君は友達だから
ㅤ亜貿社へと向かう途中で、有希の相棒であるらしい情報屋――鰐塚単馬と引き合わせられる。見た目は地味な男だ。けれど、黒羽からいくらか情報は貰っていたとはいえ、おれ達を探し当てたのである。なかなか凄腕の情報屋に違いなかった。
ㅤリーナが「ニンジャ村出身?」だの、「ニンジャって若く見えるのね、ワタシより年上だったなんて」だのウザ絡みをし、有希が「殺されてぇのか?」とガンを飛ばす――そんな小競り合いをしている彼女らを尻目に、おれは鰐塚から話を聞く。
「社長室は建物内部に位置しており、外からの侵入はできません。そして、社員であっても部外者の引き入れは禁止です。せいぜい、入れても応接室までですね」
ㅤそれも稀ですがね、と彼は冷静にコメントした。
「入る分には問題ないんだよ。認識阻害を使えば良いからな。一番ネックなのは、洗脳が効きやすいか……忍者の異能ってのは、魔法じゃないんだよな?」
ㅤ本人曰く、有希は先天的に「
「えぇ。でも、ナッツだって例外中の例外ですよ。基本は皆、単なる人間です」
ㅤ非魔法師の口から出た、人間という言葉。それは、魔法師との壁を感じさせるもの。
「……人間じゃない奴らのこと、やっぱ怖く感じるのか?」
ㅤ魔法師は、自分の魔法に絶対的な自信を持っていることが多い。だから、おれの「マギ・インテルフェクトル」は、魔法師にクリティカルなダメージを与えられる。「非魔法師になってしまう恐怖」はそれ程のものなのだ。荒事よりも交渉が得意だった理澄ですら、魔法を失うと絶望したのだから。
「怖くはないですよ。なんていうか……別の世界の人? そういう感じです。こんな裏業界にいる以上、それなりに魔法師とも関わりますよ。それでも、『あぁ、なんか違うね』と思う程度です」
「そういうもんか。非魔法師は全員、反魔法主義者だと思ってたぜ。最近はデモもよくやってるしな」
ㅤまぁ、原因はおれなのだが。テロの実行犯の正体も明かされず、捕まりもしなかったら怒りたくなるかもしれない。
「必要悪ですよ。外国に侵略されたりして、今の仮初の平和が無くなるよりは……国防を担う魔法師達の事実上不逮捕特権を呑み込んで生きた方がマシですから」
「マシ、か……」
ㅤそもそも、おれは魔法師社会が好きではない。けれども、魔法師達に対する消極的論は何とも言えない気持ちになった。
「――ここが亜貿社です。古いビルですが……一棟ぶち抜きですからね。景気は良いと言えるでしょう」
ㅤ確かに古いビルであった。適当に魔法でも撃てば、崩れるのではないかと思う。
「じゃ、行くか……」
ㅤおれはコートのポケットに手を入れたまま、建物内へと一歩踏み出した。認識阻害の術式を掛けているので、特に問題なく進む。そして、社長室の前で足を止め、CADに指を走らせた。
「よし、これで大丈夫だ。黒羽の記憶があるから、割と弄りやすかったな」
ㅤ社長――両角来馬の記憶に干渉し、「黒羽に代わって、四葉関連の担当者が来る」という認識を植え付けたのである。
「……ナッツ、社長におれ達を適当に紹介してくれ」
ㅤそして、洗脳の効果を完全にするための指示を出す。魔法だけでは、どうも効き目が薄いのだ。周囲情報から認識を歪めさせないと、非魔法師でもかかりにくい。相手が忍者だというのなら、尚更慎重にせねばならなかった。
「どう説明すれば良いんだ?」
「おれは、黒羽に代わる四葉の新エージェント。それで、リーナは新入り忍者で」
「ニンジャ! ワタシが!?」
ㅤリーナが嬉しそうに声を上げた。好きなだけでなく、結構なりたかったらしい。
「こんなナリの忍者がいるかよ……」
「あら。ステイツでは21世紀前半から今に至るまで、ずうっとニンジャブームなのよ? ワタシもシュリケンを投げたことあるわ」
「知らねぇよ!」
「まぁまぁ、ナッツ……」
ㅤ鰐塚が有希を押し留める。なんとか落ち着いたので、社長室へとゾロゾロなだれ込む。
「おや、君たちは誰だね?」
「……社長、こちらが撤退した黒羽家に代わる、四葉家エージェントの津久葉夜久さんです」
「おぉ、そうだったな。すまん、忘れていた。――いやぁ、態々ご足労下さって……」
ㅤ騙されてくれたようなので、そのあとは適当に相槌を打つ。
ㅤおれの口座を新しく作り、そこへ役員報酬を支払うこと。リーナを社員待遇で会社に置くこと。ついでに、有希の給料を上げること。諸々を取り決めて、社長との交渉(こちらが一方的に言っただけだが)を終える。「政治的暗殺結社の経営理念云々〜」と、とにかく話が長くて大変だった。
◆
ㅤ亜貿社の寮は、会社がアパートを買い上げて設置されている。おれはそこに住むことにした。ビジネスホテルでの生活は必要に迫られてだったが、どちらにせよ人の多いところに紛れる方が安全であったりもする――自衛手段がある者には。
ㅤ社員となったことで偽装戸籍を入手したリーナは「仮装行列」を使って、好きにバイトをしている。忍者体験は3日ほどで飽きたようだった。
ㅤある日のこと。おれが部屋へ戻ると、2人の人間が勝手に上がり込んでいた。鍵はかかっていたので、明らか不法に侵入している。
「何の用だよ、一条……それに吉祥寺」
ㅤCADを持ったまま、おれ達は対峙する。先に力を抜いたのは、一条であった。
「……戻ってこいよ」
「え?」
「やってしまったことは問題だが、今なら四葉家を理由にして解決できる。前田校長も、『このまま退学にするのは惜しい』って、処分を保留しているんだ。だから……」
ㅤ反省して、やり直せ――そう言いたいらしい。
ㅤ普通の魔法師であったなら。単にちょっと粋がって、悪いことをしてみた学生であったなら。彼の言葉に頷けたかもしれない。
ㅤでも、津久葉夜久は世間から見れば「四葉」の魔法師だ。自分は利用される価値のある人物だとも分かっていた。
「……四葉を十師族から脱落させて、暫定管理だった東海地域を七草と一条で分割するんだろう。その為に、おれの存在が必要だった。四葉を再建しないと始まらない」
「それは……」
「でも! 将輝は……お前のことを思って! 校長だってそうだ!」
ㅤそうなのだ。きっと、本人は善意で言っている。そこに、沢山の思惑が重ね掛けされているだけで。
「でも、ここで頷く訳にはいかないんだよ。おれは別に、家がどうなろうと知らん。けどな……お母様が憎み、愛した四葉を汚せない」
ㅤ手に力を込め、CADを握りなおす。彼らもまた、警戒の色を強める。
「四の系譜の魔法師は……二つのタイプに分かれている。ユニークな固有魔法を持つタイプ、あるいは精神干渉魔法に強い適性を示すタイプ。おれは、ある意味両方だな」
「何が、言いたい? ――まさか!」
ㅤ一条がハッ、と何かに気づいた顔をした。ご名答、とおれは人差し指を向ける。
「おれの魔法は『精神構造干渉』。その中でも、魔法演算領域を閉じる魔法が一番得意でな。魔法を失うか、それでも強行突破するか……。好きな方を選ぶと良い」
「……」
ㅤCADを掲げて、おれはニヤリと笑う。彼らは、一体どうするのだろうか。
「魔法を失っても、茜や瑠璃がいる。一条家が断絶することは無い。だから、恐れることは――」
「――……将輝、帰ろう」
ㅤ勇ましい一条の宣言に対し、異を唱えたのは吉祥寺であった。
「けど、ジョージ……それじゃ」
「僕は魔法がないと……何もできないんだ! だって――」
ㅤ究極の選択を前にして、彼はそう叫んだ。
「――両親が死んだ後、僕は一条家に拾って貰えた。それは、僕に魔法の才能があったからだ。利用価値があったからこそ、君の側に居ることが許された……魔法を失った時、僕に何が出来る?」
「お前……そんなこと」
「いや、知ってるよ。将輝はね、きっと僕がドロップアウトしても……友でいてくれると。けど、そんな惨めな立場を! 何より、僕自身が許せない!」
ㅤそれは、彼の苦悩だった。どうして自分が「一条将輝の友人」で居続けられるか。その意味が分かっている故の。
「まぁ、それが妥当な判断だよな。理澄の奴も……魔法を失って、自ら命を絶ったよ。『全てを失ってなお、這って生きるような勇気はない』ってな」
ㅤおれはラックから端末型CADを取り出す。何となく、これは捨てられずにいた。唯一残った、彼の生きた証だったから。
「死んだ、のか……!?」
「あの、武倉が?」
「あぁ。……アイツが生きていたなら、お前らの望むような『四葉』が実現していただろうさ」
ㅤ理澄というより、分家の方針は「マズいものを裏に押し込める」であった。おれの「精神構造干渉」や司波達也の「マテリアル・バースト」などを隠したまま、他家との協調路線を進めていっただろう。日本の国防を担い、社会奉仕を行うといったキャンペーンを打ち出して。
ㅤ彼が難癖つけて五高に進まなかったのも、同世代の十師族直系との関わりを必要としたからに違いない。
ㅤそして、それは正しい判断だったとは思う。
ㅤ今の「アンタッチャブル的路線」が黙認されているのも、お母様の存在ゆえである。四葉真夜が世界の理不尽を一手に引き受けた被害者であるからこそ、誰も口を出すことが出来なかった。でも、代替わりしてしまえば許されなくなる。
「けど、社会に必要とされない魔法を持つ者は……排除されてゆく」
ㅤ第四研で実験体を弄り回し、静かに一生を過ごす――クリーンな四葉家が確立したなら、おれの人生はそうなることが確定だった。
「確かに、お前の魔法は冒瀆的なものかもしれない……。でも、言わなければ分からない。現に、俺達も今まで知らなかった!」
「分かってるさ。理澄を排除した以上……新生四葉家当主になる分には、何の問題もないことくらい」
「だったら……」
ㅤ一条が言葉を重ねる。彼の気持ちも分かるが、それでも頷けない理由があった。
「言っただろ。お母様が生きた『四葉』を否定出来ないって」
ㅤ地獄より罪深く、不幸せの蠱毒だった第四研。子供のうちから殺人を教え込まれ、倫理観を歪ませる場所。
ㅤ誇るべき生まれで無いことなど、分かり切っている。でも、おれはお母様に産んで貰ったことを誇りに思う。たとえ、自分しか覚えていなくとも。
「おれのことをまだ友達だと思うなら、帰ってくれ。帰らないなら……もう、お前らは敵だ」
ㅤCADを握り直す。「
「……帰るか、ジョージ」
「将輝……。ごめん、僕のせいで……」
ㅤ2人は、おれに背を向けた。玄関まで数歩歩いたところで、一条が言う。
「……本当は、俺も魔法を失うことが怖かった。情けないよな。相棒の手前、見栄を張っただけだったんだ」
「そうだと思ったぜ。――じゃあな」
ㅤ友人を見送り、おれはドアをゆっくりと閉める。
ㅤこの日、おれは第三高校を退学することになった。人生二度目の退学だ。
◆
ㅤ四葉家崩壊の余波は、司波兄妹にも無縁では無かった。
ㅤ理澄の弔い合戦と称し、黒羽貢を筆頭に分家の人間達が達也を襲ったのことも、その一つだ。四葉の魔法師であった彼らは皆、高レベルの魔法師であるのは確か。けれども、達也の敵では無かった。1日足らずで、全員を対処することはできた。
(しかし、それが陽動だったとは……予想外だった)
ㅤ1日――つまりは24時間、達也を足止めすること。それこそが目的であったのだ。
ㅤ達也を襲撃する前、彼らは他の人物らの殺害を行なっている。それは、国防陸軍第101旅団長、佐伯広海少将およびその手駒の軍人数名。そして、フォア・リーブス・テクノロジーCAD開発第三課の社員らだった。
ㅤ司波達也の戦力になり得るコネを排除し、「再成」が不可能になるまで時間を稼ぐ。この作戦には、敵ながら天晴れと達也も思ったほどだ。
ㅤ第三課が存在しなくなったこと。四葉家という後ろ盾が無くなったこと。それらのために、達也はFLT本社で再び働かされそうになった。要は、実験器具のリカバリー要員である。
ㅤしかし、そんな危機的事態から彼を救ったのは、意外な人物――友人でもある北山雫の父親、北山潮であった。親の都合で一高を退学するかも……という話を軽くしたところ、それを聞いた雫が両親にどうにか助けられないかと相談したのである。
ㅤそのおかげで、達也は北山家の専属CAD魔工技師という名目で、いくらか生活の援助をしてもらうことが出来た。今は父親の持つ家から引っ越し、兄妹で都内のマンションで生活している。
ㅤ失ったものは多くあるが、忌まわしき四葉家から2人は解放された。それだけでも、喜ぶべきことなのかもしれない……楽しそうに食事の用意をする妹の様子を見て、達也はそんなことを考えた。
「そういえば、お兄様」
ㅤ食材を切る手を止めて、深雪が話し始める。何かを思い出したのだろう。
「どうした?」
「今日、雫が言っていたのですが……。近々開催されるパーティに、私達を招待したいそうです。確か、新しくできるタワーの竣工記念パーティだったかと」
「いま建設中のタワーと言えば……東京オフショアタワーかな。魔法師との共存をテーマにしていて、実際に魔法師も安全装置に関わっている。中々新しい試みじゃないかな」
「魔法師が関わっているなんて、とても珍しいですね。――それで、パーティは……」
「参加しよう。雫の父上には世話になっているし……そうでなくとも、友人の誘いだからな」
ㅤ達也の言葉に、深雪はパッと顔を輝かせた。
「そうですね! 後で伝えておきます!」
「うん、頼むよ」
ㅤ妹の嬉しそうな表情に、達也も顔を綻ばせる。
ㅤガーディアンという立場に縛られなくとも、お前を絶対に守ってやる――そう、彼は決意を新たにしたのだった。
アニオリのストーリーが良かったので輸入。黒羽の双子がかわいすぎて、本作で可哀想な目に遭わせたことを「ごめん……」って思った。