ㅤ第三高校は「尚武」の校風で有名だ。
ㅤだけれども、一高を退学処分された奴に積極的に絡もうとする奇特な人物はいないらしい。理澄にしたって、別に元々仲が良い訳でもないし、すれ違っても挨拶したりしないくらいだ。
ㅤだが、友達が居ないなりに、おれは普通に過ごしている。今のところは特に不満も無い。今日も校内のカフェテリアに残って宿題をしているところだ。
ㅤただ、一つだけ心配していることがあった。
ㅤそれは、九校戦に出場出来るのかということ。
ㅤ魔法師としての才能を、分家に押し込まれて隠されている自分の存在を、声高に世間に主張したい――そんな願いをいつも抱いているおれにとって、九校戦は誂え向きの舞台だった。
ㅤ一高時代と違って、三高では実力を隠していない。このまま普通にしていても、メンバーに選出されるとは思っている。けれども、理澄はおれが目立とうとすることを良しとしないだろう。彼は骨の髄まで「四葉」が染み込んだ男で、自分の力を隠すことに忌避感が無い。こちらの妨害をしてくる可能性もあり得る。それならば、すぐにでも行動をしなければならない。
ㅤそう思い立ち、すぐさま風紀委員会本部へと向かった。本部の扉を開け、目的の人物を探す。部屋には数人が書類仕事をしている。だが、そこまで数も居ないので、容易に見つけることが出来た。おれは目立つ茶色い髪の生徒を指差し、高らかに叫んだ。
「一条将輝! おれと模擬戦をしろ!」
ㅤその瞬間、場の空気が一気に凍る。武闘派の三高の癖に模擬戦が珍しいのか?と怪訝に思ったけれども、そうでは無かった。
「……あの、一条は俺だが」
ㅤ後ろから声がした。振り向くと、扉の所に一人の男が立っている。間違いなく彼の外見的特徴は、「クリムゾン・プリンス」のもの。
ㅤ暫しの間、無言で一条(?)と向き合うおれ。
「じゃあ、さっきのは誰だ……?」
ㅤ先ほど指差してしまった相手を確認しようとすると、向こうも端末から顔を上げた。
「僕と一条を間違えないでくれるかな……。ヤク」
ㅤ嫌そうな顔で、理澄がこちらを見ていた。彼が風紀委員だとは知らなかった。バレないよう、直接赴いたのに。大失敗である。
◆
「はじめまして。俺が一条将輝だ。君のことはよく知ってる。ここでもかなり有名だぞ? 七草に喧嘩を売ったせいで、退学処分にされた奴として」
「ふーん。結構売名になったのかな」
「そんな売名要る? 僕だったら、絶対要らないけど」
ㅤおれは一条と理澄を引き連れ、カフェテリアに戻ってきていた。「ここで騒ぐな」と、追い出されたからである。おれも所構わず噛み付くのは得策ではない、と分かっているので素直に従った。
「戦う相手をビビらせられるだろ」
「普通にカッコ悪いよ、それ」
ㅤおれの言葉に、理澄は呆れた様子を隠さない。
「――それにしても、そちらから来てくれるとはな。俺たちの間でも、九校戦に向けてお前を引き入れたいという話は出ていたんだ。な、武倉?」
「まぁね。だからこそ、一高を叩き出されたヤクをこっちに呼んだ訳だし。そうじゃなきゃ、顔見知りレベルの相手にそこまでしない」
ㅤおれの予想に反し、理澄は俺を九校戦の戦力に数えていたようだった。その点には、どうも違和感がある。
ㅤ四葉であることを隠したがる筈の人間が、心変わりする理由がわからない。おれの存在を目立たせてまで、他に隠したいものがある?
ㅤ一条が咳払いを一つし、話を切り出し始める。理澄のことも気になるが、まずはそちらを聞くことにした。
「……三高はここ数年の九校戦で、毎回一高に苦杯を舐めさせられ続けている。学校側もこれには忸怩たる思いを抱いていて、解決策を提示するよう風紀委員会にお達しを出した。まぁ、これは俺の存在が大きいとは思う。正確には『俺とジョージ』だけどな」
ㅤ自信満々なことである。生まれながらに「十師族直系」であることが人生に裏打ちされているのだ。
「確かに、俺とジョージが組めば無敵だ。けれども、校内の柵が本戦出場を妨げる。どこも『一年生は新人戦に出とけ』という不文律があるけれど、中でも三高は特にそれが顕著だ」
「つまり、問題児を逆手に取ろうと? おれに『本戦に出たい』と大騒ぎさせて、『コイツが出るくらいなら、一条の方が良いだろ』という風潮にする……。そういうことか」
「話が早くて助かる。――武倉、お前の予測通りだな」
ㅤこのアイデアは理澄が考えたらしい。一条を本戦に出すことが、彼の利益に繋がると考えれば良いのだろうか。
「元から異常者扱いされてる奴がやれば、一条は火の粉を被らずに本戦メンバー入り出来るからね。棒倒し本戦に一条、早撃ち本戦に吉祥寺、モノリス本戦に一条・吉祥寺コンビを捻じ込めれば、優勝の確率はぐっと上がる。出たいなら、ヤクも本戦に出てくれても良いし」
ㅤそれを聞いて、おれは少し考える。
ㅤ正直、自分を追い出した一高が優勝するのは気に食わない。それに、新人戦より本戦に出た方が目立てるのもそうだ。メリットはあれど、デメリットは殆ど無い。少々、上級生に睨まれる程度なら、いつものことだ。
「……条件がある。理澄も本戦のどれかに出て、優勝しろ。お前だけは高みの見物、なんてさせねえよ」
「えぇ……。僕、実技の成績そこまで良くないよ。一年だけの新人戦ならギリ入れる、程度でしょ」
ㅤ嘘つけ! この期に及んで、コイツは実力を頑なに隠そうとするのか。
「じゃあ、何で風紀委員なんだよ。三高の風紀は、実力無い奴は入れないんだろ?」
「あぁ……。それには訳があって」
ㅤ割って入った一条が、その辺りの細かい事情を説明し始めた。
「まず、教職員枠でジョージが風紀委員にスカウトされたんだ。だが、アイツは研究でかなり忙しいから、仕事を全部担ったらパンクしてしまう。でも、助手を勤めている生徒が同級生に居た。それなら、助手にも仕事を分担させて、名前だけでもジョージを置こうってなったんだ。――そうだろ?」
「……職場の序列を学校にまで持ち込まれるとは思わなかったよ。僕だって、暇な訳じゃあないんだ。研究以外のことを押し付けないで欲しい」
ㅤ研究所にわざわざ入ったりするからである。可哀想だが、自業自得だ。
「でも、金沢魔法理研は一条が資金を出してるんだろ。コイツは十師族。お前はそこら辺の魔法師。どうしようもない。実力ないのにコネで風紀委員会入りしたなんて、結構悪口言われまくってそうだな」
ㅤそう言ってやると、理澄はこっちを鋭く睨みつけてきた。「僕も十師族だぞ!」とか言いたいのだろう。苛立つくらいなら、手を抜くのをやめれば良いのに。
ㅤおれだって、一高の件では腹を据えかねている。だからこそ、次は実力を存分に発揮してやろうとしているのだ。追い出したことを、後悔させる為に。
「そこんとこどうなんだ、一条? コイツ、三高でめちゃくちゃ嫌われてんじゃねえの?」
「その傾向が無い……ということは、まぁ……。俺やジョージと居るから、別に何かされるって訳でもないが」
「うわー、かっこ悪。高校生にもなって、金魚の糞かよ。おれの方がまだロックだわ」
ㅤわなわなと震えだす理澄。煽った方が言うのも何だが、気持ちは分からなくもない。一番理不尽に感じているのは、本人である筈なのだから。
「……分かったよ! ――それなら、やってやろう! 一条! 模擬戦だ模擬戦! 僕はお前に勝負を申し込む!」
ㅤ手でテーブルの天板を思い切り叩いて、彼は椅子から立ち上がる。そのまま、一条の鼻先に人差し指を突きつけた。突きつけられた側は、目を白黒させている。一条にとって、今までの理澄は「ちょっと頭が回るだけの、まぁそれなりに普通の奴」だったのだろう。
「おい、待てよ。おれが先に模擬戦の申し立てしてるんだぞ。横入りすんじゃねえよ」
「は? 本戦出ろって言ったのはそっちじゃん。お前は模擬戦なんかせずに、適当に騒いどいてくれたらいいんだよ。何なら、一条よりも上級生に狙いを付けてくれよ」
ㅤ険悪な空気が漂い、近くのテーブルの人達もチラチラとこちらを見始める。それに気づいた一条は、何とかおれ達を取りなそうとした。
「じゃあ、とりあえず二人で模擬戦をしたらいいだろ? 演習林を取っといてやるよ。今日はもう無理だろうが、明日なら空けられる筈だ」
ㅤ彼の提案も尤もだ。特に反論することなく、それに同意した。
ㅤ実を言えば、おれは理澄との対戦経験が一度も無いのだ。彼は黒羽の双子や新発田の長男と一緒に訓練をしていることが多く、四葉の戦闘訓練では殆ど鉢合わせなかった。成り行きとは言え、一条と戦うよりも良かったかもしれない。
◆
ㅤ次の日、夜久と理澄は模擬戦が行われる演習林に居た。CADは昨日、武倉家の魔工師にどちらも調整させている。条件を同じにする為だ。プロテクターやヘルメットも身に付け、準備は既に万全。
ㅤ審判役を請け負った、高3の風紀委員長が注意事項を二人に告げる。
「死に至らしめるような攻撃、あるいは魔法。それらは禁止です。有効フィールドは演習林Bエリアのみ。そこから出ると、失格扱いになるので注意を。『跳躍』などで、演習林上空に飛び出すのも禁止です。それから――」
ㅤ――その様子は演習林周辺のカメラで撮影され、そのまま校内ネットで配信される。模擬戦がさかんな三高特有のシステムだ。映像は個人所有の端末でも閲覧可能になっており、画面右上に表示されるリアルタイム視聴数カウンターはかなりの数。
ㅤかの「退学処分者」と「カーディナルのおまけ」という変わった組み合わせの模擬戦は、三高生の関心を集めるのに十分だった。
ㅤそして、第三高校ダブルエースと名高い、一条将輝と吉祥寺真紅郎もこの配信を見る為に待機していた。
「ジョージ、これをどう見る?」
「うーん……。普段の武倉の実力から考えれば、厳しいんじゃないかな。でも、『今までが本当の実力』であればだね。津久葉夜久は、彼が本戦に出れると思ってた訳だろ?」
「まぁ、アイツが手を抜いていたとは限らないけどな。魔法は心理的な側面に左右される。高校入学前に何らかのトラブルがあって、それが無意識下で魔法力をセーブさせた可能性もあり得るんだ」
ㅤわざと魔法力を低くする――ということは将輝の常識の中に入っていない。だから、彼は自分が納得出来る理屈を立てようとする。
「勿論そうだよ。――でも、本音を言えば実力を隠してただけの方が良いね。彼には『
「そうだったな」
ㅤ真紅郎が理澄に研究用のダミーやノイズが混ざったものではない、実戦用「
「そういや、どうして武倉のことを買ってるんだっけ? 割と面白い奴だけど、お前のことだからそんな理由じゃないだろう?」
「うちの研究室のメンバーで僕以外に基礎研究をしているのが、武倉しかいないから。他は軍事系か魔法工学系の研究所出身。やっぱり花形だからね」
「ジョージの研究は脚光を浴びたじゃないか?」
「基本コードが注目されたのは、本当に運が良かっただけだし。だけど、基礎研究は技術発展の基盤としては一番大事な部分だ。だから、後進が居るのは、すごく嬉しいことなんだよ」
「ふーん……」
ㅤ少々、面白くなさそうな顔をする将輝。真紅郎は慌てて「いや、将輝は『尊敬』だから!」と言い、特にまだ代わり映えのしていない画面を指差す。
「――あっ、ほらっ! 始まるみたいだよ!? 多分……?」
ㅤその様子を見て、将輝は少し口許を緩めたあと、肩をすくめた。ポンッ、と自分の手のひらを真紅郎の肩に置く。
「いや……。始まるみたいだぞ?」
ㅤ端末には、演習林内部の様子が映し出された。ようやく、模擬戦はスタートしたようである。
「範囲も狭いし、すぐぶつかるだろうな。何より、武倉は足がかなり遅い。津久葉は……体育の測定で見たけど、結構早かったかな」
「開き直って自己加速術式を使うかもしれないけど、Bエリアは特に遮蔽物が多いからなぁ……。普通に危険だよ」
ㅤエリアが狭いのは本当で、二人が話している間に理澄と夜久は遭遇してしまっていた。先手必勝とばかりに、夜久がCADを操作。使った魔法は「スパーク」。薄暗い中を眩い光が駆け抜け、全てが理澄へと襲いかかる。だが――
「――領域干渉!? あの距離で無効化するのか!? 一撃で意識を刈り取れそうな威力だったのに……」
「干渉力が化け物じみてるな……。俺の『爆裂』は何とか通るかもしれんが……」
ㅤ反撃に、理澄が「
「あー、勿体ない。これなら、単一加重の方がマシだったね」
「分からないぞ。ジャブのつもりかもしれん」
ㅤ普通の攻撃では領域干渉を突破出来ないと見たか、夜久は圧縮空気弾を幾つも作り出した。移動した空気弾は理澄の干渉下に入ると、どれも動きを止めた。だが、加速に伴う強い風だけはそのまま残る。足場の悪いフィールドで、もろに突風を受けた理澄は足を滑らせた。
ㅤ容赦無く夜久は、そこに追い討ちをかける。精神干渉魔法「フォボス」を行使したのだ。この魔法は、想子光を媒体に精神に直接「恐怖のイメージ」を生み出させる魔法。この魔法を受けた者は、精神が著しく衰弱する。
「精神干渉魔法、だよな……。あれってアリなのか?」
「一応ルール上は問題無い……筈。今までそんな突飛な奴が居なかったんだろうね、きっと。流石は、一高退学処分者だよ……。多分、この先は規定に『情動及び精神に干渉する魔法は使わないこと』って入るだろうけど――って、あれ見て!」
ㅤ夜久の攻撃により精神にダメージを負ったと思われていた理澄だが、そうではなかった。
ㅤ彼の周囲は今、黒い半球で覆われている。これは、系統魔法「ミラー・ケージ」の効果によるもの。光の進行を反転させる定義が想子光にまで波及し、「フォボス」の効果を打ち消したのだ。
ㅤしかし、それこそが夜久の狙いだった。理澄の視界が閉ざされた間に、彼は「ドライ・ブリザード」によるドライアイス弾をばら撒く。そして、もう一度彼はCADのボタンに触れる。すると、理澄の足元に向けて電流が発生した。
「あれ、何処から出してるんだ?」
「地中だよ。電荷を弄って、擬似的に電極を作り出したんだ。『スパーク』は弾かれたからだろうね」
ㅤいくらなんでも身体に電流を流し込まれれば、どうしようもない。理澄は力尽きたように、地に倒れ臥す。けれども、彼は転んでもただでは起きない男だった。
「遅延術式!?」
ㅤ倒れた理澄の周辺にあった数十個程の小石に想子が送り込まれ、慣性を増大させた状態で、夜久目掛けて一気にぶつけられる。夜久は想定外の攻撃に為すすべ無く、されるがままだ。プロテクター越しであっても、やはりダメージは免れない。結果、どちらも戦闘不能状態に。
ㅤ遅延術式とはいえ、発動した時には既に理澄は動けなくなっていったので、模擬戦の判定としては負け扱い。一応、夜久の勝利という形になった。
ㅤ――配信が終了し、画面が暗転する。顔を寄せ合って端末を見ていた将輝と真紅郎も、大きく伸びをして立ち上がった。
「中々、見応えがあったな。問題を起こした不良生徒が転校してくると聞いた時は、どうなることかと思ったが……。津久葉のお陰で、武倉の実力も見れたわけだし」
「そうだね。世の中、意外と上手く回っているのかも」
「あぁ……。――さて! 二人を探しに行こう! 茜が見つけてきた、良い雰囲気の喫茶店があるんだ。そこでアイツらを質問攻めにしてやるんだ! さぁ行くぞ、ジョージ!」
ㅤ言うだけ言って、将輝は昇降口へと走っていく。真紅郎は急いで彼を追いかけた。
ㅤ……どこまでもついて行く。君は僕の将で、僕は君の参謀なんだ――心の中で、そう呟きながら。
ㅤ40話掛けて書いた前作主人公を、ボコボコにいじめるのめちゃくちゃ楽しいな……。実際、前作書いてた時も「嫌な奴〜!」って思ってたし……。でも、夜久も普通に嫌だよね。
ㅤクリプリとジョージの間の湿度高いな……。高くない?