犬も歩けば棒に当たる 作:政影
※2019/10/13規約変更
最初に一子ちゃんの人格が現れたのは、ワンコが湊家に居候を始めてから数日後。
その日もいつも通りワンコに勉強を見てもらっていた。
「ワンコ出来たわよ……って寝てるわね」
「すーすー」
人が必死に勉強しているというのにいい気なものね。
そんな事を思いつつも安心しきった寝顔に頬が緩んでつい頭を撫でてしまう。
車に撥ねられそうだったユキを救ったあの行動力と決断力、今の彼女の寝顔からは想像できないわ。
未だに幾つものバイトを掛け持ちしてるらしいから、今だけは休ませてあげよう。
「ん、あれ?」
「あら、起きたの?」
「……おねえちゃん、だれ?」
「えっ!?」
先程の寝顔とはうってかわって不安気な表情、さっきまでとはまるで別人。
私が狼狽えている間に部屋の隅へ逃げ縮こまって震えている。
「私は……あなたのお姉ちゃんよ!」
混乱が収まらないながらも、私は彼女を安心させようと咄嗟に変な事を口走ってしまう。
「おねえちゃん? おねえちゃんはいちこのことぶたない?」
「ええ、こんなに可愛い妹を打つわけないわ」
ゆっくりと彼女に近付き、しゃがんで視線の高さを合わせ微笑みかける。
「……えへへ」
ワンコの笑顔とは違う儚い笑顔。
……しばらく様子を見ることにしましょう。
「にゃーんちゃん♪」
「にゃーん」
幾分表情の和らいだ「いちこ」ちゃんはリビングでユキとじゃれ合っている。
その様子を眺める私と両親。
「完全に別人だね」
「そうね」
「……どうしたらいいの?」
このままワンコが戻って来なかったらと思うと胸が苦しくなる。
「幼少時の過酷な体験で別人格が生まれるとは聞いたことがあるが……」
「友希那、私達で支えてあげましょう」
「うん……」
戸惑いはまだ残っているけれど、今まで感じたことのない感情が湧きあがってきた気がする。
ちなみに翌日には元に戻ったようで、早朝から元気にバイトへ行っていたみたい。
別に心配して家の中を探し回ったりしてはいないわよ。
「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ、あ、友希那さん!」
「こんにちは、羽沢さん、若宮さん」
色々と考えてみたものの、良い考えが浮かばなかったので羽沢珈琲店を訪れてみた。
バンド名が決まったのもここだったから、何かヒントが得られる筈。
「ケーキセット、ハチミツティーでお願い」
「先刻承知です!」
「イヴちゃん、使い方が違うよ!」
見事なボケとツッコミね。
「……友希那さん、何か悩み事ですか?」
「ええ……今度小さな子供を預かるのだけれど、どうしたら仲良くなれるかしら?」
私の漠然とした質問に対して真剣に考える二人……本当に良い人達ね。
「友希那先輩だったら一緒に歌う、とかどうでしょう? うたのおねえさんは子供達の憧れですし」
「っ! そうね、私の一番誇れるものと言えば歌……ありがとう、羽沢さん」
「どういたしまして」
考えすぎて目の前の答えが見えなくなるのは悪い癖ね。
それでも人に相談できるようになったのは成長の証かしら?
「ハグです!」
「ハグ!?」
「ハグといって愛情、友情、信頼等色々ありますけど、お勧めは互いに背中に手を回す『信頼と愛情のハグ』です!」
「なるほど……教えてもらってもいいかしら?」
「はい!」
私が立ち上がると若宮さんが背中に手を回す。
「友希那さんも私の背中に手を回してください。頭は左側に傾けて」
「こ、こうかしら」
若宮さんの方が上背があるから、包み込まれる感があるわね。
微かに香るフレグランスが心地いい。
「はい、もうちょっと強めでも大丈夫です」
「分かったわ」
確かに無防備な背中を相手に触れられるというのは勇気がいる。
でも若宮さんから伝わってくる熱がそんなことを忘れさせ、優しい気持ちにさせてくれる。
「……免許皆伝です」
「ありがとう、若宮先生。ふふっ」
満足気な若宮さんと何故か顔を真っ赤にしている羽沢さん。
取りあえず今度「いちこ」ちゃんの人格が現れたら試してみよう。
駄目だったら次の手を探すだけよ。
後日ハグを求めるお客さんが急増したためハグ禁止令が出たとか。
「いちこちゃん、お姉ちゃんとお歌歌ってみる?」
次に人格が入れ替わった夜、早速羽沢さんから教わった事を試してみた。
「でも……いちこがうたうとうるさいって……」
「そんなことを言う人はこの家にはいないわ」
「じゃあ…………きらきら星がいい」
「ええ、分かったわ。せーの」
「♪~」「♪~」
最初はたどたどしかったけれど段々と整ってきた。
そう言えばワンコの歌声は聞いたことが無かったわね……。
「おねえちゃんじょうず!」
「ふふ、いちこちゃんも素敵だわ」
満面の笑顔で抱きついてきた彼女の頭を優しく撫でる。
……この流れなら。
「ふぁっ!?」
背中に手を回し若宮さん直伝のハグを決める。
「……いちこ、きたないよ?」
「そんなことないわ」
「いちこ、いらないこだよ?」
「そんなこと絶対にないわ」
「いちこ、んっ!」
咄嗟に悲しい言葉を紡ぐ唇を私の唇で塞いでやった。
……我ながらどうしたのかしら?
「……ふぅ、私の大事な妹の悪口はそこまでよ」
「いちこでいいの?」
「あなたじゃなきゃ駄目よ」
「……うれしい」
泣きじゃくる彼女が眠りに落ちるまで抱きしめ続けた。
「お父さん、お母さん、お願いがあります」
口にしたからには行動しよう、彼女達を本当の妹にするために。
「……色々あったわね」
「んー、何か言った~?」
「何でもないわ」
洗い場で髪の毛を洗っているリサに対して素っ気なく返事をする。
また一緒に湊家のお風呂に入るなんて思わなかったわ。
「Roseliaのみんなでお泊り会が出来て嬉しいよ」
「そうね、悪くない」
「あはは~、ちょっと蘭入ってた」
余計な事を言うリサに湯船からお湯を飛ばす。
「も~照れちゃって……」
二人ずつ入浴という事でくじ引きを行い、ワンコと燐子、紗夜とあこ、そして私とリサという順番になった。
広めの浴室にした両親に感謝ね。
体まで洗い終わったリサが私の身体をじっと見つめる。
「な、何よ……」
幼馴染といえど気恥ずかしさを感じて手で胸と大事な場所を隠す。
「友希那……太った?」
「はぁ!?」
思わず声が裏返ってしまった。
……確かにワンコのご飯は美味しいし、リサは頻繁にクッキーの差し入れをしてくれる。
最近は紗夜までお菓子作りを始めたようで、毎回感想を求められるわね。
ブラックコーヒーに砂糖は必須よ!
「……見苦しい体かしら?」
「元々痩せ気味だからまだ問題ないけど、このままだと、ね」
無遠慮に脇腹を摘まんでくるリサ。
……不味いかもしれない。
「夏に向けて燐子が露出の多い衣装を考えているみたいだし、アタシも気を付けないとだね~」
そんなことを言いながらも、リサのプロポーションは同性の私から見ても魅力的だ。
少しムッとしてきた。
「えい」
「ちょ、そんなところ突かないで!」
「えいえい」
「駄目だってば!」
「……憎たらしいほど引き締まってるわね」
「ダンス部で鍛えてるからね~。友希那も入る?」
「……初日で挫折する未来しか見えないから遠慮しておくわ」
「残念。まあワンコに相談すれば何とかしてくれるでしょ?」
「そうね」
嬉々としてダイエットプランを考えるワンコの姿が目に浮かぶ。
……まあ悪いようにはしないでしょう。
「わ~、友希那さん、ちっちゃい!」
「この頃は髪が短めですね」
「可愛いだろう?」
「はい……とっても」
「…………」
私とリサがお風呂から上がると何やら盛り上がっている様子。
……あれは、アルバム!?
「ちょっと父さん! 昔のバンドの話をするんじゃなかったの!?」
「ああ、話の流れで昔の友希那が見たいという事になってね」
「ちょ!」
「まあまあ。あ、アタシも写ってる。先代ワンコも」
リサに羽交い絞めにされてアルバムの奪取に失敗した。
覚えてなさいよ。
「先代……ワンコ?」
「そこに写ってる黒い大型犬のことだよ。友希那の命の恩人、いや恩犬?」
「そうね、私を庇って車に……お蔭で私は検査入院だけ」
私の言葉に悲しげな表情を浮かべる一同、もう十年位前の話なのに……。
「……ワンコ、顔が真っ青よ」
よく見るとワンコの顔がこの前の逃走劇並に悪い。
「うん……友希那さんが検査入院したのってこの近くの総合病院?」
「ええ」
「屋上で歌とか歌ってた?」
「そうね」
「喋れない包帯ぐるぐる巻きの子供に会った?」
「良く知ってるわね……えっ!?」
頭の中で過去の記憶が呼び起され、目の前のワンコと繋が……りそうで繋がらない。
「もしかしてワンコだったの!?」
「うん、お互い変わったね。写真を見るまで全然気付かなかった」
弱弱しい笑みを浮かべるワンコ。
胸がざわつく。
「あまり嬉しそうじゃないわね?」
「……先代ワンコの件もそうだけど、私って他人の不幸でしか生きられないのかなって」
指折り数えるワンコ。
確かにアクシデントが切っ掛けだったことは多いけど……。
「ふざけないで!」
咄嗟にワンコを強く抱きしめる。
頭に血が上って言葉が溢れてくる。
「不幸なんてどこにでもあるわ! あなたが全部生み出しているとでも! 調子に乗らないで!」
「友希那さん……」
ワンコを抱きしめる力が更に増す。
気付くと涙が溢れていた。
「もがきながら必死に生きてるあなたの何が悪いの! 自分で自分が許せないのなら私が許すわ!」
「……ありがとう」
胸の内を吐き出して少し冷静になる。
一人で抱え込み過ぎなのよ……以前の私も同じ、か。
もう一人にはしてあげないわよ。
「いや~、完全に二人の世界に入っちゃったね」
「まあワンコさんのしこりが解消されたようで良かったのでは?」
「感情的になる友希那さんもカッコイイ!」
「……ゆきンコ」
「友希那、立派になったな」
お父さん、うるさい。
「そう言えばお見舞いに来たリサが泣きべそをかいていたわね」
「あ、茶髪の女の子が私を見て腰抜かしてた」
「あの包帯人間、ワンコだったの!?」
「漏らした?」
「漏らしてないよ!」
立ち直りが早いのもワンコの美徳ね。
その後もしばらくワンコを抱きしめ続けた。
意外と盛り上がった父さんのバンド時代の体験談を聞き終え、リビングに人数分の布団を敷く。
まさか燐子がワンコと協力して人数分の猫パジャマを作ってくるなんて。
やるわね。
「燐子、素晴らしい出来だわ」
「ありがとう……ございます」
「日菜に画像送るね~」
「はぁ、仕方ありませんね。可愛く撮ってください」
「くくく、わらわは闇の妖精猫ケット・シー、ニャニャーン!」
「うん、あこちゃん可愛い」
みんなも気に入っているようでなによりね。
「にゃーん」
「ふふっ、ユキも仲間がいっぱいで嬉しいのかしら?」
大人数が押しかけても動じないユキって意外に大物なのかも。
――見渡す限りの白い靄。
先程まで布団の上でお喋りをしていた筈。
試しに頬を抓ってみる……痛くないわね。
夢の中で夢だと自覚できる現象、明晰夢だったかしら。
曲作りの参考になるかもしれないからちょっと進んでみよう。
最初に出会ったのは長い黒髪の女の子――どう見ても幼少時の燐子よね。
手を差し出すと恐る恐る握り返してきた。
伝わってきたイメージは……色欲!?
意外ね。
次に出会ったのはあこ、そして紗夜、最後にリサ、全員幼い姿だ。
それぞれ憤怒、嫉妬、強欲のイメージが流れ込んでくる。
随分悪趣味な夢ね。
「どうかしら、Roseliaのメンバーの本性は?」
そう言って目の前に現れたのは小さい頃の私。
やけに自信満々ね。
「さしずめあなたは七つの大罪の一つ、傲慢かしら?」
「ふふっ、流石私ね。物わかりが良い」
意地の悪い笑い方に「あんな表情も出来るのね」と我ながら感心する。
思わず撫でてしまう。
「な、撫でるな!」
シャー、という威嚇音が聞こえてきそうな小さな私。
「ごめんなさい。可愛くてつい」
「自分の事を可愛いとか言うな!」
「でも今の私より猫っぽくて可愛いわよ」
「そ、それなら仕方ないわね」
腕を組んで顔を赤らめる姿も可愛い。
「まあ私の夢なのだから現実と一緒とは限らないでしょう?」
「うっ」
「それに……色欲は純潔、憤怒は忍耐、嫉妬は感謝、強欲は慈善、そして傲慢は謙虚に変えていけるわ」
「随分前向きな発言ね」
「近くに見本がいるのはあなたも知っているでしょう? それに伊達に青薔薇を掲げていないわよ」
「……はぁ、付け入る隙が全く無いわね」
やれやれとため息をこぼす彼女をそっと抱きしめる。
「私が不甲斐なかったら叱りに来なさい。それから次は猫耳を付けてくれると嬉しいわ」
「ちょ、調子に乗るな、バーカ!」
彼女の怒鳴り声と共に意識が薄れていった。
「……変な夢ね」
目を覚ますと見慣れたリビング、そう言えばみんなで雑魚寝したわね。
体と体が複雑に絡み合って動けない。
そしてこちらを見つめているワンコと目が合う。
「眺めてないで助けなさいよ」
「もうちょっと友希那さんの寝惚け顔を堪能したかったのに、残念」
そうは言いつつも私に絡みついた手やら足やらを丁寧に外す。
「良い寝顔だったけど良い夢が見れた?」
「さあ、どうだったかしら?」
時間が経つにつれて薄れていく夢の内容。
それでも奇妙な満足感だけは胸に残った気がする。
Roseliaの絆強化お泊り会は上手くいったのかしら?
でもあなた達への理解が深まったこの夜の事は大切な思い出になったわ。
さあ、不可能を成し遂げにいきましょう。
感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
伏線も大体回収しました。
次はアンケート1位Roselia回です。
アンケートにご回答をお願いします。
<備考>
湊友希那:新米姉妹のふたりうた。
いちこ:おねえちゃんだいすき。
羽沢つぐみ:羽沢珈琲店の風紀が乱れがちなので紗夜さんを呼ばないと。
若宮イヴ:若宮流抱擁術創始者。
【傲慢】友希那:ちっちゃかわいい。
下記の中で一番好きな話は?
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バラエティクールギフト
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リサ・カニーナ