魔法科高校の退学処分者   作:どぐう

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悪夢から逃げられない

ㅤ現代は情報化社会である。

ㅤ故に、ぼんやりしていても様々なことがすぐに耳に入ってくるのだ。適当にニュースサイトをピックアップすれば、師族会議についてのゴシップが沢山流れてくる。

 

「――師族会議、四葉は無断欠席を続けてるらしいぜ。一条家が『誠に遺憾』という声明を出したらしい。けど、今は誰も対応できないんじゃないか」

 

ㅤコンビニで適当に買った朝食を食べつつ、おれはそんな話をリーナにした。

ㅤおれ達は今、都内のビジネスホテルに滞在している。理由は簡単で、宿泊費が安いからだ。端末の自動支払いシステムは足がつくので、マネーカードか現金しか使えない。そのせいで、割とギリギリの生活だ。

ㅤ死んだ理澄のCADにマネーカードが数枚挟まっていたので、おれはそれを拝借して使っている。けれども、そろそろ使用期限が近づいてきていた。マネーカードは一定期間を過ぎると、残金が口座に戻る仕組みになっているのだ。

 

「貴方が……ヨツバのボスを倒したのよね?」

「倒した、というのは人聞きが悪いな。おれは、お母様を救ったんだ」

 

ㅤどうせ夢を見るなら、良い夢の方がいい。だから、悪夢を消し去った。それだけのことだ。

 

「それで、その師族会議?というのは日本では相当重要なのね。魔法師社会の方針に影響を与えるレベルと聞いたし」

「極秘ではないから、今回はそこまで重要でもない。でも、おれ達の件が議題だったと思うからな……」

「まぁ……あれだけ破壊したものね」

 

ㅤ素性は公開されていないものの、「過激派魔法師によるテロ」として大きく報道されていた。反魔法主義者がいきり立つようなネタだ。魔法師排斥の世論が加速していくかもしれない。

 

「七草なんかは、四葉を十師族から脱落させる良い機会だと睨んでいただろう。けれど、その前にこっちは勝手に瓦解した訳さ」

 

ㅤただ、そのことは外野には分からない。何かしらの目的を持って、地下に潜ったのでは……今、彼らは猜疑心でいっぱいの筈だ。

 

「けど、これからどうするかな……。ちょっと、考え無しにやり過ぎた。問題は色々あるが、主に金銭面が悩ましい」

 

ㅤ何をするにも、金が必要ということに直面していた。

 

「真面目に働いてみたら? 短期のバイトとかで」

「身分証明書がいらない仕事に限るとなると、暗殺とか産業スパイとかになるぞ」

 

ㅤ昔に理澄が冗談で「黒羽の仕事を回してあげようか?」と言っていたのを思い出した。あれもきっと、同じような仕事内容だったに違いない。

 

「世知辛いわねぇ……」

 

ㅤその時。急にイヤな感覚がした。首の後ろの産毛が逆立つような、そんな妙な気分。それを感じた途端、おれはリーナに思い切りつき飛ばされた。

ㅤ瞬間、窓ガラスに亀裂が走る。リーナの展開した対物障壁が、破片が散乱することを防ぐ――その一連の情景を、おれは横倒しになった視界で見ていた。

 

(敵襲!? 何処の差し金だ?)

 

ㅤ思考が回るが、答えは出ない。

ㅤけれど、都内に地盤の無い一条がこんな短時間で探し当てるのは不可能だろう。それならば、七草辺りかもしれない。とはいえ、推測に過ぎないから分からないが。

 

ㅤ窓の外から襲撃者――小柄な女性であった――が、部屋の中へと飛び込んできた。彼女は目にも止まらぬ速さで動き、リーナの懐へと飛び込んでくる。このスピードで動けるということは、自己加速術式を使っているのだろうか。

ㅤけれど、少女の攻撃はリーナに当たらない。「仮装行列」で座標を変えていたのだ。既に彼女は少女の背後へと回っていた。

 

「Activate! "Dancing Blades"!」

 

ㅤリーナが叫ぶ。見覚えのある魔法だ。案の定、ナイフが一斉に飛び出してきた。しかし、少女は冷静にそれらを避ける。驚くべき反射神経だ。

 

「……!」

 

ㅤ精神干渉魔法を掛けようと、おれは少女を「精霊の眼」で見た。すると、ある事実が発覚――彼女は、魔法師ではない。

ㅤそれならば、これは何だというのだ。異常なスピード、身体操作……。常人のものとは思えない。

 

(マズい!)

 

ㅤ少女がバネのように跳ね、こちらへと向かってくる。何とかしないと。

ㅤおれは「ルナ・ストライク」を行使した。ダメージを受けたのか、少女の動きが止まる。すかさず、背後に回っていたリーナが少女の首筋にナイフを当てた。

 

「……降参だ。アタシのパワーなら、今からでも素手でアンタの首を捻じ切れるよ。けど、その前に後ろの奴に殺されちまう」

 

ㅤ少女が男勝りな口調とともに、両手を上げた。おれは拘束系の魔法、つまりは移動系魔法「停止」で彼女の動きを完全に止める。それを確認して、リーナがナイフを相手の首から離した。

 

「アタシはナッツ。暗殺者というか……そうだな、『忍者』というのが近いか」

 

ㅤオー、ニンジャ?とリーナが言う。吹き出しそうになったが、何とか堪える。

 

「忍術遣いとは違うのか?」

「違う。アタシは魔法なんか使えやしねぇよ」

 

ㅤ少女――ナッツはそう言って、軽く肩をすくめた。

 

「津久葉夜久、だよな? アンタには恨みはないよ。ただ、仕事を依頼されただけだ」

「雇い主は?」

「……」

 

ㅤその問いには、彼女は押し黙る。依頼主は明かせない、というプロ意識があるらしい。

 

「別にいいぞ。魔法で聞き出すだけだからな」

「魔法師ってのは、何でもアリだな……言うよ、言えば良いんだろ?普段はナッツで通ってるが、本名は榛有希。全員が忍者で構成されている、政治的暗殺結社『亜貿社』の社員だよ。ただ、実はウチの会社の上はヤバい奴らでな……」

 

ㅤナッツ、もとい有希はそこで言葉を一度切り、溜めを作った。

 

「――裏社会の闇の闇。悪名高き『アンタッチャブル』の一族、その裏部隊。そう言えば、分かるか?」

「なんだ、黒羽だったのか」

 

ㅤ一条や七草と違って、まだ動機が分かるだけマシだ。

ㅤ理澄の「自殺」の理由がおれにあるのではないか、と彼らは推測したのだろう。それか、お母様を「救った」ことについてか。記憶の一部を消去する魔法を使える術者は、四葉におれしかいない。

ㅤ四葉分家は特に身内への執着が強い。けれど、彼らも今は余裕が無い筈だ。よく手駒を動かせたな……というのが正直なところである。

 

「黒羽を知っているのか?」

 

ㅤ厨二めいた言い回しをしなくとも、分かってくれたかもしれない――そう気づいたのか、少し恥ずかしそうに早口で話す有希。

 

「親戚だよ」

 

ㅤ殆ど顔を合わせたことは無いので、あまり思い入れは無い。だが、有希は顔をサッと青ざめさせた。

 

「マジかよ……アンタも『四葉』の人間か。おかしいと思ったんだ、アイツが報酬を前払いするなんて!」

 

ㅤアレの同類と事を構えるなんて、まっぴらごめんさ。彼女はそうも続けた。

 

「アレ?」

「……司波達也だよ。アンタも知ってるだろ? 親戚なら」

「特に面識は無いけどな」

「アタシはアイツを殺し損ねたせいで、ヤミに飼われることになったんだ」

 

ㅤヤミ。確か、黒羽ではコードネームを使用しているという。リズム=メロディであったように、単純な言葉遊びが命名の法則の筈だ。それならば――黒羽文弥が有力である。その彼が、普段と違って子飼いに報酬を先に渡した。

ㅤその理由を考えようとしたとき、何かがチラッと光った。有希の端末に着信が来たのだ。

 

「出てもいいぞ」

 

ㅤ移動系魔法を解除する。逃げようとしても、リーナが何とかするだろう。

ㅤ有希は小さく頷き、端末を操作した。

 

「――もしもし、クロコ? 悪いな、ちょっと失敗しちまったよ……いや、話すのは大丈夫だ。何だよ――えっ、黒羽家が会社から撤退した!? それどころか、消息も掴めない?」

 

ㅤスピーカーに変えろ、とジェスチャーする。有希はそれに応じたので、端末のスピーカーの音に耳を傾けた。通話相手は男のようだ。

 

『えぇ。大口のスポンサーが消えた訳ですが、社長的には都合が良いでしょうね……』

「一体、黒羽に何があったんだ? ……そもそも、ヤミの奴はどうやら情報を隠蔽していたらしいぞ。今回の的――四葉の縁者だとさ。的本人が言うにはな」

『なるほど、お家騒動的な。最近出回ったゴシップと照らし合わせると……四葉家内でゴタゴタが起きていたのかもしれません。彼らも、こちらへ弱みを見せたくなかったのでしょう』

 

ㅤ男の推測は割と真実をついている。この察しの良さから考えるに、彼は裏社会の情報屋でもしているのかもしれない。

 

「アタシ達は黒羽に切り捨てられたということか……。今日日、ペットの破棄は条例で厳しく取り締まられるっていうのにな」

『そのようですね。これから先は、たぶん厳しいですよ。我々は黒羽に近かったですからね』

「最悪だな。かといって、抜け忍はロクな目に遭わないのがセオリーだ――」

 

ㅤさっきから言葉のチョイスがいちいち面白い。

ㅤ会話を聞いて、リーナが小さく口笛を吹く。やはり、忍者が好きなのかもしれない。

ㅤ電話が切られたあと、リーナが最初に口火を切った。

 

「――ねぇ、ヨルヒサ。このニンジャを助けるってのはどうかしら。ニンジャの会社を乗っ取るのよ」

 

ㅤとんでもないことを言い出した。流石に、おれも驚かないではいられない。

 

「は?」

「え?」

「このままだと、ニンジャも行くところが無くて困るじゃない。それに、ワタシ達も特にアテがない訳だし」

 

ㅤ確かにそうだと、おれは納得した。手の中のCADをポケットに捻じ込む。

 

「洗脳一つで済むしな。やるか。――ナッツ、とか言ったな。抜け忍になりたくなかったら、会社に案内しろよ」

「おい、そんな簡単に結論出して良いのかよ……」

「思い立ったら即行動がモットーだからな」

「明るいモットーをこんな最悪に感じたことないぜ……」

 

ㅤ相棒も合流させていいか、と有希は尋ねたあと、疲れたように深い溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ今の日常が、ずっと続くと思っていたのに――窓の外を眺めながら、文弥はそう小さく呟いた。

 

ㅤ全てが崩れていった。四葉家は、もはや過去のものだ。

ㅤ現当主の四葉真夜が、一族の統率が困難になってしまったから。彼女は、もう全てを忘れてしまっている。いまや、中身は単なる12歳の少女なのだ。

ㅤそんな真夜と、昏睡状態のままである姉の深夜は、葉山の手引きでスポンサーの元へと引き取られた。また、本家の中でも調整施設を担当していた者や、精神干渉系を中心に研究していた者――要は津久葉家である――は、スポンサーに囲い込まれた。使える、と「元老院」に判断されたのだ。

 

ㅤけれども、四葉の私兵でしか無かった自分達は違う。つまり、バックアップしてくれた本家がなくなれば、力を失ってしまうのである。

ㅤ師族会議の弾劾から逃れるべく、四葉との縁を切らねばならなかったのが何よりの証拠だ。「四葉の裏仕事」を担当していた黒羽家――もしも表舞台に引きずり出されれば、好奇の目で見られるのは間違いなかった。故に、夜逃げ同然で逃げ出す必要があった。

ㅤそして、それは黒羽だけに限らない。新発田や武倉、他の分家にも言えることだ。特に武倉などは、完全に空中分解しているらしい。でも、今の自分達には手を差し伸べてやることも不可能だ。

 

「……文弥、大丈夫?」

「うん。心配かけてごめんね、姉さん」

 

ㅤいつもなら、文弥を揶揄う姉も心配そうに声を掛けるのみ。

 

「……こんなになっちゃうなんてね」

 

ㅤ亜夜子が小さな声で呟いた。文弥も同じ気持ちだった。

 

「理澄兄さんがいたら、こういう時……どうしてたかな」

「案外、四葉家を乗っ取っちゃったりしてたかも。『チャンスだ!』って言って。それで、他の十師族も丸め込んじゃうの」

「あはは……そうかもね。きっと、そうだ」

 

ㅤでも、理澄はもういない。

ㅤ生きた痕跡すら残さず、この世から去ってしまった――司波達也の魔法で。

 

「僕、怖いよ……。理澄兄さんがどういう理由で、死にたがったのかは分からないよ。だけど、何も考えずに殺しちゃうなんて」

 

ㅤ気付いて、止めてくれれば良かったのに。そんな心の叫びは、きっと彼には届かないだろう。

ㅤ文弥も亜夜子も、達也とは仲が良かった。慕っていたと言っても良い。それなのに。いや、だからこそ……忘れていたのだ。彼の「異質さ」を。

 

「理澄さんは忘れていなかったんだわ、ずっと。深雪姉さまを害するようなことをすれば、間違いなく……達也さんは自分を殺すだろうって」

 

ㅤだから、人生に絶望したとき……その手段を選べた。未遂に終わらない、完璧な自殺の方法として。

 

「僕には無理だ。こんなに追い詰められているのに……。それでも、『生きたい』って思っちゃうんだ!」

 

ㅤいま、黒羽の屋敷はほぼ無人である。

ㅤ貢と使用人の殆どは、理澄の弔い合戦に向かったからだ。また、黒羽以外の分家からも多くがそれに参加している。

ㅤしかし、弔いというのは少し違うかもしれない。彼らは「四葉の人間」として、最後まで生きたかったのだ。かの「大漢報復」のように……それが自己満足であったとしても。

 

「そうね……私達は何者にもなれなかったわ」

 

ㅤ亜夜子も悲しそうに目を伏せた。双子達は、父親と運命を同じくすることはどうしても出来なかったのだ。死にたくなかった。

ㅤ達也を許せない気持ちもあるが、復讐をして満たされるとも思えない。天災のようなものと思うしかなかった。幼馴染が殺されたことも、これから父や部下達が死んでゆくことも。

 

「行きましょう。――黒川達が待ってるわ」

 

ㅤ亜夜子と文弥に付いていく使用人は、たったの二人。文弥の教育係であった黒川白羽と、亜夜子の元ガーディアンであった矢作瑞穂だ。残していく子供達の為に、貢が選んだ「一番信頼できる部下」であった。

ㅤ今から4人は東北――「六」の管理地域に向かうのだ。新発田勝成が伝手を使い、六塚の傘下に入ったので、その縁で声を掛けて貰ったのである。勝成と双子達は、理澄を介した知人でしかない。けれども、彼は行き場を失った親戚を放っておけなかったのだろう。

 

「うん……」

 

ㅤ文弥は不安そうな顔のまま、姉の手を握る。亜夜子もまた、その手をギュッと握り返した。

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