ㅤ最終的に、カンと亜貿社との間で契約は結ばれなかった。しかも、こちら側からの拒否。後々の遺恨を残さないよう、おれがわざわざ彼の記憶を改竄までしたのだ。「暗殺という小さな解決策では、事態は何も解決しない」という考えを植え付けておいた。多分、亜貿社に行ったことは「みみっちい発想」だったと反省しているに違いない。
「北方潮の何がダメだったんだ? 協賛してた魔法協会のトップも殺せるっていうのに、単なる一会社の社長にビビるのは変だろ」
ㅤ指定したターゲットの1人に「北方潮」がいたこと。それが、暗殺計画をストップする理由だった。彼はホクサングループの代表であり、国内でも有数の資産家だ。彼自身は非魔法師だが、魔法師と結婚したことをきっかけに、魔法産業にも最近力を入れているという。とはいえ、新規参入ゆえにCAD開発や魔法式開発などの花形産業に加わるのは厳しい。だからこそ、タワーという前例のない事業に出資したのだろう。
「的の近しい人間の1人……それが問題でした」
ㅤ鰐塚が苦虫を噛み潰したような顔で言う。ひどく言いにくそうな口振りだが、おれは言葉の先を促す。
「司波達也ですよ。昔……ナッツがやらかしまして。それで手痛い目に遭ったんです」
「なんか、前に軽く聞いたな」
ㅤおれを狙ったときにも、「司波達也」について話していた。よほど、酷い目にあったのだろう。
「魔法の詳細については、私は分からないのですが、文弥様の話では……『達也兄さんが殺そうと思ったなら、どこにいても殺せるんだから』という話でした。何とか生き残っているのだし、わざわざアレを刺激することはない。そういうことです」
「なるほどね……」
ㅤ納得したおれは、深く頷く。どうやら、黒羽文弥は「例の魔法」を持つ再従兄弟を誇っていたらしい。今でも、それは変わっていないのだろうか。少し気になった。
「ちなみに、これは興味本位なのですが……」
「何だ?」
「貴方だったら、逆に殺せるんですか? あの『司波達也』を」
ㅤ殺せるのか。その問いをきっかけに、頭の中でシミュレーションが廻る。
「……殺せるかもな」
◆
ㅤ東京オフショアタワーの建設は進み、3月終わりにはほぼ完成。全長約2千メートルの超高層タワーは、東京の新たなシンボルマークとなったのだ。
ㅤそして、4月7日――タワーの最上階では、竣工パーティーが開かれていた。
ㅤおれとリーナは、地下35階にある待機室で駄弁っていた。遮音フィールド程度の魔法なら、使用を許されているので張っておく。職場の設備で調整したことで、CADも今はずっと使いやすくなった。
「しかし……あの、カンという男。アイツの言ってたことも、強ち間違いではないのかもな」
ㅤ待機室を見回し、おれはそう呟いた。豪奢な部屋、動画などの娯楽。ここでぼんやりしているだけで、それなりの給料になるのだ。待遇は言うほど悪くない。けれども、非常時の仕事内容――魔法に関してのケアが本当に杜撰なのだ。
「専用CADすら置いていないなんてね。バラバラに柱を回せっていうの? タイミングが合わないと、どうしようもないわよ」
ㅤリーナがコンビニで買ってきた菓子を摘みながら、魔法設備関係の文句を零す。
ㅤ電気が供給されなくなった場合、移動系魔法でホイールを回転させねばならない。その為のCADは自弁らしいのだ。それは無茶過ぎる。
「しかも、普段は業務が無いわけだし。ぶっつけ本番で、息が合う訳ないでしょう?」
ㅤ魔法は繊細なものだ。現代魔法は特にそうで、相克を避ける為に協力は難しい。だからこそ、三高などでは「コンビネーション魔法による戦術」による実戦演習があった訳で。
ㅤ普段から好き勝手しているおれが言うのも変だが、基本的に一般魔法師はコミュニケーションを密にしておいた方が良い。そして、皆が使える平易な魔法を確認しておく。そこまでしてやっと、魔法による共闘が可能になるのだ。
ㅤ強力な固有魔法は属人的なものであり、そんな魔法師は数少ない。四葉にはゴロゴロいたけれども。ところが、魔法師全体の割合で考えると固有魔法頼りの魔法師は1割以下だ。
「術式を分けないと、長時間の魔法維持は厳しいだろうに……」
ㅤ数人の魔法師での協力は定石でない。例外は、儀式魔法の魔法陣システムを転用した、大型CADによる分担だ。
ㅤ儀式魔法は、古式系の精霊魔法に近い。想子情報体を介し、エイドスの改変を行う。魔法師が行うのは無系統魔法による、情報体の継続的な活性化だ。いかんせん、情報体は1人で処理するには負担が大きすぎる。故に、数人で動かす必要があるのだ。
「きっと、高いからね。調整機も良い機種じゃなかったということは、予算とかが厳しいのかしら……」
ㅤ魔法陣は高い。手描きというのもあるが、特定の改変を行う情報体を生む為の画像パターンが複雑なのだ。単一系の簡単な魔法であっても、大掛かりなものとなってしまう。
「『魔法師との共存』というお題目だけが先行したんだろ。魔法協会も金を出してくれそうなネタだ」
「共存、ね……。そんなの、理想論だわ」
ㅤその通りだ。魔法師同士ですら、分かり合うことはできない。おれもリーナも、魔法師社会から零れ落ちているのだから。
「――随分と言いたい放題ですね。俺も同感ですが」
ㅤ不意に、声が割って入った――割って入る? おかしい。遮音フィールドを掛けていた筈なのに。
「急にすみません。耳が良いもので」
ㅤ声の主は、横に座っていた青年からだった。20代後半、といったところだろうか。
「……耳が良いだけじゃないわよね。遮音フィールドに隔てられた声を聞くスキルなんて、なかなかお目にかかれないわ」
「正確には、フィールドで減衰していく音の波長を聞き分けているんです」
ㅤ剣呑なリーナの視線にも動じず、青年は肩をすくめるのみ。
「俺の名前は、
「四葉の人間か」
ㅤおれを「夜久様」と呼ぶこと。導き出せる答えは一つだ。
「元は、武倉の魔法師でした。理澄様亡き今、もう帰るところは無いのですがね。今は、進人類フロントに所属しています」
ㅤ青年――瑠綺は、おれ達の前の椅子へと座る。
「まぁ、一点特化の魔法師を拾ってくれるところは少ないですからね……消去法ということです」
ㅤ瑠綺は、堂々と目の前にある菓子を食べ始めた。「夜久様」と言ってはいたが、態度はまるで最悪だ。
「カン・フェールの素性はご存知ですか?」
「本名は岬というらしいな。大陸系じゃなかったようだ」
「えぇ。本当の字は別で、『三咲』。……三のエクストラですよ」
「エクストラ?」
ㅤリーナが首を傾げた。馴染みのないワードだからだろう。
「十師族が開発された研究所にいた実験体の……そうだな、いわゆる失敗作だ。非人道的な魔法特性を持って生まれたゆえ、闇に葬られてしまった。魔法黎明期の負の遺産だよ」
「ヨルヒサも割と、とんでもない魔法を持っている気がするけど」
「まぁ、それはそれだ」
「第四研は、元より闇ですからね。社会から離れていたゆえに、迫害されることもなかっただけです」
ㅤ古巣なのに言いたい放題だ。意外に思い、その理由を問う。
「俺は中途雇用なんですよ。元は『
ㅤFighters for the Evolution of Human Raceの頭文字を取って、 FEHR。最近、バンクーバーで正式承認されたとかいう魔法師保護団体だった筈だ。
「軍に徴兵されるレベルにない、魔法因子保有者のコミュニティ……スターズ時代の資料で見たわ」
「その通りです。ただ、どうも肌に合わなくて……」
「魔法師保護団体なのに?」
「社会の中で『魔法遣い』として、溶け込む必要がどこにあるのかと。魔法を自由に使いたいだけなら、そういう場所に身を置くしかありません」
ㅤそれゆえ、四葉家へと就職した。どうやってかは知らないが、何か方法があったのだろう。
「そういう点では、進人類フロントはマシですよ。『フェール』を名乗る割に、好き放題魔法を使わせろ!という主張ですからね」
「なるほど、フェールという名はFEHRから取っていたのね」
ㅤエクストラの血統に生まれてしまった岬は、FEHRの思想に共鳴したのだろう。だから、意識してそんな偽名を使っているということ。
「だが、進人類フロントの方がマシか? 魔法協会・師族会議の連名で『過激派魔法至上主義者団体』と批判されているんだぞ」
ㅤ彼らが内心どう思っているかはともかく、世間に認められている団体ではないのだ。正式承認されているFEHRの方が真っ当ではある気がする。
「法を無視して魔法を使いまくるなら、それ相応の制裁は必要でしょう」
ㅤ魔法を自由に使いたい。けれど、差別されるのは嫌。そんな魔法師の矛盾した主張を、瑠綺は心底憎んでいるらしかった。
「実際、夜久様も落ちぶれている訳ですからね」
「うるさいな。それは元からだよ」
ㅤ追手は減った為に、素顔で街を歩けてはいるが、まともな魔法師コミュニティには加入することは無理だ。魔法協会などにノコノコ行けば、普通に拘束されるだろう。
「――それで、用は何だ? わざわざ、元雇い主の知人に接触する必要がお前にあるか?」
「……今から、このタワーでテロが行われます」
「テロ?」
ㅤおれは目を見開く。隣でリーナも驚いていた。
「魔法に対する粗雑な認識の告発……の筈だったんですがね。結局、暴走してこんな有様です」
「何をやるんだ?」
「タワーを爆破して折ります。――それだけはお伝えしておこうかと。一方的に知っていただけですが……何だか目覚めが悪いので」
ㅤそう言い残し、彼は去っていった。おれ達は顔を見合わせる。別に職場が無くなろうとどうでも良いが、CAD調整機の所在をまた1から探し直しだ。
「……あの男、なんだか胡散臭かったわ。何か、別の目的があるみたい」
ㅤおれも同意見だった。「スポンサー」系統の匂いがする。そう考えたとき、ピースが繋がった。
「……十師族の破壊、だ」
「え?」
「閣下は魔法師社会の刷新を目的としていたんだ……。四葉はスポンサーの目論見通り、在野に散らばった」
ㅤ魔法テロを通じて、魔法師の排斥運動を押し進める。そして、その混乱の中で生き残るのは……強い魔法師だけ。それを再び、スポンサーが拾い上げるのだ。
「要は、おれは今でもアイツらに踊らされていたってことだな」
ㅤやはり、一条の話に乗るべきだったか。おれは舌打ちをする。でも、それはそれで何かが違う。
「スポンサーって? ヨツバとは違うの?」
「四葉家"の"スポンサーということさ。その殆どが、古式魔法の系譜だ」
ㅤ強い魔法師を作り出すには、遺伝子工学を基にした「交配」による開発が早い。故に、魔法技能師開発研究所が稼働したのだ。けれど、昔は――今も遺伝子操作は忌避されている。古式魔法の大家は「穢れ」を内に取り込むことこそ忌避したが、それでも手元に戦力を置きたがった。それが「第四研」のはじまりだ。
「さっきの男……名字が東雲だったろ。あれは、四葉家の素体を出している家系だ」
ㅤ武倉家に送り込まれていた辺り、瑠綺は本家の人間ではなさそうだ。監視役、あるいは工作員。遮音フィールドを無効にするといった、諜報のスキルを持っていたことからも分かる。FEHRから四葉家に移ったというより、あの国で調査をしていたとみるべきだろう。
ㅤそして、理澄がおれの動きを鈍らせたかった訳だ。彼は、あの家を心から愛していた。それゆえ、四の「終わり」を誰よりも恐れたのだ。四葉家の崩壊は、すぐそばにあったのだから。
「でも……そんな人がなぜ、ヨルヒサに情報を?」
「そう、それが謎なんだ。おれに止めさせたかったのか?」
ㅤカン・フェールの素性、進人類フロントの野望。教えてもらえなければ、知ることも無かった。
「――違う。カンを暴走させたのは……おれだ!」
ㅤ記憶改竄の際、適当に嘘の記憶を差し込んだ。構成員の過激な思想を宥めていたシーン――それを確か、彼が意見に同調していたことへ書き換えた。だから、進人類フロントは暴走している。
ㅤ今なら、意味が分かる――瑠綺は礼を言いに来たのだ。「思い通りに動いてくれて、ありがとう」と。
「……どうしよう。おれ……」
ㅤ蒼い顔で、リーナに縋り付く。彼女はまだ、この状況がよく分かっていないようだった。「どうしたの?」と言わんばかりの、優しい顔でおれを抱きとめた。
「――……どこへも逃げられてない」
ㅤ自由になりたかっただけなのに。自分の力で、社会へ飛び出したかっただけなのに。どうして、世界は何度も「間違いだった」と突きつけるのか。
ㅤ部屋が急に暗くなった。一拍置いて、アラームが鳴り響く。無機質なブザー音は、何も答えを教えてはくれない。
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