ㅤ日本に残ったリーナは、しばらくはそのまま生活を続けることになった。最終的には、四葉家管理の島に住む予定だが、留学期間を狭めるのは難しかった――圧力を掛けることは簡単だが、四葉家によってなされたと分かると意味がない――ので、3学期いっぱいまでは三高に籍があるのだ。
ㅤ同居人だったシルヴィアは、本国へと引き揚げていった。作戦そのものが「なかったこと」になり、日本に居てはならなくなったからだ。彼女は本当のことについて黙っていたことを何度も謝り、「元気でいてくださいね」と言い残した。
ㅤ話し相手がいなくなった途端、部屋は妙に広くなる。寂しさを紛らわしたくて、テレビを点けてみた。朝のニュース番組では、アナウンサーが先日の出来事から始まるニュースを読み上げている。
『USNA籍の不審船を日本海側で発見』
『スターズ総隊長の交代劇。前シリウスは実験部隊への配属か』
『「同盟国」USNAが日本で行った極秘作戦』
ㅤここ最近、日本を騒がすのはUSNA絡みのことばかり。自分もそのUSNAの人間だった筈なのに、画面の向こうで語られているのは、少しも実感が湧かないことだった。
(……まず、本当に狙われていたのかしら?)
ㅤ話し相手がいないと、悩みが堂々巡りする。
ㅤ本当は、「シリウス」を排除する為、周囲が自分を騙していただけなのではないか。あの時、自分は丸め込まれただけなのではないか――つまり、USNA軍から放逐されたのではないのかという疑念だ。
ㅤ部下の前では毅然とした対応を取っていた彼女も、今は単なる高校生の少女だ。不安ばかりが大きく膨らんでいく。
(ベンやシルヴィとも連絡は取れないし……)
ㅤカノープスの指示によって、四葉家に身を寄せたリーナ。だが、名目上は自分の意思で亡命したことになっている。だから、誰とも通信することができない。真実が明かされることを恐れ、あちら側が番号などを全て変えてしまっているのだ。繋がらない端末は、更に不信感を煽る。
(軍に入ったあと、電話どころか手紙すらくれなかった。けど、悲しくなかったわ)
ㅤ膝を抱えたまま、昔のこと……自分が軍人になるまでのことを思い出していた。
ㅤ10歳足らずの時、リーナは軍人養成課程のスクールへ徴兵された。魔法の才能があるという理由だけで、親と別れての生活を強制されること。側から見れば、不幸な出来事だったのかもしれない。
ㅤけれども、彼女にとっては救いでもあった。何故なら、生まれ育った家庭は良いものではなかったから――彼女の同世代を上回る魔法の才能と類稀なる美貌。どちらも素晴らしい神からの贈り物であったが、それ故に両親は自分達の子を「本当の子と思えない」と感じてしまったのだ。
ㅤ親達が精一杯、娘を愛そうとしたのは確か。でも、子供は親の心の機微を敏感に感じとる。「愛されていない」という自覚が、いつも彼女の心にはあった。
ㅤだから、USNA軍は初めて「自分を受け入れてくれた」場所だ。入隊する頃にはもう、ステイツへの愛国心は家族を守るも同然の意味となっていた。
「だけど……また、『要らなく』なったの?」
ㅤ決定的な言葉が口から溢れでた途端、リーナの目から涙が溢れ出る。拭おうとするが、止まるものでもない。
ㅤ再び、「家族」に捨てられた――もちろん、これは真実でないのだ。しかし、彼女の中では唯一の筋の通った論理だった。もう必要とされてないのか、と考えれば考えるほど、絶望感が増してゆく。
ㅤ誰もがリーナに対して、言葉足らずだったのだ。
ㅤカノープスは、文面ゆえに真意を伝え切れなかった。シルヴィアやラルフなどの部下達は、脱出準備に追われていて、あまり気に掛ける余裕もなかった。また、リーナは年下の子供ではあるが、それでも彼らの「上司」であったのだ。彼女自身の弱さを想像するのは、どこか難しいところがある。
ㅤその上、これからの庇護者である筈の四葉家はもっと酷かった。彼らにとって、リーナはUSNA交渉における道具でしかない。「回収」した後は、大した説明もしなかった。
「――学校、行かないと……」
ㅤふと時計を見れば、家を出る時間になっている。ちゃんと通わなければ、不審に思われてしまう……そう自分を叱咤し、ノロノロとした動作で制服に着替える。先行きも分からないまま、学生の振りをするのは辛くてたまらなかった。夜久や理澄と顔を合わせて、今まで通りの態度でいられるだろうか。進もうとしない足を無理やり動かし、彼女は家を出た。
◆
ㅤ悲しかった。全てが狂言だったなんて。
ㅤ心のどこかで、おれは「お母様が心配してくれるのではないか」と思っていた。分家が主導したことであっても、おれの警護への許可を出したのはお母様。それが「息子だから」でなかったとしても、魔法が惜しかったとしても良かった。四葉にいて欲しい、と思っているならば――けれども、何もかも違った。USNAとのパイプを繋ぐ方が大事だっただけだ。おれの存在は、さして重要でない。
ㅤ希望は、何度も打ち砕かれている。もう慣れたものだ。
ㅤため息をついて、理澄からのメールを閉じた。別に、彼には怒ることもない。最初からスタンスが違うのは知っている。利害の一致、刹那的な友情。それはそれで、心地良く思う。
ㅤ一人で抱え込むよりは、ずっとマシであるから。三高生としての生活で、おれはそんな事実を知った。心の痛みを忘れさせる、モルヒネのような絆。根本的な解決にならない現実逃避だ。
ㅤ学校に行こうとして、マンションのアプローチから地上を見た。特にさしたる理由はない。何となく、覗いてみただけ。
「……あれは、リーナか」
ㅤ迷いがあったのは、彼女の様子があまりにおかしかったから。フラフラと弱々しく歩いている。髪も結えておらず、手櫛で梳かしただけのようだ。
「――おい、どうしたんだよ!」
ㅤ階段を駆け下り、声をかけてみる。彼女は振り返り、おれに縋り付いた。どうしていいか分からず、なすがままになる。
「……お願い! ワタシをUSNAに帰して!」
「遅れてきたホームシックか?」
ㅤ軽い冗談で返したが、そんなどころではなさそうだった。
ㅤしかし、どうして帰りたいのか。彼女は自らの意志で亡命をしたのではなかったか。なんだか気になり、おれは事情を訊くことにした。
「――それで、帰るってどういうことだ?」
ㅤおれ達は、部屋の玄関に並んで座る。とりあえず、学校は休むことにした。1日くらい休んでも大丈夫だ。
ㅤ周りの目が無くなった途端、リーナはズビズビと泣く。けれど、おれの問いには答えてくれた。
ㅤ
「違うの、本当は帰ったってどうしようもないの。だって……もう居場所なんか無いのよ」
ㅤティッシュで鼻をかみつつ、彼女は訥々と己の境遇を語る――要約すれば、「自分はUSNAに切り捨てられたかもしれない」ということだった。
ㅤ確かに、USNAは四葉とのパイプを作る為、リーナから「シリウス」の看板を剥ぎ取ったのだ。四葉の思惑はともかくとして、支援者は彼女に良かれと思い、工作を行ったのだろう。しかし、彼女自身はそんなことを望んではいなかった。軍に人生を支配されてでも、国の為に最期まで戦い続ける。それで構わなかったのだから。
(そんな……)
ㅤリーナを可哀想だとも思う。でも、同情よりも今は衝撃の方が大きかった――信ずるものの為に尽くしても、救われるとは限らない。
ㅤガツンと横から殴られた気分である。どうしようもなくて、頭がクラクラして吐きそうだ。思わず笑ってしまった。
「……何笑ってるのよ」
ㅤ目を擦ることで涙を拭っていたリーナは、こちらに顔を向けた。鼻の頭が少し赤い。
「いや?」
ㅤおれは騙し騙しの逃げで、どうにかしようとしていた。しかし、その道すらも答えが見えてしまったのだ――もう分かっている。
(おれに、お母様は救えない)
ㅤこれまで、ずっと尽くし続けた。けれど、もう最初から限界だったのだ。
ㅤ叔母様は、新しい思い出を作ってやれと言った。自分には不可能だから、と。でも、どだい無理な話で……「あの日」から、お母様の時間は止まったまま。未来など、ありえない空想に過ぎないのだ。
ㅤお母様の幸福は、過去にしか存在しないのだから。
「お前と、おれの人生はよく似ているよ――特に、報われないところが」
「……失礼ね」
「間違いでもないだろ」
ㅤ互いに闇を抱え、どん底で傷を舐め合う。今のおれたちにはお似合いだ。
「ねぇ。今ここで、『ヘビィ・メタル・バースト』を発動したら、どうなるかしら……」
ㅤ彼女は、不意にそう呟いた。そして、慌てたように「冗談よ? 撃てるスペックのCADも無いし……」と誤魔化す。
「やってみろよ」
「え?」
「戦略級魔法はともかく、何か適当に撃ってみろよ。『自分はここにいるんだ!』って。帰る場所も無いなら、何したっていいじゃないか」
ㅤ現状の不満に対するカウンター。
ㅤ不幸自慢をすれば、許されるというものでもない。けれども、そうするしか無かった。鬱屈した感情をどうにかしたい。
「でも……」
「――じゃあ、お前は良いのかよ! 生きてる意味も分からず、死体みたいな人生を過ごしても!」
ㅤ堰を切ったように、言葉が溢れ出る。
「おれは嫌だ! こんなクソみたいな人生なんて!」
ㅤ自分が生まれたことが、そもそも間違いだったのだ。四葉であるとか、お母様と向き合うとか――それは本当の問題では無かった。
「そんなこと、ワタシだって知ってる! 人生がどうしようもなく最悪だってこと!」
ㅤリーナはCADに手を伸ばした。瞬時に、魔法式が展開される。プラズマの閃光が舞い、玄関が吹き飛んだ。外の景色がよく見える。
「……」
ㅤリーナは自分のしてしまったことに驚き、ぽかんとした顔をしている。
ㅤ開いた壁の穴から、おれは地上へと飛び降りた。まだ上にいる彼女へ向けて、おれは言う。
「模擬戦でもしよう。2人揃って、退学とかなろうぜ!」
ㅤ精神干渉魔法「エンセオジェン」を発動する――脳神経を介して幻覚を見せる魔法。そして、副次的にアドレナリンを大量放出させる効果もある。どうしようもない現状を忘れ、享楽的に生きるしかなかった。
「望むところよ!」
ㅤ彼女はようやく微笑んだ。
ㅤどちらも得意系統が放出系だから、プラズマがバチバチと散る。周りへの被害も気にせず、魔法を撃ちまくった。途中で警察などが止めにきたが、認識阻害で逃げ出して何度も暴れ続ける。
ㅤとにかく楽しかった。おれ達は笑い転げながら、CADを操作する。1人じゃないだけで、心強かった。
「――いい加減にしろ!」
ㅤそんな時。空気弾がおれ達へと大量に降り注いだ。見れば、一条と理澄が立っていた。騒ぎを聞きつけ、学校から飛んで来たのだろう。
「何が不満なのか知らんが。ウチの管理地域で好き勝手暴れるな。流石に、正式な書面で抗議させてもらう」
「好きにしろよ。本家に送ったって、無視されるだろうしな」
ㅤ険しい顔の一条へ向けて、そう吐き捨てる。
「リーナも一体どうしたんだ。学校を休んだと思えば……」
ㅤ理澄がそう尋ねたが、リーナは不敵な笑みを返す。
「貴方の――ヨツバの言いなりになんてならないわ。だってもう……どうだって良いもの」
「四葉!? シールズさん、それは一体……」
ㅤ一条がそう言った途端、理澄が魔法を発動して気絶させた。黙らせようとしたのだろう。
ㅤけれど、そのせいで彼はおれの魔法に対処出来なかった。使ったのは、精神干渉魔法「ルナ・ストライク」。あちらは想子ウォールで術式の効果を和らげる。でも、おれが最大出力で放った魔法。ダメージは免れない筈だ。
「ぐっ……」
ㅤ案の定、理澄は呻き声を上げた。追い打ちに、おれは精神干渉魔法「ランドエスケープ」を発動した。この魔法は、相手の深層心理を表出させる。少しは精神ダメージを受けているので、効果があるだろうと思ってのことだ。
「……!?」
ㅤ驚いたことに、彼の心象風景は恐怖に塗りつぶされていた。逃げ出したい、耐えられない、怖くて仕方ない――意外なほどの負の感情を感知して、おれは拍子抜けする。
ㅤ鳥の鳴き声のような高い声がした。それは、理澄の口から出ているもの。彼は気が狂ったように、地面を爪で掻き毟っていた。指先は血塗れだ。
「あの……彼、どうしちゃったの?」
ㅤリーナが引き攣った顔でそう尋ねてきた。聞かれても、おれだって分からない。
ㅤ戸惑いつつ、しばらく理澄の様子を見ていた。彼の体が何度か想子光に包まれるが、魔法式は途中で崩壊する。最初は意味が分からなかったが、途中で合点した。「ワルキューレ」を自分に使って、失敗しているのだ。
ㅤ魔法師には、高い自己防衛本能がある。自らを傷つけるような魔法は、無意識下でキャンセルしてしまう。
「……死にたがってるのか」
ㅤ何故かは知らないが、彼の深層心理は「恐怖と自傷」で占められていた。「四」というコミュニティに生きる故の不幸。可愛げのない理澄にすら、それは存在したのだ。そう思うと、可哀想になってきた。
ㅤおれは彼を抱え上げ、リーナの方を見た。
「そろそろ逃げるか。認識阻害を使えば、検問も抜けられるだろ」
ㅤ都内辺りまで行ってしまえば、逃げることが出来るだろう。後のことは、これから考えれば良い。
「……彼も連れて行くの?」
「嫌か? 別に置いて行っても構わないが。重たいし」
「こんなになっちゃったから、ちょっと気の毒だし……良しとしましょうか」
ㅤそうと決まれば、とおれ達は歩き出す。鬱憤ばらしをしたからか、足取りも心なしか軽い。歌い出したい気分だった。