題の免除は無い。問題集を終わらせる為に、通話を繋いで宿題を進めたりもした。

ㅤそして、正月。朝早くから、初詣の為に神社へと赴いた。空気が冷たくて、口から吐く息が白くなる。

 

「めちゃくちゃ寒い!」

「そうだね。だけど、雪が降らなくて良かったよ」

 

ㅤ一緒にいるのは吉祥寺だけで、一条と理澄はここにいなかった。

ㅤ理澄は四葉家の慶春会に参加する為、大晦日の数日前に帰省している。「一年で一番お小遣いが貰える日だから行かないとね」と、本人は嬉しそうに言っていた。そして、一条は家で客人をもてなす仕事に駆り出されていた――どうやら、一条家では多くの客人を迎えて、新年のお祝いを盛大にするらしい。一応誘われはしたのだが、流石に断った。

ㅤそれに、おれは寝正月の方が馴染み深い。慶春会は出禁になっていたからだ。

 

「吉祥寺は良かったのか? 一条の家でお祝いしなくて」

「大晦日と正月は、研究室のみんなでテレビを見るくらいでちょうどいいんだ。のんびりしたいしさ」

 

ㅤ彼も似たような理由で、一条の誘いを断っていた。という訳で、2人だけで神社へと足を運んだのである。

ㅤ賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らす。二礼二拍手一礼。もちろん、願うのはただ一つ。

 

「何をお願いした? 僕は研究が上手くいきますように、だけど」

 

ㅤその問いに、「お母様と仲良くなれますように」だと正直に答えた。嘘をつくと、願いが遠のく気がしたから。

 

「お母様、って呼んでるんだ。意外」

「笑うなよ。おれは結構良い生まれなんだぞ」

「そうだね……でも、親がまだ生きてるだけで羨ましいよ」

 

ㅤそういえば、中学生の時に吉祥寺は佐渡島に住んでいたと前に聞いた。その頃は、佐渡侵攻が起きた時期とぴったり一致する。彼の親は、新ソ連兵に殺されてしまったのだろう。

ㅤ返すべき言葉を見つけられなくて、石畳にある亀裂の数をただ数えた。

 

「……悪いな」

「ううん。それによって、人生で最高の相棒と出会うことになった。その運命を掴む為には、両親の命すら差し出さねばならなかったのかもしれない……だけど、たまに考えるんだ。佐渡侵攻が無かったら、どんな生活をしてたかなってね」

 

ㅤ湿っぽい空気になってしまった。とはいえ、この状況で急に空元気を出すのも変だ。黙りこんで、境内を歩く。

 

「……あの人、とても目立ってるね」

 

ㅤあちらも沈黙に耐えかねていたのだろう。吉祥寺がそっと話しかけてきた。

ㅤ彼の視線を辿って目を向けると、怪しげな金髪碧眼の少女がいた。キョロキョロと周りを見渡す行動も怪しいのだが、何より参拝者らの目を引くのはその服装だ。今どき誰が着るのか、というようなミニ着物を彼女は着ていた。

 

「何だ、コスプレ撮影か?」

「それにしては、カメラマンが見当たらないけどね」

 

ㅤじっと見ていると、不意に目が合った。その途端、少女は急に走り出す。「見つかった!」と言わんばかりの態度だ。

 

「追いかけてみるか」

「えぇ!?」

 

ㅤおれと吉祥寺は走って、少女の後を追う。逃げられてしまうことは無かった。何故かと言えば、彼女は履いていた高いヒールのせいで、地面にすっ転んでいたからである。

 

「大丈夫か?」

 

ㅤ手を差し出してやると、少女はヨロヨロと立ち上がる。

 

「……ありがとう。助かったわ」

 

ㅤそう言って、彼女は澄ました顔をする。勝手に逃げて勝手に転んだだけなのに、その事実は元から無かったことにしたらしい。

 

「私はアンジェリーナ=クドウ=シールズ。最近、日本へ来た留学生よ。長いから、リーナで良いわ」

「もしかして、君は第三高校に……?」

 

ㅤ留学生という言葉で、吉祥寺がそう尋ねる。

 

「えぇ、そうよ」

 

ㅤ少女――リーナはあっさりと頷く。

ㅤ第三高校へ留学してくる人間、つまりはUSNAのスパイだと言うことだ。しかし、スパイにしては詰めが甘すぎやしないか。こっちが心配になるレベルだ。

 

「新学期はよろしくね」

 

ㅤその呑気ぶりに、何だか気が抜けてしまう。

 

「あぁ、こちらこそ。まぁ、三高は良いところだぜ」

 

ㅤ少なくとも、それは本当のことだ。スパイの任務があったとしても、彼女は楽しめるのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ正月も瞬く間に過ぎ、三学期がスタートした。

ㅤ何とか宿題も提出出来たので、おれはホッとする。問題集がやけに多くて大変だった。理澄はギリギリまで終わる気配が見えなかったようで、四葉本家の屋敷で部下に宿題を手伝って貰ったらしい。その部下の人も可哀想だ。

 

「――津久葉。どう見ても、あんな可愛い子がスパイの訳無いだろ……」

 

ㅤおれ達の視線の先には、三高制服を着た金髪の少女――アンジェリーナ=クドウ=シールズの姿が。生徒会役員に連れられて、校内を案内してもらっているようだ。

 

「知らねぇよ。おれだって、聞いた噂を言っただけだ」

 

ㅤクラスメイトの言葉に、おれは投げやりに答える。

ㅤ今の三高を賑わすのは、もちろん留学生の話題。USNAからやってきたリーナは、あっという間に校内のマドンナとなった。綺麗な顔立ちなのだが、髪型がツインテールであり、それが親しみやすさにもなっている。

ㅤ一色と一緒に並べば、金髪ツインの揃い踏みになるかと思いきや、あちらは最近髪を切ってショートボブに変えた。なので、髪型被りを見ることは叶わない。

 

「ジョージと夜久は、正月に一度会ったんだよな? アンジェリーナ=クドウ=シールズさんだ」

 

ㅤ昼休み。食堂のテーブルで待っていると、一条がリーナを連れてきた。理澄と吉祥寺を含め、5人で食事をする。

 

「USNAか……。海外なんて行ったことないから、想像もつかないや」

「魔法師の海外渡航は禁止されてるからね。国外の魔法研究者ともオンラインでしか会ったことないよ」

「それにしても、スパイが来るかもみたいな噂があったけど……全くそんなこと無さそうで、本当に良かったよ。武倉、お前どこから聞いてきたんだ」

「家の取引先。流石にソースは言えない」

「どうせ、変なデマ雑誌の記者だろ。それかインターネットの掲示板」

 

ㅤ理澄は真面目くさった顔で答えるのを、おれがわざと混ぜっ返し、ネタに変えて終わるはずだった――リーナが動揺した態度を見せるまでは。

 

「どうした、リーナ? 調子悪いのか?」

 

ㅤそう尋ねると、彼女は慌てて表情を取り繕う。

 

「いえ。まさか、私がスパイと言われてるなんて思わなくて……」

「変なことを言って、ごめんなさい。三高生は、そういうくだらない話題で盛り上がりがちで……嫌な思いをしないように、皆にもそれとなく釘を刺しておくよ」

 

ㅤ一条がそうフォローしたことで、その場は丸く収まった。彼女も「気にしてない」と言ってくれたので、話題を他のものに変えて、また和やかに昼食は進んだ。

 

「リーナって、九島閣下の親戚なの?」

「それ、さっきも聞かれたわ。日本ではとても有名なのね。……そうよ、私の祖父がクドウ将軍の弟に当たるの」

 

ㅤ日本では常識――十師族当主の名前くらいは何となく知っている――の十師族の枠組みも、海外ではそう有名ではないらしい。

 

「そういう縁もあって、私に留学の話が来たみたい。日本語も少しは話せるし」

「なるほどな」

 

ㅤカバーストーリーとしては、それなりに出来ている。感心していたら、理澄と目が合った。どうやら「後で話がある」と言いたいようだ。

 

「ところで、リーナは今どこに住んでるんだ?」

「学校の近くのマンスリーマンションよ。家具や家電が全部揃ってるから、すぐに住めて良かったわ。初めて来た国で、買いに行くのは大変だものね」

 

ㅤ現代の物件であれば、HARが元々入っているのが殆どだ。それにHARの性質上、家電や家具もセットになっている。わざわざ別々には導入しない。こんなことは一般常識だ。それはきっと向こうの国でも変わらない。

ㅤやはり、リーナは普通の生活をしていないのではないか。スパイ……にしては微妙なところだが、何か特殊な事情を抱えているのは間違いなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ放課後。おれは理澄に呼び出されて、校内の男子トイレに来ていた。流石にリーナも入ってこれないからだ。遮音シールドを張り、端でコソコソ会話する。

 

「――十中八九、彼女が『アンジー・シリウス』だね」

「シリウス、って……あの?」

 

ㅤアンジー・シリウス。USNA軍最強の魔法師部隊「スターズ」の総隊長であり、国家公認戦略級魔法師「十三使徒」の1人。

 

「うん、そのシリウス」

「とてもそうは見えないけどな……」

「スターズの総隊長は純粋な魔法力のみで決まる。まぁ、それでもあの若さは異例だけどね」

「いや、見た目の話だよ」

 

ㅤどう見ても、あんな見た目の軍人がいれば騒ぎになるだろう。どこからどう見たって、未成年にしか見えない。

 

「あぁ……それね。多分『仮装行列(パレード)』を使って、姿を変えているんだと思うよ。九島の秘術があちらでも伝わっているのだろうね」

「だが、なんでそんな大物をわざわざ? 本業がスパイの奴、いくらでもいるだろうに」

「簡単なことだよ。四葉というアンタッチャブルでも、『ヘビィ・メタル・バースト』を打ち込めば死ぬだろ」

 

ㅤそんなアメリカンジョークみたいな気分で考えているのか。確かにそんなもの撃たれたら、おれだって普通に死ぬ。というより、別に戦略級魔法じゃなくたって死ぬだろう。

 

「暗殺が目的なのかね」

「最悪の場合はそうだろう。けど、恐らくは拉致が第一目的。……という訳で、僕がヤクの護衛役として暫くは一緒だ」

「護衛って言ったって、学校の外はどうするんだよ。常に一緒にいたら余計変だろ」

 

ㅤそうなると、理澄と四葉との関係が露呈するかもしれない。それはそれで問題になる筈だ。

 

「……ょそうするんだよ」

 

ㅤ理澄がモゴモゴと小さな声で言う。聞き取れなかったので、「なんて?」と聞き返す。

 

「だから! 女装するんだよ!」

 

ㅤ女装……この男がやるのか。面白過ぎるだろう。想像するだけで面白い。

ㅤおれは腹を抱えて大笑いする。呼吸困難になりそうだった。

 

「――で? その時の名前は? 理澄のままじゃ、意味ないだろ」

 

ㅤ散々笑ったあと、おれは話を本筋に戻す。理澄は憮然とした顔のまま、その問いに答える。

 

「メロディ。黒羽と仕事をする時に使うコードネームなんだ」

「コードネーム、ねぇ……あそこらしいセンスだ」

 

ㅤ黒羽の双子、その弟の方も女装させられているのではなかったか。黒羽家当主の趣味が終わっているような気がしてきたが、そうではなく多分「プライバシー保護」なのだろう。それに弱そうな見た目の方が、敵の油断も誘える。

 

「家にいる分には大丈夫だと思うよ。特にヤクの住む地域は学生街だ。夜も明るいし、戦闘には不向きだと思う」

「じゃあ、人気の少ないところに行けば良いんだな」

 

ㅤ理澄は嫌そうな顔でため息を吐いた。

 

「そう言って、首を突っ込もうとするからさ……僕が女装してまで、お前と一緒に行かなきゃダメなんだよ」

「嫌なら来なくてもいいぜ」

「放っておいたら、『マギ・インテルフェクトル』を使うでしょ。そんなもの、ホイホイ使われちゃ困るの。しかも、USNAの魔法師相手に」

 

ㅤ早々に切り札を封じられてしまった。あれを使えないとなると、攻撃手段は放出系に絞られてくる。

 

「横浜事変の時はさ、ゴタゴタしてたから……魔法の詳細は特に周囲に分からないけど。実際、僕も『ワルキューレ』を使ってる」

「へぇ、使ってたのか」

「固有魔法は組み上がるスピードが速いからね。――って、そろそろ戻ろうか。ずっと居座るのも変だ」

 

ㅤ密談を終えて、トイレから出る。ここまでしなければならないのは面倒だ。けれども、今のおれにはUSNAの監視が付いているのだろう。しかし、拉致は流石に嫌である。お母様と本当に別れてしまうではないか。だけど、おれは一つ気になることがある。

ㅤもしも、おれがUSNAに連れ去られてしまったら――四葉は総力を挙げて、迎えに来てくれるのだろうか。一国を滅ぼしてくれるのだろうか。

 

(答えはもう分かりきってるか)

 

ㅤそんなセンチメンタルな感情は、今の四葉にはもう存在しないのだろう。残っているのは、過去の苦しみと後悔だ。

 

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