ㅤ横浜の問題を片付けた後、おれは上級生相手に模擬戦を挑みまくった。何を隠そう、本戦に出場する為だ。一条や吉祥寺、理澄も偶に出ていたが、連日戦っているのはおれ一人。いわば、エンターテイメントを毎日提供しているようなものだ。上級生は、そんなおれを馬鹿にして「決闘野郎」という変なあだ名を付けた。けど、気にしなかった。
ㅤいつも模擬戦に出ているのもあって、クラスメイトの何人かには少し話しかけられるようにもなった。「退学処分者」というインパクトも、そろそろ薄れてきたのもあるかもしれない。三高での生活は、おれにとっても中々悪くないものに変わってきていた。
ㅤそして、数々の根回しの末に、一年生の本戦出場は何とか認められることになった。実力の違いをあれだけ見せつけたのだから、当たり前だ。
ㅤスピード・シューティングに吉祥寺。クラウド・ボールに理澄。アイス・ピラーズ・ブレイクにおれと一条。モノリス・コードにおれと一条と吉祥寺。これだけ出場出来たら、十分だ。ちなみに理澄は、新人戦モノリス・コードに出場することになった。二分の一換算でも、優勝できれば高い点数が入るからである。
ㅤ代表メンバーが決まった後も、風紀委員は忙しそうだった。ユニフォームの発注したり、ルールブックを読み込んだり、やることは山程あるのだろう。
ㅤ7月も終わりに近付き、九校戦本番が近づいてきた。金沢にある第三高校は、九校戦会場に2日前から現地入りすることができる。とはいえ、練習場所には限りがあるし、そこまで大規模な練習はできない。その上、変に練習して怪我をするのが一番問題だ。なので、懇親会前日と当日は完全オフとなっている。
「……暇じゃね?」
ㅤ会場内の宿泊施設。その部屋のベッドに寝転がり、おれは端末でテキストを読んでいた。本当に何もすることがない。あまりにも退屈なので、机に向かって書き物をしている理澄に話し掛けた。
「そうかな。まぁ、あれだけ頻繁に模擬戦を吹っかけてたら、反動で暇に感じるのかもね」
「直近は練習もしていたけどな。とりあえず、何も出来ないのが……」
「本番前に大怪我、っていうのもよくある話だし。学校側の心配も分からなくはない。一高に勝たなくちゃいけないからね」
「勝つって言えば……。なんか、大会委員から届いてたよな。もしかして、あれはお前がやったのか?」
ㅤ一ヶ月程前、大会運営委員会からの文書が各高校に送られてきた。内容は「飛行魔法の使用禁止」や、「目潰しなどの危険行為の禁止」などのルールが追加されたことだ。
「今年就任した大会委員長のさ、不倫の証拠。僕、持ってるんだよね。だから、結構顔が利くんだよ」
「うわ、可哀想……」
ㅤ思わず、そう呟いてしまう。大会委員長の人生に幸あれ。
「でも、ソイツをそのポストに置いてあげたのは僕。感謝してほしいくらいだね。そもそも、不倫することがまず良くないよ」
「確かに……。けど、どうして急に?」
「九校戦のルールはガバガバ過ぎる。未来の後輩の為にも、整えておいた方が良い」
「はぁ……。それはまた……」
ㅤ決まりを更に厳しくするのが趣味なのか。とんだマゾヒストだ。普通なら、そのルールの穴を突こうとするだろう。
「でも、正攻法で勝たないと。そうだろ、ヤク?」
ㅤ反論の余地も残さない程に、徹底的に勝利する。それが、おれ達三高の目標だった。成る程、そういうことか。
「そういや、お前さっきから何書いてるんだ?」
ㅤおれは腹筋を使って起き上がり、壁際の机に寄っていく。ディスプレイには、ずらずらと文字が並んでいた。
「激励会の演説文。一条に読ませて、皆の士気を高めさせようと思って」
ㅤ顔を画面に向けたまま、理澄は言葉を返す。
「良いなぁ。演説とか羨ましい。おれじゃダメなのか?」
「普通に迷惑だから、やめて欲しい。メンバーのメンタルに甚大な被害が出そうだ」
ㅤ酷い言われようである。しかし、ここは聞き流しておこう。
「とにかく、目算がギリギリだからね。新人戦を完全に捨てて、本戦に絞るとはいえ限度がある。絶対優勝しなきゃ、OBとかからバッシングが来そうだ」
「いや、それは分かる。けど、行きのバスでこっそり見せてきた点数予想シート、新人戦女子の点数があまりにも低過ぎないか? お前、男尊女卑思想だったりしないよな? それなら、普通に付き合い方を変えたいんだが」
ㅤ理澄が「誰にも見せるな。特に吉祥寺には」というメッセージと共に送ってきた点数予想シート。その数字はあまりにも悲観的なものだった。一番点数が取れていないのは新人戦女子の項目。ほぼ全ての競技でトップ3を一高に取られると、彼は予測していたのだ。
「精一杯、女子を尊重した結果がそれだ。大体4位には入ってるだろう?」
「吉祥寺が前に書いてたやつは、もう少し点数は良かったぞ?」
「一高には達也がいる。アイツがエンジニアで出てくると、もう何もかも狂ってくる。恐らく、新人戦女子は結構出張ってくるぞ」
「あぁ、アイツか……」
ㅤ司波達也。血縁上、おれの従兄弟だ。しかし、彼は四葉の一族と見做されていない。序列の低い使用人などは、あからさまに彼を見下している。だが、彼は魔法工学に造詣が深い上、一部の魔法に限定するなら実力はかなり高い。
ㅤ特に、彼の持つ固有魔法の「分解」と「再成」は脅威だ。特に「分解」を応用した戦略級魔法、「
ㅤそれを防ぐ為に、彼には常時ストッパーが掛けられており、「
ㅤしかし、おれと達也の関係はそれだけに留まらない。一時期同じ学校に通っていたとか、彼と彼の妹に魔法を掛けたとか、そんな瑣末なこととは違う。
ㅤあまりにも、おれ達は正反対なのだ。
ㅤ叔母様の息子で、物質構造に干渉出来る達也。お母様の息子で、精神構造に干渉出来るおれ。これが、逆だったら良かったのに。
ㅤどちらにしろ疎まれるのであれば、物質構造に対する才能が欲しかった。お母様の魔法に似た魔法を使えるようになりたかった。ただ、お母様に褒めて欲しかった。
「深雪だけを担当してくれれば良いんだけど。そんな訳無いだろうし。出来る限りの手は打ったけど、五分五分だよなぁ……。手首でも折ってやろうか。あぁ、ダメだ。アイツはすぐに治しちゃう」
ㅤおれが柄にも無くセンチメンタルになっている間も、理澄はぶつくさと文句を言っていた。こっちの顔が見えていないからだろう。
ㅤ五分以上も彼は愚痴を零し続け、ようやく椅子をこちらへと回転させた。
「……勝とう。絶対に勝とう。ここまでやったからには、もう後には引けない。必ず、三高を総合優勝に導く」
ㅤ彼はそう呟いた。おれも、同じ気持ちだった。
◆
ㅤその頃、第一高校では明日の出発に向けて、校内で最終チェックが行われていた。選手は原則休みだが、役職を持っている生徒はそういう訳にもいかない。生徒会、風紀委員会、部活連の生徒、そして有志メンバーは今日も学校へ登校していた。
「何とか目処がついて、本当に良かった! もう、今年はバタバタだったものだから……」
ㅤ生徒会室では、真由美がだらしなく机に突っ伏していた。
「会長。いい加減、ちゃんとして下さい」
「あー……いいのよ、リンちゃん。ここには気心の知れる仲の子しか、居ないんだから。ね、達也くん?」
「何故、ここで俺に話を振るのかは分かりませんが……。まぁ、俺も市原先輩には同感です。仮にもレディが、そのようなことでは問題かと」
「れ、れれれレディ!?」
ㅤ達也の斜め上からの切り返しに、真由美は目を白黒させる。彼女は頭を抱えながら、「いや、嬉しくない訳じゃないけど……」とモゴモゴと口籠る。
ㅤ達也の横に座っていた深雪は、自身の身体を兄にぴったりとくっつけた。そして、拗ねたような口調で達也にこう言う。
「お兄様、私にはレディと仰ってはくれないのですか?」
「確かに深雪は、どこに出しても恥ずかしくない淑女かもしれないけど……。遠くに行ってしまうのが寂しいから、まだまだ子供でいて欲しいな」
ㅤ達也は深雪の柔らかな黒髪に自らの指を入れて、優しい手付きで梳いた。深雪は目を瞑り、彼の手に身を委ねる。
「その、いつも思いますけど……。司波君達って、本物の恋人みたいですね……」
ㅤその様子を正面から見る形になってしまった、あずさがしみじみと呟く。何なら、彼女の方が恥ずかしそうだ。
「あー! もう! 変な空気になっちゃったじゃない!」
ㅤ復活した真由美が立ち上がり、机をバンバンと叩いて、場の空気を何とか戻す。
「――さて。だけど、四月からの騒動を考えると、九校戦の準備が何とかなったのは本当に奇跡だわ。あんなの、前代未聞よ。あーちゃんの『梓弓』を二回も使うことになるなんて」
「えぇ……。私も、まさか使うことになるとは思いもしませんでした」
ㅤ真由美の言葉に、あずさは頷く。というのも、夜久の置き土産とも言うべきあの演説は、一高に多大な影響を残していったからだ。「制服の真実」を知ってしまった二科生らは、荒れに荒れた。
ㅤ怒りに任せて暴れ出すような、血の気の多い生徒も現れだした。同盟に参加するまではいかなかった生徒達も、心情は同盟寄りに変わっていった。
ㅤ魔法技能による差別を無くせ!
ㅤ全ての生徒に平等な教育を!
ㅤ一科生だけを優遇するな!
ㅤ――そのような主義主張を掲げた同盟の運動は、日に日に加速していった。
ㅤ校内の同盟の正体である「エガリテ」。その上位組織である「ブランシュ」を理澄が壊滅させていなければ、事態はもっとややこしいことになっていた筈だ。一高に入学出来なかった彼は「一度くらいは原作介入」と称して、ブランシュのアジトを襲撃していた。それは、ラッキーなことに一高を良い方向に転がしたのである。
ㅤ制服の件は、学校側の不手際であることが既に明らかになっている。格好の叩き相手を見つけた生徒達は、こぞって「体制側」を批判した。つまり、ターゲットは職員室や生徒会、部活連などである。
ㅤしかし、生徒会には「七草」、部活連には「十文字」がいるのだ。第一高校の校長である百山は、特別十師族を贔屓する人間では無いのだが、この状況では忖度をしない訳にもいかなかった。故に、職員室は重い腰を上げて、事態の収拾に動き始めた。
ㅤまず、校内の巡回の頻度を上げた。その為に風紀委員会の人員を倍に増やし、それでも足りない分は生徒会や部活連から人間を割くことで対処。だが、生徒だけでは抑止力があまり見込めず、やむなく教員も見回りのシフトに入ることに。それでようやく、暴動は収まりをみせた。
ㅤただ、この対処法だけだと、いずれは均衡が崩れるのは目に見えている。なので、一番に今回の騒動の遠因となった、津久葉夜久を退学処分にした。彼は学校だけでなく「七草」にも喧嘩を売っていたから、処分の理由は付けやすかった。
ㅤしかも、夜久は一科生だ。「学校の秩序を壊す者はコースによらず排除する」という強硬な姿勢を見せつけるには都合が良い。
ㅤ実際、夜久が退学した後は、二科生や同盟の動きも弱まってしまった。日和ったと言えばそれまでだが、彼らだって退学処分になるのは嫌だろう。
ㅤそして、そうなるのを狙っていたかのように、タイミング良く「校章刺繍注文フォーム」が学内ネットに設置された。二科生専用ではなく、全校生徒に向けた「私物に校章を刺繍するサービス」だったが。
「ですが、これがきっかけで、兄の制服に花が咲いたのは喜ばしいことです。――以前よりも、よくお似合いだと思いますよ、お兄様」
「大して変わりはしないだろう」
「いいえ! 私にとっては、とても大きな変化なのです!」
ㅤ深雪はまるで自分のことであるかのように、嬉しそうな顔をして胸を張った。
「けど、刺繍が付いたのは良かったわね。達也くんはエンジニアとして出る訳だし、懇親会の制服に校章が無かったら流石に困るじゃない。前のままなら、ブレザーを借りなくちゃいけなかったかも」
「そうですね。司波君も、折角なら自分の制服の方が良いでしょう」
「やはり借り物はサイズが微妙に違ってくるので、それはラッキーだったかもしれません」
「淡々としてるわねぇー。もうちょっと、素直に喜んだら良いのに」
ㅤ達也の悟りきったようなセリフを聞き、真由美が呆れたような顔をした。
「まぁ、退学した生徒も一応顔見知りでしたからね。手放しで喜ぶ訳には、というのが」
「えっ、そうだったの!? 全然知らなかった……」
「仲が良い、とかそういう訳では全く無いです。本当に言葉通り、顔を知っている程度ですがね」
ㅤ達也と深雪が夜久と会ったのは、沖縄戦から戻ってきた後の一度だけだ。その際に、彼は二人に「
「そうなんだ……。あの子、三高に転校したらしいのよ。深雪さんは女子代表だし、達也くんも担当する選手は皆女子だから、あまり関係は無いだろうけど」
ㅤ真由美は世間話の延長として、その話をしたのだろう。しかし、達也と深雪にとっては全く違う意味を持って、向かってきたのだった。
ㅤ第三高校に在籍する、四葉の血縁者が二人。偶然にも、彼らの立ち位置は兄妹と鏡合わせだ。どちらの学校に通っていても変わらない。二人を取り巻く波乱の日々は、入学から始まった。そして、それは校内という枠を超えて、学外へと飛び出していく。
ㅤこの時間を駆け抜けた先にある未来は、まだ誰も知ることは出来なかった。
ㅤ第一高校の対応はこの時代の情勢を考えたら、割とあり得るかな……?くらいの範囲に。対応としては満点とはいかない気もしますが、いまいちインパクトに欠けているような。現実の方がよっぽど酷いですからね。そこは、A◯Sって言うんですけど。
ㅤまほほんの卒業公演以来、「黒い羊」めっちゃ聴いてる。この話書くときも、BGMにしてました。