犬も歩けば棒に当たる 作:政影
「ワンコちゃん? さっき談話室でゲームしてたわよ」
「ワンコ? 小娘らを引き連れて食堂に向かったぞ」
「ワンコおねーちゃんなら、ほすぴすにいくって!」
「あら健常者がこのフロアに来るなんて珍しい。ワンコ? 屋上に行くと言っていたわ」
全くあの人は!
いくら退院間近だからといってちょっと歩き回り過ぎたと思う。
病院だからスマホも持ち歩いていないし、探す方の身にもなってほしいな。
エレベーターで屋上階まで上がり屋外に出ると庭園が広がっていた。
患者さんの気持ちを和ませるためか色とりどりの花が植えられている。
その先に目的の人がフェンス越しに遠くを眺めていた。
その光景は酷く儚げで声を掛けるか躊躇ったけど、深呼吸をして意を決した。
「ようやく見つけましたよ、ワンコさん」
「あぁ、つぐみちゃん」
久しぶりに見る彼女……額に巻かれた包帯と左腕のギプスが胸を締め付ける。
できるだけ顔に出さないようにしないと。
「何を見ているんですか?」
「……湊家」
聞こえるか聞こえないか位の小声。
いつもの凛々しい表情とは違う、何とも言えない切ない表情。
……うん、私だって大事な人と引き離されたらそんな表情をしちゃいそう。
「病室に戻ろうか」
「もういいんですか?」
「うん、もう十分」
そう話すワンコさんの顔はいつものワンコさんだった。
「はい、羽沢珈琲特製ブレンドです」
「ありがとう」
ワンコさんの病室で自家製コーヒーの入ったステンレスボトルを差し出す。
モールで一番良いボトルを買ったので劣化は少ない筈……でも緊張する。
「ふぅ……美味しい」
満足げな表情に心の中でガッツボーズ、お父さんやったよ!
伊達に喫茶店の娘はやってないしね。
「紗夜さんも褒めてたでしょ?」
「はい! じゃなくて何で紗夜さんの名前が出てくるんですか!?」
「……あれだけ付き合ってる感を出しておいて何を今更」
「う~」
呆れた表情をするワンコさんに思わず両手で顔を覆ってしまう。
あれ、もしかして他の人にも……バレバレ?
Afterglowの仲間達にも……。
「別に誰が反対するわけでもないし……あっ」
「『あっ』って何ですか!?」
ワンコさんの何かに気づいたような発言に心拍数が上がったみたい。
「日菜ちゃんに刺されるかも。『殺るんっ♪』とか言って」
「そんなこと言わないよ!」
「ひ、日菜先輩!? 刺さないで!」
いきなりベッドの下から這い出てきた日菜先輩に驚いて尻餅をつく。
ついでに変なことまで口走っちゃった。
なんでここに先輩が!?
「おねーちゃんの大事な人にそんなことしないって」
「……はい」
手を差し伸べられ立たせてもらった。
うん、日菜先輩は変わったところもあるけど基本的には優しい。
……でもさっきまでの会話も聞かれてたんだよね。
「もー、ワンコちゃんが変なこと言うから」
「人のベッドの下に隠れる方が悪い」
「やっぱり気付いてたか。でも徘徊が大好きなワンコちゃんに会うならここがいいかなって」
「大人しく椅子にでも座ってて」
……病院のベッド下に隠れる発想も凄いけど、それを見破るのも凄い。
これが去年から一部で噂になってた「天才」と「狂犬」の「才狂コンビ」かあ。
焼き芋事件とか花女殴り込み事件とか銀行強盗制圧事件とか色々と噂になってたし。
普段人当たりの良いワンコさんが日菜先輩相手だと容赦が無いのが却って想像を働かせる。
「もー、これでもワンコちゃんの代わりにつぐちゃんの手伝いしてるんだから!」
「えっ!?」
「あ、はい、助かってます」
日菜先輩の自慢気な表情とワンコさんの驚愕の表情の対比が面白い。
体育祭だけの助っ人だと思っていたのに。
毎日というわけではないけど気付いたらそこにいて、瞬く間に仕事を終わらせて帰っていく。
アイドルのお仕事もあるのに凄いなあ。
「凄いんですよ。日菜先輩のお陰で帰るのも早くなりましたし」
「えっへん♪」
「……ふんっ」
クシャクシャクシャクシャ
ワンコさんが日菜先輩に近付いたと思ったら、いきなり髪をくしゃくしゃし始めた。
日菜先輩はされるがまま、上機嫌に目を細めている。
……不思議な関係だよね。
「それでねー、最近おねーちゃんがあたしの分までお弁当作ってくれるんだ♪」
「味付けは羽沢家と同じ」
「ちょ、そういうこと言わないでください! 確かに一緒に料理しますけど」
「つぐちゃん苛めるとおねーちゃんに言いつけるよ」
「苛めてないよ。それに恥ずかしがってるつぐみちゃんを見られるのも今の内」
「あー、その内手繋ぎデートとか普通にしそうだしね♪」
「あう~」
二人に冷やかされて顔が熱くなる。
からかい半分だけど祝福されているのは分かっている、けど流石に恥ずかしいよ。
紗夜さん助けて!
「随分賑やかですね?」
「紗夜さん!?」「あ、紗夜さんだ」「おねーちゃん!?」
ノックも無くいきなり登場した紗夜さんに驚く私達。
気が付くと紗夜さんに抱きついていた。
背中に回される腕に安心感を覚える。
「もう大丈夫ですよ、羽沢さん」
「紗夜さ~ん」
「さて……私の大事な人を困らせた二人にはどうお仕置きしましょうか?」
愛しい人から発せられたその言葉は、とても冷たくとても格好良かった。
私の体はどっぷり浸かってるみたい……氷川だけに。
「これは拍子抜けです」「つまんな~い」
「怪我人と実の妹にきついお仕置きなんて出来るわけありません」
「ふふふ、紗夜さん優しい」
病院の食堂でポテトフライを奢るというお仕置き内容に不満げな二人。
もしかして紗夜さんのお仕置きを楽しみにしてたのかな?
私も紗夜さんにだったらお仕置きされたいし……っ、私はいったい何を想像して。
「それにしても薄味ですね」
「まあ一応病院なので塩分控えめ」
「今度私が作りますから」
「っ! それは楽しみですね」
「あたしも食べたいな~」
「私も」
「はい、腕によりをかけて作りますね♪」
偶然が重なって出会えた人達。
尊敬する人、大好きな人、目が離せない人。
彼女達を見ていると時々自分のちっぽけさが嫌になり立ち止まりそうになる。
でも、彼女達もそれぞれ悩んで傷ついて落ち込んで……それでも歩き続けていることを私は知っている。
だったら私も立ち止まるわけにはいかない。
一歩ずつ確実に、急ぎすぎて転ばないように。
それでも挫けそうになったら……会いに行きます。
ツグミは海だって越えちゃうんだから。
感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
<備考>
羽沢つぐみ:羽沢珈琲店のポテトメニューが充実しつつある。
ワンコ:生きること=食べること、つまりそういう(太った)ことさ。
氷川日菜:SNSに姉とのポテト食べ歩き画像を上げたらCMのオファーが。
氷川紗夜:彩のフライドポテトに駄目出し。
下記の中で一番好きな話は?
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プラチナは砕けない
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ファントムブレッド
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銭闘漂流
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アイアンオーシャン
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スターダストクマセイダース