ㅤUSNA――つまり、スターズとの激突。
ㅤそれを語るには、夜中に理澄とコンビニへ夜食を買いに行こうとした時から始めねばならない。
「女装するんじゃなかったのか」
ㅤ理澄は数日前から、おれの家に上がり込んでいた。警護と監視を兼ねてなのは明らかだ。だからこそ、コンビニに行くだけでも彼は付いてくるのである。だが、今のおれ達の服装はジャージ。理澄はその上に、ボア素材のブルゾンを羽織っている。どこからどう見ても、男2人にしか見えないだろう。
「一条家も結局噛んでる訳だし……警戒にそこまで力を入れなくて良くなった。逆に、ウチや黒羽の人員の存在に気づかれる方が厄介だ」
ㅤ以前に、「七賢人とかいう奴が一条に四葉のトラブルをバラした」ということを理澄に話した。それによって、作戦の方向性が変わったらしい。詳しいことは聞いていないので、どう変化したのかは知らないが。
「確かに、一条家配下の魔法師はウロウロしてるもんな。名目としては、横浜事変を理由にした警戒辺りだろうが」
「でも、一条方面から僕も知ったというテイで『友達が心配だから』という誤魔化しが効くし。これはこれで、ラッキーだったかもね」
ㅤCADをポケットに突っ込み、玄関から外へと出る。ここから先は、突っ込んだ話は出来ない。扉を開ける前に振り向き、言ってしまいたいことを言う。
「あんまり心配してないくせにな」
「心配してるよ。お前がいなくなったら、達也と深雪に掛けた魔法は解けてしまうんだから」
ㅤその言葉で何となく予想がついた。おれに警護を付けるようにしたのは、お母様ではなくて分家連中であると。葉山さんは、やっぱりおれに気を遣っていた。
「……まぁ、いいや。おれもUSNAに連れ去られたら困るし」
ㅤあちらの都合とはいえ、こちらも得をしているのだ。おれ単身でスターズと事を構えれば、中々苦しい状況に追い込まれた筈である。
「あっ、サブ端末忘れてきた。マネーカード持ってるか?」
ㅤコンビニの前まできて、おれは忘れ物に気付く。電子マネー派なので、マネーカードを持ち歩かないのだ。
「あるよ。僕はカード派だから」
ㅤ現代のコンビニは無人であり、金銭のやり取りは自動精算機で行う。そして、入り口でマネーカードを差し込むか、電子マネーシステムと同期させるかで、店内に入ることができる仕組みだ。万引き防止の為に導入されており、そのまま商品を持ち去ると警察に通報される。
ㅤ電子マネーアプリは端末情報が抜かれる可能性があるので、用心深い人間は支払い用のサブ機を持ち歩いている。
「差しといてくれよ」
「僕に払わせる気でしょ……」
ㅤ彼は仕方なさそうな顔で、財布からマネーカードを取り出す。そして、差込口にカードを入れた。ゲートが開き、店内へと足を踏み入れる――その時だった。
「……!」
ㅤ店の奥から人間が飛び出してきた。帽子とマスクをした大柄の男だ。浅黒い肌をしている。
ㅤ待ち伏せされていたのか。けれど、こんな場所で仕掛けてくるとは。思ったよりも金沢の警備態勢が厳しく、とうとう痺れを切らしたのかもしれない。
ㅤけれど、おれ達がこのコンビニへ行くことを何故知っている? 答えはその場で出てこなかった。
「――Activate! "Dancing Blades"!!!」
ㅤ男がそう叫んだ瞬間、ナイフのようなものが何本も彼の懐から飛び出した。
(あれはダガー!?)
ㅤしかし、ダガーはおれ達に刺さることなく反転した。理澄の魔法によるものだ。持ち前の干渉力でダガーに掛けられた相手の魔法を塗り潰し、改めて加速魔法を掛け直したのだろう。
ㅤ普通ならば、障壁魔法で感知した物理エネルギーを相殺する形で加速系を使う、という二段階での対処を求められる。おれだって、1人ならそうした。
「逃げるぞ!」
ㅤもちろん、おれも何もしていなかった訳ではない。ダガーが飛んできた時点で、手近にあった商品を店の外に放り投げている。万引きシステムの性質上、監視カメラの映像が警察へと転送されている筈だ。
ㅤ公共の機器による情報収集に係るプライバシー侵害の防止等に関する法律――通称「一九八四法」によって、街路カメラ利用の申請はかなり厳しい。あとで「怪しい男に襲撃された」と訴えても、その証言だけでは街路カメラのデータ検索に許可は出ない。けれども、別件で映像証拠があるならば話は別だ。
ㅤ警察関係者は皆、一九八四法に苦渋を舐めさせられている。街路カメラを調べられるならば、おれのしたことも厳重注意で済ます。何なら、こっそりと礼も言ってくるだろう。
「おい、そっちに行っていいのかよ?」
ㅤ理澄が人気のない公園の方へと走っていくので、並走しながら尋ねる。
「人の多いところだと、ややこしいことになるだろ! どうせ、他にも集まってくるんだから!」
ㅤ一条傘下の魔法師などが参戦してくることを考えてらしい。人が多くなると、誤射の可能性も上がる。魔法が一般人に当たりました、なんて洒落にもならない。
「!?」
ㅤ公園に辿り着いた途端、違和感を抱く。このまま立っていると危険だという感覚に従って、おれ達は「跳躍」で上空に飛び上がる。勘は外れなかった。
(これは『ムスペルスヘイム』……)
ㅤそれなりに得意魔法だからこそ、分かる。おれが使うものよりも威力が高い。スピードも規模も、桁違いだ。
ㅤ間髪入れず、仮面の女が襲いかかってきた。今使われた魔法の術者だろう。おれは「マンドレイク」を使って、女の動きを鈍らせる。確かに、その魔法で間合いを取る時間は取れた。だが、相手は自分の周囲に「サイレントウェーブ」を掛けて、再び攻撃を仕掛けてくる。コイツ、相当の手練れだ。
「クソッ!」
ㅤ理澄は先程の男と交戦している。この女は、おれがケリをつけないといけない。けれど、正面から戦う必要は無かった。というより、ダメージを与えるタイプの精神干渉魔法は対策されている。だから、使っても意味は無い。
ㅤある精神干渉魔法を発動し、遊具の陰に隠れる。この魔法は、視覚情報を固定する。一定の時間、相手の記憶を更新させない。「そこにいた」という情報を定着させ、空間認識を阻害する。魔法名は、端的に「記憶固定」。第四研発の精神干渉魔法としてはポピュラーだ。
「理澄は置いて帰るか……」
ㅤおれと違って、あちらは戦闘向きの魔法師。多分、やられて死ぬことはないだろう。
ㅤ悠々とした足取りで、公園を出て行く。仮面の女は、それに気づくことはない。認識が歪められているので、周囲の状況と結びつけられないのだ。
「もう寝よう」
ㅤ時計を見ると、一時を回っていた。夜食を食べ損なったが、仕方ないことである。家に戻って、さっさと布団に入った。
◆
ㅤ夜久に置いていかれた理澄はといえば、戦闘をとっくに終了していた。
今晩の戦闘は、狂言であったのだ。日時を決めてこそいなかったが、公園に誘導したのは意図的なもの。ここには、理澄の部下が構築した人避けの結界が張られていたのだ。
「お疲れさまです。中々、やりますね」
「そちらこそ。やはり、ヨツバのエージェントなだけはあります」
ㅤ襲撃してきた男――ラルフ・ハーディ・ミルファクと彼は気安く話していた。この二人は、元々グルだったのである。先回りして待ち伏せしていたのも、単に行く場所を理澄が事前に伝えたからに過ぎない。しかも、コンビニの監視カメラは事前に「システム障害」という名目でオフラインになっていた。
ㅤラルフはUSNAで総隊長代行をしているベンジャミン・カノープスの命を受けて、リーナの亡命を助ける任務を帯びていたのだ。要は、バランス派閥の人間ということである。
「――ラルフ、一体どういうことですか?」
ㅤその様子を見て、リーナが鋭い視線で睨みつける。どう見ても、内通のシーンだ。そう思うのも無理はない。
ㅤしかし、ラルフは落ち着き払った態度だ。そして、リーナにある単語を告げる。それは、彼女が出立前にカノープスから聞いた「合言葉」であった。「誰を信用していいか判断がつかない時、その言葉が標になる筈です」と言われていたのだ。
ㅤそれを聞いたならば、彼女はラルフを信用せねばならない。
「……信じましょう。ワタシはベンを信頼していますから。だから、貴方の行動に意味があると考えます」
「ありがとうございます。……総隊長殿、落ち着いて聞いてくださいね。今、スターズ内部では不和が起こっています。そして、総隊長殿の身に危険が及んでいるのです」
ㅤカノープス少佐殿からのメッセージです、とラルフは小さな手紙を取り出した。リーナはそれを受けとり、文章に目を通す。
「暗殺……? しばらく、日本に身を寄せろ? ヨツバと取引は済んでいる……」
ㅤ衝撃の事実が並んでいたが、何とか彼女は全てを飲みこんだようだ。
「敵を騙すには、まず味方から……その為に私もマーキュリーも、総隊長殿には真実を告げておりませんでした。お許し下さい」
ㅤリーナの暗殺が突発的に起こらないよう、彼女の周囲の人間だけは、何とかマトモな人間が捻じ込まれていた。日本で一緒に暮らしていたシルヴィアもそうだ。
「いえ、謝る必要は無いわ。ラルフ、私の手助けをしてくれていて、本当にありがとう。ベンにも、お礼を言っておいて頂戴ね」
「かしこまりました」
ㅤ話が纏まったところで、再び理澄がラルフに話しかける。
「さっきまで、他の場所で反シリウス側の人員と一条家の人間が交戦していたようです。数人ほど拘束されたようなので、日本での作戦継続は不可能……という訳で、我々の仕事も終わりということです」
「そうですね。――総隊長殿をよろしくお願いします」
「もちろんです」
ㅤラルフと理澄は固く握手をする。数ヶ月間とはいえ、一緒に仕事をしたパートナーだ。そうして、彼はリーナに「お元気で!」と言い残して、この場所を去っていった。
「――さて。また明日、と言いたいところだけど。夜も遅いし、家まで送って行くよ……リーナ」
「えぇ! ワタシの正体、知ってるの!?」
「当たり前でしょ」
ㅤ理澄は呆れた顔をして、「元の姿に戻ったら?」と言う。ようやく、リーナは「
「……学校では知らない振りしようと思ったのに」
「それは残念」
ㅤそこからは、特に会話も無しで歩いていく。彼女がシルヴィアと合流したのを確認して、理澄は踵を返す。そこに、一台の自走車が停まった。
「――理澄様。お乗り下さい」
ㅤ運転席の窓から、彼のガーディアンである青年――名瀬北斗という名である――が顔を出した。
「あっ、北斗。お疲れ」
ㅤドアを開けて乗り込むと、すぐに車は走り出す。運転しながらも北斗は、別働隊だった黒羽についての報告を彼にする。
「黒羽様による、スターズや一条家の誘導は上手くいったようです。文弥様は『ダイレクト・ペイン』で助太刀されていましたし」
「それは良かった。一条が絡み出した時はどうなることかと思ったけど、何とか収まるところに収まったね」
ㅤ四葉の係累の存在という情報が漏れ、拉致寸前までいったところで、それを逆手に取った作戦を立てて成功。これを大戦果と言わずして、何と言うのか。
「ただ、そろそろ夜久様にもお伝えした方がよろしいのでは?」
「そうなんだよねぇ……」
ㅤ分かってはいる。しかし、夜久は「狂言だったから、お母様が心配してくれなかったんだ!」などの理屈を捏ねて怒りそうである。
「御当主様も、一体アイツの何が気に入らないのかな……」
ㅤ理澄個人としては、真夜も夜久を受け入れる必要があるのではないかと思わなくもない。けれども、意見するなんて怖くて無理だ。彼にとって「四葉真夜」は恐怖そのもの。何度顔を合わせても、緊張してしまう。
「お気の毒ですよ、夜久様は……。生まれてくる場所は選べませんからね」
「それはそうだけどさ」
ㅤ真夜の息子として生まれ、一度も母親に愛されたことの無い少年。けれど、いつかは……そう願い続けて過ごしている。その姿は、あまりにも哀れだ。そのことを考えると、とやかく言えなくなってしまう。
ㅤ津久葉家が問題ばかり起こす彼に手を焼いたのも、結局は真夜の問題に行き着くからだ。彼女に変わる気が無いのなら、子供を注意したってどうしようもない。性格を落ち着けるには洗脳くらいしか無いが、それは同時に魔法力を下げてしまう。だからこそ、最終的に放置するしかなかったのだ。
ㅤここ最近の夜久は落ち着いているが――今後、どうなることやら。理澄はそう思い、頭を抱えた。