犬も歩けば棒に当たる 作:政影
合同体育祭の準備編です。
本編3-1:九牛の一毛(前編)
「それではこれで合同体育祭の打ち合わせを終わります。お疲れ様でした」
『お疲れ様でした』
紗夜さんの言葉で羽丘の一室で行われた打ち合わせが終了した。
早速配布された資料について横にいるつぐみちゃんと確認を行う。
どうなるかと思った合同体育祭も実行委員会の面子を見ると心強い。
「流石紗夜さん、分かりやすい資料ですね」
「うん、特に問題は無さそう。細部の詰めもすぐに終わるね」
風紀委員の筈が何故か体育祭実行委員も兼任、仕事は仕事のできる人に集まる法則。
根を詰め過ぎなければいいけど。
「はあ~、凛々しいおねーちゃんもるん♪ ってするな~」
横では日菜ちゃんがうっとりとした表情で机に突っ伏している。
「日菜、何故あなたがここにいるの?」
あ、紗夜さんが来た。
「おねーちゃんが花女の代表って聞いたから手伝いたいなって」
日菜ちゃんのキラキラとした瞳に頭を抱える紗夜さん。
学校行事に興味の無さそうな日菜ちゃんに、紗夜さんの事を聞かせたのは私なのでちょっとだけ後ろめたい。
「……ワンコさん、羽沢さん、妹が確実に迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします」
「うん、逆にこき使う」
「いいえ、大変助かります!」
「もー、おねーちゃんは心配性だなー!」
「花咲川にいてもあなたの奇行は伝わってきているわ」
「えへへ、照れちゃうな」
「褒めてないわよ!」
そっか花咲川にまで……。
落ち葉で焼き芋やろうとして消防車が来そうになった時は現場に居合わせたし。
……焼き芋は美味しかったけど。
「それではワンコさん、このまま練習に行きましょうか」
「うん、ちょうどいい時間」
「ずるいな~。そうだ、つぐちゃんデートしよ?」
「ふぇっ、日菜先輩とですか!?」
「日菜!?」
これは予想外の展開。
紗夜さんも気が気ではない様子。
「えっと……嬉しいんですけど、今日はお店の手伝いが」
「そっかー、じゃあ暇してる彩ちゃん呼んで羽沢珈琲店でお茶にしよっと」
「ご、ご利用ありがとうございます」
悪意は無いんだろうけど、流石に現役アイドルの彩さんにその言い様はどうかと思う。
普段の彩さんの心労が容易に想像できる。
……まあ、日菜ちゃんらしいけど。
「ん、ワンコちゃんどうしたの?」
「日菜ちゃんは日菜ちゃんだな、って」
「あはは、そんなの当たり前じゃん♪」
全く……良い笑顔しちゃって。
アイデンティティがこれほど強固な人間を他には知らない。
「その顔、さてはあたしに惚れちゃったかな?」
「んー、紗夜さんの次には好き、かも」
「おねーちゃんの方が可愛いから当然だよ!」
力説する日菜ちゃん。
今までで見た表情の中で一番真剣だった。
紗夜さん愛されてるな。
「羽沢さん……羽丘では普段からあのような会話が飛び交っているのですか?」
「あ、あはは、流石にあの二人位じゃないんでしょうか?」
「わざわざ教室まで付き合ってもらってありがとう」
「いえ、普段ワンコさん達が授業を受けている場所に興味があったので」
二年B組の教室へ紗夜さんを伴って鞄を取りに向かう。
何だか不思議な気分。
「ここが私の教室」
自分の席に座り中から教科書を取り出し通学鞄に入れる。
「二年B組……私と白金さんも二年B組ですよ」
「それは驚き。『湊さん、何度も言いますが授業中に作詞は止めてください』」
「私の物真似ですか? 『大丈夫よ、紗夜。ワンコに後で教えてもらうから』」
「意外と上手。『友希那さん……授業態度で留年の可能性も……』」
「『友希那さん。流石にそこは頑張って』こんな感じでしょうか?」
「『おねーちゃん、遊びに来たよ!』『友希那、調理実習で作ったクッキー食べる?』」
「……ぷっ」「ふふっ」
物真似合戦に思わず吹き出してしまう。
「……そんな日常もあったかもしれませんね」
私の机を指でなぞりながらしみじみと呟く、どこか寂しそうな紗夜さん。
日菜ちゃんとの間に溝が無ければ羽丘に進学していた、とか考えてるんじゃないかな。
「うん、紗夜さんと日菜ちゃんが姉妹でアイドルデビューしている日常も」
「それはありません」
良いと思うんだけど。
……今以上に振り回される光景が見えるのは確定。
スケジュール管理とか紗夜さんに丸投げしそう。
「残念。……今回の合同体育祭は紗夜さんの発案?」
「いえ、弦巻さんが現生徒会に進言したらしくトントン拍子に」
「あ、納得」
恐るべしこころちゃん。
弦巻家ってやっぱやべー。
「……実行委員には立候補しましたけど」
顔を背けてぽつりと漏らす、耳が赤いのは隠せてない。
「ワンコさんこそ日菜を巻き込みましたね」
あ、ばれてる。
「『やりたい様にやりなさい』が湊家の家訓。私は面白くなるように動くだけ」
「ふふっ、そういう事にしておきましょう」
夕日が差し込む教室で微笑む紗夜さん、それを見れただけで生徒会の手伝いを買って出た甲斐があると感じる単純な私。
最初に会った時の彼女からは想像できない表情。
どれだけの葛藤や苦悩があったのか私には想像もつかないけど……良かった。
「さあ行きましょう。湊さんに怒られてしまいます」
「うん」
差し出された手を取り立ち上がる。
「合同授業は厳しいかも知れないけど、他にも一緒にできたらいいね」
「そうですね。両学園の生徒が楽しめるような企画を考えてみます」
過ぎ去った過去にさようなら、これからの未来にこんにちは。
「遅いわよ」
「ごめん、ところでなんで柔軟してるの?」
何故かジャージ姿になって床で前屈をしている友希那さん。
リサさんは背中を押す係だ。
「より良い歌を歌うためのトレーニングよ」
「チアの練習であまりの身体の固さにドン引きされてたしね~」
「ちょっと、リサ! んっ!」
顔を紅潮させて睨みつける友希那さんと黙らすように背中を抑えて前屈させるリサさん。
最近は周りへの気遣いそのままに、友希那さんへの遠慮が無くなって小悪魔っぷりが上がったような。
友希那さんも満更ではなさそうなので微笑ましく見守っている。
「続きは家でやろう、夜の柔軟体操」
「えっ」「あっ」
私の言葉に赤くなるリサさんと燐子さん。
特に深い意味はないのに。
「りんりん、何で赤くなってるの?」
「な、何でもないよ……あこちゃん」
こっちを恨みがましい目つきで見ないで燐子さん。
「早く練習しませんか?」
いつの間にか準備を終えている紗夜さんが急かす。
あのキャンプ以来、今までより楽しんでギターを弾いている気がする。
「ええ、頂点を目指すわよ」
ジャージ姿での発言でも友希那さんだと何故か様になる。
燐子さんが毎回衣装を張り切る理由がちょっと分かった気がした。
生半可な衣装だと何を着ても一緒、実にデザイナー泣かせ。
私も裁縫技術を磨いて燐子さんのイメージ通りに仕上げないと。
「……良かったわ。今日はこれで終了」
満足気な友希那さんの言葉で緊張が解ける。
各々が私の用意した飲み物とタオルを取り体を休める。
「あこちゃん、ちょっといい?」
「う、うん」
まずは手首、次に足首を揉む。
「痛いところある?」
「んー、特に無いかな」
続いて腰を揉む。
「ここら辺は?」
「ちょっと痛いかも……あこ怪我してる?」
「まだ大丈夫。念の為に帰ったら巴ちゃんに相談してみて」
不安げな表情のあこちゃんの頭を撫でて安心させる。
一応私から巴ちゃんにもメッセージ送っておこう。
「『あこさんは成長期なんだから気を付けるッス!』って麻弥さんが。ドラマーって腰を痛める人が多いって」
「そう言えばお姉ちゃんもそんな事言ってた。まやさんにお礼言っておいて!」
「うん。Roseliaのメンバーは痛みを隠しがちだから気を付けてね」
私がそう言うと他の四人が目を逸らす。
自覚あるのか。
「そんなわけで帰ったら体のケアを怠らず、夜更かしせずに早めに休んでください」
「さっきと言ってる事が違わない?」
仕方がなくといった感じで宿題をしている友希那さんとユキを膝に乗せパソコンで柔軟体操を調べている私。
宿題が終わるまで寝かせない方針。
「学生の本分は勉強」
「むぅ……」
この前の中間テスト以来どうも気分が乗らないみたい。
このままじゃ効率も上がらないか。
「ちょっとベッドの上にうつ伏せになって」
「分かったわ」
うつ伏せになった友希那さんの上に馬乗りになる。
まずは肩甲骨らへんを――。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
何度やってもやり過ぎてしまう。
だって友希那さんの必死に耐える声って……理性が持たない。
「全く……やり過ぎよ」
「じゃあ今後止めます?」
「……嫌とは言ってない」
「嬉しい」
上半身を起こして身だしなみを整えている友希那さんに抱きつく。
勢い余って押し倒してしまった。
「もう……甘えん坊ね」
口ではそう言いつつも優しく背中をさすってくれる。
甘える相手なんていなかったし。
人には偉そうなことを言っても所詮これが本性。
「ワンコはスキンシップが大事」
「……『Roseliaのメンバーは痛みを隠しがち』全くその通りね」
「私の場合は情緒不安定」
友希那さんの香りに包まれると安心する。
いつからこうなったのだろうか……。
汗ばんだ友希那さんの部屋着に顔を押し付けて存分にグリグリしてから顔を上げる。
目の前には真剣な表情。
「約束しなさい。私の前では弱音を吐き出すことを」
「……うん」
差し出された小指に自分の小指を絡める。
何だかドキドキする。
「にゃー」
「そうね、あなたもいたわね」
頭にユキの重さを感じる。
偶然が重なって助かった命、私も変わらないか。
「友希那お姉ちゃんにユキお姉ちゃん、か」
「あら湊家三女でいいの?」
「多頭飼いのコツは先住猫へのリスペクト」
「にゃん」
「ふふっ、あなた達がそれでいいなら構わないわ」
優しくて意地っ張りな長女、空気を読むのが得意な次女、強がってるけど寂しがりな三女。
……凸凹姉妹、悪くないかな。
「それはそれとして宿題の続き」
「え、ええ」
友希那さん分を補給した私は容赦しない。
だって一緒に三年生になりたいし。
「紗夜ちゃんの代わりに来ました丸山彩です♪」
「同じく……白金燐子です」
風紀委員の方で外せない仕事があるとかで、紗夜さんの代わりに来たのがこの二人。
顔見知りな分やりやすい。
「それでは彩さんは日菜先輩と一緒に書類チェック、燐子さんはワンコ先輩と一緒に備品チェックをお願いします」
「うん、了解!」「はい……」
つぐみちゃんの的確な指示。
普段から私やイヴちゃんを使いこなしているだけあって流石の貫録。
私と日菜ちゃんが付いていると言い含めてあるから無理はしない筈。
もし無理したらミニスカメイド姿で一日接客、とは日菜ちゃんの提案。
「じゃあ燐子さん、備品チェックに行きましょうか」
「はい……」
昨日の紗夜さんに続いて今日は燐子さんと一緒に学園内を歩く。
不思議な感覚。
「さて、この屋外体育用具倉庫で最後ですね」
「ここまでは……特に問題なしです」
私が備品の個数と状態を確認して燐子さんがタブレットに入力する。
入力されたものとデータベース上のものが合致すれば問題無し。
元々管理がしっかりしているので、燐子さんの言うとおりここまでは特に問題は無かった。
不足があったり状態が悪かったりすると、弦巻家が用意しそうな気がするので出来れば避けたい。
「ちょっと奥まったところに」
「……大丈夫ですか? あっ!」
「えっ?」
燐子さんの声に振り向くと何かに躓いた燐子さんが倒れかかってきた。
それと同時に飛んでくるタブレット。
咄嗟にタブレットは掴んだものの、燐子さんの制服の上からでも分かる豊満な胸に押し潰された。
テニスのネットがクッションになったおかげで後頭部は守られたけど。
「ご、ごめんなさい!」
「うん、大丈夫。燐子さんは?」
「わたしも……大丈夫」
「良かった」
手伝いに来てもらった人に怪我をさせたら大問題。
それ以前に大事な仲間だし。
置きあがった燐子さんにタブレットを返すと燐子さんの制服に付いた砂埃を払う。
これで大丈夫かな?
「し、叱ってください!」
「え!?」
全然大丈夫じゃなかった。
何を言っているのかちょっと理解できない。
「一歩間違えば……ワンコさんが大怪我を」
「特に怪我もしてない上に燐子さんに悪気があったわけじゃないし」
「そ、それでも……」
強い決意を秘めた目。
引き下がってはくれないみたい。
タブレットを置いて何でもこいの姿勢だ。
「じゃあ失礼して……ていっ」
「あうっ」
ハイパー手加減したデコピン。
デコピンなんていつ振りだろう……施設の悪餓鬼を教育した時以来か。
「これでいい?」
「あ、ありがとう……ございます」
デコピンして感謝されるとか初めて。
さて備品の確認の続きを。
「……ごめんなさい」
今度は抱きしめられた。
うわっ…………良い匂い。
「わたしの震えが収まるまで……このままで」
「うん、気の済むまで。……今日はありがとう、手伝いに来てくれて」
「っ! でもあまり……役に立っていないような」
「そんな事ないよ。私みたいな人見知りにとって相棒が仲間で僥倖」
「ワンコさんが……人見知り?」
「強がるのは得意。へいきへっちゃら、ってやつ?」
「ふふっ……知りませんでした」
「燐子さんも成長できてる。私が保証する」
「ありがとう……ございます」
震えが収まってきた。
大丈夫、燐子さんの頑張りは私が傍で見てきたから……もっと胸を張って。
時間にして数分、燐子さんには悪いが私にとっては幸福な時間を過ごした。
「ワンコちゃん達遅いよ~」
「日菜ちゃんが凄すぎて、何のお役にも立てなかったよ……」
委員会室に戻ると暇してる日菜ちゃんと項垂れている彩さん。
彩さん、落ち込まなくていいよ。
日菜ちゃんが予想通りの仕事をしてくれただけだから。
万事順調、だと思いたい。
感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
<嘘予告>ボト△ズ風
鉄の結束で染めた黒。
地獄の部隊と人の言う。
ハザワの街に、課金戦争の亡霊が蘇る。
ハナサキガワの高原、ハネオカの宇宙に、無敵と謳われた弦巻家特殊部隊。
情無用、命無用の鉄騎兵。
この命、三十億スター也。
最も高価なワンコアーミー。
次回「黒服」。
サヨ、危険に向かうが本能か。
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