魔法科高校の退学処分者   作:どぐう

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世界にサヨナラを

ㅤ精神干渉魔法「記憶固定」で、目撃者の記憶を改竄して、北陸地区から早々に逃げ出す。警察や一条家の追手ならなんとかなるが、四葉まで話が回ると厄介だからだ。

ㅤキャビネットに乗る際は、リーナの「仮装行列」が役に立った。顔や身体を変えられるからだ。ただ、日本人の見かけでは無い。価値観が違うから当たり前である。しかも、彼女は架空の人間を作るのは苦手らしく、どれも既存の人間を基にしているという。それを聞いて、元の人間の知り合いがいたらどうしようと少し不安になった。

 

「気にすることはないわ。売れてない地下アーティストの顔よ? 知ってる人なんて稀なんだから」

 

ㅤリーナ――今の姿は、浅黒い肌に黒髪だ――が呑気そうな口ぶりで言う。

 

「詳しいんだな。売れてないのに」

 

ㅤそして、おれは金髪で緑の目をした優男風の姿になっていた。

ㅤついでに、キャビネットの床に転がっている理澄は、ヒッピーみたいな見た目にさせられている。「この姿にしておけば、死にそうな酔っ払いに見えなくもないから」という理由らしい。

 

「顔のモデルにするには、ちょうど良いのよ。たまに動画を見るわ。けど、パフォーマンスは本当に最悪。下手過ぎて、工場に住んでるみたいな気持ちになるわ」

「へぇ……」

「ところで、この人……本当におかしくなっちゃってそうだけど。大丈夫なの?」

 

ㅤ彼女は理澄を指差し、心配そうな顔をした。

ㅤ彼は「ワルキューレ」を自分に掛けて死ぬことが叶わないと気づいたのか、次は自分の爪で首を掻き切ろうと何度も引っ掻き続けている。

 

「大丈夫……な筈だ。まさか、ここまで効くとは思わなくてだな」

 

ㅤ精神干渉魔法というものは、どれも危険なものと一纏めにされがちである。けれども、この類の魔法はいくつかの分類に分けられる。

 

ㅤ一つは、情動干渉の魔法。使い手こそ選ぶものの、割とポピュラーな魔法だ。簡単な洗脳なら出来てしまうという点では危険だが、精神へのダメージは少ない。

ㅤ例外は「ルナ・ストライク」くらいだろう。精神に直接ダメージこそ与えるが、これは情動干渉系だ。本質としては、幻影によるショックで意識の抑圧を緩めて精神を暴走させるもの。その暴走によって、結果的に精神へダメージを与えるのだ。

 

ㅤ二つ目は、精神に直接干渉する魔法。殆どは固有魔法であり、定式化されているものは少ない。

ㅤ先程使った「ランドエスケープ」は、第四研で開発された魔法であり、現在の使い手はおれしかいないはずだ。深層心理を表出させる、という言い方をしているが、エイドスの一時的な改変で「無意識領域を意識領域に情報を書き換える」という解釈が正しい。その為に蓋をしていた感情が、一気に襲い掛かってくるのである。

 

「……あっ、収容されたな」

 

ㅤキャビネットの長距離用トレーラーへの収容動作が終了した、というアナウンスが流れた。

 

「ラウンジに行くとジュースが飲めるぞ。行ってきたらどうだ?」

 

ㅤ長い間乗ることになるので、トレーラー内はそれなりの設備が整っている。ラウンジもその一つだ。

 

「そうするわ。……ヨルヒサはどうするの?」

「コイツが起きても困るからな。ここに残っておく」

 

ㅤリーナは軽く頷き、キャビネットから出て行った。しばらく、端末をみて時間を潰す。

ㅤふと視線を落とすと、急に理澄と目が合う。ようやく、正気に戻ったらしい。血走った眼が、こちらを睨み付けている。

 

「……何だよ。そんなに自分の思い通りにならなかったことが不満か?」

 

ㅤおれがリーナを唆して叛逆させたと思っているのか……そう思って尋ねた。

 

「――……お前に僕の気持ちが分かる筈ないっ!」

 

ㅤ理澄の叫びに、おれは冷静に言葉を返す。

 

「分かる訳ないだろ。四葉の為に生きてるような、お前の気持ちなんか」

「そうでもしないと、僕はこの世界で生き残れなかった! 四葉の人間として生きるしか、手段は無かったんだ! 正気に戻ったら、耐えられる訳がない!」

 

ㅤ生まれたくなんかなかったのに、と泣き出す理澄。

 

「――それで? だから、何だっていうんだ?」

 

ㅤ彼には、彼なりの「弱さ」があった。それに対しては、共感できなくもない。生まれてしまった不幸を嘆くこともそうだ。

ㅤけれど、彼は「四葉内での自分の立場」を失うことを恐れている――生きることが怖いんじゃない。自分の持っているもの全てを失って、生きていく自信が無いだけだ。

 

ㅤその拠り所を無くしたとき、彼はどうするのか。

ㅤ興味をもって、おれは魔法を行使した――精神構造干渉魔法「マギ・インテルフェクトル」。魔法師を非魔法師に変える、最低最悪の魔法。

 

「……別に、お前の作った環境は悪くなかったよ。それなりに楽しかったしな。このまま分家側に付けば、割とマトモな生活も出来たんじゃないか。けどな――」

 

ㅤそこで、言葉を一度切る。でも、それじゃあダメなのだ。

 

「――結局、この世界そのものが問題なんだよ。理不尽そのものが形作った、この世界が。見ないふりをしていても、現実は常に教えてくれる」

 

ㅤ四葉家内では、「魔法の価値」でしか存在意義を得られない。けれど、お母様はその魔法ゆえに、おれを酷く厭っている。二律背反の「生きづらさ」への答えは、誰も教えてくれない。

ㅤ世界は、あまりにもおれに厳しすぎる。

 

「……そうだね。けど、世界の終わりなんて僕は見たくなかった。こんな酷い世界でも、終わらせたくなかった。でも……失敗しちゃったね」

 

ㅤCADを投げ捨て、理澄は立ち上がった。完全に諦めたからか、表情は思いの外晴れやかだ。

 

「じゃあね、マザコン野郎。僕は全てを失ってなお、這って生きるような勇気はないんだ」

「どうする気だ?」

 

ㅤ彼は薄く微笑むと、端末で誰かに電話を掛けた。話し振りから、どうやら通話相手は彼の部下らしい。

 

「――うん、いま送った住所へ適当に攻撃してくれたら良いから。……今まで、ありがとう」

 

ㅤ通話を終えると、理澄は座席に黙って座った。会話も特になく、ただただ静寂がキャビネット内を包んでいる。

 

「――!」

 

ㅤ急に、理澄の輪郭が揺らいだ。

ㅤあっ、と言う間もなく、彼が生きていたという痕跡は無くなった。何も知らなければ、幻影を使って逃げたとしか思えなかっただろう。

 

「分解、か……」

 

ㅤ司波達也の持つ、究極の分解魔法。それによって、彼は死んでいった。何故、そんな死に方を選んだのか。おれには、何もわからない。

 

「……じゃあな、馬鹿野郎」

 

ㅤ死は、悼んでやるべきだろう。おれは小さく手を合わせた。

 

「――お待たせ! 持ち出せるメニューがあったから、買ってきたわよ! ……って、あれ? 彼はどうしたの?」

 

ㅤジュースや軽食の載ったトレーを持ち、リーナがご機嫌で戻ってくる。彼女は狭い車内を見渡し、理澄の不在に気づく。

ㅤ彼の臆病さを表現するならば、死んでいったという言葉は不適当だ。だから、短くこう答えた。

 

「アイツなら、逃げたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ夜久とリーナが引き起こした問題により、四葉家本邸は上も下も大騒ぎであった。しかし、唯一の例外が。それは、四葉家当主――真夜の執務室である。

 

「あら、理澄さんが死んだ?」

 

ㅤ紅茶のティーカップに口をつけ、真夜は少し驚いた顔で葉山へ問い返した。

 

「達也殿からの報告でございます。深雪様の身辺に危険が及んだゆえ、咄嗟に『分解』を行使し……後で確認すると、それが理澄様であったと」

 

ㅤ司波邸に極めて攻撃性の高い魔法が発動される気配がしたため、達也は「精霊の眼」を辿り、全ての関係者を「分解」した。それにより、理澄と彼のガーディアン、他数名が亡くなったという。

 

「まぁ、次期当主候補が一人減ってしまったわね。――分家の方達は、どう言っているの?」

「武倉はもちろんのこと、黒羽が相当な怒りようで。達也殿を四葉から排除すべきだと、こちらへ猛抗議を」

「理澄さんに非が全くない、というのならば、それも一つの選択肢でしょうけれど。攻撃したのは、確かなのでしょう?」

「達也殿が虚偽の申告をしていなければ、そうなりますな」

「じゃあ、放っておきましょう。どうでも良いわ」

 

ㅤ本当にどうでもよかったのか、真夜はのんびりと「紅茶のお代わりを貰えるかしら」と葉山に言う。

 

「それで、夜久様のことでございますが……」

 

ㅤ紅茶を差し出しながら、葉山がおずおずと主人に告げる。

 

「何かしら?」

「これまで一条家が見て見ぬ振りをしていたのを良いことに、放置して参りましたが……流石に今回の件は問題でございます。師族会議に持ち込まれる前に、手打ちにする必要があるかと」

「……仕方ないわね。藍霞さんを呼び出してくれるかしら?」

 

ㅤ渉外は武倉家の担当ゆえ、彼女に任せる必要があった。

 

「それが……理澄様の死で、大変なショックを受けているご様子で……。とても、交渉を出来る状態では無いかと」

「そうだったわね」

 

ㅤ大きくため息を吐く真夜。どうして、面倒なことは揃ってやってくるのだろう……彼女は何だか腹が立ってきた。思わず、CADに触れる。

 

 

 

 

ㅤ「夜」が生まれ、一筋の光条が流れる。

 

 

 

 

ㅤ真夜の固有魔法「流星群」が、ティーカップとテーブルを貫いた。

ㅤ廊下で控えていたメイドが慌てて部屋へと入り、ホウキなどで掃除を始める。真夜が癇癪を起こしたときは、すぐに片付けないと自分も殺されてしまう。それを知ってのことだった。

 

「お気持ちは分かりますが、真夜様……」

「分かってるわよ」

 

ㅤその時、葉山の端末が軽く震えた。「失礼します」と彼は言い、部屋の隅で通話に出る。

 

「――いえ、流石に……。だが……いや、仕方ありませんな。奥様にお繋ぎします」

 

ㅤ顔色悪く、葉山は真夜に報告する。タイミングは最悪だったが、言わない訳にもいかない。

 

「申し訳ありません、奥様……。夜久様が、どうしてもお電話をと」

「嫌よ。さっさと切って頂戴」

「しかし、夜久様は『繋いでくれないのならば、次は都内で暴れる』の一点張りでして……」

 

ㅤこの状況でそれをされると、隠蔽が非常に厳しい。理澄の死によって、分家が瓦解しているのだ。あまりにも、手が足りな過ぎる。

ㅤそのことを理解したから、真夜は諦めてスクリーンの前に立った。

 

『お久しぶり、お母様』

 

ㅤ画面の向こうの夜久は、いつも通りの笑顔だ。

 

「……私も忙しいのよ。貴方の相手をする暇は無いわ」

『理澄が死んだからだろ? 一条とのトラブルを解決するカードが出せない訳だ。』

「……どうして知っているのかしら?」

『そんなことはどうでもいいだろ。――なぁ、お母様……おれ、勘違いしてたよ。頑張ったら、貴女のことを救えるって。そう思ってた。けど、間違いだったんだな』

「……なに?」

 

ㅤ真夜が身構えるが、夜久は寂しい笑顔で言葉を続ける。

 

『ごめんなさい、お母様』

 

ㅤマズい、と思った時にはもう遅かった。想子の奔流が、真夜の身体を包む。幻影の衝撃を受け、彼女がカーペットに崩れ落ちる。

 

「奥様!」

 

ㅤ葉山が必死に叫ぶが、平凡な魔法師である彼にはどうしようもない。

ㅤ夜久は精神構造干渉魔法で、真夜の精神に干渉した。そして、真夜の知識――過去に深夜に書き換えられた「記憶を知識に変えた精神部位」の部分を抹消したのだ。

 

『……最初から、こうすれば良かったんだ。おれが息子だから、ダメだったんだ』

 

ㅤ夜久はそう呟き、ブチリと通話を切った。画面はブラックアウトし、もう何も言わない。

 

「奥様……」

 

ㅤ倒れ込んだ真夜を起こすべく、葉山がそっと近づく。

 

「――あら、葉山! 姉さんがどこに行ったか知ってる?」

「へ……」

「一緒におやつを食べる約束をしていたのよ! 弘一さんの話がしたくって、楽しみにしていたんだけど……姉さん、すっぽかしたのかしら」

 

ㅤ無邪気な態度で、姉や元婚約者の話をする真夜。その姿は、葉山も非常に見覚えがあった。

 

「ま、まやさま……!?」

 

ㅤ昔の。「あの事件」の前の……四葉真夜の姿だ。

 

「そうよ、わたしは真夜よ。――どうしたの? なんだか、老けたみたいに見えるわ! 疲れてるんじゃない? あっ! お父様のところへ行って、葉山にお休みを頂戴って言ってあげる!」

「いえ、大丈夫ですから……大丈夫」

 

ㅤ懐かしい思い出が蘇り、葉山は泣きそうになる。本当に現実ならば、救われるというのに……。

ㅤ実際は、何も変わりは無い。事態は改善していないのだ。でも、もはやどうしようも無かった。

 

「変なの。泣いてるじゃない」

「えぇ、変ですな……」

 

ㅤこうなった以上、四葉本家はもう無理だ。けれど、奥様だけでもお守りせねば――葉山はそう考えた。

ㅤ彼は「スポンサー」から四葉家へ送り込まれた、所謂スパイである。いざという時、四葉家をコントロールする為の立場。しかし、今の彼にできることは少ない。優先すべきことは、一つだった。

 

「……真夜様、聞いていただけますか」

 

ㅤ彼は、かつての主人に語りかけた。

ㅤ貴女に会わせたい人物がいらっしゃいます、と。




めちゃくちゃ嫌われてきたし、個人的にも邪魔だったから殺しました。
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