魔法科高校の退学処分者   作:どぐう

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ㅤ魔法科2期を記念して、未完のままで放置から戻ってきました。ここから、以前のバージョンと分岐します。


エキセントリック

ㅤフィールドから退場した後、すぐに天幕テントに戻る気にもなれずにいた。何というか、余韻をまだ大事にしたかったのだ。

ㅤ適当に歩き回っていると、キッチンカーが並んでいる場所に行き着く。その近くには、一人アイスクリームを食べている知人――つまり、理澄が居た。

 

「何してんだよ」

「見たらわかるでしょ。アイスを食べてる。僕、チョコミントが好きで」

 

ㅤ聞いてもいない味の好みを言って、彼はスプーンを口に運ぶ。ちなみにおれは、その味は嫌いだった。歯磨き粉の味がするのだ。

 

「あっ、ちょっと。これ持って」

 

ㅤ食べかけのアイスを手渡してきた。おれは無言でそれを持つ。すると、彼はCADを操作して、遮音フィールドを構築する。フィールドを作ってすぐ、アイスをおれの手からひったくった。

 

「優勝できたね。十文字の『ファランクス』を破るとは。流石にもう無理かと思ってた」

「まぁな。人間、やれば何でもできるらしい」

「今頃、師族会議は大騒ぎだ。どの家も必死になってお前の素性を探っているだろう……四葉以外は」

 

ㅤ彼はそう言いながらも、アイスを食べるペースは落とさない。掬っては食べ、である。

 

「ふーん」

「それで、だ。ヤクの十師族をぶっ倒すという"大活躍"によって、御当主様も色々考えたみたい。今、ここに2つの道が開けている」

 

ㅤ理澄は思わせぶりな口調でそう言い、おれの目の前で二本の指を振った。

 

「一つ目はある意味、朗報かもね。津久葉夜久を『現四葉当主の息子、および次期当主』と公表する道……」

「公表!? 本当に……?」

 

ㅤ涙が溢れそうだった。

ㅤお母様はおれを見ていたのだ。息子として……もしかしたら、もう一度最初からやり直せるかもしれない。

 

「出自を隠さないということは、これからは存分に目立っていいということだよな?」

「今までも散々好き勝手だった気はするけどね」

 

ㅤ非常に彼は何か文句を言いたげではあったが、おれは気に留める事はなかった。

 

「一応、二つ目も教えておくよ。『十文字を倒したのは偶然、と言い張って普通の生活を続ける』という道。まだ時間はあるから、ゆっくり選ぶといい」

 

ㅤ選ぶまでもないだろ、と言い返す前に彼はスタスタと去って行ってしまった。消化不良の気持ちを残したまま、おれはそこに立ち尽くす。

 

「――津久葉! やっと見つけた! 何で戻ってこないんだよ!」

 

ㅤ不意に、おれの名を呼ぶ声が。振り向くと、一条がそこには居た。

 

「一条、何してんだよ? 主役はちゃんとテントに居ろよ」

「その主役を探してこい、と先輩に追い出されたんだよ。今日の主役は……津久葉、お前だろ」

「おれ?」

「当たり前だ。優勝の大貢献者なんだから。ほら、行こう。三高のみんなが待ってる」

 

ㅤさらりと言われた言葉が衝撃的だった。

ㅤ家名を出さなくとも、ナンバーズでなくとも、「夜久」という個人に価値を見出してくれる誰かは存在するのだと。

ㅤ自分は一体、何者であるべきなのか。このまま、おれは「四葉夜久」を選んで、良いのだろうか。急に迷いが浮かんだ。先程まで、迷うことは一つもなかったのに。

 

「……あぁ。そうだな」

 

ㅤ東道閣下、または「スポンサー」達は、きっと四葉の道を望むだろう。四葉家内でのおれの立場が安定することで、干渉をさらに強めることができる。彼らが目指す「秩序」の構築も進んでいくことだろう。それは自分自身も願っていたこと――けれども、"そんなもの"の為に今を手放してしまう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ夕方の閉会式。三年生達に続いて、おれ達三高生はぞろぞろと会場に向かう。三高は優勝校だからか、他校生が気を遣って道を空けてくれた。やはり、優勝は良いものである。

 

「――津久葉……少しいいか」

 

ㅤそんなパーティーを楽しむ気持ちに水を差してきたのは、少し前に雌雄を決したばかりの十文字克人だった。

 

「スカウトとかならお断りだ」

「いや、少し話したいことがあってな。場所を変えよう」

 

ㅤ強引な男だ。ちょうど持っていた炭酸ジュースのグラスを投げてやろうかと思ったが、一応思いとどまる。近くに居たウエイトレスにグラスを渡し、おれは十文字の後ろに続く。会場の外、庭の人気の無い場所で彼は足を止めた。

 

「つまらない話ならすぐに帰る」

「案ずるな。すぐに済む」

 

ㅤホテルの広い庭に、今はおれ達しか居ない。ホールから聞こえる微かなBGMが、寂しさを感じさせる。

 

「――津久葉。……お前は、十師族だな?」

 

ㅤ短いそれには、言葉以上の圧力が込められている。だが、おれは屈しなかったし、屈する必要もなかった。

 

「もし、おれが十師族だとしたら……。貴方が格下の魔法師に負けた、という事実を誤魔化すことができる。そんな事の為に、そもそもあり得ないような質問を?」

「……いや、違う。お前は俺に勝った。最強の魔法師の一角を担う十師族に、お前は勝利したのだ……。――それ故、お前も十師族という立場に立たなければならない」

「ふーん。見合いの斡旋か。お節介なことで」

 

ㅤおれは肩をすくめた。やっぱりつまらなかったじゃないか。もう帰りたい。

 

「例えば、そうだな……。七草なんか、どうだ?」

「正気か? 七草に一高を追い出されたのに?」

「お前を受け入れるとなれば、七草家が折れる形になる。悪い話ではないだろう」

「……断る」

 

ㅤ考えるまでもなかった。おれは四葉で無いと嫌なのだ。十師族に価値は何にも見出していない――その答えが浮かんだ時、自分の中の矛盾に気付いた。

ㅤおれは、十師族になりたい訳じゃ無い。お母様に愛して欲しいだけだ。形だけの「息子」になって、自らの望む未来はあるのだろうか?

 

「そうか。気が変わったら、いつでも言ってくれ」

 

ㅤ彼はそう言い残し、去って行った。勝手な奴だと思いつつ、おれも会場へと戻る。そして、三高生の皆が集まっている場所へ向かって歩き出す。

ㅤもう、答えは決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――えっ、やっぱり四葉バレはしないことにした? どういう風の吹き回し?」

 

ㅤ九校戦、および夏休み明けのこと。三高の適当な空き教室に理澄を呼び出し、結果を伝えていた。

ㅤ結局、おれは四葉真夜の息子であることは公表しないことにしたのだ。このまま魔法師コミュニティに紛れ、普通の魔法師として生きる。つまり、今の人生を受け入れようということ。何だか、それも良い気が今はしていた。

 

「あぁ、なんか文句あるか?」

「無いけど……なんなら、割と好都合ではある。カバーストーリーを作らなくて済むから。それに作ったからって、みんなにそのまま信じてもらえる訳じゃ無い。色々と工作が必要なんだ」

 

ㅤなるほど、「四葉夜久」としての知り合いだったなら、どういう出会いをしたのか誤魔化すことが彼には必要だった訳だ。

 

「こっちは逆に色々あったけどな」

 

ㅤおれは東道閣下との共闘関係が解消されたことを理澄に告げた。彼はそれらの事情を全て聞いたあと、納得したように頷く。

 

「なるほどね、お前が達也と同じ立場になっていなかった訳だ。それほどに『精神構造干渉』を、スポンサー様も手元に置きたかったと」

「それだけじゃない。あの人達は『魔法師コミュニティの一元化と、それによって政官財システムの全てを一手に掌握すること』を目的に動いている。けど……魔法師を纏め上げる題目が今のところ無い以上、単なる机上の空論のままだ」

 

ㅤだからこそ、スポンサーはおれを選んだ。

ㅤかつての「アンタッチャブル」のような――つまりは大漢崩壊時代のように四葉を暴走させ、既存の魔法師社会に反旗を翻す為の――苛烈さと軽率さを買われていたというだけ。

 

「まぁ、とりあえず……おれが四葉内での地位を蹴ったことでスポンサーとの関係は悪化。とはいえ、四葉の中でも問題は解決した訳でもない」

「最悪だね。どう考えても、選ぶべきじゃなかっただろ。ヤク的には」

 

ㅤそうだな、と頷く。だからこそ、これからのことには問題が山積みだった。

 

「……就職とかどうしよう。魔法大学は推薦でどうにかなるだろうが」

 

ㅤスポンサーの斡旋を当てにしていたので、このままだとワーキングプアの未来しか見えない。とはいえ、他のナンバーズの傘下魔法師になるのも癪だ。かといって、魔法と関係ない職に就きたくもない。

 

「非合法な仕事でもしたら? 暗殺とか。特に黒羽は仕事が多過ぎてキャパ崩壊寸前らしいし、いくつか横流しして貰えるように頼んであげるよ」

「要らん」

 

ㅤそんな馬鹿話をしている時、急に理澄の端末がけたたましく音を鳴らした。

 

「うるせぇな」

「いや、これは緊急用の着信音なんだけど……――!」

 

ㅤ画面を確認したあと、彼は急に顔を青ざめさせた。

 

「どうした?」

「……七草の狸、やりやがったよ――お前と御当主様のDNAを勝手に鑑定して、ご丁寧にも本家に結果を送ってきたそうだ!」

 

ㅤ端末をこちらに放り投げてくる理澄。それを見ると、確かにその旨が端的に書かれているメールが表示されていた。

 

「予想外過ぎる……七草だぞ? 四葉の情報保護システムを破れるとは思えない」

「正攻法じゃないんだろう。知ってる奴が知らない奴に教えるのなら、ハッキングも何も必要ない。どうせ、九島烈辺りだろう」

「九島烈が?」

 

ㅤ九校戦前のパーティーで何か挨拶をしていたことを思い出す。初手で精神干渉魔法をかましていたので、「変なジジイだな」とは思ったものの、それ以上のことは特に思わなかった。

 

「あの人、『可哀想で魔法が良くできる子供』が大好きだからね」

 

ㅤおれを見て「可哀想」と思うということは、ほとんどの事情を知っているということだ。

 

「多分、ウチ的には七草の捏造という形に着地させるだろう。それが一番都合が良いからね。ただ……あちらもそれが分かった上でカウンターを仕掛けてくるはずだ」

 

ㅤ恐らく、彼というか彼の実家が七草との交渉テーブルを握るのだろう。武倉は「交渉」を一番得意とする、四葉でも異色の家だ。

 

「師族会議でバラす、ってか?」

 

ㅤそう、と理澄は首肯した。

ㅤ嘘か本当かなどは、あまり関係がないのだ。疑惑さえあれば、それを議論の場に持ち込めてしまう。

 

「それを避ける為に交渉するとして……きっと、ヤクと七草家当主の面会の場を設けるくらいはカードとして切らないと無理だろう」

「マジかよ」

「だって、こっちは四葉の縁者とは口が裂けても言えないんだから。『七草が一高から追い出したんだし、まずは謝罪しろよ』で押し切るしかない」

「……面倒だな」

 

ㅤ心を入れ替えて、真っ当に生きようとしたところでこのザマである。この世に神がいるとするならば、よほど捻くれているらしい。


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