犬も歩けば棒に当たる 作:政影
段々とキャラ崩壊していく予定です。
本編1-1:一寸の光陰軽んずべからず
「──あなたのために歌うわ」
それは懐かしい記憶、病院で全てを失ったと聞かされた後の最初の記憶。
こんな素敵なことがあるなら一から始めるのも悪くない、と見えない筈の右目に光を感じた記憶。
十年位経って細部が不鮮明になっても未だに残り続ける記憶。
もう一度、その歌声を聴けたらその時には──。
天涯孤独、文字通り身一つで羽丘女子学園高等部に入学してから一年……正直あっという間だった。
まったく知り合いのいない土地だったけれど、学費免除の特待生枠に釣られ六畳一間のアパート暮らし。
私みたいなよそ者にも優しくしてくれる商店街の皆さんには感謝してもしきれない。
……割と便利屋扱いされている気もするけど、バイト代に色を付けてもらっているので不満はあまり無い。
明日からは進級して二年生な春休み最終日、眼帯の下の右目が疼くのは厨二病のせいではないと思いたい。
病院での定期健診を終えバイト先へ向かうため下りのエレベーターへ、「開」ボタンを押してくれている黒髪の少女に会釈をして乗りこむ。
「きゃっ」「おっと」
下り始めて加速を感じたと思ったら急停止、その拍子によろけた彼女を咄嗟に支える。
「……ありがとうございます」
「いえいえ」
書かれた案内に従い非常ボタンを押してコールセンターに連絡をすると、異常が起きたのはこのエレベーターだけなので、至急人を向かわせるから待っていてほしいとのこと。
彼女に断りを入れアンテナが立っていることを確認した携帯でバイト先へ遅刻の可能性を伝える。
「さて、いつになるか分からないし座って待ちますか」
「……はい」
「一応綺麗なはずなのでこの上にお座りください」
「そんな……悪いです……では、替わりに……」
「……逆に申し訳ないです」
流石に彼女を床にそのまま座らせるのは躊躇われたのでハンカチを敷こうとして少々の押し問答、なぜかハンカチを交換して座る結果に。
気弱そうに見えて筋を通す姿勢には好感が持てる。
「……」
「……」
「……しりとりでもします?」
「……そうですね」
もっとマシな発言は出来なかったのか私、ちょっと呆れられた気がする。
「では、しりとりの『り』から『リロード』」
「『ドヴェルグル』」
「……『ルビー』」
「『ビーヴォル』」
「…………『ルート』」
「『トール』」
~~熱戦継続中~~
結局エレベーターから救出されるまでの約三十分間続いたしりとり勝負は未決着、神話の固有名詞はかなり厄介。
まあ、最初は閉じ込められて不安げだった彼女が、最後の方には大分表情が和らいでいたので良しとするか。
ちなみに今度面白そうな本を貸してくれるとの事だったので連絡先を交換。
彼女も明日から高等部二年生……これが胸囲の格差社会……。
密室に閉じ込められて二人とも軽く汗ばんでいたのに色っぽさが違い過ぎた。
○登録『白金燐子』
……友人の妹から聞いた名前だったような。
「さあ、行こうか」
「わん」
遅刻したもののようやくバイト先のペットホテル(犬カフェ併設)に着くと、早速ゴールデンレトリバーのレオンくんの散歩。
頭のいい子なので暴れたりせずそれほど手間は掛らない……飼い主さんの教育の賜物か。
「わん! わん!」
「ん? 何か見つけた?」
散歩を開始してしばらくするとレオンくんは急に立ち止まり脇道に向かって吠え続ける。
そちらへ向かうとうずくまっている緑がかった水色の髪の少女、傍らにはギターケースが置いてある。
「あのー、大丈夫ですか?」
「……はい」
こちらの言葉に気怠そうに答える彼女、顔色も悪いし全然大丈夫そうには見えない。
「ちょっと失礼」
「あっ」
ほっそりとした首に慎重に指を当て脈を測る。
「気持ち早いかな……とりあえず水分でも、ゆっくり飲んでください」
「……ありがとうございます」
スポドリを渡すと少しずつ飲んでくれる。飲みかけだったのを忘れていたのは黙っておこう。
「帰れそうにないならお家の方を呼んだ方がよろしいかと」
「それは……ちょっと……」
少し時間が経って多少は顔色が良くなったので帰宅を勧めるも何やら訳有りな様子。
このまま放っておくのも後味が悪いし……。
心配そうなレオンくんに彼女の相手を任せると携帯を取り出して羽沢珈琲店に連絡、店長に事情を説明してこれから連れて行くことの許可をもらう。
「それでは一休みできるところまで運びますね。拒否権はありません」
「えっ」
ギターケースを背負い彼女の背中と膝下に手を回し慎重に抱き上げ歩き出す。腰のベルトにリードを結んだレオンくんは邪魔にならない距離を保ちつつ付いてきてくれる。
抱き上げた彼女の方はというとやはり調子が良くないのか俯いてしまった……耳も赤いし急がないと。
「お、重たくないですか?」
「セントバーナードより軽いですよ」
「………………それにしても私とそんなに変わらない体格なのに力持ちですね」
「腕白な大型犬を複数散歩させる時もあるバイトなので引きずられないように鍛えてます」
「一度見てみたい光景ですね」
「レオンくんへの接し方を見るに、お姉さんはかなりの犬好きですね」
「……お姉さん、ですか」
「どうかしました?」
「いえ、何でもありません」
「?」
到着後、羽沢店長にお任せして散歩の続きへ。
別れ際にバイト先でもらった犬カフェの割引券を渡したら今度お礼がしたいとのことで連絡先を交換。
先程とは別の意味で同じ年齢に見えない同学年……。
○登録『氷川紗夜』
……「アノ人」の親戚じゃないよね、うん。
レオンくんの散歩を終えペットホテルに戻ると餌やりと清掃が待っていた。
……万年節約中の私よりもグルメなペットがちらほら。
ようやくバイトを終えて帰路につく。商店街に寄ってパン屋か肉屋で晩飯を買うのもありか。
「危ない!」
思考を中断し声のした方を見ると車道に子猫、しかも迫ってくる車に気が付いていない。
────瞬間、意識を置き去りにして弾けるように駆け出す。
弧を描くように子猫に接近、姿勢を低くし速度をなるべく維持したまま右手で抱え上げ、反対側の歩道の植え込みに目を閉じ体を捻り背中から飛び込む。
植え込みである程度軽減されたとはいえ背中に受けた衝撃に意識がようやく追いついてくる。
ぺろぺろ
ザラザラとした生温かい感触に目を開けると、抱きかかえた子猫が呑気にじゃれ付き顔を舐めてくる。
「大丈夫?」
「ん、どこも怪我はないかな」
少し不安げに覗き込んでくる銀髪の少女に怪我をしてないことを確認した子猫を差し出す。
「そうではないのだけれど…………あ、可愛い……にゃーん」
「にゃーん」
彼女が子猫に夢中になっている間に体を起こし服に着いた枝葉を払う。
慌ててこちらに来たドライバーに謝罪、冷静に考えると一歩間違えれば大惨事……「狂犬」のあだ名もさもありなん。
「あら、頬から血が出ているわね。ちょっとそこの公園まで行きましょう」
「いや、別にかすり傷ですし」
「いいから来なさい」
「あ、はい」
何と言うか……逆らえないオーラが凄い。
公園の水飲み場で傷口を洗う。少し沁みて心を落ち着かせてくれる。
「もう綺麗になったわね。顔を上げなさい」
言われるままに顔を上げると吐息を感じる位近くに彼女の顔。手にしたハンカチで念入りに水気を拭き取ってくれる。
純白のハンカチに僅かに血が滲み申し訳なさを感じる。
「今はこれしかないから文句は受け付けないわよ」
そう言うと少し赤い顔で絆創膏を貼ってくれる。細い指先がこそばゆい。
「ありがとう」
「……どういたしまして」
「にゃー、にゃー」
私のことも忘れないでと子猫が彼女の足下で鳴く。
「……あなたも一人なの?」
彼女は抱き上げた子猫の頬をつつきながら少し悲しげな瞳で尋ねる。
「首輪もしてないし周りに他の猫もいなかったしそうなのかも」
「そう……あなた、猫は飼えない?」
「アパートがペット禁止なので……」
「なら私が飼うしかないわね」
「いいの?」
「あなたが命懸けで救ったこの子、粗末には出来ないでしょ?」
先程の様子がまるで嘘のように悪戯っぽく笑う彼女に思わずこちらの頬も緩む。
「まずは……この子に名前を付けてあげないとね。何かいい名前はある?」
「うーん、バステト「却下」」
病院のしりとり勝負で出てきた猫の女神の名前はお気に召さなかった模様。
「……野良なのに雪のように白いから『ユキ』とか?」
「えっ!? 『ユキ』……『ユキ』……か、ふふっ」
大変お気に召した模様だが、実は昔バイトしていたゲームショップにあった猫なんちゃらソフトのヒロインに由来ということは墓場まで持っていこう。
────直感が警鐘を鳴らす。
「あなたはこれから『湊ユキ』ね、よろしく」
ちなみに動物病院でのユキの検査費用諸々は私が出した。世話をお任せするわけだし流石に節約云々言ってられない。
……まあ、たまには様子を見に訪ねてみるのも悪くないかもしれない。
家まで送り別れ際の連絡先交換の段階で彼女の名前が「湊友希那」だと知り、先程の直感は確信に変わった。
○登録『湊友希那』
……誰かさんの惚気と愚痴に名前が出てきたような。
翌日、二年生になって初登校。昨日貼ってもらった実は猫柄だった絆創膏はそのまま。
クラス分けの掲示を見ると湊さんと同じ二年B組のようだ。
「おはよう、湊さん」
「おはよう……あなた女の子だったの?」
「うん、流石にそれは酷い」
真顔で言う彼女に思わず苦笑するが、退屈しない一年になることは確信できた。
感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
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