魔法科高校の退学処分者   作:どぐう

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君のために此処にいる

ㅤわたしの名前は四葉真夜。

ㅤ十師族・四葉家の一員なんだけど……その四葉家はもう「存在しない」よう。詳細はよく分からない。だって、知らないうちに遠い未来に来てしまったから。姿見でみる自分も、シックなデザインのドレスが似合う大人だ。どうしてだろう。

ㅤ周りの環境だって、何もかも変わっている。葉山さんはもうおじいちゃん。それに、動画で見た弘一さんは、もはや知らない人みたいに見た目が違う。変なサングラスを掛けたおじさんだ。

 

「……姉様は、今日も目が覚めないのね」

 

ㅤマグカップに並々注いで貰った紅茶を飲みながら(マナー違反は承知の上。でも、一気にたくさん飲みたいのだ!)、わたしはそう呟いた。

ㅤ今の生活になってから、周りの人間は口うるさくない。次期当主にふさわしい振る舞いを、とかも言わないから、毎日のびのび楽しく過ごせている。けれども、やっぱり姉様とお喋りしたい。病気らしいけど、早く治ってほしいな。

 

「しかし、これでも安定しているのですよ。真夜様が、毎日お声を掛けられるようになってからは」

「そうなの? やっぱり不思議だわ。仲違いしてただなんて」

 

ㅤ前の「わたし」は、どうやら姉様の距離を置いていたのだそう。そんなの信じられない。わたしは姉様が大好きだし、姉様だってわたしのことが大好きな筈なのに。

 

「ちょっとした……ボタンの掛け違えのようなものですよ。けれども、時は遡りました。やり直すことくらい、容易いものでしょう」

 

ㅤ葉山さんは何だか意味ありげなことを言いながらも、お皿にクッキーをたくさん盛ってくれた。アーモンドクッキーだ。

 

「あれ? 量が多いわね。わたし、こんなには食べられないわよ」

「いえ、今日はお客様がいらっしゃるのですよ。貴女に会いたい、という方が」

 

ㅤいつもに増してニコニコしている。ここまでご機嫌なことは珍しい。良くも悪くも、フラットな性格だから。

 

「ふーん……。誰なの?」

「それは会ってのお楽しみということで――おや、いらしたようですね」

 

ㅤ扉が開く。現れたのは、男の子だった。

ㅤセンター分けの髪は、烏の濡羽みたいな黒。右目の下には涙ぼくろがある。そして、驚くべきことに姉様にそっくり――つまり、わたしとも似ているということだ。

ㅤ彼はわたしをみて、一瞬だけ泣きそうな顔をした。唇をわずかに震わせ、彼は口を開く。

 

「はじめまして。おれの名前は……四葉夜久です」

「……夜久様は、四葉家唯一の生き残り。そう表現するのが"今"は正解でしょうか」

 

ㅤ葉山さんが彼の背を押し、わたしの向かいにある椅子に座らせた。

 

「……」

「、……」

 

ㅤ沈黙が続く。ティーカップ越しにチラリと前を見るけど、彼はずうっと押し黙ったまま。頼みの綱の葉山さんといえば、「ごゆっくり」と笑顔で部屋を出て行った。

 

「あの……貴方って、わたしの弟になるのかしら?」

 

ㅤ無言の時間に耐えかねて、おずおずと話を切り出す。

 

「……弟?」

「えっ、あ……わたしと顔がそっくりだし、『四葉家最後の』って聞いたし……。年下だし……」

 

ㅤどうしたらいいか分からなくなり、とにかく頭の中にあることを捲し立てる。話しているのは自分なのに、どんどん混乱してしまう。

 

「それに、姉様が起きてくれなくて寂しいから……きょうだいがいてくれたらいいなって」

「――いいですよ」

「えっ!? いいの?」

 

ㅤ夜久は、ようやく薄い微笑みを浮かべて頷いた。怒ってないんだ、と思ってホッとする。

 

「……よろしくね。姉さん」

「うん。よろしくね、夜久」

 

ㅤアーモンドクッキーを摘む。そして、彼のお皿に入れてあげた。

 

「食べましょ? お話したいことも……たくさんあるわ」

「うん!」

 

ㅤ久しぶりに、楽しい時間が過ごせそうだ。胸が弾む。ここに姉様も早く混ざって欲しいな……とわたしは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー。『弟』になっちゃったの」

 

ㅤリーナがニヤニヤした顔で、こちらを揶揄う。面白がっているのは明白だ。おれは苦し紛れの反論を吐き出す。

 

「……だって、仕方ないだろ? 向こうはおれのことは覚えていないんだぜ。いきなり息子ですってなっても」

「それもそうね。で、魔法は褒めてもらえたの?」

 

ㅤぐ、とおれは言葉に詰まる。最も聞いて欲しくない質問だった。

 

「――……ちゃった」

「なんて?」

「拗ねちゃったんだよ、お母様」

「どうしてよ」

 

ㅤおれはため息をつき、リーナに向き直る。

 

「伯母様とお揃いだから」

「あぁー……」

 

ㅤ手を額に当て、唸るリーナ。海外ドラマのワンシーンのようだ。

 

「まぁ、でも。……良かったじゃない、一応」

「お母様がおれを見た、という点ではな。けど、おれ達がスポンサー側についたそもそもの理由を覚えているか?」

「えっと、何だっけ?」

 

ㅤおれはため息をついた。肝心なことを忘れている彼女のポンコツさに少々呆れてしまう。

 

「古式魔法師がのさばるのを何とかしなくちゃいけないだろ? それで、内部から何とかしようって話だ。おれもお前も、お母様も現代魔法師なんだから」

「ヨルヒサはそういうオカルト魔法師じゃないの? 血筋がどうこうって言ってたじゃない」

「古式魔法なんて一つも使えないぞ?」

 

ㅤ十六夜の血を引いているのはその通りだ。けれども、古式系の術なんて教えられていないので使えるわけがない。

ㅤそれに、四葉……特に本家はCADを使用した魔法を優先して習得する。戦闘魔法師として育てられてもいないから、四葉の戦闘訓練も大して受けていないけれど。

 

「使えないんだ」

「あぁ、使えない。だがな……」

 

ㅤ指先で、自分の頭を軽く叩く。頼りないようで、今のところ「これ」が一番の武器だ。

 

「古式系の伝承やルール……それは知っている。このことは、古式魔法師に対する大きなアドバンテージとなり得るぜ」

 

ㅤファジィさが古式魔法の肝だ。不可解で不明瞭であればあるほど、強さが増幅されてゆく。逆に、「分かって」いれば然程問題ではない。

 

「なるほど……。けど、ヨルヒサって賢かったのね。魔法理論とか、苦手そうだと思ってた」

「……忘れられないんだよ。脳に焼き付けられたものは」

 

ㅤ四葉家の研究ノウハウやレポート、メモに至るまで……全てを幼少期に植え付けられた。「精神構造干渉」を持つおれは、精神の真髄を研究する為に不可欠な存在だったのだ。研究に投入しないという選択肢はない。しかし、のんびり教えている暇も無いわけで。だから、無理矢理覚えさせた。それだけのことだ。

 

「だから、おれの存在こそが第四研のバックアップという訳だ。でも、完全じゃない」

 

ㅤそう言いつつ、おれは移動系魔法で重たい金属製扉を退けた。瓦礫が多いので、動くだけで一苦労である。

ㅤ今のおれ達は、廃墟探索をしていた。FLTの旧研究施設を彷徨いている。旧、の訳は分家の人間らが最期の嫌がらせとばかりに破壊しまくったからである。分家はロクなやつがいなかった。

 

「ここにそれがあるっていうの?」

「分家の研究データが残っている可能性がある」

 

ㅤ四葉分家は、独自に研究員を雇って何かしらやっていた。純粋な研究が目的というよりかは、技術の活用から利益を確保する方が重要視されていたようだが。

 

「それを探し出すのが、何かの役に立つの?」

「見てみないと分からん。無いよりは――」

 

ㅤおれはそこで言葉を切る。いや、切らねばならなかった。不意に、鈍痛が身体中を走った。脂汗を流しながらも、CADに指を走らせる。

 

「リーナ、想子ウォール!」

 

ㅤそう叫びつつ、自分も魔法を発動する――精神干渉魔法「脳内麻薬」。読んで字のごとく、脳内に多幸感をもたらす魔法。そして、これは「ダイレクト・ペイン」の痛みを紛らわせるのに一番有用な魔法であった。

 

(……黒羽の双子が、なぜこんな所に?)

 

ㅤ電気もついていないので暗い中だったが、羽根のようなものが途中で勢いを失って落ちてゆくのが見えた。リーナの領域干渉が阻んだのか。

 

「ぐっ……、かはっ!」

 

ㅤ腹部に圧迫感。何者かに殴られた。痛みは魔法で紛らわせているが、衝撃は直にやってくる。その勢いのまま押し切られ、はっきり言ってこちらは劣勢だ。

 

「ヨルヒサ! って、あぁ!もう!」

 

ㅤあちらも自分のことで手一杯のようだった。「ダイレクト・ペイン」による痛みのせいで、十全のパフォーマンスができていないのだろう。彼女は、敵から飛ばされるコンクリート片などを必死で躱していた。

 

「クソ……」

 

ㅤこの痛みの中では、「マギ・インテルフェクトル」を冷静に使えない。あれは意外と集中力を必要とするのだ。しかも、今は「脳内麻薬」を連続発動している。それでも痛いのだ。

 

「……お前だけは絶対許さない」

 

ㅤ目の前の相手――黒羽文弥は静かにそう言った。

 

「なるほど。兄貴分の敵討ちってか?」

「――違うっ! 僕はお前を殺すつもりはない」

 

ㅤ鈍痛が更に強くなった。こちらも「脳内麻薬」を増幅させて耐える。

 

「ただ……もう僕たちはどうしていいか分からないんだ」

 

ㅤ文弥は涙を流していた。見れば、その横の少女――亜夜子も窶れた顔をしている。着ている衣服も昔見たような派手な服装でもなく、量販店で買ったような安物のトレーナーとジーンズであった。

 

「新発田さんの好意で、六塚に移ることになっていたんだけどね。移動途中で襲撃された。どこかから漏れたんだろう。……ガーディアンも死んだ」

 

ㅤいくら四葉の魔法師とはいえ、多数の魔法師に囲まれれば厳しい。這う這うの体で逃げ出し、今に至るのだという。

ㅤそうなると、新発田勝成が怪しいのではないか。自分達が安全に逃げ出せるよう、双子を利用した可能性もある。実際のところは分からないが。少なくとも、文弥も亜夜子もその線を疑ってはいるのだろう。だからこそ、自分達だけで六塚の管理領域に行かなかった。そういうことだ。

 

「……ここに残ってた研究データは他の奴が持ってったよ。僕らは黙ってそれを見てた。もう、どうでも良かったからね――殺したいなら、殺せば?」

「死にたいのか?」

「ううん、別に。生きたいよ、今でも。ただ、諦めてるだけ」

 

ㅤその表情に、あの日の理澄がよぎった。

ㅤ彼もそうだったのだろう。人はあまりにも弱い。全てを失ってしまえば、生きる希望を見出すことはできないのだ。

 

「……つまんね」

 

ㅤ両手をあげて、降参のポーズをする。「脳内麻薬」だけは維持しているが。

ㅤ文弥の眉が吊り上がる。怒りからか、小刻みに震えている。おれを睨みつけ、彼は怒気を孕んだ声で叫ぶ。

 

「つまらないって何だよ! 勝手なこと言いやがって!」

「そうとしか言いよう無いだろ」

「……そうだよ、僕たちはつまらない人生を生きてた。大人に言われるまま、人を殺してきただけだ。……別に今だって、罪の意識とか無い。でも、そのことを『異常』だと世間はきっと扱う。何も変わってない筈なのに」

 

ㅤほぼ洗脳に近いものだったとしても……人を殺せば、罪人に変わりはない。それを赦してくれるのは、四葉だけだった。身内を愛する限り、彼らは「正常」でいれたのだ。

ㅤ世間と隔絶していた本家とは違い、分家はそれなりに社会と関わっていた。それ故に、常識とのギャップに悩まされたのだろう。今なら、「正気に戻ったら、耐えられる訳がない!」と叫んだ奴の気持ちも分かる。

 

「まぁ、悪かったなとは思うよ。『おれを肯定してくれる居場所じゃなかった』って理由で、四葉をめちゃくちゃにしたことはな」

「いや、正しかったんだよ。あんな家、成立しちゃいけなかった。だけど……」

 

ㅤそこからは、言葉にならなかった。文弥は崩れ落ちるように、床に倒れたからだ。気力だけで保っていたのだろう。

 

「文弥っ!」

 

ㅤ今の今までリーナと交戦してた亜夜子が、弟の身を案じ、攻撃の手を止めた。もちろん、彼女はリーナの手によって拘束される。

 

「苦戦させられたわ。身体も痛いし……。――何か、言いたいことある?」

「……文弥だけは助けてあげて」

 

ㅤそう言うと、彼女は俯いた。弟思いの姉なのだ。

 

「一つ、聞いてもいいか? データを取りに来た奴がいたって話。あれ、誰だ?」

「……おそらく、一条家でしょうね。一条将輝が居たもの」

「アイツかよ……」

 

ㅤカッコつけて決別したのに「くれ」とは言いづらい。舌打ちをしたくなった。

 

「……お前、スパイとか得意だったよな?」

「え、えぇ。そういう仕事はしていたけれど……」

「『四葉の元関係者』と名乗って、一条家に入り込めるか?」

「出来ないことはないでしょうけど……多分、上手くいかないわよ。初期ならともかく、現時点では抜けた人間達が情報を多数売った筈。私に四葉との血縁関係がある、という公式なデータも存在しないし、私を受け入れるメリットは無いんじゃないかしら」

 

ㅤ秘密主義であったゆえに、逆に存在証明ができない。だから、後ろ盾を失ったが最後、にっちにもさっちにもいかなくなる。

 

「持ってく土産なら、いいのがあるぜ」

 

ㅤそう、理澄のCADだ。四葉随一の戦闘魔法師が遺したそれは、研究材料として一級品だろう。

 

「――分かったわ、任せてください。……それで!? 文弥はどうするの?」

「アイツはもう、『異常が正しい』場所に置いてやらないとダメだろ。……安心しろ、悪いようにはしない」

 

ㅤとりあえず、亜貿社に放り込んでおこう。元上司をいびれて、ナッツも喜ぶに違いない。文弥には災難な話かもしれないが。

ㅤそれに、今は魔法師殺しの依頼が多い。リーナがそのせいで結構駆り出されているが、一人増えれば彼女の負担も減る。

 

「……ありがとう。――ごめんね、文弥。私、姉さんなのに……貴方に辛い思いばかりさせちゃったわね」

 

ㅤ亜夜子は、気を失ったままの文弥の手を取り、優しく両手で包み込む。

ㅤその光景を見て、居場所を失ってなお今日まで二人が生き延びられた理由が分かった気がした。

 

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