入学編ならぬ、退学編
ㅤ司波達也は、本家から一員と認められてこそないが、一応四葉の血縁者で、現当主の四葉真夜の甥だ。
ㅤそんな彼は、国立魔法大学付属第一高等学校――通称、魔法科高校へ妹の深雪と共に入学した。この兄妹が進む道の前には少しも平穏は無く、波乱だけがはっきりとした形で現れるのだ。
ㅤそれは高校でも同じで、校内には一科と二科の壁が生んだ根深い差別問題を発端とするトラブルがあり、それは日々を昏く覆い尽くしていた。
ㅤある日、第一高校は、「学内の差別撤廃を目指す有志同盟」に放送室を占拠される。彼らは生徒会と部活連に対し、対等な交渉を要求。結果、講堂にて公開討論会が実施されることになった。
「一科と二科がほぼ同数……。意外だな」
ㅤ討論日当日。座席の埋まり具合を見て、達也はしみじみと呟く。風紀委員である彼は、有志同盟の行動を逐一警戒しなければならなかったのだ。
「それだけ、この討論会が生徒の関心を集めているということだ。ま、真由美目当てのヤツも居るかもしれんが……」
ㅤ誰に言ったでもない呟きに、返事が返ってきた。言葉の主は、風紀委員長の渡辺摩利だ。
「ファンが多いですからね……。あの人は……」
ㅤ蠱惑的な小悪魔スマイルを思い出してしまい、思わず達也は頭を振る。「本当の性格」を知っている彼にしてみれば、あの表情は厄介事を呼び寄せる予兆だ。
ㅤ何か面倒な事が起こらなければ良いが……。彼は切にそう願う。けれども、残念なことに彼の予感は当たってしまうことになる。
ㅤ第一高校生徒会会長、七草真由美は凛々しい佇まいで演説をしている。その清廉な雰囲気の前には、どんな反論も跳ね返されてしまうだろう。
「――人の心を力尽くで変えることは出来ないし、してはならない以上、それ以外のことで、出来る限りの改善策に取り組んでいくつもりです」
ㅤ力強く言い切る真由美の言葉によって、万雷の拍手が起こる。紛れもなく、会場の空気は一色に染まっていた。
ㅤしかし、一礼した彼女がマイクの前から去ろうとした時、異変は起こった。一人の一年生が急に壇上に現れ、横からマイクを奪い取ったのである。
「諸君! 論点をずらした姑息な話術に騙されるな!」
ㅤ開口一番、彼はこう叫ぶ。それによって拍手は途切れ、妙な静寂だけがこの場所を包む。会場内の誰もが呆けた顔で、少年を見つめることしか出来なかった。
ㅤ達也もそのうちの一人だったが、彼の心を占めるのは動揺ではなく意外感だった。というのも、彼はこの少年についての情報を、この場にいる誰よりもよく知っていたからだ。
ㅤ少年の名は、津久葉夜久。彼は、冷凍保存されていた四葉真夜の卵子を基にして生まれた。正真正銘、現当主の息子である。
ㅤ苗字が分家のものなのは、彼は生後すぐに津久葉家に預けられた為。その理由は簡単で、彼の固有魔法が母親の「
ㅤ望まれて生まれた子ではあったが、愛されはしなかった。それが、夜久という少年だった。
ㅤ達也にとっては従兄弟に当たる彼が、自分と同じ学校に入学していることは元から聞かされていたし、校内で偶に姿を見かけることも勿論あった。だが、彼がいつも行動を共にしているのは、入学してすぐに達也達二科生に因縁を付けてきた、あの森崎駿のグループ。それが意味するところは、津久葉夜久は「普通」の一科生だということ。
「そもそも、差別の始まりは当人らの意識などではない! 単なる制服の発注ミスであり、それを隠蔽する為に、差別を黙認しているに過ぎない。普通ならば、生徒会はすぐにでも学校側に抗議し、各二科生の刺繍代を負担する予算案を審議すべきなのだ。それが出来ないというのなら、独立組織というのも名ばかりで、彼らは単なる職員室の走狗と言わざるを得ないだろう!」
ㅤしかし、彼はこうして「同盟」側を擁護するような演説を行なっている。その辺りが、達也には腑に落ちなかった。
「環境が差別を作る。勿論、予算の不平等、一科生を優遇する項目が書かれた生徒会則……それらも、原因の一部ではある。けれども、我々は原点に立ち返るべきなのだ。考えてみたまえ! 何故、『花冠』と『雑草』という言葉が校内に蔓延ったのかを!」
ㅤ夜久の言動は勢いだけの部分もあり、事前に草稿を練っていたに違いない真由美のものとは違い、言葉の端々に粗さが目立っている。だが、その粗雑さが人々の心を動かし掛けているのも、事実ではあった。
「――それは、『平等に花が咲かない』からなのだ! ……そこを無視して、問題は解決しない。私立ではなく国策の学校である以上、教育の機会は誰もが得る筈のものなのだから。十師族であれ、第一世代であれ、魔法の才のある若者を優秀な魔法師に育てる……。それなのに、第一高校では入学前から『補欠』の烙印を生徒に押し付ける。つまり、本学のアドミッションポリシーは間違いなく不履行! 一科にしろ、二科にしろ、生徒が悪いのでは決して無い。傲慢さを隠そうともしない、このシステムが変わらない限り、確実にこの国の魔法教育は衰退する!」
ㅤ懸命に声を枯らす夜久の姿を見ながら考え込んでいた達也は、ようやく合点がいった。
ㅤ彼は本心から魔法師社会を憂いているのではない。単なる逆張りだ。きっと、このように騒ぎを起こす事で母親の関心を引きたいのだろう。
ㅤ硬直状態から立ち直った風紀委員達に、夜久が引き摺られて行く様子が、達也の居る場所から見えた。それを無表情で眺めながら、彼の短絡的な行動の空回り加減を達也は嗤った。けれども、同時に背反する感想も浮かぶ。
ㅤそれは、感情のままに行動出来るというのは、どれ程幸せなことか本人は知らないだろう……ということだった。
◆
ㅤ数日後、夜久は四葉本家に呼び出されていた。理由は言うまでもなく、先日彼が第一高校で起こした騒ぎについてである。
「貴方にも困ったものだわ……。冬歌さんには、ちゃんと釘を刺したはずなのだけれど」
「魔法絡みの騒ぎは二度とやめてくれ、でしたから。今回はそうではありません」
ㅤ夜久は朗らかな表情のままで、皿に盛られたアーモンドクッキーを摘む。しかし、アーモンドの欠片が刺さったのか、すぐに顔をしかめた。
「それに、相手は七草ですよ。特に問題は無いでしょう。他の二十八家に喧嘩を売るならともかく」
「……貴方ね、退学処分になったのよ? もう少し、己の行動を省みようという気持ちにはならないかしら」
「ずるいですよね、アレ。相手が七草だったから、追い出されちゃったんですよ。もしも、おれが四葉を名乗っていたら、なあなあで済まされたに違いありません」
ㅤ認知しないことに対する当てつけなのか、と真夜は思った。怒りで眉が僅かに動こうとするのを押し留めて、何とか猫撫で声を作る。
「……それは仕方ないことなのよ? 貴方を守る為にしていることなんだから」
「へぇ。それはどうも」
ㅤそれに対し、彼は生返事を返すのみだった。何故ならば、紅茶に入れたレモンスライスの果肉を、ティースプーンでほじくるのに夢中だったからである。
「……それで? 次はどこに通う気なのかしら? 私としては、もう家に籠っておいてくれた方がずっとマシなのだけれど」
「まだ決めてないですね。まぁ、一応学校には行きますよ」
「何処でも良いけど、貴方の為に使用人や家は用意しないわよ」
「別にどうぞ。寝床は自分で探します」
ㅤ親子とは思えない冷え切った会話が、この後も続く。
「――次こそは、まともに通ってくれることを願うわ。問題ばかり起こされて、こっちもたまったものじゃないんだから」
「起こしたくて起こしてる訳じゃないですからね。おれの周りが悪いんじゃないですか?」
ㅤ悪びれた様子も無く、夜久はヒラヒラと手を振って部屋を出て行った。控えていた葉山がそっと扉を閉じると、真夜は大きな溜息をついた。
「……こんなのばかりで、やってられないわ」
「そうは仰いますが。叱られたとしても夜久様は、息子の立場で奥様にお会いできることが嬉しくて堪らないのでしょう。微笑ましいではありませんか」
「あの子を息子だと思ったことは一度も無いわ」
ㅤ冷たい声で真夜は、葉山の言葉を払い落とす。
「子供が出来れば、幸せになれると思ったのだけど。そんなことは無かったわね。ただただ、苛つくだけ」
「せめて、『
「姉さんと同じ魔法を持って生まれたら、それはもう姉さんの子供だわ。結局、私は自分の子供を産めなかった……」
ㅤ爪のささくれをめくりながら、真夜は本音を零す。それは身勝手な言い分だったが、魔法師の価値観としてはそこまでおかしいものでも無かった。
ㅤ魔法の特質は次の世代に遺伝する。そうでなければ、調整体魔法師などは簡単に開発できない。真夜の子供であれば、物質の構造に干渉する魔法を持っていてもおかしくはない。けれども、夜久はその期待には応えられなかったのだ。
ㅤ四葉深夜が司波達也を愛せなかったように。
ㅤ四葉真夜もまた、自身の息子を愛せなかった。
◆
ㅤ見栄を張って出てきたものの、おれには全く手立てが無かった。転校の手続きなど、どうやるのかも知らない。津久葉の家に世話になっている形ではあるものの、小学生の時に学校一棟を破壊して以来は相互不干渉。「転校したいんだけど」と言っても、聞く耳を持ってくれなさそうだ。
ㅤとりあえず、本家の屋敷周辺をぐるぐると歩き回ってみるが、そう簡単にアイデアが湧き出てくる訳もなく。
「こんばんは、夜久さん」
ㅤ急に横から声が掛かる。声の方へ向くと、屋敷の壁に一人の少年がもたれ掛かっていた。
ㅤ全体的に顔立ちの整った男だった。元々の色素が薄いのか、光の加減で髪が茶色く反射している。それも相まって、彼の見た目はアイドル然としていた。
「武倉理澄……」
ㅤ四葉分家の一つ、武倉家。この家は「交渉」を請け負う家で、次期当主候補を保有している。長男である武倉理澄は、その次期当主候補であった。そして、候補者の中で、最も喰えない野郎なのである。
ㅤ次期当主候補は、現時点で6人残っている。四葉家における次期当主の選出は、完全な魔法の実力によるもの。その観点から見れば、おれ、この男、そして叔母様の娘――司波深雪。この三人が最終候補に残るのは確実。おれ達三人は、それぞれ強力な精神干渉魔法を持っているからだ。
ㅤその上、彼は四葉の中でも干渉力が卓越している。それは、彼の得意魔法が「重力操作」であるから。魔法の上書きには必要な干渉力が増大する為に、普通は空中移動できるだけの魔法の重ねがけは不可能になる。しかし、彼は常人よりも多く重複できるので、少々の間は空中で自分の身体を保持可能なのだ。
ㅤだが、一番脅威であるのは魔法ではなく、主に性格面であった。
「えぇ。覚えて頂けていたようで、何よりです。……確か、第一高校を退学処分になられたとか。あそこの校長は、人を見る目が無いようですね」
「わざわざ、それを笑いにきたのか。趣味の悪い男だな」
「嫌だなぁ。そんな失礼なこと、する訳無いじゃないですか。ましてや、御当主様の御子息相手にだなんて」
ㅤ……と、こんな具合である。ここまで人間の腐り切った部分を凝縮した奴を推す、分家当主達の考えが分からない。
「何しに来たんだよ。まさか、転校先を用意するとかじゃないだろう」
「いえ、そのまさかですよ。いくらなんでも、四葉家当主の子供が中卒というのは体裁が悪いですからね……。誰かがやらなきゃいけないなら、僕がやろうかと思いまして」
「何考えてるか知らねえけど、おれは借りを返したりしないぞ」
「いらないですよ。ロクなものが返って来なさそうですから」
ㅤ何かしらの目的はあるのだろうが、今の時点でおれが窺い知ることは出来なかった。だが、転校が出来るのなら僥倖だ。とりあえず、話の続きを促すことにした。
「まず、敬語をやめろ。同い年だし、何より腹が立つ。で、おれのことは『ヤク』と呼べ。親しい奴は、皆そう呼ぶ」
ㅤまぁ、親しい奴が居ないので、一度もそのような気安さで呼ばれたことは無い。言ってみれば、大嘘である。それに対して、彼はどう出るのか。良い反応を内心期待する。
「そう。それじゃあ、ヤク」
ㅤツッコミ一つ無しだった。意外と素直な奴なのかもしれない。彼は端末を取り出し、ある魔法科高校の公式サイトを画面に映す。
「第三高校。ここが、次の行き先だよ。僕も通ってるし、下手に他に通われるよりはマシだ。津久葉も君が東京から離れてくれて、ホッとするだろうし」
ㅤさりげなく、酷いことを織り交ぜる理澄。けれども、おれはその言葉の別の部分が気になった。
「三高に通ってたのか? てっきり、五高だと思っていた」
ㅤ次期当主候補の一人、新発田家長男の新発田勝成を理澄は兄貴分として慕っていた筈だ。彼の母校が五高だったから、彼も同じ所だろうと認識していた。
「あぁ……。勝成さんには薦められてたんだけどど、あまりパッとしなかったんだよね。どうやって断ろうか考えてたら、ダメ元で受けた金沢魔法理学研究所の助手のポストに付けたから。これ幸いと」
「そこ、一条の息が掛かってるんじゃねぇの? 良いのかよ、そんな所行って」
「産業スパイみたいなもんだよ。あそこは実質、旧第一研だからね。潜り込んだら、何か得るものがある筈だ」
「人間のクズじゃねえかよ」
ㅤ角が立たない断り方をする為に、産業スパイになる男。とんでもない奴である。
「というか、何出したら受かるんだ?」
「普通だよ。論文と志望理由書だけだから。審査は勿論あるけど、純日本人で魔法の素質がそれなりに高ければ大抵は通るんじゃない? 家の格が限られてくるし」
「へぇ……。よく受かったもんだ」
「今居るの、カーディナル・ジョージの研究室だからね。僕の研究は、『魔法式構造のパターンと変則』がテーマなんだ。あとは、加重系が得意なのもあるんじゃない」
ㅤ割とマトモな返答が返ってきた。顔採用とかでは無かったらしい。まぁ、研究所で何を顔によって判断するのか、という問題もある。
ㅤしかし、彼の誘いに乗るか否か。正直、危険だとは思う。だが、このままだとジリ貧なのも確か。だから、こちらを利用しようとしてるに違いない理澄を、逆に利用してやるのだ。彼のバックには分家、しかも黒羽や新発田などの有力な家がついている。
ㅤお母様に自分の存在を認めてもらう。
ㅤその為なら、この男と三高で学生生活を送るのも悪くない。そう思った。
ㅤ
ㅤ主人公はnot転生者。設定集は話が進み次第、随時更新する予定です。