魔法科高校の退学処分者   作:どぐう

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合理的よりも感情的に

ㅤリーナは自分の住むマンションに戻ってすぐ、同居人――生活面でバックアップをしてくれている、シルヴィア・マーキュリー・ファースト准尉に弱音を吐いていた。

 

「もう、私は無理です……。だって、『スパイ』って学校中で言われてるんですよ! 本国の情報統制が失敗しているとしか思えません!」

 

ㅤテーブルに突っ伏して、メソメソするリーナ。

ㅤたくさんの不安を抱えて、異国にやってきたのだ。そして、いきなりのスパイ呼ばわり。当たっているだけに、偶然だと笑い飛ばせない。もうターゲットにバレているのではないだろうか……そんなことも頭を過ぎる。

 

「流石にあり得ませんよ……。気にせず、堂々としていたら大丈夫ですよ」

「シルヴィは行ってないから、そんな呑気なことが言えるんです……! もし本当に露呈しているなら、大事なんですからね!」

「いや、あの『ヨツバ』なのですよ? 我々の動きを知っているなら、とっくに動いている筈です。けれども、襲撃なども今のところはみられません。情報漏れは無いと見るべきでしょう」

 

ㅤアンタッチャブルとまで言われる、あの悪名高い四葉家である。なのに、特に動きは見られない。つまり、まだ気づかれてはいない。シルヴィアはそういう論理で、リーナを元気付けた。

 

「そうですよね……。ごめんなさい、なんだか弱気になっていたみたい」

「一気に環境が変わりましたからね。仕方ないです。……もちろん、リーナがちょっぴり子供なのも理由にありますけど」

「ちょっと!」

 

ㅤシルヴィアは慰めだけではなく、からかいの言葉も混ぜてきた。リーナは不満げに頬を膨らませ、唇もツンと尖らせる。

 

「もう、そういうところですよ。――ところで、ターゲットはどんな感じでしたか? 『夜の女王』の息子でしょう?」

 

ㅤこのまま拗ねていたら、話も進まない。それはリーナも理解していたから、彼女は素直に問いに答えることにした。

 

「……彼、本物なのですかね? あまりにも『らしくない』というか……実力を隠しているようにも見えなくって」

 

ㅤその感想を抱いたのは、午後の歓迎会を兼ねたレクリエーションのとき。一年生達で魔法を使ったミニゲームを行ったのだ。そのゲームは「単純な移動系魔法で金属製ボールの制御を奪い合う」という簡単なルール。リーナは持ち前の高い魔法力で、十師族直系の一条将輝と互角の戦いを繰り広げた。けれども、ターゲットの夜久相手には彼女がまさかの全勝。心から悔しそうに――怒ってCADを叩きだす夜久を見て、拍子抜けしてしまったのである。

 

ㅤ実際、四葉直系の割に夜久の演算能力はそれほど高くない。深雪や理澄どころか、新発田勝成にも劣るレベルだ。精神に関する魔法に魔法演算領域のリソースを多く割いている為、他の分野に関しては「優秀な魔法師」の範疇に留まる。だから、フラッシュ・キャストの併用などの搦め手を使うならばともかく、単純なスピード・干渉力の勝負ではどうしようもない。

 

「ペンタゴンの調査資料では、『彼は認知されていない』とありました。もしかしたら、魔法力の問題から彼は重要な立場でないのかもしれません。特に護衛もつけないで一般社会に紛れていることへの説明も付きます」

「なるほど。それは一理ありますね。それならば、説得次第で『亡命』後に積極的に情報を提供してくれる可能性も……」

 

ㅤ想定していたプランは、不意打ちで夜久を襲撃して拉致するというシンプルなもの。四葉の血統の魔法因子だけでも有用である故に採用された乱暴すぎる案だが、研究に協力してくれるのならばありがたいことだ。

ㅤとはいえ、今の段階では皮算用に過ぎない。だが、それでもリーナは少し安心することができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤおれは一条家に遊びに来ていた。夕食も食べていけと彼は言うので、ご相伴に預かることに。キッチンからは出汁か何かの良い匂いがする。食事が出てくるまで、おれは一条と色々駄弁っていた。

 

「理澄や吉祥寺は? 研究が忙しいのか?」

 

ㅤおれの監視をすると言っていた割に、理澄は側には居ない。抜け出すことが出来なかったのだろう。あるいは、そうすぐにスターズは動かない筈だという判断か。

 

「ジョージ達は魔法大の留学生との交流があるらしくてな。それで来れないらしい」

「へぇ。大変なんだな」

「あーあ。真紅郎くんに会えないなら、意味無いよ〜」

 

ㅤ一条の妹の茜が、テーブルに皿を並べながら嘆く。彼女は吉祥寺に恋する乙女なのである。

 

「お前はジョージに家庭教師を頼んでる癖に……。ちょっと会えないくらいで贅沢だな」

「乙女心は繊細なのー! 毎日、真紅郎くんに会ってる兄さんには言われたくない! だいたい、何の権限があって、あたしの恋路を邪魔するのよ!」

「だってなぁ……。このままだとジョージは小学生に手を出す、やばい男になってしまうし……」

「言っても、4歳差だろ? 別に問題ないんじゃないか」

 

ㅤおれは茜の肩を持ってやった。好きだと言ってるんだから、ハッキリさせてやれば良いのにと思っているからだ。

 

「夜久さんは話が分かる! 兄さんもこの紳士ぶりを見習ったら?」

 

ㅤ茜が目を輝かせ、兄に文句を言う。しかし、一条の方はすげない返答をするのみ。

 

「もしもコイツが紳士なら、日本中の魔法科高校生が退学処分になってしまうな」

「うるさいな。あれは七草が悪いんだ」

「そういえば、夜久さんって一高を追い出されて三高に来たんだったね。すっかり忘れてたけど」

 

ㅤ5月の終わり頃に一高を退学になり、編入試験を受けたのが6月初め。思えば、三高生としての時間の方がもう長いのだ。

 

「――将輝が家に連れてきた日は、一体どんな子なのかと思ったがな。今は真紅郎君や理澄君共々、息子の良い友達で居てくれて嬉しいよ」

 

ㅤ不意に会話に入ってきたのは、一条家当主の一条剛毅であった。夕食の時間になったから、やってきたのだろう。

 

「……どうも。お邪魔しています」

 

ㅤ剛毅はおれの素性を知っている。そう思うと、毎回顔を合わせるのが少し緊張するのだ。

 

「ゆっくりしていきなさい」

 

ㅤ彼は静かに頷いて、そう声を掛けてきた。

ㅤおれに父親はいない。生物学上はもちろん存在するが、お母様の卵子が一番安定するものが遺伝子工学の観点から選別されて選ばれたのみ。単なる番号を付けられた試験管だ。

ㅤだから、「父親」という概念はあまり身近なものでなかった。何だか、変な気分になってしまう。

 

「――さて、皆が揃ったところで! ご飯にしましょうか」

 

ㅤ美登里の言葉で、夕食の時間が始まる。茜や瑠璃――一条家の末っ子だ――に揶揄われる一条を見て笑ったりして、楽しい食卓となった。

ㅤ食後のデザートを食べていたとき、急にリビングの大型モニターが点く。誰も操作していないのに、画面に砂嵐が映る。

 

「誤作動?」

 

ㅤ誰かが呟いたとき、画面が切り替わった。すると、仮面を付けた黒フードパーカーの人間が映し出される。その仮面は、前世紀カルチャーにありがちなアニメキャラのものだ。奇妙なその見た目は、十師族が住む家にハッキングを仕掛けるという行動とマッチしておらず、なんとも言えない不気味さを感じさせる。

 

『ハロー。ジュッシゾク・イチジョウファミリーのみんな……で良いのかな?』

 

ㅤ流れてくる音声は少年の声だ。だが、加工されている可能性もあるので分からない。

 

「誰だ? まず、ウチのホームオートメーションシステムをハックできるなんて……」

 

ㅤ映像は録画データらしく、剛毅の問いに答えることはなかった。

 

『僕は「七賢人」と名乗っていてね。USNA政府や軍などに情報を提供している、いわゆる情報屋みたいなものかな。イチジョウの人間なら分かると思うけど、「あの情報」を流して日本への調査を仕向けたのも僕だ』

 

ㅤあの情報。多分、おれの出自に関することだ。

 

『ただ、ゲームステージはイチジョウの管理する地域。USNAのエージェントを自由にウロウロさせちゃうのは、ちょっとアンフェアだよね? だから、少しばかりプレゼントだ。――奴らの目的は「ターゲットの拉致、最悪の場合は暗殺」さ』

 

ㅤ謎の人物は高らかに笑い出す。そして、画面は黒く暗転。

 

『手助けするも良し、見捨てるも良し。エンディングは君次第! では、良いゲームを!』

 

ㅤ最後は音声のみで、このようなセリフで終わった。

 

「――ふざけた奴だ!」

 

ㅤ映像が流れ終わって、一条がそう吐き捨てる。

 

「一体、何だってんだ……ゲーム? 馬鹿にするのも大概にしろ!」

「落ち着きなさい、将輝。――夜久君、君はUSNAに狙われているのだな?」

「少なくとも、そういう話は聞いています」

 

ㅤ女性陣が驚くのを余所に、おれは知っていることを答えた。

 

「ふむ……」

 

ㅤ葉山さんは理澄に対処を頼んだと言っていた。つまり、USNA相手に政治的な駆け引きを行う筈だ。そして、スターズに手を引かせる。

ㅤだから、一条に情報が渡る前にけりをつけるつもりだった筈だ。しかし、現状ではUSNAのアレコレが伝わってしまった。謎の人物によって。

 

「……一条の管理地域で同盟国とはいえ、他国のエージェントに好き勝手やらせるのは好ましくない。しかし、あちらも簡単に尻尾を掴ませはしないだろう」

 

ㅤ剛毅は将輝の報告から、ここ最近のUSNAからの入国者データを集めていた。けれども、今「七賢人」を名乗る謎の人物からの情報を聞くまで、四葉とUSNAの小競り合いに気付けなかったのだ。

 

「証拠が無ければ、我々も動くに動けない。だが、今の君は将輝の友人だ。だから、出来る限りのことはしよう」

「今回の件で今後開かれる師族会議で、ターゲットの名前を上げない、と約束して頂ければそれで十分です」

「ふむ……確かに、七草殿辺りがうるさいだろうしな。ターゲットは研究所ということにでもしておこう」

「ありがとうございます。確約はできませんが、今後『便宜』を図るように伝えておきます」

 

ㅤこの会話内容で薄々バレそうな気はするが、剛毅は決定的な「四葉」というワードを出さなかった。これが彼の誠意なのだろう。それが分かったから、おれは素直に礼を言った。後で理澄をどやして、お母様に報告させよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ魔法大生との交流を終えた理澄は、幼馴染の文弥を呼び出して情報共有をしていた。

 

「――今回の一件は、USNA側が『シリウス』を暗殺する為に企てられたものだって?」

「結局のところ、これは政争なんだよ。スターズ総隊長という地位に、戦略級魔法持ちの『シリウス』をあてがったことに抵抗する勢力……当たり前だけど、それは存在する」

 

ㅤ四葉の係累「ごとき」の調査に、シリウスを動員する意味などない。単に、異国で孤立させるためだけだ。

 

「正確にはアンジー・シリウスを推した、ヴァージニア・バランス大佐の派閥を蹴落とす為だよ。シリウスが死ねば、軍内部のパワーバランスは大きく変化する」

「けど、戦略級魔法師だよ? 戦力として手元に置いておきたい、って普通なら……」

「叔父様たちは、達也をどうしようと思ってる?」

 

ㅤその指摘に、文弥は俯いてしまう。分かりやすい例が、あまりにも身近にあった。

 

「五輪澪のような虚弱体質ならばともかく、健康体な戦略級魔法師は危険過ぎる。それに、シリウスは総隊長になれるくらいだ。間違いなく、現代魔法においてもエキスパート……平時でも便利使いできるけど、その意味は戦略級魔法をその辺に放置しているのと同じだ」

 

ㅤ魔法師だって、人間だ。自由を持つ権利はある。理澄もそれは分かっているが、戦略級魔法師に対して恐怖を抱く人々への理解はあった。なぜかといえば、その感情は彼を可愛がる分家当主達が抱く思いと同じなのだから。

 

「シリウスを恐れているからこそ、夜久さんを使って暗殺を成し遂げようとしてるってことか」

「アイツの戦闘力を調べる意図もあるだろうけどね。四葉が殺してくれるなら御の字、無理ならば自分たちで……ってとこだろう」

 

ㅤどちらにせよ、任務失敗でのMIAとして処理されるということだ。

 

「まぁ、他にも色々理由はあるんだろうけど……それらが複合した結果かな」

 

ㅤ理澄の脳裏には、エドワード・クラークの姿が浮かんでいた。反シリウス派――要は反魔法系の一派だ――を嗾しかけることで、スターズと四葉との相打ちでの消耗を狙う作戦とも考えられる。また、アークティック・ヒドゥン・ウォーもエドワードとロシアの戦略級魔法師――イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが組んで行ったことだろう、と彼は推測していた。

 

「それで、ウチはそのバランス?って人をバックアップするんだっけ」

「そう。四葉は全面的にバランスを助ける。当分の間、シリウスを保護することも含めてね。ちょっと前に、亜夜子ちゃんがUSNAに行ったのはそれが理由」

 

ㅤ文弥の双子の姉である亜夜子は、少し前にUSNAへと渡っていた。それは、バランスとの交渉を進める為だったのだ。本当は理澄が行くつもりでいたのだが、「学校を休み過ぎると不自然」という理由で変更された。

 

「そうだったんだね。姉さん、笑うだけで全然教えてくれなかった」

「アメリカが反魔法主義に染まっても困るからね。僭越ながら、我々がお手伝いしてやろう……って訳。亜夜子ちゃんと入れ違いに、勝成さんが渡米して反魔法団体を潰しまくる。それまでの間、僕達はシリウス暗殺計画が遂行されないように妨害するんだ」

 

ㅤ要は、黒羽・武倉・新発田の有力分家が勝手にする仕事ということだ。四葉本家が命令したのではない。そもそも、真夜が夜久の為だけに動くなんてあり得ないのだ。このタイミングに合わせて分家側が提案したプロジェクトを、損得勘定で一応許可した程度のことである。USNA中枢とのパイプは、あって困ることはまず無い。

ㅤ納得したように、文弥は何度も頷く。そして、あることに気付いた彼は理澄に問うた。

 

「夜久さんには、この作戦について言ってるの?」

「言ってない。教えたら教えたで、めちゃくちゃな理屈で邪魔してきそうだし……」

 

ㅤ夜久の思考は、「真夜の気を引けるか」だけである。だからこそ、合理的なものの考え方は彼の脳内に介在しない。

ㅤ言葉に出すことなく、理澄と文弥は思いを一つにする。それは、困ったものだ……という心からの嘆きであった。

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