赤木通夜 健と鷲尾の記憶   作:三流FLASH職人

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鷲尾、友情ロクデナシ

「そんな・・・他人行儀なこと言えるかっ!」

 

 健が帰ってきてから、仲間に大見得を切って部屋から出、廊下を離れに向かって歩く。

そうだ、大事なのは俺の意思だ、俺が赤木に死んでほしくない、だから止める、それだけだ。

 一緒に卓も囲んだ、東西戦の前にはハワイにも行った。ゴルフは笑えるほど下手糞だったな・・・

歳も近いんだアカギとは。そう、単なる知り合いじゃない、友じゃないか、俺とアカギは。

 それが死ぬなんて言ってるのを黙って見送れるかよ!それこそぶん殴って止めさせるものなら

そうするさ。

 

 離れの扉を開けて入る。いた、赤木しげる。アウトローに生きてきた俺にとって数少ない

友人と言える存在。

 その腕には、例のマーシトロンとかいう自殺装置のチューブが伸びている。ああ、引きちぎって

やりてぇやこんなもん!

 

 そんな気持ちを押し殺し、アカギの前のイスに座る。なんでぇ、いたって元気じゃねぇか。

顔色もいいし、そもそも重病患者はウイスキーなんか飲まねぇよ、まったく。

死ぬなんてなんの冗談だってんだ!

 と、そこまで考えて、話の切り出し方を見つけた。死ぬ、ねぇ・・・

 

「よぉ、元気そうじゃねぇか、安心したぜ。また会えて何よりだ。」

「・・・なんだそりゃ、えらく他人行儀じゃねぇか、鷲尾。」

笑ってグラスの氷を転がすアカギにフォローする。

 

「いやな、俺たちの歳じゃ『しばらくアイツ見ねぇなぁ』なんて言ってたら、実はもう

墓の中でした、なんてよくあるじゃねぇか。」

一瞬、あ?という顔をしてから笑顔になるアカギ。

「ハッハッハッ、確かにそうだ。」

 

「だからよ、あの新聞記事見たときゃ背筋が凍ったよ。まさかもうお前に会えないんじゃないか

って思ってよ。だから生きていてくれてよかったよ。」

 アカギはグラスに口を付け、ちびりと呑ってから続ける。

「ああ、すまなかったな、心配させちまって。」

「いいってことよ。」

 

「なぁアカギ・・・北海道に来ねぇか?」

ん?という顔で鷲尾を見るアカギ。

「覚えてるか?前に俺と金光でハワイに行ったじゃねぇか、お前子供みたいに楽しんでただろ・・・」

「ハワイ・・・」

「ああ、あんときは楽しかったじゃねぇか。ゴルフして、ナンパした女にゃ金だけふんだくられて

逃げられて、3人で大笑いして。」

鷲尾の話に無言で耳を傾けるアカギ。

 

「やっぱ新鮮な経験って大事だぜ、心が躍るっていうかさ。その点北海道はいいぜ!

雄大で、食いもんは美味くって、酒もいけるぜ。ハワイに負けないくらい楽しいぜ、きっと。」

その言葉に、グラスをテーブルに置いて鷲尾に向き直る。

 

「そうだな・・・まだ俺の知らない経験をする、っていうのはいいかもしれねぇ。」

「おお!そうだろそうだろ、だったらなぁ、こんなつまんねぇモン、とっとと外して・・・」

そこまで言いつつ、アカギの手に付けられたマーシトロンの管に手を伸ばす鷲尾。

 だが、その手をアカギの右手がつかみ、制する。

 

「お。おい・・・」

「すまねぇな、やっぱり北海道には行けねぇのよ・・・」

「どうしてっ!」

語気を強める鷲尾を穏やかな目で見返して、こう返すアカギ。

「行ってもな、もう・・・楽しめねぇんだよ。」

 

「あと1日か2日、遅くても数日で、俺はもう終わっちまうんだ、それだけは間違いない。」

「お、おいおい・・・まだこんなにピンピンしてるじゃねぇか!」

「フフ・・・なぁ鷲尾、お前いま、俺とハワイに行ったって言ったよな。」

「あ、ああ・・・」

「俺はもう、それすら覚えちゃいねぇのさ。」

 

 絶望する、涙が出てくる。アカギの言葉に嘘の色が見えないだけに。

アカギが病気で、刻一刻と大きく失われつつあるのが鷲尾には今、良く分かる。

 

 友達だから。自分に置き換えて、赤木の気持ちが良く分かるから。

 

 涙をこぼす鷲尾に、アカギが声をかける。自虐の入った、優しい声で。

「なぁ鷲尾、泣くな。こうなったのは俺の自業自得さ。」

「違う!違うだろそれは!」

「ハワイは覚えてねぇ、だがな、こいつは覚えているのさ。」

「え!?」

言って顔を上げ、アカギの視線を追う。その先にはマーシトロンのチューブ。

それを外そうとした鷲尾の手と、その手を掴むアカギの手。

 

「俺はな、昔、血を賭けて勝負したことがあるのさ。そのときもこんな塩梅の針と管を差して

やりあったのをよく覚えてるよ。」

 ひと息ついて鷲尾の顔を見直し、続ける。

「そんな奴なのさ、俺は。ダチと旅したことなんて覚えねぇのに、そんなロクでもねぇ勝負は

キッチリ覚えてやがる、だから俺は選ぶんだよ、北海道よりこっちをな。」

 

「俺は、ロクデナシなんだよ、鷲尾。」

そう言って、すっ、と鷲尾の手を放す。あるいは今こそがマーシトロンのチューブをひったくる

最大のチャンスかもしれない。

 だが、鷲尾は、ゆっくりと手を下ろす。

俺だってロクデナシだよ、代打ちなんてやって何人も打ち負かしてきた。ヤクザに生きてきた。

そんな俺でも、死ぬ瞬間までロクデナシを貫けるだろうか、多分無理だ。最後にゃ楽に逃げるに決まってる。

 

 だから、そうしないアカギが・・・すげぇカッコよく見えるんだよ!

 

 ぼろぼろと涙をこぼす鷲尾に、アカギはテーブルのグラスを取り、差し出す。

「最後だ、一杯やろうや。」

鷲尾は顔を上げ、涙をゴシゴシと拭ってから、そのグラスを受け取る。

が、鷲尾はそのグラスをそっと机の上に置く。一瞬驚き、残念な表情をするアカギ。

 

「なぁ、アカギ・・・酒はいいよ。その代わり、握手してくれねぇか。」

そう言って右手を差し出す鷲尾。

「なんでぇ、ずいぶんガキっぽいじゃねぇか・・・」

そう言ってグラスを置くと、鷲尾に向けて右手を出す。どちらからともなく、しっかりと握手する。

それが二人の最後の邂逅。他の誰とも違う、最後の友との思い出。

 

「じゃあ、あの世でも達者でな。」

「ああ、あばよ親友!」

 

 嬉しい事を言ってくれる。こんな俺を親友と言ってくれた。だったら俺もカッコつけなきゃな。

もう見苦しく引き止めたりしねぇよ、他の誰もアカギと握手なんかして別れねぇだろう、

これは俺だけの思い出だ。

 アイツの手の感触を握りしめ、背を向けて部屋を後にする。アカギが笑顔で手を上げる、

それを見もせずに背中で感じて俺も左手を上げる。あばよ、またな。

 

戸を閉める。

駆け出す。靴下のまま、寺の奥の森に。

 

「うおおおおおお・・・っ!おあぁあぁぁ・・・」

気に手をついて、嗚咽を上げ、泣く。誰にも聞こえないように、森の奥で。

 泣いて悪いか!親友が死ぬんだ!俺はそれを止めないんだ!!だったらせめて泣かねぇと、

俺が薄情じゃねぇか!隠れて泣かねぇと、カッコ悪いじゃねぇか・・・

 

 やれやれ、歳はとりたくねぇもんだ。若いころなら一晩中だって泣けただろうに

今の俺はあっさり涙も、そして悲しみまで枯れやがったよ。

親友を失う悲しみよりも、大人としてのプライドがすぐ上回っちまう。

 まぁ、どうせ俺も遠からずそっちに行くんだ。それまで、しばしの別れか・・・

 

 晴れやかな顔で寺に戻り、廊下を皆の部屋に向かって歩く。

おっと、いかん。俺は「止めてくる!」と大見得切って部屋を出たんだった。

だったらこんな顔はいけねぇな、深刻に深刻に顔を作らないと・・・

 

-ほんっと、ロクデナシだよな、俺達-


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