魔法科高校の退学処分者   作:どぐう

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抱きしめられたら

ㅤ一条達との決別後、十師族関係の追手の姿は殆ど見なくなった。ほんの時折、七草の手の者らしい魔法師を見かける程度である。

ㅤ師族会議が四葉家を廃嫡することにしたのか、「スポンサー」がおれに干渉しないよう各所へ圧力をかけたのか。

ㅤ後者の推測が正しいと分かったのは、それから少し日にちが経った頃。ある人物が、おれを訪ねてきたことで分かった。

 

「――貴方がわざわざ来るとは思いませんでした」

「いまや、私は単なる老人に過ぎないのですよ。そう大した者ではありません」

 

ㅤおれは部屋のテーブルを挟んで、懐かしい人物と向き合っていた。客人は元四葉家筆頭執事――葉山さんである。茶などは無いから、とりあえず水を入れたコップを出しておく。彼は手をつけなかった。

 

「……お母様は元気ですか」

「えぇ。遠い未来へ来てしまった……とは理解しているようです。眠り続けている深夜様のことでは、やはり悲しまれていますが……」

「そうですか。お母様にとって一番馴染み深い人ですしね、叔母様は」

 

ㅤけれど、それも時間の問題だろう。いつか……いつかは、叔母様も目が覚める。そうしたら、きっと大丈夫だ。

 

「それでですね……夜久様。よろしければ……真夜様に、会いませんか?」

「え?」

「もう……真夜様は貴方のことを覚えていらっしゃらないのです。このままでは、何とも寂しいことではありませんか」

 

ㅤ考えないようにしていたことだった。

ㅤもう一度、お母様に会う――でも、全てが「無かったこと」になっても、おれの罪は消えない。素知らぬ顔で、関係性を作り直すことは正しいと思えなかった。

 

「……やめておきます」

 

ㅤおれは短く、そう言った。お母様の為にも、会わない方が良い。そのように言葉も重ねる。

 

「――!」

 

ㅤけれども、葉山さんはおれの言葉に激昂した。

 

「いい加減にしなさい!」

「……」

「貴方は怖がっているだけです。『親子』という柵が無くなって尚、真夜様に嫌われるんじゃないかと。そうやって、怯えるだけで良いのですか! 夜久様は!」

 

ㅤ正論だ。あまりにも、正しくて……逃げ場がない。

 

「それでも……会えません。お母様には」

「夜久様……!」

「おれ、怖い……。今でも、怖くて仕方ない。お母様の記憶を消したところで、結局何も変わらないんじゃないかって」

 

ㅤそのあとは、葉山さんの言葉に何も答えなかった。答えを出すことが恐ろしいから。そして、彼は困った顔をしたまま、帰っていった。最後に「決心したら、教えてください」と言い残して。

 

(おれを叱っただけ、踏み込んでくれたんだと分かってるけどな……)

 

ㅤ葉山さんは使用人だった。だから、あんなにも自分の感情を出すことは無かったのだ――あの人がどれだけ優しいのかなんて、分かっている。でも、無理やりに引っ張って欲しかった。「自分で決断」したくなかった。

ㅤ後悔の気持ちを抱えて、おれは泣き続ける。

 

「――どうしたの?」

 

ㅤ何時間経ったのだろう。窓の外は暗くなっていた。

 

「……リーナ?」

「バイト先で賄いを沢山貰ったから、お裾分けしようと思って……だけど、どうしちゃったの?」

 

ㅤおれの方へと近寄り、彼女は目が合う高さまでしゃがみ込む。かさり、とビニール袋が床に落ちる。

 

「ふふ、前の時と逆ね。……大丈夫?」

 

ㅤ頬が温かい。リーナの手が、おれの顔を挟んだのだ。掌の感触は昔を思い出させる。お母様の手は、とても冷たかった。

ㅤ吸い込むような蒼い目を見つめ、過去の全てを話していく。聖母像へ懺悔するように。

 

「――怖いのは当たり前よ。だから……ワタシはね、全部忘れることにしたの。両親も、軍の人間も……ワタシの中ではみんな死んでるの。人から負の感情をぶつけられるかもって、不安に思わなくて良いもの」

「おれも忘れたいよ……でも、誰も忘れられない」

 

ㅤそうでなきゃ、なぜ「誓約」を維持したままなのか。そして、なぜ理澄のCADを処分しないのか。自分はいつだって中途半端で、優柔不断なんだ。

ㅤやるせない感情をどうにかしたかった。おれは、リーナを巻き込んで床に倒れ込む。

 

「……いい?」

 

ㅤ耳元で小さく呟いた。何でもいいから、救って欲しい。一瞬だけでも。自分のカサついた唇を舐め、顔を近づけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――好条件のバイト?」

 

ㅤ牛丼をかき込みながら、おれはリーナにそう問うた。疲れた体に甘い牛肉の味が染みる。

 

「そう。緊急時に東京オフショアタワーの動力源として常駐する仕事よ」

 

ㅤ下着姿のまま、リーナが端末を左手で操作する。右手は箸を握っているからだ。彼女はローストビーフ丼を食べていた。

ㅤ画面に映し出された文字を読むと、三交代制の勤務体制らしい。日勤・準夜勤・夜勤のどこかに入って、待機するだけの簡単な仕事。放出系魔法で柱を支える制震ダンパーの摩擦を減らしたり、移動系魔法で柱を回転させたりするようだ。

 

「他の人を紹介すると、時給が少し上がるっぽいのよ」

「まぁ、魔法師なんて数が少ないからな……」

 

ㅤ使用する魔法の系統を指定していたら、尚更そうだろう。特に放出系は魔法式がやや複雑なので、加速や移動に比べればもっと少数だ。

 

「しかも、その殆どは公務員になる。そうでなくてもナンバーズに組み込まれるからな」

 

ㅤこの仕事も内容的に、まともな魔法師はつかないだろう。アルバイトとしては待遇も悪くないし、時給だって高めだ。だが、魔法科高校や魔法大学を出てまで就きたい職でもない。エクストラのように脛に疵持つような……魔法師社会から爪弾きにされた奴が行き着きそうだ。

 

「来てくれる?」

「いいよ、別に。どうせ暇だ。そういうところなら、CADの調整機もあるだろうしな」

 

ㅤここ最近、CADの設定を弄っていない。三高には自動的にアジャストしてくれる装置があったのでそれを使っていたが、今は使えないので放置気味だ。魔法が使えないことはないが、そろそろ何とかした方が良かった。

 

「あーそうね。ワタシも思ってたのよ」

 

ㅤ自分用に調整されてないCADでも、それなりに魔法を発動できるのが優秀な魔法師だ。けれども、やはり違和感は拭えない。

ㅤCADの為に働こうか、と意見が一致する。スタイラスペンを走らせ、二人揃って履歴書を記入していく。そんな時、部屋のチャイムが鳴った。ドアを開けると、小柄な人影が。

 

「よう。お前らが何しようが勝手だけどよ……近隣住民が文句を言ってる。程々にしろ」

 

ㅤあと空気が悪い、換気してくれ。そう言いながら、有希が部屋へと押し入ってくる。

 

「ウチにアポ取ってきた奴がいるんだけどな……」

 

ㅤ適当な場所に座った彼女は、本題をすぐに切り出した。

 

「ソイツはカン・フェールと名乗っている。どうやら魔法師らしくてな……魔法絡みは話が面倒そうだから、ちょっと手伝って欲しいんだ」

 

ㅤ鞄から紙束を取り出し、机に並べようとする。丼の器を持ち上げ、おれ達はスペースを作った。

 

「魔法師ねぇ……」

 

ㅤカン。漢字ならば姜。名字的に大亜系だろうか。もちろん、本名を名乗っているかもわからないのだが。

 

「おそらく、ターゲットは東京オフショアタワー建設プロジェクトに関わっている人間だと考えられる。そんなことをチラッと触れていた」

 

ㅤつい先程、話題に上ったワードが出てきた。それゆえ、何となく興味が湧く。

 

「さっき、このタワーでバイトしようかって話してたんだ」

「バイトぉ? 何だよ、チケットもぎりか?」

「違うわよ。あのね……」

 

ㅤリーナが有希に「魔法師を募集しているバイトがある」という話と、タワーについての説明を行う。

 

「いちいち魔法で動かしておかないと倒れるって、随分と難儀なビルだな……」

「普段は電気が動力源だ。でも、非常時に電気が切れると魔法で動かさないとダメなんだ。これ、結構ヤバいぞ」

「何もしなくても基本は倒れない建造物であってくれよ……」

「尤もだな。元から欠陥構造なのに、魔法で無理やり成立させようとしているのが丸わかりだ」

 

ㅤ一応地下はシェルターになっているらしいので、タワーが崩れても生き残れはしそうだが。何なら、ビル付近にいるよりも、安全ではあるだろう。しかし、崩れる前提なのは問題ではないか。

 

「ふーん。アタシはその辺には近づかないことにするよ」

 

ㅤとりあえず明日の依頼人に会う時、おれが同席するという話で纏まった。どういう理由で彼が暗殺を依頼してきたのか、改めて尋ねようということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ次の日、おれは鰐塚と一緒に依頼人と対面していた。ある喫茶店にて、端の方でおれ達はコソコソと商談をする。

ㅤカン・フェールという男は、なかなかに男前な見た目だ。長髪を後ろで束ねており、手首には腕輪型CADが。このご時世に、堂々と身につけている人は珍しい。

 

「ここの会社、『アンタッチャブル』と繋がっているという噂を耳にしたのですが……本当ですか」

「随分と直球の質問なことで」

「貴方がたも、こういう商売だ。どうせ、私の素性は調べ終えていらっしゃるでしょう」

「えぇ。『進人類フロント』の方だとは存じておりますよ」

 

ㅤ鰐塚がニコニコした顔で、カンの言葉に頷く。相手が持っているであろう思想を考えると、彼は呑気に頷いている場合ではない気もする。まぁ、客商売だから仕方ないのか。

ㅤ進人類フロント。魔法至上主義の急進的団体であり、「魔法師こそが人類の進化系である」と唱えている。

 

「なら、お話は早い。是非、我々の活動を承認して頂きたいのですよ」

「今の彼らは、ほぼ機能不全状態……そんな噂が耳に入っていないとは言わせませんよ」

「ご冗談を。あの『アンタッチャブル』ですよ? 決起に向けて、地下に潜ったに決まっている」

 

ㅤ聞く耳を持たない。彼は自分の都合の良いことだけを信じるタイプなのだろう。

 

「承認、までは分かりませんが……彼らが貴方がたの活動に抗議する、ということは無いでしょう。それだけはお約束します」

 

ㅤこういう手合いは、耳障りの良い言葉で誤魔化すに限る。おれの言葉に、彼は満足げな顔をした。

 

「それで十分です」

「では、本題へと移りましょう。『処分』したい商品は何でしょう?」

「東京オフショアタワー建設プロジェクト関係者です。魔法師を使い潰すことしか考えていない、人間の屑達です……」

 

ㅤ関係者を暗殺することで、建設自体を中止させる目論見らしい。しかし、それは無理な気がする。もう建てかけな訳だし、何人死のうが続行するだろう。とはいえ、そんなことは教えてやらない。適当に「そうですか」と答えておくのみ。

ㅤおれはCADの調整の為に、真面目に働こうとしているのだ。こっちが暴れたい気分の時に、暴れてくれたら良いものを。何とも、タイミングが悪過ぎる。

 

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