犬も歩けば棒に当たる   作:政影

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女の子の結婚は16歳、選挙は18歳、飲酒は20歳から。


番外編2-2:レイニーブラック

「中々弱まりそうにないね」

 

「はい、帰るタイミングが難しいです」

 

 羽沢珈琲店の窓ガラスに激しく打ち付ける雨は、先程から一向に弱まらず逆に強まっている気すらする。

 時刻的には帰宅するべきなのだろうが、腰を浮かす気にはなれない。

 もっともワンコ先輩と二人きりという現状を維持したいというのが理由の大半だ。

 

「店長もつぐみちゃんも帰ってこないし、私だけでごめんね」

 

「い、いいえ、そんなことありません!」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 心を読まれたような発言に声が裏返る。

 悪戯っぽい笑顔に胸の鼓動が少し早くなった気がした。

 落ち着きを取り戻すために店内を見渡す。

 

「あれ、そんなコーヒーメーカーありましたっけ?」

 

 いつの間にかカウンターの奥に、見慣れない巨大なコーヒーメーカーが置かれていた。

 ……入店してから先輩ばかり見てたせいで、全然気付かなかったとは言えない。

 

「店長にお願いして導入したダッチコーヒー用……つまりウォータードリップ」

 

「へー、本格的な物は結構大きいんですね」

 

「一分一滴なので数量限定で販売予定。よければ試飲する?」

 

「はい! ありがとうございます」

 

 本格的なウォータードリップは初めてなので、いやが上にも期待が高まる。

 

「冷蔵庫に冷やしたのがあるから、ちょっと待ってて」

 

 そう言うと先輩は店の奥へ。

 しばらくして出されたのは小さめのグラスに入れられたコーヒー。

 色はそんなに変わらないかな?

 

「……あ、香りが全然違う」

 

 十分に香りを堪能した後、ゆっくりと味わう。

 

「香りもそうだけど雑味が減ってコクが際立っている気がしますね」

 

「なるほど。蘭ちゃんがそう言うなら質は問題無さそう。後は値段か……」

 

 何かをメモしながら考え込む先輩。

 その横顔に年齢以上の風格を感じた。

 

「こうしてコーヒーを淹れてもらうとあの日の事を思い出します」

 

「あー、途中までしか覚えてないやつ」

 

 先輩はばつの悪そうな顔で頬を掻く。

 

「ふふっ、意外な一面でしたよ」

 

 今思い出しても可笑しな一夜、しっかり覚えているのはあたしだけ。

 いつかの銭湯でも湊さんには話さなかった思い出。

 ……これだけは譲れない。

 

「あれは今日みたいに雨が強かった日――」

 

 

 

 

「……寒い」

 

 公園の東屋のベンチに座っているものの、振り込んでくる雨は容赦なくあたしの服を濡らす。

 父さんとバンドの事で揉めて家を飛び出してきたが、夜になり一段と強まった冬の冷気と強烈な雨に体は芯まで冷え切った。

 Afterglowのみんなを頼ることも考えたが、家族の問題に巻き込みたくないという意地がその考えを捨てさせた。

 ……このままだと確実に風邪をひくね。

 

「夜遊びとは感心しないよ、中学生」

 

「誰っ!?」

 

 驚いて振り向くと先日マンホールから助けてもらった人がいた。

 つぐみの珈琲店でたまにバイトをしていると知ったのは割と最近の事。

 

「ワンコ先輩……」

 

「うん、蘭ちゃんだったね。帰らないの?」

 

「…………」

 

「そっか……じゃあ、うちに来ない?」

 

「えっ」

 

 一体この人は何を言っているんだろう。

 会話をしたのはこの前のお礼を除けば二言三言。

 明らかに訳有りなあたしを助ける義理は無い筈だ。

 

「びしょ濡れの中学生を流石に放っとけないでしょ。もし嫌なら警察に補導してもらうけど」

 

「……ずるいですね」

 

「目的は手段を正当化する、って誰かが言ってた」

 

「分かりました……お世話になります」

 

 物騒な事を言う割にさわやかな笑顔を浮かべる先輩に白旗を上げる。

 元々先輩に救われた身、何があろうとも甘んじて受け入れようとやや投げやりに決めた。

 

 

 

「はい、到着」

 

 公園から歩いて十数分、やや古びたアパートに着いた。

 

「とりあえず風邪ひく前にシャワー浴びちゃって。下着は一応新品があるから。服は体操着とジャージで我慢して」

 

「えっと、すみません」

 

 先輩に追いたてられるように浴室に直行する。

 熱めのお湯が冷え切った体と心を解していく。

 

 ……冷静に考えるとかなり際どい状況だ。

 あたしはノーマルだけど先輩の嗜好は想像もつかない。

 モカが隠し持っていた漫画に、後輩女子が先輩女子に美味しく頂かれてしまう内容のものがあった事を今更思い出した。

 

 もしそうなったら、どうしよう……。

 

 

 

「あ、サイズは問題ないみたいだね」

 

「……ありがとうございます」

 

 色々と考えているうちに少し時間が経ってしまった。

 シャワーを浴び過ぎたせいか体の火照りが続く。

 

「インスタントコーヒーしかなかったんだけどいいかな?」

 

「あ、はい」

 

 手渡されたのは飾り気のないマグカップに入ったホットコーヒー。

 火照りを誤魔化すように慌てて口を付ける……熱っ!

 

「熱いから気を付けてね」

 

「……遅いです」

 

 軽く先輩を睨む。

 ポツンとあるコタツに足を入れる。

 既に電源は入っていた。

 

 

――カリカリ

 

「お、来客かな?」

 

「えっ」

 

 微かな物音に先輩がベランダのカーテンを開けるとそこには一匹の黒猫。

 ドアを開けて黒猫を抱き上げる。

 その間一言も鳴かない。

 

「雨で濡れちゃったか。ちょっと洗ってくるね」

 

 そう言うと浴室に消えて行った。

 何て言うか……自由な人だ。

 手持無沙汰になり改めて辺りを見回すと実に殺風景。

 教科書位しか入っていない本棚とクローゼット、冷蔵庫、洗濯機、流し、ガスコンロが一つ。

 あたしの家と比べると必要最低限しかない感じだ。

 勝手に部屋の物を触るわけにもいかないので、熱々のコーヒーを冷ましながらチビチビと飲む。

 

 

「お待たせ」

 

「いえ……って、何で裸なんですか!?」

 

 タオルに包まれた黒猫を抱えて出てきた先輩は裸だった。

 思わず顔を背けてしまう。

 これってもしかして……。

 

「ああ、この部屋に私以外がいるのって滅多にないからいつもの癖で。ちょっとこの子よろしく」

 

 有無を言わさずタオルごと黒猫をあたしに手渡すと急いで服を着始める。

 ……何事も無くて良かった。

 何故か衣擦れの音にドキドキさせられる。

 

「はい、着替えたよ」

 

「部屋着はジャージなんですね」

 

 なんでも特待生特権で制服等は無料支給らしいので、上限まで注文したそうだ。

 素材はそんなに悪くないからもう少しお洒落すればいいのに。

 

「さて、ちょっと宿題片付けちゃうから本でも読んでて。図書館で借りた本か教科書位しかないけど」

 

「分かりました」

 

 本棚を見ると歴史小説に少女小説、星座図鑑、マッサージ書等々……ちょっとよく分からない。

 先輩が勉強に集中していることを確認して、少女小説をペラペラとめくる。

 ……カトリック系のミッションスクールを舞台にした女の子同士の恋愛?もの。

 素直で前向きな下級生と不器用な上級生、逆にしたらまるで……。

 

 

「んー、勉強終了。集中力は一時間が限度」

 

「お、お疲れ様です」

 

 気が付けば熟読していた少女小説を慌てて本棚に戻す。

 

「あ、そうだ」

 

 何かを思いついたように先輩はクローゼットの中を漁る。

 

「はい、合鍵」

 

「えっ!?」

 

 投げ渡されたのは鈍い銀色の鍵。

 突然のプレゼントに頭の中が真っ白になる。

 

「夜の公園よりは安全だと思う。好きに使って」

 

「……どうしてここまでしてくれるんですか?」

 

「うーん」

 

 あたしの質問に腕を組んで考え始める。

 

「一番、お節介。二番、打算。三番、気まぐれ。四番、同情。どれだと思う?」

 

「……分かりません」

 

「うん、私にも分からない。最善だと思ったことやってるだけ」

 

 臆面もなく言い切る先輩に開いた口がふさがらない。

 

「まあ背負うものが無い人間の思考なので、参考にはしない方が良いかも」

 

「……そうですね。不用心すぎて心配です」

 

 口ではそう言ったものの、あたしの頬は緩んでいた。

 

 

 

 

「蘭ちゃんも飲む?」

 

「それ、お酒ですよね」

 

「ノンアルコール飲料だから大丈夫」

 

「いや、それ成人向け、あー、一気飲みしちゃった……」

 

 一気飲みした直後コタツに突っ伏す先輩。

 いや、弱すぎでしょう。

 

「……ツンデレ美少女を肴に一杯は最高だにゃーん」

 

「復活早っ、というかキャラ違いません?」

 

 顔を上げた先輩は獲物を見つけた肉食獣のような雰囲気をまとっていた。

 気が付くと先程までコタツで丸くなっていた黒猫は本棚の上に避難していた。

 

「身の危険を感じるんですけど」

 

「大丈夫、中学生相手には自重するにゃん」

 

 言葉とは裏腹に吐息の掛かる距離まで顔が近づく。

 

「ち、近いです」

 

「蘭ちゃんって気品があるにゃー。大切に育てられた高嶺の花って言うきゃ」

 

「……別に嬉しくないです」

 

「そういう刺々しい花も魅力的にゃん」

 

「ひゃん!」

 

 いきなり鼻を指で撫でられ声を上げてしまう。

 

「可愛いにゃー。ずっと手元に置いておきたい気持ちも分かるにゃ」

 

「それって」

 

 目を細めて笑う先輩から目が離せない。

 

「どこで咲こうが花の勝手なんだけどにゃ……ベッドの上とか」

 

「最後にオチをつけないでくださいよ」

 

「……ぐぅ」

 

「って、寝てるし」

 

 コタツに突っ伏したまま寝てしまった先輩を横にして、部屋の隅に置いてあった布団を掛ける。

 言いたいことだけ言って勝手に寝てしまう酷い先輩だ。

 ……悪くないけど。

 

 布団が一つしかなかったので先輩の横で寝たのは仕方がないこと。

 

 無邪気な少年のような先輩の寝顔を見たら、久しぶりに熟睡できる気がした。

 

 

 

 

「あの後、蘭ちゃんが『夜明けのコーヒー美味しかったです』とかみんなに言っちゃうから一騒動」

 

「そういう意味があるって知りませんでしたし!」

 

 インスタントにしては美味しかったけど。

 結局何事も無く朝を迎えたあたしはコーヒーをいただいた後家に戻った。

 激怒されると思っていたが特に何も言われなかった。

 後で知ったけど先輩があたしのシャワー中に連絡を入れていたらしい。

 

「そう言えばあの合鍵ってまだ持ってるの?」

 

「はい、家に置いてあります。返した方が良いですか?」

 

 嘘だ、片時も離さず持ち歩いているし返したくもない。

 

「別にどっちでも。部屋燃えちゃったし」

 

「じゃあ記念に取っておきます」

 

 先輩にとっては気まぐれでも、この合鍵はあたしにとってのいつも通りだから……。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

美竹蘭:年上から誘惑されてドキドキ。

ワンコ:不器用すぎる照れ隠し。

黒猫:自主避難。

番外編2で扱ってほしいバンドは?

  • Roselia
  • Afterglow
  • Poppin'Party
  • Pastel*Palettes
  • ハロー、ハッピーワールド!
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