ㅤ九校戦1日目は、本戦スピード・シューティングが行われる。それは当初の三高の目論見通りに、真紅郎が優勝した。上級生達も奮闘していて、男子の部は他に三年生が三位入賞。女子の部は一位こそ一高に取られたが、二位と三位には入ってきている。
ㅤそして、2日目のクラウド・ボールは理澄が優勝。他の代表メンバーも何人かは入賞はしているので、悪くない結果と言えるだろう。
ㅤとはいえ、まだ序盤。状況次第では一高に抜かれるから気は抜けない。それは一高側も同じで、虎視眈々と逆転の機会を狙っている。例年のように一校だけが大きくリードしている訳ではないので、先の展開が全く読めない。
ㅤしかし、3日目のアイス・ピラーズ・ブレイク本戦。そこで大番狂わせが起こった。最大の優勝候補であった十文字克人が、三回戦で夜久に負けて敗退したのである。これまでの九校戦で負け無しだった彼が「勝てなかった」という事実は、人々に衝撃を与えた。
「十文字君が三回戦落ちするなんて……」
ㅤ第一高校の控え室となっている天幕内では、真由美が顔を青ざめさせていた。彼女以外の生徒も、皆顔色は良くない。それほど、「十文字」の敗北は大きいものなのだ。
「しかも、当たったのは一条君じゃなくて、『あの』津久葉君だなんて……」
「驚きましたね……。あそこまでの実力を持っていたとは……」
ㅤ普段は冷静な態度を崩さない鈴音も、今日ばかりは歯切れが悪い。実は、問題があったのはアイス・ピラーズ・ブレイクだけでは無いのだ。バトル・ボードも、女子は摩利が優勝しているものの、男子の方は三高に取られている。気が滅入るのも、仕方のないことであった。
「どうりで退学処分が決まっても、態度が大きかった訳ね……。あれだけの才能があれば、何処の学校でも拾ってくれるもの」
「三高は実戦向きの魔法に特化していますからね。受け入れ先としては、良かったのかもしれませんが……。こちらとしては、あまり喜ばしいことでは無いかと」
「一条君以外にも、化け物みたいな一年生が何人も居るなんて。そんなの、私聞いてないわよぉ〜……」
ㅤ真由美が近くにあったパンフレットを丸め、机をバシバシと叩く。
「終わったことばかり見ていても、仕方ありません。気持ちを切り替えるべきでしょう。作戦スタッフを召集し、緊急会議を開かなくてはいけませんし」
ㅤ端末の電源を落とし、鈴音は淡々とそう告げる。そして、幕の向こうから様子を伺う、不安そうな顔をした一年生達に彼女は声を掛ける。
「本戦の借金を一年生の皆さんには、押し付けたくはありませんでしたが……。この状況では新人戦の点数が、そのまま優勝に懸かってきます。無責任で申し訳ありませんが、ここは皆さんに頼らせて下さい」
ㅤ一年生達は皆、押し黙っている。何と答えて良いのか、分からないのだ。
「……頑張ります!」
ㅤそんな中、雫が最初に声を上げた。いつもは口数の少ない彼女が、そう力強く言い切ったのは珍しいことだ。
「一高に入学する前から、私……何度も九校戦を観に行ってて! 先輩方と一緒に優勝したいって、ずっと思っていました! だから、絶対勝ちます!」
「わたしも同じ気持ちです!」
ㅤ雫に呼応して、ほのかもそう叫んだ。それがきっかけとなり、他の生徒達も口々に決意を述べた。
ㅤいつのまにか真由美が立ち上がり、鈴音の横に立っている。彼女は唇に笑みを浮かべ、全員の顔をゆっくりと見た。
「……皆さん、ありがとう。――全員で、優勝しましょうね!」
ㅤ真由美の言葉に、一年メンバー達の表情も緩む。暗かった雰囲気がそれなりに改善され、皆がそれぞれ天幕から引き揚げ始める。それを眺めながら、ポツリと鈴音が呟く。
「今まで、あまり実感が湧いていませんでしたが……。意外と、良いものですね。……後輩というものも」
「あれ。知らなかったの、リンちゃん? 後輩って、可愛いものなのよ?」
「そうですね。――ところで、後輩と言えば。司波君と司波さんは、何処へ行ってしまったのでしょうか?」
「……そういえば。すっかり忘れてたわね。まぁ、良いわよ。あの二人はそんなことで、動揺するタイプでも無いし……」
ㅤその言葉で、達也と深雪のことを片付ける真由美。どうせ、臨時の作戦会議で顔を合わせるだろうから、わざわざ会いに行く必要の無いのもある。
「さて! 摩利の所に行こうかな。せっかく優勝したのに、何だか悪いことした気になってるでしょうから……。思い切って、お祝いをしてあげた方が良いわ」
ㅤ真由美達は天幕を出て、会場の何処かに居る筈の摩利を探しに行くことにした。タイミング良く、服部もテントに戻ってきたからだ。仕事を押し付けたと言えなくもないが、真由美を敬愛している彼なら喜ぶだろう――その信頼を、後輩愛と言うのかどうかは……誰にも分からない。
◆
ㅤその頃、達也と深雪は部屋に戻って、男子アイス・ピラーズ・ブレイクの試合映像を確認していた。
ㅤ端末と同期させたモニターには、夜久と克人が激突した三回戦の様子が映し出されている。ランプが上から点灯していき、最後に青色のランプが点いた。その瞬間、魔法式がエリア内に吹き荒れる。1秒も経たないうちに、克人側の氷柱は全て溶けていた。夜久が行使した広域干渉魔法「ムスペルスヘイム」によるものだ。彼は、克人の「ファランクス」が発動するよりも早く、魔法を発動していたのだった。
ㅤしかし、夜久の魔法発動速度は極めて平凡。普通なら、克人よりも早く魔法式を展開出来ない筈であった。
「……間違いない。これはフラッシュ・キャストだ。手首のCADは使っているフリだ」
ㅤ四葉家の秘匿技術「フラッシュ・キャスト」。
ㅤ洗脳技術を応用した、記憶領域に起動式をイメージ記憶として刻みつける特殊な方法を使う。それによって、CADからではなく記憶領域から起動式を読み出すことを可能にするのだ。そして、起動式の展開・読み込み時間を省略して、スピードを大幅に短縮させる。
「でも、お兄様。フラッシュ・キャストはCADを使わずに、CADと同等のスピードで魔法を発動する技術ではありませんか?」
「普通ならね。恐らく、変数を固定しているから、少し速くなるのだと思う」
「サイズや威力などを固定していたとしても、座標は逐一決め直す必要があるのでは?」
「多分、それは試合開始前に決めておいたんだ。確か、夜久は『
ㅤイデア拡張スキル「
ㅤ達也であれば「分解」と「再成」の為に、物質構造の理解とエイドスの遡及が可能である。そして、夜久は「精神構造干渉」の為に、精神座標の精密な指定を実現している。その能力は、現実世界にも波及効果を表していた。つまり、それによって、起動式に変数を代入して座標を定義する手間を省いたのであった。
「それって、反則ではありませんか?」
「言ってしまえば、ズルだ。だから、一条とは戦わずに同率1位で終わらせたんだろう。2回もやるのは、流石にマズいからな」
「二回戦まで普通にCADを使っていたのはフェイクでは無く、十文字先輩と戦う為に温存していたという訳ですね……」
ㅤ深雪は納得したように、何度か頷く。
ㅤ二人がそう結論付けたところで、ドアのチャイムが鳴った。深雪は達也に一度目配せし、ドアを開ける為に席を立つ。
「やっほー、達也くん。それに、深雪もやっぱりここに居たのね」
ㅤ扉の向こうから、顔を覗かせたのはエリカ。その後ろには、レオや幹比古、美月も居た。彼らはぞろぞろと部屋の中に入ってきて、適当な場所に腰掛けた。
「あら、エリカ。どうしたの?」
「遊びに来たのよ。それに……。今年の棒倒し、あるでしょ。そのことで、美月が達也くんに聞きたいことがあるんだって」
「そうか。どうしたんだ、美月?」
ㅤあまり気は進まなかったが、一応達也はそう質問してみた。
「達也さん達は、同じ時間に女子バトル・ボードを観ていたんですよね? けど、エリカちゃんは観たく無い、って言って。だから、わたし達は男子棒倒しを観に行ったんですよ。それで――」
ㅤ達也の懸念通り、美月の疑問は「夜久はCAD無しで、魔法を使ったのでは無いのか?」ということだった。CADから出た起動式が、「ムスペルスヘイム」の効果が現れる前にキャンセルされたのを見たらしい。
ㅤ舌打ちをしたくなるのを、懸命に彼は堪えた。美月が悪い訳では無いのだ。悪いのは、夜久と理澄である。
ㅤ自分がフラッシュ・キャストを使ったのでは無いし、彼らの為に隠蔽に協力する義理は無い。だが、このままだと彼女は危ない――コンマ数秒の間に、彼はそこまで考えを巡らせる。
ㅤ当たり前だが、達也は理澄が転生者だとは知らない。故に、何かあれば本気で、理澄が口封じに動くと考えていた。そもそも、彼は四葉の同世代の中でも、一番「四葉らしい」人間だからだ。
ㅤ感情の希薄な達也は、美月が死んでしまっても本気で哀しむことは出来ない。けれども、数ヶ月一緒に過ごした仲間が亡くなって、平気な顔でいられるような人間にはなりたくなかった。何よりそんな態度を取れば、深雪が達也の在り方を思い出し、悲しみに囚われてしまうだろう。それは、彼にとっても辛いことだ。
「俺は映像で見ただけだから、正しい見解とは言えないかもしれないけど……」
ㅤそう前置きをし、達也は咄嗟に考えた言い訳を述べる。
「『ムスペルスヘイム』とマルチキャストで、自陣の氷柱を守る魔法を使ったんじゃないかな。いくら速く発動したとはいえ、成功しなかったら自分の陣地が危ないからね。だけど、成功したから、その起動式はキャンセルしたんだろう」
ㅤそんなことはあり得ない。それは、アイス・ピラーズ・ブレイクにおける、克人の戦い方の傾向を調べていれば簡単に分かることだ。
ㅤ試合序盤の彼は「ファランクス」で自分の陣地を守り続けるだけ。相手の繰り出す魔法を全て防ぎ切ったあと、攻撃に転じるのである。それだけ、高い魔法技能を持っているという自負の表れだ。
「なるほど……。そうですよね、自分の柱も守らないといけませんものね……。達也さんに訊いて良かったです。ありがとうございます」
ㅤしかし、人の良い美月は、達也の言葉を素直に受け入れた。自分よりも魔法に詳しい人間が言うのだから正しいだろう、という判断もあったかもしれない。
「――そろそろ、夕食の時間だな。こうして集まってるし、何か買ってきてここで食べようか?」
ㅤ細かいことを突っ込まれる前に、急いで話題を変える。
「良いじゃない。さんせー!」
「良いですね。そうしましょう」
「自動調理機、何処に置いてあった? 幹比古、覚えてねぇか?」
「ラウンジ近くに何台か置いてあったよ」
ㅤ食事を調達する為に、全員揃って部屋を出た。エリカ達の少し後ろを、達也と深雪は並んで歩く。深雪が達也の方を見上げ、前には聞こえないくらいの声で囁いた。
「深雪は嬉しいです。お兄様自身は気付いていなくとも……。お兄様はご友人を案じる、お優しい心をお持ちなのですから」
「そうかな? 自分では、よく分からないな……」
「そうなのです! お兄様は私の誇りなのですから!」
ㅤ気付かぬうちに、エリカ達は先に進んでいる。彼らは後ろを振り向き、「何か言った?」と尋ねてきた。
「何でも無いよ。――さぁ、行こうか。……深雪」
ㅤ達也は、深雪に右手を差し出した。彼女はその手を取り、嬉しそうに微笑んだ。
「……はい! お兄様と一緒なら、何処でも私は幸せです!」
◆
ㅤ僕――武倉理澄は転生者だ。その為に、前世の記憶を持っていて、この世界の行く末を知っている。
ㅤ今、僕達が生きる世界は、前世ではフィクション小説の中にあった。だから、人の命が紙屑みたいに軽く飛んでいくこの世界を、偶に現実だと思えない時もある。けれども、ここで生きて行かなくちゃならないのだ。
ㅤだが、この世界は僕の持つ知識とは、少し差異があった。
ㅤ御当主様の息子である、津久葉夜久の存在。
ㅤそんな人物は、原作には出てこなかった。勿論、原作に登場しない人間は幾らでも居る。真柴や椎葉、静といった分家の子供もそうだし、何より自分の存在もだ。しかし、何処か違和感を感じざるを得ない。
ㅤ四葉の子供は、精神的な成熟が基本的に早くなる。死と隣り合わせの過酷な環境に日々置かれているので、防衛本能が働くのだろう。皆、昔から大人びていた。
ㅤだが、夜久だけは違った。彼は普通の子供よりも、更に子供っぽい。良く言えば、感情豊か。悪く言えば、自分を律せられない。
ㅤ小学一年生の時、慶春会の会場だった和室を「プラズマ・ブリット」で破壊していたのを目撃したことがある。とにかく、誰かに構って欲しいのだ。
ㅤ高校生になっても、極度の目立ちたがり屋は治っていない。むしろ、悪化していると思う。魔法科高校を退学させられるなんて、どう考えてもおかしい。彼を三高に呼んだのは、津久葉家に「何とかしてくれ」と頼み込まれたからだ。優勝云々は後付けである。
ㅤ実際に話してみると、頭の回転も早いし、まともなところもあった。だけど、僕はまだ彼を信用すべきかは決め兼ねている。頻繁にスポンサー様と接触している点も、気になるのだ。
ㅤ原作の知識があっても、僕の人生はままならない。逆に、知っているからこそ、ここまで振り回されているのか。何だか、生きることが嫌になってしまいそうだ。
ㅤ九校戦3日目の夜のこと。僕は文弥に呼び出され、一緒に食事をしていた。
「周公瑾に逃げられた?」
ㅤ僕は思わず、手にしていたフォークを取り落とした。
「こちらが動くよりも、早く勘付いたみたいで……。ごめん、理澄兄さん」
「いや、文弥は悪くないよ。横浜グランドホテルの件を握りつぶしたから、逆に警戒されたんだろう。それなら、僕の責任だ」
「公安や内情とかが何も動いてない状況で、無頭竜を壊滅させてたからね。あれだけ手際良くやれば、逆説的に四葉の仕業って思われそうだし……」
「まぁ、それはそう。しかし、どうするかなぁ……。もう、国外とかに逃げてんじゃ無いの?」
ㅤ周公瑾を消してしまうつもりだったので、予定が完全にズレてきてしまった。日亜戦争を起こす為に、方々の組織間を折衝するエージェントの役割は彼が担っている。だから、殺すなり行方不明にするなりすれば、横浜侵攻の話は立ち消えになる筈だったのだ。
「後で調べたら、その時間にちょうど東南アジアに向かう輸送船があったよ。多分、それだね」
「どうせ、日本に舞い戻ってくるだろうけど……。もう、中華街には行かないだろうね。また一から、探し直しか……」
ㅤ下手すれば、横浜騒乱編は避けられないかもしれない。今から、憂鬱になりそうだ。
ㅤだが、今の達也は「
ㅤとりあえず、攻めに来た侵攻軍には、横浜からおかえり頂こう。その後は海軍でも出して、適当な場所を占領し、講和を結んでしまうのが一番早いか。早急に根回しをしておかないといけない。
「その辺は、姉さんが今洗ってるところ。明日にはここに来るって」
「ごめんね。本当なら、二人とも初日から居れたのに」
ㅤ文弥が亜夜子よりも一足先に会場にやって来たのは、僕にこの情報を伝える為だ。
「ううん、大丈夫。新人戦には間に合ったからね。理澄兄さんのクラウドは見れなかったけど……」
「あぁ、あんなのどうでも良いよ。あれはもう、クソスポーツだから」
「仮にも出場して優勝した競技なのに、酷いこと言うなぁ……」
ㅤ実際、クラウド・ボールはスポーツとしては、あまり楽しいものでもないのだ。
ㅤテニスじゃないので、コート内を走り回らなくても成立するのが、そもそもの前提としておかしい。コートの後ろの方に立って、飛んできたボールを無心でベクトル反転するだけ。どうも、作業的に感じるのだ。
ㅤ
「加重系魔法でボールを重くして、相手にぶつけてコート外に出すルールだったら、絶対楽しいのにね。それはレギュレーション違反になるんだよなぁ……」
「一体、理澄兄さんはクラウドに何の夢を見てるの?」
ㅤ尤もな指摘を受けてしまう。けれども、スポーツなのだから、もっと楽しい方が良いに決まっている。スリルは多い方が、観客も盛り上がるだろう。
「ところでさ。文弥は一高と三高、どっちを応援してくれるの?」
ㅤ食事をする彼の手が、ピタリと止まる。
「えっと……。その、一高かな。」
ㅤ幼馴染よりも、憧れの「達也兄さん」の方が良いらしい。こう返ってくるのは分かっていたけれども、少しショックを受けてしまった。
ㅤ主人公出せなかった。だけど、まぁ皆が主人公のことを話題にしてるので、実質居るようなもん。最後の理澄と文弥の会話は、横浜騒乱編へのフラグ。今作は大亜連合がゲストに来てくれるよ〜!やったね!