犬も歩けば棒に当たる 作:政影
「私が日菜ちゃんに勝ったらご褒美貰える?」
「ええ、構わないわ」
次の日のA組B組合同体育は剣道、防具を付けながら友希那さんに提案してみる。
「勝算はあるのかしら?」
「…………少しは」
「まあ、そうよね」
あの天才が負けるところなんて誰も想像出来ないけど、勝負を前にすると昂ぶってくる。
大物食いは犬の本懐、熊にだって食らいついてやる。
「それじゃ……行くよ!」
「っ!」
方針は、過去の対戦経験からまともに攻めても勝ち目がないのは自明なので、防御に徹してからのカウンター。
試合時間の四分を目一杯使って疲れを待ち隙を見つけて一撃に賭ける。
「骨に異常はないかしら?」
「ん……何とか」
結果は終了間際に仕掛けた小手が相打ちになり無効、結局時間切れで引き分けになった。
ちなみに日菜ちゃんは何とも無さそうにしていたが、こちらは真っ赤に腫れ上がっていて水道で冷やし中。
「あ、ワンコちゃん見っけ」
「何か用かしら」
るん♪とした感じで近づいてくる日菜ちゃんに対して、友希那さんが怒気を露わに間に入る。
「はい、保冷剤。よく冷やせば明日には治ってると思うよ」
「……ありがとう」
渋々といった感じで受け取る友希那さん。
「日菜ちゃん、今日の手加減は三段階?」
「まさかー、二段階だよ。でも今日のは中々良かったよ」
「……次にご期待ってことで」
「あはは、期待してるよ♪」
そう言うと日菜ちゃんは手をひらひらとさせながら去って行った。
やっぱりダメージは無いか、悔しい。
「はい、あーん」
「あーん」
「……二人ともアタシここにいるんですけど」
昼休みになり友希那さんと机をくっ付けお弁当を広げる。
ちなみに昨日のお礼+お詫びということで当面は湊家が用意してくれるらしい、感謝。
リサさんも他の生徒の椅子を借りて一緒に食べるようだ。
「ワンコは利き手が使えないから仕方ないでしょ?」
「ま、まあ、そうなんだけどさ」
「つまり、リサさんも『あーん』してもらいたいということ」
「そう。最初からそう言えばいいのに。はい、あーん」
「え、ちが……あーん」
友希那さんは優しいなぁ。
「あのー、ワンコさんちょっといいっすか?」
「あ、麻弥さん」
リサさんが自分のクラスに帰ったと思ったら、隠れた実力者――大和麻弥――が話しかけてきた。
ちなみに前に演劇部の助っ人に呼ばれた時に色々と面倒を見てもらったこともある。
「さっきの試合こっそり録画してたんで何かの役に立てば、と」
スッとUSBメモリを机の上に置く。
「何でまた?」
「ジブンなりに『最強に勝利』の一助になれば、って……フヘヘ、ちょっと格好つけ過ぎですか?」
「麻弥さ……いや、麻弥先生」
想定外の贈り物に思わず冷やしていない方の手で彼女の手を取る。
「先生!?」
「必ずや奴を討ち取り墓前に首級を」
「日菜さん討ち取っちゃ駄目! というか誰の墓前!?」
「ワンコ、私も協力するわ。確か……我ら三人、生まれし日、時は違えども」
「それ別々に死んじゃう上に悲惨なやつだから絶対駄目ッス!」
でも家にパソコン無いんだよね……友希那さんの家に行ったときに見せてもらおう。
「そういえばご褒美は何が欲しかったの?」
帰り支度をしていると友希那さんから声が掛る、昼休みに色々あったので忘れてた。
「友人一同で友希那さんのライブに行こうということになったので関係者割的なチケットが無いかな、と」
最近出費が激しいし、今後もお金が必要な気がするし。
「ちなみに何人?」
「私を入れて四、いや五人」
「まあそれ位なら……ちなみに今夜もあるわよ」
「ちょっと確認するね」
昨日の三人+リサさんにメールを送る。SNS? ガラケーなので。
「……全員OK」
「早いわね。話は通しておくからCiRCLEに来て頂戴」
「勝てなかったのにいいの?」
「今回のは両方勝ちってことにしてあげるわ」
「……ありがとう」
次は勝ってご褒美貰いたいな。
「何でアタシまで誘ったの!?」
「嫌だった?」
「いや、そういうわけじゃ……」
リサさんは困惑気味だ……まあ友希那さん研究第一人者を外すのもアレだし。
「へー、リサ姉も友希那さんの知り合いなんだ」
「あこが友希那に興味を持ってるのも初耳だよ」
……まさかのダンス部繋がり、知り合いの知り合いは知り合いという。
「あ、来ましたね」
「……こんにちは」
CiRCLE前には既に花女組の紗夜さんと燐子さんがいた。
二人とも昨日より顔が艶々している気がする。
「おまたせです」
「りんりん、人混みだけど大丈夫?」
「うん……頑張る」
「……妹がいつもお世話になっています」
「あはは、ヒナにはこっちも楽しませてもらってるよ」
……何となくだけどもう一ピース足りない感じ。
「空いてるドリンクカウンター近くでいい?」
「……うん」
友希那さんの出番はまだ先だけどそこそこ混み合っている。
人混みが苦手な燐子さんをエスコートするあこちゃんが微笑ましい。
既に紗夜さんと打ち解けているリサさん流石。
「あ、そろそろ湊さんの出番ですね」
「お」
何組かのバンドが出番を終え、ついに友希那さんがステージ上に姿を現した。
水を打ったように静まり返る会場、私が歌うわけじゃないのにドキドキが止まらない。
そして……
「……さん! ワンコさん! 大丈夫ですか!?」
「ふえ?」
紗夜さんに激しく揺さぶられ意識が鮮明になる。
見回すと既に曲は終わり、友希那さんはステージから消えていた。
「尋常じゃない涙の量ですけど、どこかお加減が?」
「あ、本当だ」
顔に触れるとまるで洗顔後のようにビショビショで眼帯も湿っている。
「……拭きますね」
「燐子さん、ありがとう」
それにしても何だったのだろう。
こんな体験前にも……思い出そうとすると頭に靄が。
「酷い顔ね」
「誰かさんの歌が圧倒的だったのがいけないと思う」
合流して開口一番そんなことを言う友希那さんに思わず頬を膨らます。
「そう、この後ファミレスで御馳走してあげるから許しなさい」
「他の四人の分も?」
「……仕方ないわね」
「いえ、流石に初対面の私まで奢っていただくわけには」
「まあまあ、これだけ友希那も上機嫌なんだから紗夜も奢ってもらおうよ」
「リサ姉、よく分かるね」
「伊達に長年幼馴染やってないからね」
「……捗ります」
こうして六人全員でファミレスに行くことになった。
「こういう場所は苦手なんですが」
そう言いつつ紗夜さんはメニューの特定の場所をチラチラ見ている。
残念ですけどバレバレな上に日菜ちゃんから聞いているので。
「とりあえず山盛りポテトフライ三つとドリンクバー人数分よろしく」
「遠慮が無いわね」
「遠慮したら友希那さんの顔に泥を塗ることになりますし」
「ふふっ、それもそうね」
「……ごちそうさま」
「リサ姉、まだ何も食べてないよね?」
「……儚い」
「湊さんはバンドはやらないのですか?」
ポテト一皿を平らげて人心地が付いた紗夜さんが「あーん」プレイで全員に高カロリースイーツを食べさせている友希那さんに尋ねる。
何気に嵌ったのかな?
「そうね……ちょっと色々あって、ね」
そう言うと友希那さんは俯き両手で自分を抱きしめる。
「……力になれないかな? そんな顔されたんじゃ飯も喉を通らない」
スイーツと飯は別腹。
私の言葉にみんなが頷く。
……約一名、ポテト二皿目を狙っている気もするが無視する。
「あなた達に重荷を背負わせることになるかもしれないわよ?」
「友希那の荷物だったら一緒に背負うよ♪」
「みんなで……背負えば……軽くなります」
「闇の波動でバーンですよ!」
「氷川の女は負けず嫌いなんです」
「そう……ありがとう」
みんなの言葉を受け友希那さんは続きを語る決意をしたようだ。
「あれは高等部一年の頃、とあるフェスを目指すためにメンバーを探していたわ。そこで事務所の人間から接触を受けたの」
そこまで言うと大量の砂糖の入ったコーヒーを口に含む。
「指定された場所に行ったら……そこは……え、えっちなビデオの撮影をするところだったの!」
――ガタッ、ガタッ、ガタッ、ガタッ、ガタッ――
「皆さん、落とし前をつけに行きますよ」
「……白金家の家訓は……百倍返し……です」
「今宵のタイガーは外道の血に飢えておる」
「友希那と同じ次元に存在しているだけで腹立たしいね」
「ちょっとそいつら去勢してくる、麻酔無しで」
うん、全員思いは一つだ。
「あなた達……安心して。とっさにその場から逃げだして私は何もされていないわ。そいつらは摘発されて然るべき罰を受けたそうよ」
――ガタッ、ガタッ、ガタッ、ガタッ、ガタッ――
「あ、店員さん。富士山盛りポテトとネバーギブアップなパフェください。うん、これは私の奢り」
「友希那、ごめんね。気付かなくて」
「ごめんなさい。辛い過去を話させてしまって」
「友希那さん、一生ついていきます!」
「……二度と娑婆の空気を吸えないように……手を回しておきます」
「ふふっ、私は良い友達を持ったわね」
目頭を押さえながら笑う友希那さんにみんなも安堵する。
それにしてもそんなトラウマものの経験をしたんじゃバンドなんて……ん?
頭の中でピースが嵌っていく……彼女と彼女も確か経験者だと……。
「一番ボーカル、湊友希那」
「えっ?」
「二番ギター、氷川紗夜」
「はい?」
「三番ドラム、宇田川あこ」
「はいはーい」
「四番ベース、今井リサ」
「あっ」
「五番キーボード、白金燐子」
「……はい」
「メンバー揃ってない?」
『あっ』
「…………でも、流石に技量も知らないでバンドは組めないわ」
その言葉に私以外の四人の目つきが変わる。
「私にはギターしかありませんから、どんなハイレベルな曲でも問題ありません」
「あこ、世界で二番目に上手いドラマーですけど、友希那さんと一緒に演奏できるなら宇宙一のドラマーになります!」
「友希那の為なら何でもするよ」
「……三日……ください。必ず……認めてもらいます」
「……戦う顔になったわね。四日後CiRCLEで一曲だけセッションして決めるわ」
「ワンコ、今日はありがとう」
二人だけの帰り道、すっきりした顔の友希那さんからお礼を言われる。
「うん。でも四日後どうなるか分かっているような言葉だね」
「予感……というよりは確信かしら」
「まあ、同感だけど……そういえば楽器の出来ない私はお払い箱?」
「まさか。やり逃げは許さないわよ? そうね……とりあえずマスコット兼雑用かしら」
「うん、任せて」
四日後、後にRoseliaと呼ばれるバンドが誕生したことは言うまでもない。
感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
<備考>
ワンコ:不発のワンチャンス。
湊友希那:バンドリル! 出演回避。
大和麻弥:自作の録画機能付眼鏡。
氷川紗夜:ヘタレ攻め。
白金燐子:聖母受け。
番外編2で扱ってほしいバンドは?
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Roselia
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Afterglow
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Poppin'Party
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Pastel*Palettes
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ハロー、ハッピーワールド!